195 :弥次郎@帰省中:2016/08/19(金) 21:15:13
大日本企業連合が史実世界にログインしたようです 「国防は軍人の……」1 -熱しやすく冷めやすく-


AF『アシハラナカツクニ』は艦艇の収容機能を持つのだが、その為に二重構造を持っていた。
まず通常の港湾で言えば波を受け止める外郭施設(防波堤や防潮堤)役割を果たす外郭フレームである。
通常航行時にはこれらは格納されているが、停泊しているか、あるいは低速で航行するときはそのままになっている。
そして、その内側に航行援助施設(灯台など)と係留施設があり、一部にはドックの入り口がある。
このドック自体は、アシハラナカツクニの船体内部に設けられており、艤装工事も容易に行える設備を備えていた。

この水上工作要塞『アシハラナカツクニ』は元々は全長1km前後しかないAFとなる予定だった。
クレイドルを接続する海上プラットフォーム『オノゴロ』の修理や点検などに使われる予定で設計されており、
都市機能維持のための輸送艦などを整備補修するための機能だけが儲けられるはずだった。
しかし、史実とのゲートが開通して、史実側に日企連が拠点を設けるにあたってこのAFが注目を集めた。
フラッグシップAF『イズモ』はその大きさ故に持ち込んだ際に隠匿がしにくく、必要となる物資の量から過剰な負荷を
史実側にかけてしまうと判断されたためだ。そして、元々の設計案の基礎フレームを二つ接合させて機能を拡充し、
日企連の量産型AF『アマノハシタテ』のように母港としても使えるようにしたのが『アシハラナカツクニ』である。

1936年3月21日。そのアシハラナカツクニに接近する巨艦があった。
全長214.6m、全幅28.04m、基準排水量27500tの金剛型戦艦2番艦『比叡』であった。

『こちら、大日本企業連合 水上工作艦『アシハラナカツクニ』管制。貴官の名前と目的を』

艦橋に設置された通信機から、無感情な声が届けられた。改装に先立って日企連が設置したものだ。
史実側の面々の常識を覆すような小さな、それでいて高機能な通信機は、比叡の艦上構造物の上部に設置されたアンテナと繋がっており、IFF(敵味方識別装置)の機能も兼ね備えていた。

「こちら比叡艦長の井上成美。比叡改装のための入港の許可をもらいたい」
『了解。5番ドックを解放するので進入されたし』

日企連に習った通りの操作をして井上が返答を返す。
暫くすると、目の前の巨大な壁の一角が徐々に開き始めた。
牛の唸るような音が断続的に鳴り、壁面の一部が大きく口を開けていく。

「すごいな……」
「ええ。まさに島が動いていますよ……」

アシハラナカツクニの全長は2.4km、全幅はおよそ1.1km、高さは400mもある。最大幅は格納されている防波堤フレームも
含めればもっと拡大する。今比叡が乗り込もうとしているのは、一番大きな乾ドックである5番ドックだった。
アシハラナカツクニの後部側にある大型ドックは比叡さえもすっぽりと収めることが可能なサイズがあり、
今回比叡はそこに納まることになっている。誘導に従い操舵手が慎重に舵を操作し、タグボートに押されて補助を受けながら、比叡の姿は飲み込まれていく。

「葦原中津国か……」

井上は、日企連から教えられていたこの大型船舶の名前を呟く。
神話において天津神が国津神から譲り受けたとされ、高天原と黄泉の国の間に存在するとされる土地。
それは日本列島のことを指す。つまりこれから向かうのは、人工的に再現された日本ということだ。
これまでの常識が通用しない『他国』日本。そこに乗り込んでいくということは、まさしく異界に乗り込むということ。

196 :弥次郎@帰省中:2016/08/19(金) 21:16:08
人知れず冷や汗を感じる井上とは異なり、副長はアシハラナカツクニの大きさに感心していた。

「しかしすごいもんですねぇ……これだけのものを浮かべてしまうなんて」
「まったくだ。艦本の連中も、どうして浮かんでいられるのかさっぱりわからなかったようだ。
 しかし、この比叡がどう化けるのか……それが楽しみでもある」
「そうですか?」
「軍縮条約のために、生き残る為に、身をやつす。そんな悲痛な感じが比叡にはする。そういっていた人がいたらしい。
 そんな老婆が、新しい日本に赴いて、姿を変える。なんだか感慨深いじゃないか」

井上は、比叡の艦長を務めていた時の事を振り返る。
史実においても彼は最も愉快な時期を比叡艦長時代と述べているし、後に比叡の姿を描いた油絵を飾るなど思い入れを窺える。
そして、その改装前に比叡を小笠原諸島沖に停泊する『アシハラナカツクニ』に連れていく役目は、井上に任された。
どちらかといえば、史実を知る日企連の厚意でもあった。

「私が生まれ変わる前の最後の艦長になる。日企連も、なかなか気が利くところがあるじゃないか」

地獄榛名に鬼金剛 羅刹霧島夜叉比叡 乗るな山城鬼より怖い。そのように時に呼ばれる厳しい訓練を積むのが
大日本帝国海軍であった。海の上に浮かぶ船という密室環境であることも手伝っていじめなどが陰湿化しやすく、
指導方法も体罰などが当たり前のように行われていたようである。ここには、決戦兵器たる戦艦の乗員は厳しい
訓練によって練度の高さを維持して置かなければならないという考え方が存在したことが大きいのだろう。

「そういえば、大佐は日企連との改装に関しての会議に出席されたのでしたか」
「ああ。水沢技師だったか、彼が良い意見を出してくれた。改装案についてはまだ公にはできないが、許してくれ」

副長に井上が詫びたとき、比叡を取り囲むように係留アームが展開されていく。
比叡の船体に係留アームの先端にある巨大な吸盤が吸いつき、柔軟性を持たせて固定する。
ついで、上部からラッタルがクレーンにつられて降下してくる。
見上げれば、比叡を囲むように広がっている工廠内部には多くの作業員や日企連に所属すると思われる軍人が整列していた。

「比叡および比叡艦長 井上成美大佐に敬礼!」

そして、見事にそろった敬礼。誰もが潮の臭いに満ち、歴戦の海兵としての風格を持っていた。
比叡の多くの船員達が知らないことであるが、日企連はBFFと並ぶ海上企業としての一面を持つため地上で行われる経済戦争で多くの海上戦力を運用している。常日頃から切った張ったの世界を潜り抜けていることは史実側とは大きな違いであった。

『第五ドック、比叡の係留作業が完了しました。ラッタル展開、作業員は注意をしてください。
 まもなく5番ドックは改装のため、排水を開始します。
 井上艦長および比叡の水兵の皆さん、アシハラナカツクニへようこそ。歓迎しましょう、盛大にね』

それらに敬礼を返しつつ、井上たちはアナウンスに従い下船の用意を始める。

「さて、挨拶に行こうか」

井上は下船を促す。しかし、副長は見逃してしまった。井上の目に、深い悲しみがあったことを。
“臣民”となるための洗礼を受けたが故に、自分たちの無力さを思い知らされたことを。

197 :弥次郎@帰省中:2016/08/19(金) 21:17:00
さかのぼること10日前。
艦本。艦政本部というところは海軍大臣の麾下にある海軍の外局である。
造艦に関係する事務を管轄し、どのような艦艇を設計していくかを定める場所でもある。
艦本式、と呼ばれるように連合艦隊、つまり日本海軍の艦艇のタービンやボイラーは全てここが管轄している。
そして、現在旧大日本帝国海軍の面々はアシハラナカツクニの会議室に集まっていた。軍人以外にも技術者や学者も
含まれている。相対しているのは日企連海上防衛軍からの出向してきた海軍軍人と技術者達だった。
今答弁を行っているのは、日企連の海上防衛軍(つまり海軍)の東雲(南雲さんの中の人)。
会議室の前におかれた黒板にはいくつもの資料が張り付けられており、激しい議論が交わされていた。

「砲の命中率は、この時代においては低いことから多数の砲を搭載することが主流でありました。
 しかし、電探と射撃管制装置及び電算機によってむやみに砲を搭載することなく、必中の砲を搭載して重量を削減する。
 そうでなければ命中率はさっぱり向上しませんよ?当たらない鉄砲をいくら撃っても意味がありません」
「数をうてばあたるだろう。そもそも斉射はその為に行うんだから」
「数を撃つのは良いですが命中する前に相手が命中させてきたらどうします?
 仮想敵のアメリカは、こちらより多く戦艦を揃えてきますよ?数撃てば当たるとはいえ、向こうの方が数が多いのに
 どうやって先に命中させるんですか?運頼みにしますか?」
「それは……それは乗員の練度で補えば」
「先程お見せした榛名と霧島の比較実験では、互いの船員を入れ替えても、命中率は変わりませんでした。
 つまり、水兵の技量が関係するのは一定の限度があり、残りは砲の性能や砲撃を支える諸機能の差が物を言います。
 命中率を向上させて敵艦隊に対して優位に立つためには、これしかありません」

確かに、先だって行われた榛名と霧島の比較実験は命中率に有意の差が生じた。というか、面白いように砲弾が吸い込まれ、命中判定を叩きだしていた。挙句、速力をかなり出した状態での命中率も変わらなかったほど。追い打ちのように東雲が問いかける。

「それとも、積むだけ無駄な砲を積みますか?」
「……」
「水兵に対して快適な環境を提供するための分と、電探などを積み込む分と、新型高温缶を積む分。
 これを捻出するには砲を減らすしかありません。そしてこちらの提供する軽量合金を採用してトップヘビーを解消する。
 扶桑型という素晴らしい芸術を繰り返したいなら別ですが」

初の国産超弩級戦艦 扶桑型。しかしその実態は控えめに見てもお粗末であった。
既に時代おくれとなりつつある速力の悪さ、一斉射撃の度に船体にダメージが及び、おまけに居住性も悪い。
というか、建造中に既に欠陥が明らかになり、伊勢型以降は設計が見直されていた。その伊勢型に関してもユトランド沖海戦の戦訓を生かせたのが長門型以降であり、防御性という点において少々劣っていた。伊勢型に関しても、日本の技術の拙さがあちらこちらに現れており、近代の戦艦と呼べるのは長門型しかないと言えた。
日企連の皮肉気な物言いに史実側は露骨に顔をしかめるも、反論できずにいた。

「では」

牧野茂は、怒鳴り返したい気持ちを必死に抑えて問いかける。

「では、君達の案ならば解決できると?」
「ええ。比叡は生まれ変わりますよ。最も使いやすく、今後発展する航空機にも対応し、そして誰にも真似できない戦艦に」

198 :弥次郎@帰省中:2016/08/19(金) 21:18:01
既にこの場にいる人間の多くがコンセンサスとして史実の航空機の著しい発達を知らされている。
将来的に戦艦は高級おもちゃに成り下がる。費用対効果を鑑みれば、戦艦は双方が望まない限り起こらない艦隊決戦以外には対地砲撃などしか使うことができない存在になってしまう。ただし、このまま何もしなければ、という文を付けるべきであった。
そして、日企連は何か戦艦に新しい役目を負わせることができる能力と技術の持ち主だった。

「正直なところを言えば、長門さえも旧型にしてしまう怪物に仕上げます。我々の案を飲んでいただければ。
 そうでなければ、勝手にやる。あなた方は黙って動かせばいい。いえ、いっそ解体してしまいますか?
 くず鉄にでもなれば少しは国庫も潤いますからな」
「貴様!」

艦政本部長の中村良三が東雲の物言いに激昂して叫ぶ。

「言わせておけば!日本海軍の事は我々が一番理解している!貴様らは黙って…」
「畏れ多くも!」

鋭い声をあげ、すっと立ちあがたった東雲が中村に近寄り、じっと見つめる。
それだけの所作に、思わず中村は下がってしまう。気迫が違い過ぎた。

「陛下は貴官らの方針に疑問を覚えていらっしゃる。対米戦の指針は一体どのような物でありましたかな?
 そう、漸減。しかし……アメリカは戦時において10をはるかに超える空母を就役させ、戦艦を揃え、押し立ててくる。
 しかし、逆にそれはこちらも戦力を消耗させるということ。この国がやっと戦艦を揃えたとしても、それは的を増やしただけ。
 それとも……少し前の図上演習や電算機(コンピューター)演習をお忘れか?」
「あ、あんなものは……あんなものは!ただの演習だ!そうだ!誰があんなものを……!」
「貴方が職権を盾にして途中でいなくなったり、難癖付けていることは知っています。ならば結構。
 昭和20年3月1日に死ぬ貴官が少々早くいなくなろうと、日企連にとっては些事です。
 ご苦労でした、中村『元』艦政本部長。お連れしろ」

何時の間に現れた憲兵が、東雲に促されてがっしりと中村を両脇から捕まえる。

「な、なにをする貴様らー!?」

抵抗する中村だが、憲兵は落ち着いて手錠をかけて連行していく。
そもそも高齢の中村には憲兵を振り払うような膂力などない。

「彼は『勉強会』の主催に熱心だったようで……日企連の支配下にはいってからも頑張っていたようですね」

東雲の言葉に、史実側の面々も中村が何をしていたのかを悟る。
勉強会。字義通り受け取るにはあまりにも状況が悪すぎた。一体何をしていたのかは、日企連のみが知っていた。

「残念ですな……さて、続けますか。どうします?
 あなた方の案にのっとって改装するか、我々が技術指導を兼ねて改装するか、はたまた屑鉄として売り飛ばすか。
 このまま比叡を、そして残る戦艦達を、太平洋に浮かべるだけのおもちゃとするか否か」
「……」

返答は、なかった。というか、誰もが先程退場させた東雲のことを考えてしまい、口をつぐんでしまったのだ。

「しかたありませんな……休憩としましょう」

そこで一旦東雲は休憩を入れることを宣言。足早に会議室を出て行った。

200 :弥次郎@帰省中:2016/08/19(金) 21:21:05
あ、いかん。これが>>199の前に入ります…

日企連の面子がいなくなったのを確認した史実側艦本の、そして技術者たちは自然と寄り集まって話を始めた。
艦本には、当然のことながら派閥というものが存在する。3人集まれば派閥ができるという様に、同じ技術の進歩を
目指す学者や技術者同士でさえも、様々な要因で敵対関係となる。だが、それは平時での話。今は、日企連と旧艦本との
二つの次元に分かれていた。旧艦本内部においても、日企連肯定派と否定派に分かれていたことで、意見がまとまらずにいた。
一つ言えることは、日企連の改装案を否決したければ、それ以上の艦を史実側だけで作らなければならないということ。

「日企連の案は荒唐無稽だ。どうやって実現する気なんだ」
「造船については我々より先んじている。我々の尺度で語るな」
「君側の奸とのうわさも広まっている……」
「馬鹿言うな、食料や衣服の支給をしていると聞いている。貧乏人はこぞって日企連を持ち上げているぞ」
「やれやれ……」

井上は喧々諤々の議論の輪から離れた。
技術屋たちの話は後で聞くとしても、せめて軍としては意見をまとめたかった。
反対なのか、賛成なのか。井上は比叡の改装案には賛成ではあった。しかし、それが他の人間の理解を得られるかは正直不安だった。
賛成であると言っても、理解が出来ないのも実情だ。レーダーや射撃管制装置というのが一体どのように影響するのか不明。
原理を説明されたのだがよくわからないし、信用が置けなかった。いきなり日企連にこれを採用するようにと言われたところで、
その効果を全く理解できなければ用兵側も受け入れないだろう。

(電探の研究はまだ始まったばかり……その効果について日企連は知っているのだろうか?)

聞いたところによれば、電算機の導入まで検討しているようである。艦艇の未来位置予測の計算を電探と連動して
一瞬で導き出すらしい。測距儀などで測るまでもなく、安全な位置から敵艦の動きを読み取り、砲撃する。
見張り員と砲手の連携によって行われている連合艦隊のやり方とはまるで違う。確かに砲撃戦は砲の改良によって
徐々に長射程化をたどっており、それに応じて見張り員への要求も高まりつつあった。そのプロセスが時間がかかるということは
井上も理解している。見張り員が報告し、砲手が照準を合わせ、装薬・装填を済ませ、発射するというプロセスは時間がかかる。
だが、これは人の声を介して行われるため、日企連が指摘したように報告が途中で混同したり、不確かになることもあり得た。

(それを補うために訓練を重ねている……とするならば、日企連の技術によって砲撃の過程そのものが覆るのか)

個人の能力に依存しない艦艇。個人の技量を補うだけの技術を発展させ、誰もが均一の質を提供できるようにする。
思い出してみれば、日企連が提供している衣類は不気味なほどに均一。一人が作ったわけではなく、そういう何かを使って
大量に生産したのだろう。錬度や戦闘に関する技量を追い求める帝国海軍にとっては、足りない技術を用兵で補うことを
是としてきたが、いつの間にか本来の目的を見失っていたか。

(恐ろしい……)

ぶるりと、背筋に冷たいものが走る。
つまり日企連は、袋小路に入りつつあった帝国海軍に新たな道を示したのだ。そして、それに追いつけるかを試している。
もし順応できなければ、中村の二の舞となる。容赦なく地位を追われ、代わりの人間をその地位に据えるだろう。
日企連の意図は、本当に我々との敵対なのか。君側の奸というのは、果たして日企連だけなのか。
そのことが、井上には恐ろしかった。

199 :弥次郎@帰省中:2016/08/19(金) 21:19:45
他方、技術屋の集まりでは大きなどよめきが起きていた。

「儂は……日企連の案に賛成だ」

平賀譲が、日企連の案に賛成の意思を示したのだ。

「な、なぜ……」
「儂は、儂らは、彼らには勝てんよ……」
 日企連の案に儂は……魅せられてしまったわい……なんもかんも、負けとる。
 儂らが日企連の手を跳ね除けても、ろくなものを作れん。
 それこそ、藤本の二の舞じゃ……このアシハラナカツクニの真似なんぞ、逆立ちをしてもできんよ」

その言葉に全員がはっとなる。すっかり忘れていたが、このアシハラナカツクニは巨大な船舶の一種なのだ。
全長2.4kmというサイズの艦艇など、この世界には存在などしていないし、作ろうともしない。
何故作らないのか?その理由は様々あるが、一番大きいと言えるのは技術だ。これだけの船を支えるのにはどのような構造がいいのか。
どのような素材を使えばいいのか。どれくらいのドックが必要なのか。それらすべてが未経験だから、海に浮かんでいる船の大きさは300mを超えたことがほとんど無い。長門でようやく220mを超え、マル3計画の空母でも250mを漸く超えたばかり。
一体どこの誰が全長2.4kmものドックを用意できるのか。誰がこのサイズの戦艦などを構想したのか。
無理にまねようとすれば、それこそ藤本少将の二の舞となり、第四艦隊事件のような事件を再び引き起こすだろう。

「じゃが、日企連はできる。儂らにはできん。
 儂らにはこの船がどうしてつくれたか、それを説明もできん。
 同じものを作ろうとしても、第四艦隊の二の舞。誰かが詰め腹を切っても、どうにもならん。
 頼む……争っても、何にもならんよ」
「……できませんか」
「儂にも出来んよ。それに、日企連の代表が言っておった。やると言ったことは必ずやると。
 日企連は、わしらを無視してもよかったじゃろ。それでも、こうして艦本に持ち込んだ。
 わしらにもっと学べと、もっと考えろと、そういいたいのかもしれん……」

海軍の造船における第一人者の言葉に、誰もが言葉を失う。強引なやり口がやり玉にあがることもあるとはいえ、
それでも影響力は大きかった。少なくとも無視されるような存在ではなかった。それに、平賀の語ったこともセイロンだった。
自分達を無視できるのに、わざわざ改装計画の内容を教えて、議論させている。その意味について平賀は考えていた。

「少し前に、ダイスウゥマンとかいう技術者が来てな、あれこれと説教を受けた。 
 この国の造船はなっとらんと。現場と設計側が意思疎通が取れず、寸法の勝手な変更をしていると。
 『工業が工業たる条件を満たしていない』、そう、言われた」

工業化は明治の元勲たちが推し進めた列強が列強たる要素の一つ。
しかし、この時代の工業は、未だに芸術・工芸の域を出ていなかったことは想像に難くない。

「このまま船を、良いものを作れるのに手を抜いたなんてことは、元勲に顔向けできん……」

ほぼ泣きだしている平賀に、誰もかける言葉がなかった。
そんな彼の様子を見ていた牧野は腹をくくって口火を切る。

「すまないが、聞いてくれないか……」

201 :弥次郎@帰省中:2016/08/19(金) 21:22:04
10分後、議論が再開された。

「確かにこの案は……あなた方の、日企連の支援抜きにはできない改装です。
 これがもし本当に実現できるなら、これほどありがたいことはない」

口火を切ったのは牧野。彼は先程の休憩中に行われた短い議論の結果を、勇気を振り絞って言った。

「これについては、この改装が比叡を生まれ変わらせるものだと信じよう」
「良い返事です。しかし」

東雲は言葉を切って、わざと表情を歪める。

「単に改装するだけでは意味がありませんな」
「というと?」
「我々の技術は確かに先行しています。しかし、それは大日本帝国海軍にとっては完全に未知のものとなっています。
 用兵側も戦術・戦略の指揮を行う側も、それに合わせた教育が必要です」
「技術の差か」
「技術差は圧倒的にあるため、まずは何かを使ってすり合わせを行わなければなりません。
 そして、比叡はその為の練習艦となれる。これを行わなければ、改装の意味もありません」
「なるほど」
「では、改装計画について水沢技師に説明していただきます」

東雲がこれまで黙していた技師に場を譲る。
一礼をした水沢は、スクリーンに図面を移した。そしておもむろに手を上にあげる。

「!?」

自然と。史実側の人間がその手に注目してしまった。
何故だか、それに注目しなければならないと感じた。
直感的に、あるいは本能的に。

「諸君、私は戦艦が好きだ」

囁くような声は、不思議とその場の全員を包んだ。

「諸君、私は戦艦が好きだ」

まるで、手で猫をあやすように優しく、呟く。

「諸君、私は戦艦が大好きだ」

まるで、重大発表であるかのように大げさに言った。
誰もが、牧野も井上も平賀も、その場に居合わせたすべての人間が、それに反応した。

202 :弥次郎@帰省中:2016/08/19(金) 21:22:58
水沢は、というより金田中佐の中の人は、ある種のカリスマがあった。
それは扇動家としてのカリスマである。神崎がトップとしてのカリスマに、東雲が将校としてのカリスマに秀でているならば、
水沢のそれは民衆のカリスマである。近い人物を挙げるならば、ヒトラーに近いだろう。狂気と熱狂で人々を包み込み、
一気に突っ走らせるような、そんな逸材。彼が大艦巨砲主義に殉じる人間であったのは、そして戦艦への情熱を
コントロールできることはある種の幸運ともいえた。そうでなければ、人々を扇動し突っ走ってしまうだろう。どこまでも。

中村の退場に消沈している史実側の面子を叩き起こすのに、彼ほどの適役は存在していない。彼自身がこの
比叡の改装に極めて意欲的に取り組み(いい意味でも悪い意味でも)、完成させた。

そして比叡の図面を前にして、とある漫画の登場人物の行った演説をベースにして用意された、彼とっておきの扇動演説。
東雲はそっとポケットから耳栓を取り出して耳に入れる。一つ欠点があるとすれば、それは少々聞き過ぎることもあること。
まともでありたいというならば、話半分に聞くか、物理的に聞かない方がいい。

「諸君、私は戦艦を、悪鬼羅刹の様な戦艦を望んでいる。
 諸君、私に付き従う艦政本部諸君。
 君達は一体何を望んでいる?」

ヒートアップする水沢技師の演説。史実側はすっかり飲み込まれている。
誰もが、洗脳されたかのように笑みを浮かべ、水沢の言葉に熱狂していた。
これでいい、と東雲は一人笑う。熱しやすく冷めやすいとされる日本人の気質をうまくつけるのが水沢だ。
これで史実大和型の設計などに食い込むのも容易となるだろう。艦本は日企連に自ら下ったのだ。
日企連に反発していた旧帝国海軍の派閥の一角が崩れた。あとは雪崩をうつようにして下って来るだろう。
比叡の改装で大砲屋を。駆逐艦の改装で水雷屋を。空母の改装で航空屋を。まずはその一歩であった。

「戦艦を!一心不乱の大改装を!」

やがて、水沢の演説は架橋へと差し掛かり、いよいよヒートアップしていた。熱狂した艦本は夜が明けるまで
日企連側と議論を交わした。日企連の思い描いたように。

203 :弥次郎@帰省中:2016/08/19(金) 21:24:32
アシハラナカツクニ 休憩室。
熱狂の議論の合間の休憩時間に集まった日企連のメンバーは静かに会議を行っている。

「これで艦本は掌握ですな」
「楽しかったな。やはり戦艦が全てを握っていた時代の住人はノリがいい」
「では予定通り明日には『アレ』を視聴させます。
 これで目が覚める人間も多くいるでしょう。艦本は目が覚めてしまえば、今後の艦艇の建造や運用については
 日企連が掌握できるし技術指導もスムーズとなるでしょう」

『映像の世紀』と書かれた封筒を東雲はそっと抑える。
中には、日企連の広報部が編集した『映像の世紀』が収められている。史実の敗戦から、如何に日本が立ち直り、
世界が回り、国家が滅び、企業が台頭し、そして人類そのものが壊死しようとしているかを示した8mmフィルム。
然るべきところで公表すれば、そのまま世界を崩壊に導きかねない禁断の映像。劇薬であると同時に特上の治療薬であった。

「これが、彼らの目を覚まさせる。社員ではなく、臣民として、思考を新たにしてもらわなければならない」
「そう期待するとしようか。それより、扶桑型と伊勢型についての意見書をまとめた。
 一応運用側・教導側の意見も聞いておきたいから、目を通して意見が欲しい」
「あれ、新造しないんですか?」
「新造はする。だが、教材はいくらあってもたりん。それに、練習艦が足りない。連合艦隊と創設予定の海上護衛総隊の
 人員の養成は旧式の駆逐艦や軽巡を使ってやるが1隻でも多い方がいい。技術蓄積を急がせなければ戦う前に負ける」
「分かりました……では、そちらはお任せしましょう」

会議の場を演出してのけた日企連の面子はそこで別れた。東雲は元の世界への報告を行うため、水沢は史実側艦本の元で
議論を行うため。そして、名無しのメンバーたちもそれぞれの場所で運命に抗い、戦うために。
日企連のさらに背後に立つ夢幻会は、二つの世界を翻弄しながらも密かに活動を続けた。

余談であるが、中村良三は1945年の2月28日に病死している。
史実を知る日企連にあまりにも反発し過ぎたが故に遠ざけられた彼は、ハンコとサインをするだけの仕事を重ねていたが、
最後の抵抗のように史実と異なる末路を迎えた。それだけは彼が史実を代えることができたのである。

204 :弥次郎@帰省中:2016/08/19(金) 21:25:07
高速戦艦『比叡』 性能諸元

全長:231m
全幅:32.1m
喫水:9.75m
基準排水量:3万9000トン
満載排水量:4万5000トン
機関:新艦本式イ号缶
機関出力:15万0000馬力
速力:33.2ノット(過負荷全力36.3ノット)

主砲:97式36.5センチ砲改 連装3基 6門
武装:
76mm単装速射砲 10基
25ミリ機関砲 単装10基
20mm近接機関砲 4基

艦載機:
零式水上偵察機×3 or 97式回転翼機×2 or VシリーズAC×2

その他:
新三菱汎用型油圧カタパルト×1

概要:
練習艦となっていた比叡を、日企連のAF『アシハラナカツクニ』において大改装を実施した姿。
史実側の技術者への技術指導を兼ねて改装されており、多くの技術は日企連から提供されている。

36.5センチ砲は命中率の向上などから一回り小さい30.5センチ砲などへの換装も考えられたのだが、投射できる
砲弾の重量や仮想敵となるアメリカ海軍の戦艦の防御性を鑑みて、また工期短縮のために史実側の物品で再利用可能な物は
可能な限りそのままにという方針から35.6センチ砲のままとなっている。しかし半自動装填装置の採用(技術的な習熟後に
自動装填装置を搭載)と砲身の冷却機構の採用で連射性はかなり向上している。砲身自体も日企連の全面監修した
それに換装したことで、向上した速射性に耐えうるものとなっている。はっきり言えば、35.6センチ速射砲と化したのである。

命中率はどうかといえば、日企連のレーダーとレーダーと連動した射撃管制装置、そして未来位置を予測する電算機などの
本来ならばありえない技術の恩恵によって、斉射の命中率はおよそ10倍にまで跳ね上がっており、砲弾推進剤の改良と
合わせれば射程も3万8千mまで伸びていることと合わせて、速く・火力があり・命中するという要求を満たす怪物となった。
これによって砲塔は連装4基8門から連装3基6門へと減らされ、排水量削減につなげている。同様な理由から副砲は
すべて廃止となり、両用砲として76mm速射砲が搭載された。また個別艦防御として20mm近接機関砲、所謂CIWSが採用された。

205 :弥次郎@帰省中:2016/08/19(金) 21:26:04
ただし情報隠匿のためにこのCIWSに対してはカバーが掛けられて、偽装となる対空砲を搭載した。
この搭載砲の削減については艦本及び用兵側からも避難轟々だったのだが、日企連側が命中率向上のために必要な
機器類の総重量と、搭載しなかった場合の命中率の差について事細かな資料を突きつけられ、おまけに簡易式ながらも
射撃管制装置や電算機を積み込んだ榛名とそうではない霧島を用いた比較実験を実施した結果を見せられ、黙ることを余儀なくされた。
ここには日企連が持ち込んでいた艦艇による対空射撃の命中率を示すデモンストレーションも追い打ちとなっている。

内装に関してもエアコンや冷蔵庫の搭載をはじめとして、船室の改装によって居住性を向上させている。
分かりやすく言えば各部屋に冷房暖房完備、和式便器の採用、シャワー室の完備などである。
また厨房には大型の冷蔵庫や電子レンジ・電子調理器が完備されており、その恩恵によって提供される食事は同型艦は
おろか連合艦隊のどの艦艇よりも豪華なものとなっていた。大量に使用される真水に関しても日企連が提供したろ過器を
積み込むことで海水から精製して潤沢に使用することが可能となっている。

艦載機としては史実の零式水偵が採用されているが、対潜哨戒あるいは連絡機として97式回転翼機が搭載されることがあった。
史実よりも早く誕生することになった油圧式カタパルトがあるため、その気になれば戦闘機さえ射出可能であった。
ただし着艦についてはアレスティングワイヤーを使えばギリギリ、という状況であったため水上戦闘機『瑞雲』の
開発・生産が急がれた。他にも後部甲板はVシリーズACの搭載も可能な広さを持っており、対空・対地・対艦戦闘を
支援することが可能となっている。

これだけの改装が施された弊害は、当然のように搭乗員に及んでいた。時代背景的に日常的に機械と触れる機会が
ない船員達は、慣れていないために、壊したり、間違った使い方をしたり、あるいは意図を理解しなかったりと
様々な反応を示した。マニュアルの配布や指導員の増員などで対応したのだが、それでも通常の一般水兵から将官
までが勉強し直しをする羽目になった。比叡を使用しての訓練は滞りなく日常生活を送れるようになるまで2,3カ月を必要とした。
しかし、それらを含めても旧帝国海軍にとってはこの比叡の改装は非常に満足するものであった。
快適すぎるほどの居住性は口伝えに海軍全体に拡散し、特に扶桑型や伊勢型の乗員からは『比叡御殿』と呼ばれて羨望され、
劣悪な居住性改善か日企連による改修を要望する声や意見書が旧帝国海軍上層部に殺到した。

この改装によって技術蓄積を行った旧帝国海軍は、次なる戦艦を大和型および紀伊型と定め、高度に進化していく
航空機や変化していく戦術に合わせた研究にまい進。1940年までに技術的な習熟および必要な艦艇の整備を目標とした。

207 :弥次郎@帰省中:2016/08/19(金) 21:27:00
以上となります。wiki転載はご自由にどうぞ。

水沢技師に盛り上げてもらって正気を失わせている間に必要なサインなどは頂いて、強制映像の世紀の刑。
これで臣民が出来上がります。さて、井上成美大佐と艦本諸君、ようこそ現実へ(ニッコリ
比叡は今後の戦艦のベースとなるわけですね。次に建造する紀伊型にはアイオワみたくミサイルも積み込む予定。

比叡「どうですか、お姉さま!」
金剛「比叡が化けたデース……」
霧島「というか、性能からして私たちの立つ瀬がありませんね……」
榛名「は、榛名は大丈夫じゃないです……」

次は潜水艦の話にしましょうかね。あとは陸軍の皆さんの教育風景でも。

自分で設定しておいてなんですが、アシハラナカツクニってデカいですね……東京タワーが海上にあるより目立ちますな。
というか、あの女流冒険家でも招きますかね?真っ青になるでしょうけどw
あとは東京オリンピックに向けてギガフロート建造の様子でも書いてみましょうか。


戦艦の予定はこんな感じ。
大和型:アメリカが殴り込んでこないようにするための抑止力。艦隊決戦型。2隻。ドックも一緒に建造中。

紀伊型:対地砲撃から対空戦闘 艦隊戦まで手広く担う役目。史実金剛型のように使い勝手の良い戦艦にする。
日企連が2隻作って史実で4隻作る。ブロック工法と溶接の導入で短期で一気にそろえる。

扶桑型→練習艦へ改装。主砲を取っ払って後部は飛行甲板に。条約対策。

伊勢型→内装だけ改装にして暫くの間だけ戦力に。他の戦艦が仕上がり次第使い道を決める。多分イージス戦艦になる。

長門型→内装の更新。あとは電探の搭載など。

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最終更新:2016年08月20日 09:12