848 :ひゅうが:2016/08/08(月) 23:00:00
艦こ○ 神崎島ネタSS――「ある朝」




――1937(昭和12)年6月12日 神崎島


海軍中将堀悌吉の朝は早い。
元来が健康に気を使い、酒もタバコも控えている彼の夜は早かった。
その上、ここ最近は新たな日課が加わっている。

「おはようございます堀提督。」

「おう。おはよう。」

ジャージという動きやすい服装に着替えた彼は、いつもの通りの待ち合わせの場所、神崎島戦史博物館前に6時25分ぴったりに到着する。
緯度としては沖縄や小笠原とほぼ同じ神崎島であるから、6月にも関わらず気温は高い。
待ち合わせ先では、彼と同じ習慣を身に着けた随員のいくらかだけでなく、島民たちが待っていた。
それに、いくらかの艦娘たちも。
中でも、彼のなじみの艦――言い方に誤解が混じるかもしれないが――である陸奥は、相変わらずかすかに微笑んで彼を迎えてくれた。
家族を本土に残している堀としてはこのある意味旧知の相手との会話がそれなりに楽しみになっていた。

「昨日は遅かったようですね。」

「分かるかな?」

「目の下の具合で。」

いつものやり取りである。

「君のところの提督ほどじゃないよ。」

「あの人はまぁ…特別ですから。」

ほほ笑む陸奥。
はっはと笑う堀。
彼は、米国政府から非公式に打診されたもろもろの案件をここ数日間処理し続けていた。
チャイナクリッパー飛行艇などの緊急避難的な神崎島への飛来にあたっての手順確認。
西太平洋上における航空航法用の電波灯台の設置に関する案件。
近海における潜水艦の浮上航行の原則の確認。
文書が太平洋をはさんでやりとりされ、この合間に威力偵察的な軍艦接近や不届き者な密輸船、そしてソヴィエトやドイツなどの何を狙っているのかわかりきっている輸送船の接近に対処する。
実のところ、太平洋上に権益を持つ国家で英国以外は神崎島が日本領土に編入されたことを承認してはいない。
先ごろ来島し、実はいまだに居座っているアインシュタイン博士のレポートが知られて以来、ここが蓬莱だいや伝説の大陸だと欧米では注目されており、数百年前の記録をたてにして領有権を暗に主張する国がけっこうな数存在していたのだ。

たとえばフランス。数百年来太平洋を利用していたし、この海域で発見した幻島の名をもって領有権を主張する声が日増しに高まっている。
まぁ実のところ、議会での政治的暗闘やら南沙諸島の領有権へのゆさぶりの一環なのだが。
そして意外なところではロシア。彼らは、ちょうどこの海域で幻島を発見し、長いこと海図に載せていた。
彼らは政治的ななにがしかではなく、単に強欲なだけだったが。
厄介なのが、アーリア人の故郷を探すというオカルト的なナチスドイツ。
彼らは、極北の地トゥーレが、北極海を抜けた先であるこの島だと主張しはじめていたのだ。
要はヒムラーのオカルト趣味に、先日日本に帰化するさわぎを起こしたカール・ハウスホーファーからすべてを奪ったがための出来事だった。
現在、大規模なチベット探検隊を組織したナチスのトゥーレ協会はこの地をアーリア人の聖地に認定しようとしているという。
(なお、ハウスホーファーは帝大教授におさまり、近々来島の予定だという)
中華民国は…まぁそういうことだった。

849 :ひゅうが:2016/08/08(月) 23:00:35
これらの数限りないいちゃもんの中で、アメリカは比較的話が通じる相手である。
せいぜいが民間団体が即刻占領を主張するくらいだったが、政府や軍は現実的な対処が可能だった。
その相手との対話に、ここ数週間の間神崎提督と、宗主国ということになっている大日本帝国はかかりきりだったのだ。

「まぁ、あの人はなぁ…」

堀は苦笑する。
彼が退庁する頃、神崎提督の執務室には書類のタワーが築かれていた。
あの様子だと、3時間眠れているだろうか。
こんど栄養ドリンクでも差し入れようか、と堀は思った。

「そろそろですよ。」

随員の津田大尉がいった。
軍令部からの御目付役ではあるが、この朝の時間を気に入っている多くの随員の一人でもある。
兵学校時代は棒倒しでヒーローになるあたり、体を動かすのが好きなのだ。

息を整えた堀は、本土でもおこなわれはじめたそれ――ラジオ体操をはじめた。
第三までは行わない。
これから少しランニングをしてからシャワーをあび、そして朝食をとるのが彼の日課であった。

陸奥たちは朝のシフトに入るといって彼らからわかれ、堀たちは市街地の中心部を軽いペースで走り抜けた。
朝の市街地は、ニューヨークのように碁盤の目状に区分され、朝霧とビル街が黄金色に染まっていた。
すれ違う人々はいずれも内地より背が高い。
自動式信号機のサインが変わるのを待つ間、朝の出勤者と夜勤明けの者たちがスーツ姿で街を行きかう。
道を通るのは、清掃車や、鎮守府ナンバーをつけた電気動力の警邏車両。
顔見知りの鎮守府憲兵や警務隊の人々と二言三言言葉を交わした堀は、神崎市の中央に位置する神宮公園へと寄った。
巨木の杜の中を走って進む。
まだ真新しい社殿は、内地から伊勢神宮に加えて九段の杜からの分霊がまつられたばかりの場所だった。
二礼二拍手一拝の作法通りに参拝した堀と随員は、ついで二礼四拍手一拝の作法で常世神宮に参る。
出雲大社と同様の作法であり、これはまつられている神がヒルコという消された神だったからだろう。

ここで息を整えた堀は、官庁街の裏手から高等弁務官府の手前までを一気に走った。
今度はペースは速めである。

「少し記録が上がりましたね。」

「そうかな?」

「ええ。はじめた頃から30秒は縮めていますよ。」

一応、ありがとうと返した堀は、つきあってくれた随員をねぎらい、いつものコンビニエンスストアへと歩き始めた。
ちょっとした悪徳のような気分だった。
ここで、弁務官府カードで軽くミネラルウォーターを買う。
そして、週刊誌のようなゴシップ紙を軽く立ち読みするのだ。
はじめはカストリ雑誌のようであまりよい印象はなかったのだが、これがなかなか面白い。
それに…

850 :ひゅうが:2016/08/08(月) 23:01:10
「ヲ。これは堀提督。おはようございます。」

「おはよう。」

「おや堀提督。今朝も早いですわね。」

肌の色がやや青白い、鎮守府スタッフの一員と会話ができる。
彼女らは深海棲艦。
日本海軍の、いわば敵であった。
彼女らの存在はほのめかされてはいたが、最初にあったときにはだいぶ精神的にこたえたものだった。

理由なく嫌われるなら怒りもするが、それが彼らにとり納得できる悲惨がゆえに、帝国海軍にとっての彼女たちは鬼門そのものだったのだ。
それを先方も理解しているためか、積極的な接触は少ない。
だが、堀をはじめ、山下らは積極的に彼女らとコンタクトをとろうとしていた。

基本的に善良な種族である「艦娘」と違い、彼女らのようなかつて怨念のみで形成されていた荒ぶる神は、その怒りゆえに的確な助言を与えてくれるだろうからだ。
そのため、出勤時間帯にあわせて堀はこのランニングがえりの立ち話を続けていたのだった。
最初は罵倒もされた。
だが、現役復帰組であることを理解していた彼女らは、徐々にこうして話をしてくれる程度には態度を軟化させている。

「聞きましたわよ。こんど、アメリア・イアハートがくるのですって?」

「耳が早いな。」

「そりゃぁ、情報部勤務ですからね。」

中枢棲姫が笑う。
勤務時以外の彼女は、やや色白で豪奢な髪を有する女性である。
言葉もそれほど乱れてはいない。

「アメリカとしても、やはり再度の情報収集は必要なのだろうね。」

「この島の位置からいって、情報は多ければ多いほうがいいですからね。私たちには迷惑な話ですけど。」

「苦労をかけるね。」

「仕事ですから。」

感謝と謝罪を彼女は軽くさえぎった。

「まぁ、体に気を付けて。」

「ありがとう。」

そう言った頃には、彼女はすでにレジへ向かっていた。
朝食用らしい紅鮭おにぎりと野菜ジュースを手にしているあたり、本当に時間がないのだろう。

「まだまだ、かな?」

「中枢サンの言葉じゃないけど、私たちはバカが嫌いなだけで、基本的に堀さんたちは嫌っているわけじゃないですからねー。」

ヲ級という群体的な存在の女性が軽くいった。

「神崎提督の言によると、好きの反対は無関心らしい。」

「ヲっ。よくわかっているじゃないですか。」

「痛いほどね。」

基本的に、彼女らは日本本土の行く末には無関心だった。

「まぁ、それでも相手をしてもらえるだけありがたいとは思っているよ。」

それならいいです。とヲ級も返した。

「さて、今日は昼はどこにしようか…」

「それならいい蕎麦屋ができたんですよ。行きますか?」

「それはいいね。ここのところ洋食ばかりだったから。」

なんだかんだで彼女らも艦娘と同じく、基本的には善良だな、と堀は思った。

851 :ひゅうが:2016/08/08(月) 23:02:24
【あとがき】――働く深海さんたちと堀さんたち。
今日も島は平和です。
なお、山下さんは比較的朝が遅い模様。

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最終更新:2023年11月23日 13:13