362 :yukikaze:2015/03/14(土) 22:59:33
ヘリ問題でのちょっとした小ネタ

富士重工事件

2001年に発覚した次期戦闘ヘリ導入における疑獄事件である。
当時の国防省政務次官、国防省大臣官房長、富士重工重役、ベル・エアクラフト社重役などが相次いで逮捕されるという国防省最大の不祥事でもあった。

概要

カンボジア紛争において、アメリカからAH-1G コブラを大量に供与された日本陸軍であったが(攻撃ヘリ大隊が4個方面部隊に合計8つ。144機。これに機動運用師団の3個師団と富士教導旅団に、攻撃ヘリが6機づついるので、合計168機保有)性能の陳腐化と老朽化から、その代替は愁眉の急であった。

この状況において、国防省は次期対戦車ヘリの算定を発表。
ボーイングと三菱が組むアパッチ、富士重工業とベル社が組むヴァイパー川崎とユーロコプターが組むタイガーの3機種の争いになった。

この中で下馬評が高かったのは、やはりアパッチであった。
湾岸戦争におけるその攻撃力は、国防陸軍においても高く評価されており、コスト面の問題をクリアできさえすれば、何ら支障はなかった。

これに危機感を強めていたのが富士重工業とベル社であった。
これまで日本陸軍のヘリ市場はベル社と富士重工業で独占しており、仮にここで三菱にとられた場合、有望なドル箱を失ってしまうのである。
しかもこの時期には、UH-1Jの後継機として三菱がUH-60J導入を強く推していた(実際には、非常に高価であるため、第一ヘリ旅団用の30機を極東事変後の詫び賃の1つとして格安で譲られた以外は導入しなかったが)ことで、危機感は相当のものであった。
その為、ベル社と富士重工は、対戦車ヘリと中型輸送機での独占を確保する為に、ヴァイパーとヴェノムのコンビを提案し、取得維持コストの安さをアピール。
国防省文官組の歓心を買うことに成功する。

だが、制服組におけるアパッチ待望論は根強く、富士重工とベル社は、富士重工と関係が深い中島洋次郎政務次官への働きかけを強めると共に、当時国防省文官組で勢力を強めていた
守屋武昌にも接待攻勢を強めることで、受注を確実なものにしようとし、九分九厘本決定になりつつあったのだが、生物偵察車の導入問題で、守屋が山田洋行から裏金を貰っていたことをリークされた大野功統国防相が守屋を更迭。特捜部の調べにより、戦闘ヘリ問題でも贈収賄があったことが発覚し、一大疑獄事件に発展することになる。

この事件により、決定寸前だったベル社案は完全に白紙になったものの、ボーイング案も又、ベル社との熾烈な暗闘が批判を受けており、結果的に当て馬扱いであったユーロコプター社が勝利を収めるという、まさに日本的な政治決着が図られることになる。
これによりユーロコプター社は日本での足掛かりをつかむことになり、次期中型輸送ヘリ計画において三つ巴の争いを繰り広げることになる。
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最終更新:2021年04月05日 01:30