964 ：ひゅうが：2016/08/03(水) 16:24:42
艦こ○ 神崎島ネタSS――「観艦式」
――1937（昭和12）年5月20日 大英帝国 スピッドヘッド沖合
日本にとっての横須賀、あるいは佐世保は、大英帝国にとってはポーツマスにあたるだろう。
英国南部に位置するこの港湾都市は、同時に観艦式の舞台としても歴史ある町であった。
そのため、スピッドヘッド沖合といえば同時に観艦式を称する一般名詞と化しているといってもよい。
このスピッドヘッドは、ポーツマス港を構成するもうひとつの要素、幅6.5キロ、長さ22.5キロに及ぶ海峡である。
ブリテン島と、沖合に浮かぶワイト島の間に形成されたこの海峡は、その地形からわかるように波が穏やかな絶好の泊地だった。
さらにはワイト島の外側には英仏海峡が広がり、南下すると英国王室領チャンネル諸島、そしてノルマンディーやブルターニュ半島がある。
かつてノルマンディー公として知られた英国王室にとってはまさに天からの贈り物といってもいい地形だったのだ。
そして、この地において英仏百年戦争のさなか、英国王エドワード３世が出征する艦隊を親閲した。
これが観艦式の起源。西暦1341年の出来事である。
英国においては海軍は陸海空三軍の筆頭に位置し、法律上も「先任軍」の扱いを受ける。
さらには、古来より海軍というものには莫大な投資が必要とされたがために基本的には王室の所有であったこともあり、こうした王室のイベントは他国よりも頻繁に開催された。
日本における類例を見るならば、織田信長の馬揃えのようなものである。
ただ馬揃えという形で演習を行うものではない。
彼の馬揃えは、演習と同時にその練度を多くの京雀たちや内裏に見せつけるものだった。
古今東西の軍隊の行進のように、豪族たちの寄せ集めにあっての政治的行為としての演習ではない。
また、海の都たるヴェネツィア共和国で行われる「海との結婚」といわれる祝典としての艦艇と船舶の行進でもない。
軍事行動にして示威行動。そしてこれに祝典の要素を兼ね備える。
これが観「艦」式と呼ばれる所以だった。
そして、この日行われていたのもまた軍事行動だった。
大きさも機関出力も異なる艦艇が一列で進むことがどれだけ難しいか。考えてみてほしい。
たとえば横一列になっているならば、舳を揃えて適示出力を調整すればいい。
だが、縦一列ならどうだろうか。
距離の変化を敏感に感じ取り、すぐに修正する不断の努力をもってしなければ、たちまち後方から追突してしまう。
さらには海中には何もないわけではない。絶えず潮流が流れ、暗礁が横たわる。
こうした状況の中、縦一列の隊形を維持するのは、結果的に艦隊行動の変化にもっとも対応しやすいからだった。
これぞ矛盾。
こうして考えてみれば、日清戦争で世界で初めて単縦陣による高速機動によって近代海戦で勝利を収めるに至った日本海軍がいかに規格外の存在であるかわかるだろう。
閑話休題。
とまれ、大英帝国は観艦式でもこの単縦陣を観閲艦たる王室ヨットと供奉艦たちによって形成。
数列にわかれて並んだ艦艇群の間を縫うように進むことでその練度をアピールするようにしていた。
これを投錨式という。
満艦飾といわれるマストの先から舳に至るまでに信号旗を満たした祝典艤装により華やかに彩ることが可能であり、かつそれほどの広い海を必要としないことから、この方式が現在の観艦式の主流であった。
965 ：ひゅうが：2016/08/03(水) 16:25:25
今回の観艦式もまた同様だった。
ワイト島側から英本国艦隊の主力戦艦群がならび、その内側に外国からの招待艦がならぶ。
そして補助艦艇が三列目にならび、さらに内側には客船など、一般参加の船舶が並ぶ形である。
総参加艦艇は英国艦は実に145隻。招待艦も19隻に及んだ。
神崎島転移前の連合艦隊所属の駆逐艦以上であっても300隻を下回ったことを考えれば、膨大というしかない。
乗り組む人々も当然ながら万を超える。
「あれが太平洋からきた新型艦か。」
王室ヨット「ヴィクトリア・アンド・アルバート」に続き各国の大使級が乗り込む観閲供奉艦の上では、大使館付き武官たちが写真撮影に余念がなかった。
観艦式には、各国の主力艦が国家の代表として参加している。
普段は軍事機密の壁に阻まれて近づくことができない各国艦の最新の状況がわかるのだ。
特に新型艦は興味の的となる。
「ミョウコウ型と、それとはまったく異なりながらもどこか似通った艦か。」
「名前はトネ型だそうだ。」
「ダンケルク級のように前甲板に主砲を集中しているな。」
今回参加したフランスのダンケルク級戦艦は、４連装主砲塔を前甲板に集中することで防御区画を圧縮し、各国の注目の的となっていた。
太平洋からはるばるやってきた大日本帝国海軍の条約型巡洋艦と、新たに連合国家を形成したとされるもうひとつの自治国家の重巡洋艦も同じこと。
「後部甲板は航空艤装。なるほど航空火力艦というやつか。」
「排水量は１万７０００トン。うらやましい限りだ。軍縮条約に縛られずにのびのびと設計されているな。」
「ミョウコウ型が重武装であるのと同様、こちらも重武装だな。」
「艦形としてはモガミ型の方が近いが、こちらの方が徹底されているようだな。」
「ということは、ささやかれる噂とは少し別かな。」
「というと？カール？」
米海軍大学のチャールズ・J・ムーアは双眼鏡で子細を観察しながらいった。
「日本海軍が隠れてあの艦艇群を建造したんじゃない。『あの島から技術提供を受けている』かもしれないということさ。」
「なるほど。」
いささか誤解を招く表現だったが、聞き手はそれに納得したようだった。
「となれば、どこから現れたのかわからぬあの島の技術的証明済みの艦艇がこれから生まれるわけか…」
「我々はそれと戦わなきゃならないからなぁ…」
「そうならぬことを祈るよ。２０隻もの戦艦を太平洋艦隊だけで相手にするのはごめんだ。」
彼は深く肩をすくめてみせた。
「見てみろよ。あの動き。」
上甲板の乗組員たちが、観閲艦に乗るジョージ6世に向かってそろった礼を送る。
「海の上でもあれだけそろった動きをする連中だ。練度は高いぞ。」
「艦を知り尽くしたような連中か。確かにモガミ型よりも早くに生まれていたようだな。」
艦首の桜花紋章、そして旭日旗とともに掲げられた羅針旗（いわゆるNATO旗）をちらりと見つつも得心したようにいった。
「それだけじゃない。あの舷窓の間隔を日本艦と比べてみてくれ。」
「…なるほど。」
要するに、想定されている乗組員の身長に２０センチ近い差があったのだ。
「少なくとも、あれが同じ国の建造とは思えないな。」
「議会の連中は残念がるだろうが、そうなるな。」
まぁそんな暇も資金もなかっただろうから当然だろう。と男はいった。
「さて。神が天におられてカタツムリが地を這う長閑な太平洋であってくれればいいのだが。」
レイモンド・スプルーアンス少将は、男女比が１対１に近い異形の軍艦を熱心に写真におさめる各国武官の横で、密かに溜息をついた。
967 ：ひゅうが：2016/08/03(水) 16:27:23
【あとがき】―― 一段落したのでちょっとしたアリバイ作り。基本、今は平和です。
969 ：ひゅうが：2016/08/03(水) 16:30:59
なお、当時の艦列はこんな感じだったそうです。
ttp://www.histarmar.com.ar/InfGral-2/CoronationReview1937/reviewlefthandx11.jpg
ttp://www.histarmar.com.ar/InfGral-2/CoronationReview1937/RepulseyHood.jpg
最終更新：2023年11月15日 20:46
