427 :ひゅうが:2016/09/11(日) 11:51:26

神崎島ネタSS――「謀略遊戯、或いは悪人の密談」




――同 陸軍参謀本部


「『竜宮』より報告です。『迷宮は攻略されたり』。」

「御苦労。」

無線室に張り付かせていた伝令を軽くねぎらった参謀本部次長 石原莞爾中将は、ドアが閉まると一転して邪悪な笑みを浮かべた。

「ははは。上等兵。聞いたか?もはや『彼女』は藍衣社の連中の手の出せない洋上だ。
連中が知ったときはもう手遅れだ。」

「上等兵いうな。石原退役中将殿。本当にお前、性格悪いな。」

「褒め言葉と受け取っておこう。」

あきれ顔でソファーカバーを弄ぶ東条英機に手刀で謝し、今回の謀略のなりゆきを思い返していた。

「しかし、ぎりぎりだったな。あのままいけば『史実』を前倒しして上海事変が再発していたぞ。」

「ああ。わが帝国の民は激しやすい。攻撃を受けたとなれば反撃を加えろという声の大合唱だ。その前に居留民と駐留軍を引き揚げさせる手筈だったのだが…」

「その分国民党軍も動きが速かった。総理いわく、歴史が変わっている証拠というやつだな。」

「その通り。おかげで我々の予定も繰り上げる羽目になったが。」

「北平に招へいしたゲルダ・タロー女史を上海へ特派員として急きょ派遣することになったしな。
本邦のカメラマンでもよかったが、念には念を、だよ。
それより彼女の写真はこちらが手配したのか?」

「まさか。宣伝写真臭さが抜けんよ。それよりはありのままの事実を撮影してもらう方がいい。」


ヘミングウェイなどの知識人のサークルに、「モスクワの金」のスキャンダルを持ち込んだのちに、「ゾルゲ事件」で知識人の注目を極東へ集める。
そして、特務機関員という立場からさんざん極東での事変発生の可能性を吹き込んだ石原らは、まんまとこの写真家を極東へ招へいすることに成功していた。
ユダヤ系である彼女には、スペイン内戦同様にナチスが支援を行っている国民党政府という事実も義憤を刺激したようだった。
なにしろ彼女はまだ20代半ばなのだ。

雇用条件として、日本軍内部の無条件での撮影をのまされたが、それだけの価値はある。
史実に1年前倒ししてスペインで内ゲバが激化するように「理想に裏切られた」人間というのは極めて潔癖であるからだ。

あとは、大陸で展開されている「事実」をそのまま撮影してもらえばよい。
何しろ加工されていない真実なのだ。
たちが悪いのは、この事実が起こることをこの二人のような悪人が知っており、それを使って政治宣伝を行う意図をもっていたことだった。
げに他人の不幸は蜜の味である。


「上海では、掃討戦の段階に入っているそうだよ。しかし外周で降伏した兵員は5個師団足らず。」

「残りは、溶けたか。」

「ああ。人の海の中にな。たちが悪いのが、ドイツ式訓練に反列強感情と愛国教育を受けた精鋭の連中が上海周辺の数百万の中にとけこんだことだ。」

「『史実』の南京か。」

「その通り。アメリカという国は、一発殴られたら百発でも千発でも殴り返して相手が虫の息になるまで許さないところがある。
正義に燃える米比軍は上海市街地で泥仕合を演じていることだろうよ。」

428 :ひゅうが:2016/09/11(日) 11:51:59
ずずっと石原は茶をすすった。

「そのうち、上海大虐殺だの上海屠城だのと言い始めるだろうな。5年、といったところか。」

「様式美のようなものだ。『史実』であの上海への爆撃も第一報は日本軍機爆撃だからな。」

「それがバレて、かわりに投入されたのが『上海南駅の赤子』か。」

「所詮欧米列強にとって極東は遠い異国に過ぎんよ。そんなものより、衝撃的な写真一枚で印象は簡単にひっくり返る。」

東条も、テーブルの茶菓子の包みを破いて中身を取り出した。
食べる。
甘い。
ホワイトチョコレートでくるまれたバウムクーヘン。近頃お茶請けとして神崎島から輸入されているもののひとつだ。
紅茶にも、緑茶にもよくあう。

「那智君もだいぶ引いていたが、こうした謀略はこねくりまわすものじゃぁないな。」

「おや?反省か?」

「田中隆吉のようなのの末路を見るとな。」

現在病気療養中の陸軍の謀略の大家の有様を思い出し、石原は苦い表情になった。

「敵地での謀略で中国人に勝てるなどというのは傲慢だったよ。」

「反省はいい。」

東条はいった。

「それよりも、満州はどうするんだ?」

上海から日本は引いた。それはすなわち、現在進行中の朝鮮自治政府設置という大事業を経て、日本の傀儡国家として設立した満州からも日本は引けるということを意味する。

「くれてやるよ。中華にではなく、米国にな。」

石原は再び、憎悪のようなものをたぎらせていった。

「東条、おまえの取り巻きのようなやつらに好き勝手されたおかげであの国は王道楽土からほど遠い国になりかけていた。
ならば血を入れ替える。
あのアメリカなら、嬉々として合衆国を極東に再現する作業に走るだろうよ。」

「そして、地域覇権国家としてわが帝国に挑戦し、海へ出ようとするか?笑えんな。」

「その前に、中華を呑もうとするだろうよ。帝国は海上から連中を封鎖できる態勢を維持していればいい。
全面戦争でもない限り、大陸へ展開させる大陸軍とわが帝国に対抗できる海軍を両立させるのは米国にも不可能だ。」

「ゆくゆくは日米同盟か?」

「一戦せざるを得んかもしれないがな。」

石原はくつくつ哄笑した。

「それよりも、東条。欧州がきな臭い。」

「ドイツが動くか?」

「その反対だ。拡張が、止まった。」

「なに?」

東条は顔をひきつらせた。
ドイツの経済状態については、すでに「史実」の資料で陸軍内部でも統一見解が出ている。
すなわち、戦争なくば1940年までにドイツ経済は完全な破たんを迎える。
ただしこのままいけば。

「統一経済相と、新設された東方担当相としてあのシャハトが全権を握った。かれのもとにシュペーア、そしてトート。」

「おい。ナチの経済通が勢ぞろいじゃないか。」

「それに、オーストリア大使館からの報告によれば、オーストリア・ナチの連中の動きが活発化しているらしい。いずれも経済界に深く、浸透をはじめている。
わかるか東条?」

しばし、東条は黙考した。

「…まさか!」

「そうだ。」

石原莞爾は託宣を下した。

「ナチスの狙いは、オーストリア・ロスチャイルド本家。
その膨大な資産を強奪することで、連中は借金を埋め合わせにするばかりか、中華民国からの富とあわせて高度経済成長を実現するつもりなのだ。」

429 :ひゅうが:2016/09/11(日) 11:53:19
【あとがき】――数十話前から張っていた糸をやっと回収できた(泣)

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最終更新:2023年12月10日 18:07