368 :弥次郎@帰省中:2016/08/20(土) 22:16:07
大日本企業連合が史実世界にログインしたようです 「国防は軍人の……」2 -とある戦車兵の憂鬱-


大日本企業連合 史実側拠点AF『アシハラナカツクニ』 居住区画 第八講義室

標準的な25mプールほどの大きさの講義室には、多くの陸軍兵が集まっていた。
一兵卒から将校、あるいは将官まで、あるいは伝令兵や偵察兵、整備兵までが同じ場で講義を受けている。
講義室の前方には巨大なスクリーンが展開されている。映しているのは総天然色(フルカラー)の映像機。
もちろんこれは日企連が製造しているもので、史実側では再現できないものの一つであった。

「……というわけで、戦車は欧州において重量を増しながら肥大化していきました。
 しかし、ソ連の開発したKV-1およびKV-2を例に見ればわかるように重装甲化と搭載砲の肥大化は時として戦車の運用事態に
 致命的な影響を及ぼすに至りました。ドイツにおいて開発されたシュツルム・ティーガー……」

スクリーンに投影される写真が巨大な臼砲を搭載した突撃砲に切り替わる。

「このシュツルム・ティーガーは空爆や重砲でもない限り破壊できないという重装甲、そして戦線を覆しうる大口径砲を
 搭載していましたが、この戦車を『撃破』したのは機械的信頼性と燃料不足そして運用の難しさ。同時期に開発された
 超重戦車も、例えば『マウス』などですが、100t級あるいは120t級戦車はその重量を動かしうる動力の開発が難航し、
 搭載されたものでさえ信頼性の低さが祟って碌な運用が出来ずにいました。
 つまり、戦車運用は高度化するに従い、インフラへの負荷をかけるものとなっていくのです」

では、と次のスライドに切り替わる。

「狭く、橋が多く、おまけに道路の舗装すらろくに進んでいない。地面も重量があるとろくに動けなくなる。
 そして、燃料を供給する手段も不足している。まさか、重油を背負って輜重兵に歩かせるわけにもいきません。
 そんな環境で、機動戦を含む戦車の運用を行うのはかなり難しいです」
「動かせないのか……」
「陸軍が述べている様に本土決戦となった場合、真っ先に役に立たなくなります。
 というか、戦車を運搬する方法が脆弱な鉄道インフラかのろのろと地面を走らせるしかないので、非効率極まりないです。
 そして、日本は答えを導き出しました。日本国内の運用を重点に置いて設計された『10式戦車』です」

スクリーンに映し出されたのは、今から50年以上後になって開発された日本の戦車だった。

「この戦車の特徴は、ずばり軽さ。これまでの戦車よりも性能を向上しつつ、国内の道路の事情に合わせています。
 軽いから装甲が薄い=弱いと考える頭の良い馬鹿もいましたが、そこは軽く頑丈な素材を採用して防御力を高めています。
 小ささのおかげで被弾面積も減少、それによってコストの削減にもつながっています。装甲の厚さと質と角度が戦車の防御には重要です」

なるほど、と設計者たちがメモを取る。

「国内で運用可能な戦車は、全体の重量が50t以下、敵戦車を撃破するだけの砲を持ち、且つ信頼性の高い戦車となります。
 これはこの時代よりインフラが整っている時代での要求です。現在九五式軽戦車の運用がメインとなっていますが、
 日企連はこれを拡張した戦車の投入を考えています。将来生まれてくる、ソ連が投入してくるであろういくつもの
 戦車を撃破しうる戦車を」
「ですが、国内運用はどうやっても30トンが限界です。あまり肥大化するのは……」

原乙未生大佐が指摘したことに講師は我が意を得たりと頷いた。
日本戦車の父とも呼ばれる彼もまた、日企連上層部の命令で出席していた。そして彼は、特機情報(史実情報)の
一部を明かされた人間であり、旧帝国陸軍からは戦車の運用について学ぶように指示を受けていた。

369 :弥次郎@帰省中:2016/08/20(土) 22:17:03
「原大佐の指摘はもっともです。しかしインフラについては日企連が改善していますので、50t以下としてよいです。
 その前に敵を知りましょう。ソ連が開発した戦車についてみてみましょうか。T-34中戦車です。性能諸元はこちら」

全長: 8.15m
車体長:6.10m
全幅: 3.00m
全高: 2.743m
全備重量:32.0t
最大速度:55km/h
航続距離:300km
武装:51.6口径85mm戦車砲×1
   7.62mm機関銃×2
装甲厚:16~90mm

スライドには様々な方向から撮影された戦車の写真が表示されている。
今映っているのは第二次大戦から冷戦期まで生産されたT-34戦車であった。

「ソヴィエトは恐ろしいことに、年単位で更新を繰り返し、尚且つこのシリーズだけで1945年までに5万7,000輌を生産しています」

およそ6万。付属する兵士は乗員5名ということを考えれば30万人以上。整備兵などを含めれば、もっと膨れ上がるだろう。
その数にさしもの戦車兵たちもこれには顔を青ざめる。

「まあ、多くが独ソ戦に投じられますけどね。
 ただ、満州の関東軍の言う『大陸貫通作戦』などしたら、さらに量産されたこれらが押し潰しにかかってきます。
 相手にします?」

可愛らしく小首をかしげる教官にその場にいたすべての兵が首を横に振る。
数えるのも馬鹿らしい数だ。相手をする間に自分たちが疲弊して負けてしまうに決まっている。

「さらにこの戦車のあとにもT-44をはじめとした後継戦車を続々と開発しています。
 後に、というより並行してといった方が正しいでしょう。これらの大量の戦車や野戦砲などを活用する方法として、
 縦深戦術理論というものをミハイル・トハチェフスキーが考案します」

スライドが切り替わり、ソ連軍人の写真と略歴、そして『バグラチオン作戦』と書かれた巨大な地図が表示された。

370 :弥次郎@帰省中:2016/08/20(土) 22:18:06
「バグラチオン作戦というソ連によって行われた作戦です。これは縦深戦術理論の端的な例と言えます。
 主力部隊が幅広い正面に同時攻撃を仕掛け、目標とする突破距離を100km以上にし、インフラの逐次敷設などにより
 兵站能力を高める推進補給方式を採用。多少の損害を無視し、全てを数と火力で蹂躙して包囲殲滅する。
 波状攻撃を可能とするこれらによって、敵軍は配備していた38個師団のうち28個師団 およそ85万人を失い、
 大打撃をこうむりました。ソ連側も17万8千人を失いましたが上層部にとってはこの数は『想定内』となっていました」
「17万が想定内の損失……!?」
「なんて数の犠牲だ」
「普通なら大打撃だぞ……?」

膨大な犠牲に対してざわめく戦車兵たちだが、講師は涼しい顔だ。

「ソ連というのは、こういう国なんですよ。
 あなた方が大陸でぶつかろうとしているのは、そういう国なんです。一人殺した二人殺した、では効かないんです。
 もっと大きな打撃を与えなくてはいけません。相手は損害無視で陣地ごと突っ込んでくるんです。こちらの常識で
 全てを見ようなど土台無理な話です」

一般兵の反応にむしろ講師は満足していた。
ソ連との戦いが想定される陸軍は、『これ』を理解しなければならなかった。
多少の勝利ではなく、戦略・戦局的な視点を持つこと。目先の勝利ではなく、全体としての勝利を理解すること。
そのことを理解しなければ、ずるずると敗北を重ねてしまう。やがてソ連は共産主義の拡大のために行動を起こす。
下手をうてば、日本列島が赤化する。そういう意味では朝鮮と満州は防衛する必要がある。
AFも確かに強力なユニットだが、戦術的な活用は簡単でも戦略的な運用は中々難しいし、全てをひっくり返せるわけでもない。
つまり、日企連でも戦局や戦略を完全にひっくり返すのは不可能なのだ。
では、と講師は前置きをしたうえで、次のスライドへと変える。

「日企連はこの事態を回避するべく、新たな戦車および飛行機などを投じる予定です。
 今回は歩兵も絡むレベルの戦車を紹介します」

映された戦車はこれまでのような過去のものではなく、現実にあるものを撮影したものだった。

「試作九七式中戦車。全重量17トン。搭載しているのは44口径75mm戦車砲と97式車載7.7mm重機関銃。
 最高時速およそ40キロ、航続距離200km前後。前面装甲が傾斜させた上でおよそ50mmとなっています」
「砲塔がない?」

誰かが、その戦車の特徴をぽつりと漏らす。
確かにその戦車には砲塔がなかった。傍目には長い槍が戦車に刺さっているようにも見える。
砲塔がない戦車というのは、確かに存在していた。しかしそれは初期の戦車を中心に見られたもので、WW2以降では
一部の例外を除けば見られなくなった『無砲塔戦車』であった。

371 :弥次郎@帰省中:2016/08/20(土) 22:19:00
「この国の技術において、この戦車は一種の模範戦車と言えるかもしれませんよ?
 工作精度において、日企連指導以前の戦車は当てになりません。これが、限度です」
「……」
「二両の戦車を用意して、互いのパーツを交換して一部の隙もなくぴっちり合致する、規格の統一された部品の製造。
 それができなければ、アテにならない戦車で多くの戦車兵が死にます。戦車は正直で、何かあれば壊れて動きません。
 悪いのは使う側の人間です。戦車は自分を自分で整備できませんから」

沈黙する整備員たちに鋭い視線を投げかけ、講師は手を挙げた戦車兵の一人を促す。

「射角は狭いがどうするのだ?」
「たしかに射角は狭いですが、アンブッシュ(不意打ち)による敵戦車の撃破を重点にすれば十分戦えます。
 設計そのものはドイツ帝国の開発する三号突撃砲をベースとしています。砲塔をなくすことで構造を単純化し整備性を改善。
 さらに防御性を向上させています。視界の狭さは随伴する歩兵によってカバーし、あくまでトーチカや正面に展開した戦車のみを
 重点的に狙う構造となっています。まあ、正直これは戦車ではなく突撃砲ですから、砲兵の領分なのですが……」

思わぬ指名に砲兵科の方がきょとんとする。
確かに傍目から見れば戦車のこれを渡されても確かに困る。

「しかし、これは歩兵にはありがたいな……歩兵の為の戦車だ」
「その通りです。三号突撃砲は歩兵レベルの支援を行う戦車であり、実際にドイツにおいては戦車よりも突撃砲をと言われるほど
活躍していました。なにしろドイツのドクトリンの一つである電撃戦に非常に合致していますから」

ある将校が回されてきた資料を見て評価した。彼は歩兵閥から出席してきた受講者で、この戦車が意図するところに気が付けた。

「泣き所は、砲塔が存在しないことで、側面や後方に回られると弱いことでしょうか。つまり、車体を丸ごと動かす
 必要があるわけですね。しかしコストの面では95式などに比較しても抑えられています。数を揃えつつ、敵戦車を
 撃破するのに必要な砲を持つ質を維持。それでいて歩兵の支援も行える。多機能な戦車ですね」
「なるほど……」
「用兵側の理解が向上しなければいかに良い戦車を用意しても無駄です。運用と整備についての理解が進んだら
 大型の砲を搭載した戦車を用意します。日企連はメソッドを理解していますが、貴方方がこれに追いつくには順を
 おって追いかけてきてもらう必要があります。技術と戦術の発展が歪んでしまわないためには、それが必要です」

そう締めくくった時、丁度良く鐘が鳴った。

「では午前の講義はこれまで。
 午後からは今日紹介した試作戦車を動かしてもらいます。
 将校の方々には、バグラチオン作戦について別な講師から講義をしていただきます」

講師が一礼して、解散となった。

372 :弥次郎@帰省中:2016/08/20(土) 22:19:56
陸軍兵たちの楽しみが、アシハラナカツクニの食堂で食事だった。
船の上とは思えないほどの量と、座学で疲労した体にはうれしい濃い味付けの料理。
最初こそ味にとやかく言う兵士もいたのであるが、今ではすっかり日企連の料理に取りつかれている兵士ばかりだった。
午後から実機を動かしての訓練がある陸軍兵たちは我先にと食堂へと急いでいた。

「小次郎さーん!待ってくださーい!」

男ばかりのアシハラナカツクニの通路に、元気な少女の声が響いた。
その声の主は一直線にある人物の元へとたどり着いた。

「小次郎さん、一緒にお昼食べましょう!」
「わかったわかった……」

西住小次郎は講師役の少女のせがみに苦笑するしかなかった。
鴨川桜子。18歳という彼よりも年下でありながら、歴戦の戦士の風格があった。女だからと馬鹿にした同期が尋常ではない
殺意を向けられて漏らしたのは記憶に新しい。彼女の身分も日企連陸軍の大佐相当という自分から見ればかなり高い階級。

なによりも彼女が『轟天号』と呼ばれる人型機動兵器の操縦士(リンクスと呼ぶらしい)であることは説得力を与えていた。
操縦しその頭のおかしい大口径砲をぶっぱなして標的を撃破している様子を映像で見せられた時は色々とあきらめざるを得なかった。
彼女は既に100を優に超える戦車や人型兵器を撃破している。撃破というよりは、蹂躙に近いのだが。

(長門の主砲よりデカい方を積んだ戦車か……)

威力のほどは映像で見せられたが、文字通り大地が吹き飛んでいた。
あれが常識になるレベルまであちらの世界の戦争は進化を遂げていた。彼女達と比べて自分たちは何とみじめな装備と
戦略で戦おうとしているのか。自分は確かに戦車の重要性を研究しようとしていた。だが、よく考えれば前回の世界大戦において
欧州で展開された戦いをほとんど知らなかった。そして彼女達が、日企連が指摘したのはそこあった。
経験のなさと、戦車の運用方法のずさんさ。なによりも、戦車がなぜ戦車たるのかを理解していない。
航空機と地上の戦車と歩兵と、それを支援する後方支援体制。そして迅速な展開を可能とする機動力。
歩兵の展開する重砲と開発されてきたいくつもの兵器の連携。それらが運用されるうえでのインフラなどの自力の向上。

その為に必要な期間と費用の総額を見せられた上層部がひっくり返ったのは記憶に新しい。
はっきり言えば一年の予算の何十倍にも上った。陸軍ではなく国家予算の。総額だけでなく、要する時間は今の自分達では
十数年あまりかかると予測されていた。そして、その間にアメリカか中華との戦争が起こりうるのだ。とても間に合わない。
その事実を、彼女の授業は旧帝国陸軍へと突き付けていた。

373 :弥次郎@帰省中:2016/08/20(土) 22:21:09
「先程の講義はどうでしたっ!?」
「あ、ああ。よかったよ。でも、やることばかりだな……」
「95式軽戦車も簡単に撃墜されてるしあれじゃダメだよね!チハたんは可愛いからいいけど」
「か、可愛いか……」

戦車をかわいいと言い張れる女性はいかがなものか、と思う。
動物や花や蝶などならともかく、無骨な戦車をかわいいと言える審美眼には、少々ずれを覚えた。

桜子に引っ張られ、小次郎は士官用の食堂へと足を踏み入れた。
まだ講義室で講師に質問をしている士官が多いためか、人の姿はまばらだった。
一般兵向けとは異なりゆったりとした広さを確保していて、ソファーなどを配置したラウンジがあり、個室もあった。
他にも小次郎の分からなかったのだが装飾に紛れたスピーカーがあり、その気になれば音楽も流すことができた。
およそ士官をもてなすのに必要な設備は一通りそろっていた。そんな士官用食堂を見る暇を与えずに桜子は個室の方ではなく、
少し角を曲がった先へと歩いていく。行き止まりだ。絵が飾られているが、それ以上奥には進めない。

「おいおい、そっちは……」

その事を小次郎が指摘しようとしたとき、桜子が壁の一部が張り出しているところに手にした何かを差し込んだ。
すると、壁の一部が音もなく横にずれ通路が現れた。切れ目があることさえ、小次郎には分からなかった。

「今日はちょっと特別な人と話しながら食べたいと思ったから、こっちに来たの。
 いつもは下士官用食堂だったんだけど、本当はこっちで取った方がいいって言われちゃって……」

心なしか、彼女の後ろでまとめた髪(ポニィテイル、というらしい)が元気がなく垂れているように見える。
そういえば彼女はいつもは下士官と一緒に賑やかに食事をとっていたのだが、今日はどうやら違うらしい。
警備兵が物々しく固める通路を桜子が先導して進む。やがて、明らかに自分達とは縁がないような豪華な部屋に通される。
そこには給仕係が二人とスーツ姿の男性が一人いた。そのスーツ姿の男性はじろり、と音がしそうな視線に思わず
小次郎はびくりとしたが何とか堪えた。眼光の鋭さは歴戦の戦士のそれだった。

「初見となるな、有澤重工 有澤隆文だ」
「お義父さんです!」

渋い重低音の名乗りと、緊張感のない朗らかな紹介。
その落差に思わずぽかんとしてしまった。

「娘さん……?」
「義理の娘だ。自他ともに認める私の後継者でもある」

義理の、という言葉を数秒遅れて理解した小次郎だが、自然と姿勢を正して敬礼してしまった。

「は、はじめまして。帝国陸軍 西住小次郎中尉であります!」
「うむ。娘が世話になっているな」
「お義父さんはなんとあの雷電の操縦士です!」

374 :弥次郎@帰省中:2016/08/20(土) 22:21:54
雷電。その名前は聞いた覚えがある。というか、講師役の彼女に散々自慢された。
全てを灰にする究極の戦車であると。装甲には『愛』というステータスがあると。グレネードランチャーから発射されるのは
榴弾ではなくロマンであると。神とはすなわち力なのであると。( ´神`)は力なのだと。映像も見せられていた。
戦艦を丸ごと陸に乗せたような巨大な『何か』と真っ向から撃ち合い、撃破していく様を見た。その様は戦車兵としては
真に心躍る撃ち合いで、『何か』が完全に沈黙したときは他の戦車兵共々思わず喝さいの声を上げていた。
そして、その戦車を操っていたのが、目の前の偉丈夫。というか、見上げるほどの巨躯を持つ男。
というか企業のトップが前線で自ら戦うのはどうなのか。

「社長なのに……前線に?」
「将とはそういうものさ。自ら戦う気概が無ければな」

落ち着き払った低温の声は威厳に満ちている。
確かに将としての威厳や風格を感じる。彼の元にいる社員はどれだけ安心感を覚えているのか。
2.26事件の際に右往左往していた上官などとは異なり、まるで巌のような安定感がある。

「技術指導の様子を視察に来た。明日には本土で観光も兼ねて視察を行う」
「防疫期間終わったんですか?」
「うむ……こちらは空気がうまい。吸うだけでも万金に値するな。空気がうまいともなれば、食事もうまいと相場が決まっている」

小次郎はその会話には奇妙さを感じた。どことなく腑に落ちない。
空気がうまいと言われても、別段そこまでうまいとは言えない。
そういえば講義に出てきた資料も嫌に具体的な数字を挙げていた。例えばバグラチオン作戦はソ連の作戦なのだろうが、
ソ連は成立してからあの地図のような状況で戦争などやっていないはずだ。なんとなくおかしい。

「あの、一体どうして……」
「機密だから、それには答えられないんです、ごめんなさい!」

桜子に笑顔で言われると、黙るしかない。この少女の肩書は陸軍の大佐。事実上の権限はそれ以上だ。
人型機動兵器の操縦者ということと、年齢に似合わぬ実力者ということ。それ以外は生まれ故郷が何処であるかとか、
好きなものがなんであるかを教えてもらった程度。それ以外は、何一つ知らない。そして、自分のことを軍神と呼ぶ。

375 :弥次郎@帰省中:2016/08/20(土) 22:22:44
彼女に限らず、教導官の戦車兵たちもなぜか自分に敬意を払っている。そもそもここに呼ばれたのだって、日企連の御指名だった。
彼らは自分のことを何故知っているのか。よくわからない。一介の戦車兵が知るべきことと知らなくてよいことに
分けられていいのかは分からなかった。

「桜子、ここにいるリンクスは誰がいるか知っているか?」
「えっと虎鶫さんがいますね。第八区画でVシリーズのテストをしています。タケミカヅチさんは本土でしょう」
「ふむ、ならタケミカヅチも誘うとしようか。彼も働き詰めだろう」
「神崎代表からもタケミカヅチさんを戻すように言われてます。そろそろプランの準備がありますから」

あからさまに機密の会話。しかし、小次郎には半分も理解できない。
しかし、一つ分かったことは、彼らが明らかに名前らしくない名前を名詞のように使っていること。

「すまないが桜子、タケミカヅチだとか虎鶫だとか、人の名前らしくないんだが。本名じゃないだろう?」

その問いにきょとんとした桜子だが、暫く考えて頷いた。

「西住さん、リンクスというのはおいそれと本名を明かしたりしないんですよ。
 自分や周囲の人の命が狙われたりしますから。大体が偽名かコードネーム(呼称番号)だったりします。
 私だって虎鶫さんやタケミカヅチさんの本名知りませんし、カラードには顔も見たことがないリンクスだってたくさんいます」
「え?そうなのか?」
「我々は企業にとって重要な人間なのでな。戦場ならばともかく、暗殺などされるのは困る。
 私や桜子のように本名を明かしているのはごく一部だ。まあ、用心の為ということさ。その点、虎鶫はうまく隠している」
「というと?」

小次郎の知る虎鶫とは、そういう鳥の名前だということだけ。

376 :弥次郎@帰省中:2016/08/20(土) 22:23:21
それを伝えると、桜子は少し迷っていたが分かりやすく答えてくれた。

「虎鶫は鵺鳥とも言います。鵺は猿の頭、虎の胴体、蛇の尾を持ち、翼がないのに空を飛ぶ妖怪の事です。
 源頼政に退治されたという逸話を持ち、表現として用いるならば『よくわからない人やモノ』を指しています。
 つまり、虎鶫を名乗るということは『名無しの権兵衛』という意味とも取れます」
「なるほど……」
「私は虎鶫さんが装備を次々に取り換えていたり、機体を他企業とのミックスとしていることからと思っています。
 機体の名前も源頼政が用いた『水破』『兵破』という二つの矢からとった名前でしょうし」

彼女の口調も、まるで先程の講義の時のように真剣だ。
普段は朗らかな彼女とはまた別な面。可愛らしい少女ではなく、一人の戦士としての顔。
すっかり顔なじみとなっても、こんな彼女の顔を見るたびになんとなくひやひやする。
しかし、なかなかどうして、こんなにも美しく見えるのか。

「あ!ごめんなさい!つい仕事モードでした!」

彼女の表情がいつもの朗らかなものに切り替わって謝って来る。
顔を赤くしてしまった彼女に代わって、社長が口を開いた。

「今日は日ごろから義理の娘が世話になっていることの礼を心ばかりだがしたい」
「恐縮であります」
「そう硬くならないでくれたまえ。私も是非とも話がしたかったのでな」
「そうそう、気楽にしましょ!」

有澤の社長とその義理の娘はにこやかに言うが、小次郎には礼を言うのが精いっぱいだった。話をしている間に
明らかに日企連幹部と思われる人間が続々と現れ、席につき始めたときは小次郎は諦めるしかなかった。
誰もが興味の眼差しでこちらをみているし、席の位置からして自分がこの場に呼ばれたのは明らか。

(試作戦車に乗りたかったなぁ……)

並べられていく「お上品」な料理にめまいがしはじめた。
彼が解放されるまで、およそ2時間であった。

377 :弥次郎@帰省中:2016/08/20(土) 22:24:25
以上となります。wiki転載はご自由に。

というわけで、戦後世界ネタからチハさんを借りまして登場させました。
性能そのものは日企連の技術が否応なく性能を挙げますので、恐らく3号突撃砲よりも性能が良いでしょう。
車体そのものに余裕もあるでしょうし、側面防御もがっちりしているかも。

作業BGMは東方projectから『平安のエイリアン』。
虎鶫さんの名前の由来は「鵺」でした。
愛機の名前と以前上げた台詞集にも出てきた『文殊菩薩』、そして愛機のコード名、水破兵破。鋭い人は気が付いていたでしょう。

搭乗したリンクスは霧の咆哮氏の設定案からいただきました。
この場を借りてお礼申し上げます。

さて、そろそろ寝ますかね…

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最終更新:2016年08月21日 09:20