675 :ひゅうが:2016/08/23(火) 03:06:26
艦こ○ 神崎島ネタSS――「第二次上海事変」その6
――1937(昭和12)年7月2日 午後1時08分 上海沖合
彼らは、不幸であった。
まず彼らの存在自体が祖国の不幸の証であった。
彼らが外国製のジュラルミンの天馬を駆るということは、祖国が外敵に侵略されているということを示す。
彼らが集められた経緯もまた不幸だった。
もともと彼らは祖国の各地でパイロットとなっていたり、空に夢を抱いた者達だった。
だが、祖国の情勢が緊迫化したことにより彼らは空軍に入隊。
その後、友好国による指導を受けてその才能を開花させていった。
だがその過程に彼らの主人は興味を持たなかった。
残ったのは、少なくない数の犠牲者を糧にして生まれたこの国初の空軍。
そしてその攻撃目標は、隣国が誇る大艦隊。
しかも未だ航空機がこれだけの大艦隊を相手に戦えるという証明はなされていない。
実質的に創立から5年あまりしかたっていない新興空軍にそれだけの目標が与えられることが不幸でなくて何なのだろうか。
攻撃の実施の段になっても不幸は続いた。
まず、攻撃計画が幾度も変更になった。
ついで、偵察にあたるはずだった「火船」部隊が攻撃現場から遠ざけられた。
これらのおかげで計画は幾度か順延され、その間に天候もまた怪しくなった。
最も不幸だったのは、基地に見知らぬ将校がやってきて、すべてを差配しようとしたことだろう。
控えめに言ってそいつは航空にまったく詳しくなく、そして曲がりなりにも彼らを鍛え上げた愛情溢れる教官達でなくその上のものを見るような目でこちらを見る連中と同じ目で彼らを見た。
お飾りといえども一生懸命部隊を指揮しようとしていた指揮官もいつのまにか消えていた。
だが、「部隊」はそんなことで負けはしなかった。
1ヶ月の訓練の間、破損全損はわずか1機。
損耗率としては桁外れに低い。
いずれも飛行時間500時間を超えるベテランだがそれでもこの数値は、彼らがいかにいい腕をしていたかを物語っている。
いまだ発展途上国である祖国の空軍としては驚愕すべき練度だ。
そして、いけ好かない新指揮官もそれを認め、短くない訓示のあとで攻撃目標を示した。
「諸君は救国の英雄となるだろう」
無駄に力の入った演説の中にあって、その台詞だけは彼らの頭の中にするりと入った。
攻撃目標は――上海沖の敵艦隊。
相手にとって不足なし。
それから、彼らは極めてツイていた。
狙ったわけではないが、それでも不幸の中にあって最善を尽くそうとする者に神は微笑んだ。
このとき、上海から200キロ圏内に対空レーダーは存在しておらず、艦隊においても偶然それは同様であった。
天候は安定。
そしてこのときの索敵は冴え渡っていた。
揚子江および黄浦江に停泊する「敵艦隊」をとらえた攻撃隊は、多くの水平爆撃に加え、一部が急降下爆撃の態勢をとる。
南方から大きく回り込む形をとって上海に接近する航路もまた彼らに味方した。
同様の航路をとってピストン航空輸送をしている者がいるという先入観が警戒を緩めたのだ。
気がついたときには、もう遅かった。
攻撃隊は、「停泊している日本帝国海軍艦艇」に向かって大量の爆弾を投下する。
中でも黄浦江上にいた「第3艦隊旗艦 装甲巡洋艦出雲」と目される艦への攻撃は熾烈で、20発以上の爆弾が投下され、うち3発が命中した。
河口部に展開していたまるで的のような赤い円を描いた軍艦、そして大型の戦艦には急降下爆撃機が各5機殺到。
前者に2発、後者には各1発が命中した。
停泊中の相手とはいえ、この命中率はかなり高いといっていい。
さらに意図しないながらも、黄浦江で的を外した大量の爆弾は、上陸用舟艇のひしめく海上や敵軍が展開する市街地にも多数命中。
大きな効果を上げていた。
676 :ひゅうが:2016/08/23(火) 03:07:10
「やったぞ!沈んでいる!」
無線で爆発音とともに歓喜の声が爆発する。
彼らは、この瞬間において世界のパイロットの中で最も幸福であったといえるだろう。
黄浦江上の敵艦は、水上行動中であった。
彼らは、行動中の軍艦を航空攻撃のみで撃沈するという史上初の快挙を成し遂げたのだ。
さらに、揚子江の停泊中の敵艦は黒煙を吐いている。
沈むかどうかはわからないが、大打撃を与えたことには違いない。
彼らは、幸福だった。
――同 第3艦隊旗艦 装甲巡洋艦「出雲」
「被害報告!」
第3艦隊司令長官をあずかる長谷川清中将は、露天艦橋という環境に負けじと声を張り上げた。
「加賀に2発命中!飛行甲板大破!甲板の戦闘機が誘爆しています!」
「轟沈したのは…米砲艦『パネイ』号の模様!」
「米アジア艦隊の重巡『オーガスタ』煙突付近に1発命中。されど航行に支障なしとの連絡あり!」
「英重巡『カンバーランド』は第1砲塔天蓋に命中!砲塔旋回不能との由!」
艦橋に向けて、伝声管とともに伝令が次々に情報をよせてくる。
この「出雲」は旗艦任務を拝命したときに通信能力を特に強化している。
「陸はどうだ?」
ひとりごちた長谷川の顔は焦りに歪んでいる。
少なくとも50発に近い爆弾が落ちたのは、河上の「出雲」からも確認できた。
今や、黒煙は火炎となって燃え上がりつつある。
「仏租界からエドワード7世通りにかけて弾着多数!」
「租界の領事会議が緊急脱出への支援を求めてきているとのこと!」
「特別陸戦隊の方へ大量の居留民と避難民が!」
つまりは、パニック状態ということだった。
「砲艦『伏見』が救助に向かっています!」
「当然だ。俺の名前で許可する。手空きの大発は急行せよ。大発隊の被害は?」
「5隻が至近弾で横転。1隻が直撃で吹き飛びました!」
ああくそ。状況は最悪か。
しかしこうも見境ない攻撃を繰り出すなんて。
いやまさか…
「まさか、気付いていないのか?」
それとも気付かないふりをしているだけなのか。
あるいはただのアマチュアか。
「ビギナーズラックにしては痛すぎるぞ。これは!」
677 :ひゅうが:2016/08/23(火) 03:09:11
【あとがき】――わかりやすい威力→ゲルニカ爆撃を人口120万人の港湾都市でやってみた。
680 :ひゅうが:2016/08/23(火) 03:16:54
修正、英重巡を「カンバーランド」に。
歴史的にそれが正しいようですので。
683 :ひゅうが:2016/08/23(火) 03:27:16
なお、描写されていませんが英砲艦「レディバード」にも至近弾1で損傷あり。
ほぼ停泊状態とはいえ、この成果はかなり高いものといえます。
機数としては史実のタラント空襲における参加機数以上(合計58機)ですので、命中率は可もなく不可もなくですね。
もし航空魚雷が供与されていれば「加賀」は沈没していたでしょう。
ドーセットをカンバーランドに修正
最終更新:2023年11月23日 13:24