132 :弥次郎@帰省中:2016/09/01(木) 21:15:14
大日本企業連合が史実世界にログインしたようです 幕間 -権利と義務のはざまで-


町の一角から空に煙が立ち上っていた。
尋常ではないそれは、たんなる野焼きなどではなく、家屋の火災によって起きていた。

「いそげー!」
「煙を吸うなよ!早く早く!」

炎上する建物から人々が次々と飛び出してくる。しかし、その人々は火から余り離れることはできなかった。
その建物を多くの民衆が囲んでいるからだ。何しろ、その民衆こそが、日企連の『社員』達こそが新聞社を襲撃したからだ。

理由は簡単。その新聞社が再三の日企連の警告を無視し、日企連の打倒と「本当」の天皇親政の実施などを訴える
ビラをばら撒いたから。しかし、彼らはあまりに焦ってビラを作ってしまった。それゆえに本音がちらりとのぞかせてしまった。
報道を介して権力を掌握せんとする意思と、報道を持つことによって生まれた侮りの感情。はっきり言えば、自己中心的な感情。
何しろ陛下の意思を代弁しているかのような表現を使っていたし、一部では、いや、やめておこう。口に出すこととさえ憚れる。

日企連がそれに物理的な対処に乗り出す前に、社員の方が動いた。
社員たちにとって、日企連は既に『陛下の懐刀』として認識されていた。
雇用の創出、食料配給、医療事情の改善、インフラ整備、そして玉音放送。
それら全てが、「適切」な形で社員に響いていた。そして、新聞社に対して感情が爆発した。

「この売国奴!」
「朝敵!」
「お前たちは日企連を滅ぼす気か!」
「滅びろ!」
「倒産しちまえ!もうお前たちからは買わないぞ!」

民衆は石などを力任せに投げつけている。いつの間にやら火炎瓶まで投げ込まれた。それが炎上したのだろう。
男ばかりではない、女子供も、年齢に関係なく、あらゆる職の日本人がそこにはいた。軍人も、混じっているかもしれない。
憎悪、怨恨、怒り、憎しみ、罵声、蔑み。あらん限りの負の感情が向けられている。
新聞社の人間たちは必死に耳をふさぎ、投げつけられる石などから身を守ることしかできない。
迂闊に逃走を目論んで包囲網をかき分けようとすれば、それこそ袋叩きにされる。
出来るのは、情けない声で詫びたり、言い訳を叫ぶことだけだった。

「日比谷事件の文字通り焼き直しか……」

通報を受けて駆け付けた日企連の警備部門の人間は、その光景を見てぽつりと漏らす。
先任と後輩の2人が乗り込んだ車は遠巻きにその様子を見守り、後続の治安維持部隊に状況を報告したばかり。
流石に2人でこれを止めるのは、如何に日企連の人間でも厳しい。数が必要だった。

「報道とは市民の味方である……そういっていた連中がこれを見たらどう思うんだろうな」
「『社員』の味方ではありませんからね、少なくとも」
「まあ、そうだな……」

133 :弥次郎@帰省中:2016/09/01(木) 21:16:09
有名どころの過激な新聞社は、支社であれ本社であれ、日企連に批判的な記事を載せるだけで同じような目に遭った。
そして、こうした小さな新聞社や報道機関さえもその対象となることがあった。酷いものでは記者個人までも攻撃対象となった。
その後始末に日企連は駆り出されていた。

「いっそ哀れだよな、この時代のマスコミは。
 あの戦争は新聞が声を上げればなんとかなったとか、報道の自由がとか言っているが、本当に権力があったなら変わっていたはずだろうにな。
 言葉を借りるなら、今すぐ愚民どもに英知を授けてみせろ、といったところか」
「先輩……」

赤い彗星のセリフ。そこに込めれた感情は、赤い彗星の感情と同じだった。
転生者の2人が前世で何をし、何を経験してきたかは、暗黙の裡に話さないことになっていた。
だが、互いが言葉や素振りから窺うことはできた。

「分かってるよ。だけどな、訳知り顔で言われると腹立つんだよ。自称反戦ジャーナリストがな。なにが反骨だ。
 じゃあ、お前らは何をやっていたんだって。圧力があったとはいえ、世論を煽る新聞やらを刷っていただろうって。
 何をいけしゃあしゃあと……その新聞を刷って得た金で、お前らは生きていたんだろうって。だから生き残って来たんだろうって」

ひとしきり文句を言った先任は、深くため息をつく。

「じゃ、そろそろ行きますか」
「ああ、『多少』到着が遅れたようだが『仕方がない』けどな。
 どうせこの事件も、奴らは好き勝手に解釈するだろうしな」

そう話した時、日企連の治安維持部隊が装甲車や消防車などを引き連れて続々と現場到着した。
鎮圧のための防循と警棒を手に持ち、ヘルメットや防刃ベストなどで身を固めた治安維持兵の登場に、徐々に社員たちも熱を収めていく。
治安維持部隊は怪我をした新聞社の人間を治療し、あるいは拘束し、護送車へと載せていく。拡声器を使って帰宅が呼びかけられ、
不気味なほど従順に社員たちはそれぞれの社宅へと帰っていく。
幾人かは、あとで器物損害等の請求がいくだろう。犯罪者への一般社員の犯罪も、裁かなければならないのだ。

一方で、護送車に拘束されて載せられた新聞社の人間は何度も何度も礼を述べていた。しかし、日企連の人間は一顧だにしない。
もはや大手を振ってこの大日本帝国を歩くことは出来なくなった人間は物理的にこの世界からいなくなる方が手っ取り早い。
「色々」と日企連は働き口を用意できる。マネーロンダリングならぬヒューマンロンダリングを合法的にできるのは、
元の世界の環境改善を行っている日企連にとっては中々に都合が良いのだ。
それを知っているが故に、哀れみや侮蔑さえ見せている日企連の人間もいる。
史実の報道関係者は、ある意味幸福であり、不幸であった。

134 :弥次郎@帰省中:2016/09/01(木) 21:16:46
とある印刷所は、新品の機械の臭いでいっぱいだった。
日企連の製造したローテクノロジー印刷機が並べられており、作業員が指導員の指導を受けながら操作している。
これまでは古い機械を手入れしながら使っていたのだが、日企連との契約の報酬として提供されたこれが主役になっている。
慣れてはいないが、途中で止まったり壊れたりしないため、とてもうれしい印刷機だった。
日企連との契約で賃金もかなり向上したため、社員の顔色も明るい。というか、契約時の前金だけで社員全員に金一封が送られたのだ。

現在この印刷所が印刷しているのも、日企連の新聞だ。その新聞の名前は日企連詳報。事実上の、日企連の機関紙だった。
日本で最も信頼される新聞となったのは、余計な言葉もなく淡々と事実を伝えるこの機関紙になっていた。
天気予報、ラジオの番組表、クロスワードパズル、各地の様子、社内求人、あるいは娯楽の広告。
混乱のあまり発行すら滞った他社の新聞を押しのけたのは、その販売力と印刷量、そして安さの、全ての点で勝っていたためだ。

「なあ、聞いたか?」
「あん?」

音を立てる印刷機を操作しながら、社員同士が小声で会話する。

「例の新聞社、日企連がガサ入れしたらしい」
「ああ、例の……」
「噂になってるけどな、アカや朝鮮人の言いなりだったらしい」
「怖いもんだな……」

内容は、昨今続くマスコミへの「強制指導」のこと。
目の前で刷られている新聞で散々見た内容だ。警告や注意を無視し続ければ、日企連は力で解決にかかる。

「それに、野党の政治家とべったりな記者が日企連を散々叩いたらしい」
「なんじゃそら?」
「朝敵なんだとさ、日企連がな」
「頭おかしくないか?こんなにいいことをしてくれた日企連が朝敵?」

鼻でわらう。
その記者が駅前や人通りの多い商店街で撒いたビラは拾われても、内容が読まれることはほとんどなかった。
大体がチリ紙になっていた。いや、チリ紙にすらしない家庭すらあった。

「ビラを読んでみたがな、支離滅裂だった」
「そんなにか?」
「ああ。今すぐ支給の食料や衣類を捨てろとまで言いやがった」
「馬鹿だろ」
「ああ、馬鹿だな。食うや食わずの連中が、そんなことするかっての」

実際、食料支給をありがたく受けている社員は多い。
これまで生活に苦労していた人々にとって、日企連はまさに救世主だった
だから、日企連の敵は、自分たちの敵だった。すくなくとも、大多数はそう思っていた。

135 :弥次郎@帰省中:2016/09/01(木) 21:17:24
以上。wiki転載はご自由に。

無意味に生きることを強いられる。それが人間への最大の侮辱と言えるかも。
何を思うのかはご自由に。これは歴史上いくらでも繰り返されていたことです。
そしてきっと今も繰り返されている。私の手は、伸ばすことができる範囲にしか届かない。

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最終更新:2016年09月04日 11:54