68 :弥次郎@帰省中:2016/09/01(木) 16:35:20
大日本企業連合が史実世界にログインしたようです 幕間 -紳士は考察する-
ロンドン ダウニング街11番地。
「蒙古から引く。生命線と言っていたのがウソのようですな」
「庇を貸して母屋を取られてはたまりませんからな。将来的なことも考えて、見方を変えることにしたのですよ」
吉田茂と会談しているのは次期首相と目されるネヴィル・チェンバレンと、その盟友ウィンストン・チャーチル。
三者は腹の探り合いには慣れていた。そうでなければ、外交では生きていけない。
「話が流れるならば勝手にやるまでです。アメリカに持ち込んでも良い。もし無視を決め込むならば、
我々もそのように振る舞います。イギリスを無視し、好きなように動く。
陛下の御心によって、政府はその方針を変えた。それにあれこれ言われても困りますな」
「しかし急すぎると、我々も警戒しています」
「そうでしょうかな?欧州ほど複雑な場所はないと考えていますが」
ともあれ、と吉田は紅茶を飲み干して立ち上がる。
「要件は伝えました。では、失礼。ああ、お見送りは結構ですので」
部屋を出て、まっすぐに出口を目指す。
声をかけてくる職員などもいたが、それもまともに応対せず短くあしらっていく。
今はまだ、余計な情報を与えるべきではない。余計な言葉を交わせば、たちどころにイギリスは裏をとって来る。
そういう国だ。そのように割り切って付き合うしかない。
吉田が出てきたのに合わせるようにして角から車が現れ停車する。
「ご苦労様でした」
その車に乗ると、吉田を待っていた男がねぎらう。
「これでしばらくはイギリスも慎重にはなる。あくまで表向きは」
「ご心配なく。外套と短剣の世界は我々とて潜り抜けてきましたので」
「ふん、期待せず待っておこうか」
にこやかな男と対照的に、吉田は表情を決して緩めていない。
むしろ、恨みがましいほどだ。その態度を日企連外交官は笑って受け流した。
「それでこそ、未来の内閣総理大臣。人を主食とするだけありますな」
運転手が日企連外交官に促されて、車を走りださせた。
まだイギリスでやることはたくさんある。行くべき場所はここ以外にも、たくさんある。
亡国の運命を覆すためには、まだまだやるべきことがあった。
69 :弥次郎@帰省中:2016/09/01(木) 16:35:56
シュっとマッチを擦る音と、火の灯された葉巻の香りが部屋に漂う。
ウィンストン・チャーチルは深く葉巻の香りを堪能しながらも、率直な感想を漏らす。
「吉田大使はどこか変わったようですな」
「ええ。目がぎらぎらとしている。なにか動きがあったはず」
吉田茂はどことなく食えない人間であったのは確か。そもそも外交は腹の探り合いで、そういった素養や素質が必要だ。
そういう意味では、日本人らしからぬ日本人であった。外交に長く身を置いていることもあり、彼ら自身も個人的な友誼を
結ぶに値すると判断で来た人間でもあった。しかし、今日の様子はまた違っていた。
「やはり日本でのカウンタークーデターが何らかの影響を及ぼしたと、そういうことですかな?」
「あれの発生以来、情報が入ってきにくくなっている。そして、日企連登場以来外交の態度も変わっている。
気は抜けませんな」
- 国際連盟への復帰
- 東京オリンピックの開催
- 中国利権の放棄と引き換えに満州の承認
吉田の出してきた案件についてはおおまかにこの3つ。さらに、シナをめぐる情勢に関わる重要事項が一つあった。
「ドイツの伍長とは距離をとると明言してきた……どうやら、伍長がシナで手を回していることをつかんだとみるべきでしょうか」
今の中華の勢力には、ソ連が事実上援護している共産党と国民党がいる。
さらに満州を保有する日本と、中華市場への参入を狙うアメリカ。そして、ドイツもまた並々ならぬ関心を注いでいた。
世界に残された最後のフロンティア。それが中華という地域。すでにその地域の支配者であった清は滅び去り、陣地の取り合いとなっている。
それ故に、国家間の代理戦争が続いている極めて事情の複雑な地域だった。
「共産嫌いはいいとしても、あそこで動かれるのは我々にとっても好ましくない」
「満州市場への参入はこちらにしても歓迎できる。植民地人共が好き勝手にされるのも困りますな」
だが、ここにきて日本というプレイヤーが引いた。その空白をめぐって、動くことは間違いない。
英国紳士たちは、静かに動き出した。
70 :弥次郎@帰省中:2016/09/01(木) 16:36:56
紳士たちが考察を始める2日ほど前。
英国日本大使館の一室は、俄かに封鎖されていた。
流されている映像の情報を、外へと漏らさぬために。
その映像を見せられている人物は、逃げ出したり騒いだりしないように猿轡をかまされ、拘束具付きの椅子に座らされている。
映像は伝える、未来を。そして、事実を。
盧溝橋事件を発端とする日中戦争。
外交努力も叶わず、戦争へとなだれ込む政治。
真珠湾奇襲から始まる太平洋戦争。遅れた宣戦布告文書の交付。
ドゥーリットル爆撃。
(やめろ……)
仏印 蘭印の攻略。戦線の拡大。
『パターン死の行進』『インパール作戦』。無茶苦茶な作戦命令。追いつかぬ兵站。
露見していた暗号と軍事行動。AL/MI作戦における空母の損失。
動けなくなる艦隊。通商破壊。
学徒出陣。
ソロモンで、マリアナで、レイテで、櫛の歯が欠けていくように減っていく戦力。
幾多の悲劇。陸海軍の確執と、戦略と戦術の破綻。
始まる本土爆撃。政治の無策。
次々と整備される連合側の戦力と、徐々に正気を失う日本の戦力。神風の実施。
イタリア、ドイツの降伏。
沖縄特攻。
始まる本土決戦。南の島が、沖縄が火に包まれた。
そして最後に、二つの原子の光。
焼け野原になった本土。人間宣言。玉音放送。
71 :弥次郎@帰省中:2016/09/01(木) 16:37:42
(もうたくさんだ!)
「まだ、続きます」
その声の主は、吉田の激しい息を無視して告げる。
映像フィルムは止まることなく映像を移し続けている。
日本の占領。GHQ。
吉田茂の内閣総理大臣への就任。サンフランシスコ平和条約の締結。
いびつに歪んだ国家体制。経済発展。
パックス・アメリカーナの構築。ソ連の崩壊。
技術発展に伴う、犯罪と戦争の拡大と複雑化。非対称戦争。
嘗ての覇権国家の疲弊。
ネットワーク上と宇宙にまで発展した戦争。
地球を覆う『アサルトセル』の拡大。
技術発展による既存制度の形骸化。更新しない政治の怠慢。
重なる自然災害と疫病。
やがて、国際機関さえも力を失い始め、政府が弱体化。
代わるようにして、『企業』の権力と規模が拡大する。
そして、勃発した『国家解体戦争』。
40機前後の人型機動兵器『アーマードコア・ネクスト』による、圧倒的な戦闘。
樹立される『パックス・エコノミカ』。
『限りある資源の、節度ある分配』の名のもとに始まる市場と経済の独占。
ゼロサムゲームの開始。
そして、企業間の激突『リンクス戦争』の勃発。
蔓延したコジマ汚染。クレイドル。偽りの延命装置。さらにまかれるコジマ粒子。
躊躇いなく投入されるネクスト。リンクスに代わる戦力『アームズフォート』。
荒廃していく地上。アサルトセルが、人類の脱出を許さない。
緩やかに人類は滅びに向かう。
そして、企業ととある企業の生き残りが立ち上がる。クローズプランの開始。
72 :弥次郎@帰省中:2016/09/01(木) 16:38:25
映像が終わる。この星を覆う禍福全てを収めたテープは終了した。
一部にはややオーバーな表現もあったが、それでも日企連がこの時のために用意していた映像ばかりだ。
「吉田茂『内閣総理大臣』、いかがですか?」
拘束を解かれ、言葉を失い、嗚咽さえ漏らしている吉田に、夢幻会メンバーが問いかける。
彼は大日本帝国統治委員会の外交を受け持つ次官だった。そして、吉田を『臣民』に変えた張本人。
「これが、貴方方を、この世界を待ち受ける未来です。
そして、あなたが引いたグランドデザインは、このような日本の未来を作りました。ご満足ですかな」
暫く吉田は反応しない。ショックが大きすぎたか、と思いつつも8mmフィルムと映写装置を片付ける。。
「なんだ……なんだこれは!?」
暫くして、吉田が言葉を絞り出す。
「なんだこれは!?一体どういうことだ!」
「未来です。貴方がなすことです」
「そういうことじゃない!」
簡潔な答えが繰り出される。
だが、その答えを簡単に受け付けるほど、吉田は聞き分けがいいほうではない。
「お前たちは、後の時代から来たとでもいうのか!?」
「ええ。より正確に言えば並行世界ですが、我々の世界でもあなたは戦後の首相となっています。
そして、現在の貴方も、現在の情勢も、我々の世界でのそれと一致しています」
それが日企連の、そして夢幻会の結論。
即ち未来と繋がるゲートが開通したという事実を以て、この『史実世界』は異なる歴史を歩み始めた並行世界となった。
しかし、その影響はまだ大きくはない。蝶の羽ばたきが竜巻となるまでのプロセスは非常に長い。
それ故に、現段階ではまだ未来は変化していないと言ってもよい。
「逆に言いましょう、よくもろくでもない体制を作りやがったな、この野郎」
「くっ……!」
反論したいところだった。しかし、否定できない。
何しろ、信じがたいことだが、彼らの世界ではほかならぬ『自分』が戦後の体制を作っていったのだ。
その体制がやがて未来において無策を重ね、解体されていった。
「まあ、あなたは『まだ』英国の大日本帝国大使館に詰めている身。あなたにすべてを問うのは間違っています。
ですが、我々はそういう目で見ているのですよ。尊敬すると同時に、そう、愚か者とさえ思っています」
「……愚か者か」
辛らつな言葉。それは、偽りのない評価だった。
73 :弥次郎@帰省中:2016/09/01(木) 16:38:55
「ええ。軍部に責任をおっかぶせた影響はあまりにも大きかった。
あなたが事実上庇うことで旧態依然の膠着した体制が生まれた。戦争と軍こそが敵だと。
しかし、それは外交の一手段を自ら束縛し、あまつさえ諸外国に付け入る隙を生んだ」
「……だがそれは」
「確かに軍部の声が大きかったし、それも悪かった。でも、それと同じくらい外交も、貴方たちの担当していた外交も悪かった」
「……」
「責任を負ったのは、全ての人間なのですよ。
それとも、これだけ見せられて、なお庇いますか?自分だけは、自分達だけは悪くないと。
外務省が必死にやっていることを、他の省庁が邪魔しているのが悪かったのだと」
激昂のあまり顔を真っ赤にした吉田に、とどめの一言が突き刺さる。
「つまるところ、自分達が一番賢いのだと、奸臣の癖にうぬぼれているのですよ」
吉田は、その言葉にうなだれた。
確かに外交を担当する外務省は時として他の省庁や軍と敵対することもある。
口を出されたことも数多くあったし、外交に関して批判を受けたこともある。
思い出せば、外交を行う省としての権威をかさに着ていたのかもしれない。
「陛下もご存じのことです。今後の運命を見極められたうえで、我々に命じられた。全てを変えろと。
そして我々は、それに応えた。あなたはどうします?」
「……」
「放置するのもまた手でしょう。戦争になれば、日企連にかなうものなどこの世に存在しない。
全てを解体し、日企連が世界のすべてを牛耳る。大日本企業連合の『社員』は幸福を享受する。
それなら、とても『楽』ですが」
甘い囁き。
それは、甘美な誘いだった。
エデンの園にある禁断の果実を食べるようにイブを唆す蛇さながらの、狡猾でおぞましい誘い。
『為すべきを為せ』
吉田の脳裏に陛下の直筆手紙の言葉がよみがえる。
為すべきこと。それはなにか。最初は意図するところをつかめずにいた。
国内で発生したクーデターに関する折衝かあるいは情報収集の命令か。
しかし、今にならばわかる。そんな些事に構っている暇などない。
あと3カ月少々で、終わりの始まりがやってくるのだ。
その事実が、吉田の体内で火種となり、一気に燃え上がった。
「ええい、やってやるぞ。やってやる!
何をすればいい!言ってみろ!折衝・交渉・圧力、なんでもやってやるぞ!」
吉田は吠えた。外聞も、恥も、何もかもをかなぐり捨てて。
「さあ、言え!」
泣きながら、吉田は叫んだ。
泣いて、泣いて、苦しみながらパンドラの箱の奥底の、希望をつかんだ。
74 :弥次郎@帰省中:2016/09/01(木) 16:39:27
以上となります。wiki転載はご自由に。
ハッピーバースデー 『臣民』吉田茂。
貴方は運命への相対者となった。あなたこそが、星に碑文を刻むにふさわしい人間です。
最終更新:2016年09月04日 11:39