570 :ひゅうが:2016/08/22(月) 19:23:47
艦こ○ 神崎島ネタSS――「第二次上海事変」その4



――1937(昭和12)年7月2日 午前10時10分 上海総領事館前


「避難船第一陣が投錨を完了しました!」

「護衛のために、各国の河川砲艦が揚子江上流に展開しています。」

「ありがたいことだな。」

大川内特別陸戦隊司令は、昨夜の飛行艇隊飛来から状況が好転し始めたことを感じていた。
台湾の東港との間の距離は800キロ。
この間を97式大艇は5時間ほどで、神崎島の2式大艇改「晴空」と超大艇「蒼空」は3時間ほどで往復して人員を輸送し続けていた。
現在までに移送できた人数は1万名をこえている。
そして、それに続いて神崎島鎮守府所属の大型揚陸艦「あきつ丸」と、高速客船が到着したのだ。
それを見た共同租界からも脱出希望者が殺到しているのが今の状況だった。
我関せずを通そうとしていた駐留部隊や、河川砲艦も協力を申し出ている。

「だが、客船も集まってきた。それに――」

次々に埠頭を待たずに河岸に着岸する大発たち。
まずは日本人を優先してではあるが、あきつ丸から大量におろされた大型発動艇(改)は、黄浦江の河口との間をもう3往復はこなしている。
1隻あたり無理をすれば80名ほどの搭載が可能なこの大発を、大型輸送艦であるあきつ丸は60隻あまりも詰め込んできたらしかった。
これらに加え、機を見るに敏な上海商人達が有料で船を出し始めたので、日本人の避難民はもうほとんど残っていない。

「バウアー中尉の戦車部隊は?」

「もう12両になりました。縞騎士中隊とやらの微妙な名前ですが、各所でにらみをきかせていますよ。」

「日本租界の方は…まぁ言うまでもないか。」

「ですな。―― 一応わが本部の書類はすべて焼却済みです。いやはや、便利なものですな。あのシュレッダーとやらは。」

空輸された謎の機材は多くあったが、その中でもひときわ妙だったのはシュレッダーという名の書類裁断機だった。
そんなものより武器をと思ったものだが、使ってみれば便利なものだった。
バウアーによればレコード板ですら裁断してしまうこの裁断機を使い、5時間もせずに上海特別陸戦隊本部では書類の裁断を完了。
それをキャンプファイアーよろしく中庭にばらまき燃やしたのだが火事場泥棒が集まってくるという笑えない一幕すらあった。

聞けば、南京の大使館にも同じ機材が導入されており、おかげで松岡特使らは独断で書類の裁断を完了していたのだという。


「まぁ、租界内で火事場泥棒が横行するのは避けられないだろうな。あとは――」

「欧米系の避難民1万余名の脱出です。あと1往復もあれば完了するでしょう。」

総領事館前で手続きを受けている欧米系の人々は、いずれも女子供だった。
それ以外は、日本人のように満州事変このかた目の敵にされているわけでないために大半が残留する見込みだった。
上海共同租界に居住する欧米人は4万人ほどである。
その中からこれだけの人数が脱出しようというのは、明らかに日本側が実施した脱出計画に触発されてのことだろう。

571 :ひゅうが:2016/08/22(月) 19:24:21
「おや?あれは…」

「ああ、荷物の輸送費用負担に文句を付けているのです。あれだけ持ってくるから…」

欧州風のご婦人が、いくつものスーツケースやメイドたちの持つ大荷物の前でまくしたてている。

「よくある光景だな。」

「見覚えが?」

「なに。欧州だとよくあることだよ。」

大川内はこともなげにいった。
高級士官以上は欧米経験を有するのがこの頃の帝国陸海軍だった。
そんなものですか。と、報告にきた新米士官は言いつつ顔をしかめた。

「そんな顔は見せるなよ。それだけで文句をつけられる。」

植民地暮らしの人間には得てしてそのような傾向があった。
併合の美名をもって扱った朝鮮や満鉄付属地でも、そうした何気ない差別意識が多くの現地民を傷つけるのを大川内は目の当たりにしていた。
現地民と同じく黄色人種。しかし国家は列強の一角。この矛盾した地位こそが、怒りと不審を買うのである。
だからこそ、これから日本人は石持て追われるのである。

「願わくば、戻ってきたくはないものだな。」

「は?」

何でもない。と苦笑した大川内だったが…

「何の音だ?」

「司令!」

走り寄ってきたのは、あの縞騎士中隊に所属する兵士だった。
確かナカムラ…といったか?
背中に無線機をしょっているあたり、伝令役なのだろう。
なぜか殴りたくなる顔つきをしている。

「爆発です!」

「なに!?」

「テロです!フランス租界で複数の爆発!特に大世界娯楽センター前は火の海です!」


――のちに確認されたところでは、このとき使用された爆薬の大半は、海上経由で上海に搬入されたものだった。
脱出のために江北のバンドといわれる地区に警備は集中していた。
厳密な意味では共同租界に含まれないフランス租界方面は警戒が薄く、また警戒を行おうにもれっきとしたフランス領土であるこちらに対する警備権は上海特別陸戦隊は有していなかったのだ。
爆発地点は、キャセイホテルおよび上海大世界娯楽センター、そしてパレスホテル。
この事件による犠牲者は死傷者450名。
この当時欧米系の居留民は外出をひかえており犠牲者のほとんどが中国人であったが、その中には数名の欧米系人も含まれていた。
もしもこのとき避難民でごった返すバンド方面でも事件が発生していたのであれば、犠牲者はさらに数倍に達したとみられる。

しかし、このテロ事件が緊迫する上海情勢に与えた影響は絶大だった。
上海を包囲しつつあった国民党軍は、欧米の警備不備による上海における被害を非難。
「事件の原因である日系特務機関の引き渡し」と「租界共同警備」を要求し、軍主力の前進を開始。
回答期限を1時間後に区切ったのである。

572 :ひゅうが:2016/08/22(月) 19:25:04
【あとがき】――「これも日本の陰謀なんだよ!」

573 :ひゅうが:2016/08/22(月) 19:29:44
修正――日時を7月2日に。

脱出のために江北のバンドといわれる地区に集中していた。に、警備は を追記
日時を7月1日から2日に修正
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最終更新:2023年11月23日 13:22