656 :俄か煎餅:2016/05/11(水) 11:18:26 ちょっと思い付いたネタを書き殴り
考証ガバガバなのでネタとして


   海軍工廠ピュージェット・サウンドのドタバタ 超大型石油タンカーを建造せよ

 第二次世界大戦終結後、旧アメリカ合衆国ワシントン州は正式に独立国として、そして日本の勢力圏下である事が認められた。この知らせに、ワシントン共和国の住民達は安堵した。
 何しろ、合衆国の崩壊が決定的になって以降、ワシントン州はまさに時代の激流に呑まれて右往左往するしかなかったのだ。合衆国からの独立を宣言すれば、すぐさま合衆国陸軍に制圧される恐れがあり、合衆国に留まれば、今度は西から押し寄せる大日本帝国海軍に全てを焼き払われる恐れがあった。蹂躙されたくはないし、かといって、焼け野原も嫌だ。大戦末期、ワシントン州は迫りくる戦災に大騒ぎだったのである。
 結局、大日本帝国が押し寄せる前に合衆国が崩壊し、そのどさくさに紛れてなんとか独立出来たワシントン共和国だったのだが、その後も気が休まる日は無かった。
 やれ、カリフォルニアやオレゴンと共に西海岸全てで一国に纏まるべきだとか、日本の傀儡になるぐらいならカナダに編入して貰おうとか、旧合衆国の混乱に巻き込まれないためにもさっさと大日本帝国に庇護を求めるべきだとか。とにかく国会(元州議会である)は大荒れした。
 とはいえ、カリフォルニア程に国力や人口があるわけでも無く、そして他国にあれこれ口を出せるような州軍もおらず。結局周囲の国際情勢に流されっぱなしだったワシントン共和国は、移ろう状況の狭間でただ立ち尽くし、そしてそのまま何処にも併合される事無く、戦渦に巻き込まれる事も無く、日本勢力圏の下に収まった。

 さて、これで殆どの国民は胸を撫で下ろしたのだが、この状況で酷く困ったのが、ワシントン共和国首都、シアトルの対岸にある海軍工廠ピュージェット・サウンドである。元々合衆国海軍の拠点の一つとして整備されたこの工廠は、当然戦艦や空母を含む巨大な艦船を整備する能力をもつものの、その整備する対象が居なくなってしまったのだ。
 合衆国時代ならいざ知らず、たった一州、旧ワシントン州のみになってしまった今、強大な海軍を保持する余裕などあるわけがない。まず、国土防衛のための陸軍。そしてそれを援護する空軍。それだけで国の軍事予算はほぼ全額である。日の沈まぬ太平洋帝国という強大な後ろ盾を持ったワシントンは、太平洋防衛用の艦隊など正直必要無く、沿岸防衛用の小型船による沿岸警備隊を維持するのが精一杯だった。言うまでも無いが、金食い虫兼人喰い虫の戦艦や空母など、維持できるわけが無かった。

 さて、この状況をどうするかと頭を悩ませた工廠は、取り合えず思い付いた案だけでも実行に移すことにした。
 まず、旧合衆国海軍の一部がカリフォルニアに合流したため、その整備をしようと売り込みを掛けてみた。が、メキシコでの一件も有り、国防の重要性を認識しているカリフォルニアは、既にカリフォルニア自身の港の整備と補修に着手し始めていた。そもそもカリフォルニアはサンディエゴという大きな海軍基地のある港町を持っているのに、わざわざワシントンを頼る必要などあんまり無かったのだ。
 一応、メキシコの再暴走に備えてなのか、カリフォルニアはまずは戦闘艦艇の整備が最優先らしく、後回しにされたらしいタグボートや沿岸漁船のような小さい船の受注だけは受ける事が出来た。が、それは民間の造船所でも十分な上、どう考えても数ヶ月の繋ぎにしかならない。今を喰い繋いでもその次にまた仕事探しをせねばならないのは目に見えていた。
 ワシントンのすぐ南、オレゴンは、ワシントンと似たり寄ったりの状況で、ろくな海軍なんて持っていない。漁船ぐらいは発注してくれるだろうが、大手のお得意様にはなりそうもない。
 北のカナダは、言うまでも無いが、自前の海軍基地を持っている。いくらお隣さんとはいえ、わざわざ自分の軍艦を他国に整備して貰う必要など無い。一応検討しますとは言われたが、事実上論外だった。
 ならば、新たに太平洋の覇者となった帝国海軍の整備をしようと売り込みをかけるも、その返事もあまり芳しくなかった。大日本帝国海軍は既にハワイのパールハーバーを一大根拠地と定めているらしい。おまけに、日本に直接併合されたアラスカにも海軍基地ならあるわけで、そこの整備も始めている模様。自前の基地がそっちにあるのなら、わざわざワシントンに頼む必要はない。大陸西海岸沿いで何かトラブった時の緊急避難港扱いなのが関の山だった。

657 :俄か煎餅:2016/05/11(水) 11:19:05 その2

 こうして最大のお得意様である海軍を失った海軍工廠は、途方に暮れた。折角立派な施設はあるのに、それを使おうとする客が居ない。そして客が居なければ、職員の給料を払えない。どうしたものかと。
 が、工廠のお偉いさん方が顔を突き合わせて会議室で唸ったところで、客が湧いて出るわけでもない。その内に、誰かが言った。軍が商売相手にならないなら、仕方が無いから民間を相手に商売しようと。
 だが、そう思い付いただけで何とかなるなら苦労はしない。民間船を作る造船所なら、他にも幾らでもある。武器装備の艤装もそつなくやってのけるという海軍工廠の強みは活かせない。それに、わざわざお得意様ではないここに頼もうとする者も少ない。そして仮に客を奪えたとしても、すぐに激しい価格競争に曝されるのは目に見えている。何とか、この海軍工廠だからこそ作れる船というものを見出さないといけない。

 始めは、船団の護衛の負担を軽く出来る、武装持ちの船という案もあった。ただの貨物船に武装をポン付けする補助巡洋艦や仮装巡洋艦ではなく、一万トンクラスの貨物船に最初から固定武装を積んだ貨物船というわけだ。だが、すぐに却下された。
 小口径砲なら、必要に応じてポン付けするだけで十分だ。中口径砲なら、小さい武装はポン付けでも対応出来るし、あんまり立派な砲――連装砲とか――を積むと、それの操作が大変だ。軍人を乗せる必要がある。そして大口径砲となると、砲塔にする必要があり、それでは肝心な貨物船の能力が激減する。これでは売れない。
 第一、商船が申し訳程度に武装したところで、帝国海軍が見せたような遠距離での圧倒的な命中率を期待出来るわけも無い。これからの技術進歩も考えると、下手に固定武装を積んだところで何の役にも立たないだろう。そして役に立つように高価なレーダーやらソナーやらの装備を付けると、凄まじく値が上がる。これではやはり売れない。そんな意見にばっさり切り捨てられた。反論も出来なかった。

 じゃあどうするのよ、とまた議論が振り出しに戻った時、また誰かが言った。じゃあ、民間造船所じゃ造った事が無いような巨大な船でも作れば良い。戦艦空母より巨大な貨物船。またはタンカー。これならどうよ、と。
 元々海軍工廠なだけあって、巨大な戦艦や空母の整備なら慣れている。材料さえあれば造れる。そして、それぐらい巨大な船を扱う事に慣れた造船所は、そうは存在しない。確かにこれは強みである。
 当時の民間大型船と言えば、戦時急造でお馴染みのT2タンカーが一般的である。全長159メートル、幅21メートル、積貨重量16613トン。これより更に巨大で、戦艦を超えるようなスーパータンカーなら、他の造船所では(造船所自体の物理的な制約もあって)そうそう真似できないだろうという事だ。
 とはいえ、最初はこの超大型貨物船という案は、失笑で済まされた。
 そんな物を造れますと発表したところで、喰い付く人間がいるかどうか怪しい。確かに技術的には可能だろうが、実際に造った実績も無い。第一、デカい船は操船だって難しいのだ。船員にも嫌われる。巨大である必要がある戦艦空母はさておき、民間船でそんな物の需要は本当にあるのかと。
 その日の会議は、結局何も決まらずに終わった。終わったはずだった。

658 :俄か煎餅:2016/05/11(水) 11:20:00
その3

 ところがそれから数週間後、工廠に一本の電話があった。民間造船所に転身したため、受け付けの電話番号を全世界に公表した元海軍工廠のその事務所に。
 相手は英語を話していたが、かなり訛りが強かった。電話を取った男は、その訛りですぐに分かった。あ、コイツ日本人だと。
 アメリカを完膚無きまでに叩き潰して崩壊させた国家の人間が一体何の用だ。内心そう思いながらも話を聞いた受け付けは、仰天した。電話の彼方の日本人の下手糞な英語を意訳すると、そちらで戦艦や空母を超える巨大タンカーを建造すると聞いた。是非買いたい。というもの。
 流石に受け付けの人間だけでは即答出来るわけが無く、一旦返事を保留。すぐに上司に報告した。その上司も、そんな話は寝耳に水で、そのまた上司に報告した。こうしてこの話はすぐにトップへと届けられ、そして工廠のお偉いさん方は半ばパニックになった。
 正直あの案は冗談半分で出したものであり、案の定会議の場では即座に笑い飛ばされたはずの珍妙な案である。なのに、その話が何処かから漏れている上にそれに喰い付くものが現れた。しかも、それが日本人だと。
 一体何処から漏れたのだこの話は。という話題は一先ず放置して、工廠のお偉いさん方は慌ててまずどれぐらいの船なら造れるのかを纏めた。何しろ、会議で笑い飛ばしたのだから、当然細かな話など詰めていない。だが、大型船を望む大口客からの電話である。何としてでも受注したい。そのためには、すいません具体的な事は何も決まっていませんでは話にならない。
 工廠は、まず造船所の限界から纏めておく事にした。全長282.5メートル、幅40メートル。これが今の工廠で造れる船の限界だ。東海岸の造船所なら全長300メートルを突破出来たのだが、ここはそこまで大きくないのだ。今から拡張する暇など無い。この数値を示すしかないだろう。
 一先ず、どんな大きさの船が御所望か話を聞かねば始まらない。
 工廠は、日本が昼間で営業中の時間帯を狙い、折り返しの電話をかけた。するとすぐに、こちらに人を寄越すと言われた。とはいえ、約束したのは数日後ではあったが。
 こちらと直接会って話をする気らしい。相手方はこりゃ本気だな。冗談でもなんでもなさそうだ。そう改めて実感した工廠は、大慌てで造船技師達に召集を掛け、この造船所上限一杯の石油タンカーを作れと言われた場合に備えた。
 その結果、ざっとこんな試算が出た。全長282メートル、幅40メートル、甲板からの深さは25メートル。艦橋を含めると高さは40メートル程度にはなる。船種はタンカー。載貨重量トン数は14万トンオーバー。紛う事無き、戦艦や空母より大きいタンカーである。
 精々1万5千トン程度のタンカーを見慣れた者たちからすれば、正直、何これと言いたくなるような船である。流石にこれより巨大な物を要請される事はあるまい。
 そう思って、工廠のお偉いさん方は揃って交渉に臨んだ。何しろ、現在唯一にしてとんでもない大口の客である。工廠長自ら商談に出席するだけの価値があった。

 ところが、出席した工廠長以下の面子は、相手の求める船のデカさに揃って愕然とした。
 あの日本人が求める船だ。恐らく今後重要となっていくような船がどんなものか既に想像していて、それに近い船が欲しいに違いない。今後どんな船が必要になるのだろう。そう思い、情報収集も兼ねて、仮に何の制限も無いとすればどんな船が御所望か。そう問うた時の答えが、彼等の想像の更に上だったからだ。
 全長330メートル、幅60メートル、深さ30メートル、喫水21メートル。載貨重量トン数、なんと32万トン。この数値を聞いた時、コイツ頭可笑しいんじゃないかと思ったメンバーは、一人や二人だけでは無かった。言うまでも無いが、これが後にマラッカマックスと言われる船のサイズと近い事など、工廠の面子が知るわけがない。

659 :俄か煎餅:2016/05/11(水) 11:20:45
その4

 この最高にクレイジーな要望を聞いて、工廠長達は最早乾いた笑いしか出なかった。仮に東海岸の造船所が無事でも、そんな船は造れない。だのにそんな船が欲しいのか。と。
 仕方なく、海軍工廠で造れる最大のサイズが全長282メートル、幅40メートルで、大体こんな船になるという試算を伝えると、工廠にやってきた日本人はふぅむ、と考え込んだ。そして、十数秒考え込んだ後に、再度口を開いた。では、その上限一杯の船を造ってくれと頼んだ場合、引き受けてくれるのかと。
 正直使う気の無かった試算が本当に現実味を帯びてきたという事態に冷や汗すら流しながら、工廠長はイエスと答えた。
 他に大きな仕事が無いのだ。前例の無い造船だが、ちゃんと金さえ払ってくれるのならそれこそ工廠の全職員を掻き集めてでもやってやる。そうでもしなければ部下達の給料も払えなくなるのだ。彼等を路頭に迷わせたくはなかった。

 結局、その後に何度も男と共に会議を開いて船の細かな設計まで煮詰め、商談は纏まった。最終的には、別の民間造船所から増援で造船技師を呼んだり、話を聞き付けてやって来たワシントン政府の役人まで巻き込んだ一大騒動となってしまったが、その努力は実を結んだ。連日ほぼ徹夜でタンカーの設計図を描かされた造船技師達にはかなりの負担をかけたが、工廠長まで出向いた商談は成功したのだ。
 支払いも日本円。紙くずと化したドルでも、まだまだ価値が不安定なワシントンの新通貨でもなく、非常に強力な太平洋の基軸通貨払いである。ワシントン共和国にとってこれは貴重な外貨だった。

 これが契機となり、海軍工廠ピュージェットサウンドは造船所の拡張を模索。中東からの石油買い付けに、マラッカ海峡ギリギリ一杯の大型タンカーが当たり前になる時代に合わせ、マラッカマックスタンカーを量産できるようになる。
 後に、大日本帝国と並んで石油タンカーの一大供給地として知られるワシントン共和国ピュージェットサウンド造船工廠の歴史の転換点は、この時に訪れたのだった。



船名 ガワール(この船の主な石油買い付け先、サウジアラビアのガワール油田に因む)
 全長282メートル 全幅40メートル 深さ25メートル 最大喫水16メートル 高さ40メートル 載貨重量トン数145,000トン
 大型蒸気タービン 二軸推進 巡航速力14ノット 最高速力16ノット
  海軍工廠ピュージェットサウンドが始めて造った大型タンカー。載貨重量トン数が15万に迫り、満載排水量で考えても間違いなく当時のワシントン造船記録の中で歴代一位だった。
  なお、このデカさ故にT2タンカーの設計図は参考にするにとどめ、船の設計は事実上一からやり直した。
  民間船である事、粗製乱造の戦時量産船ではない事から、生産性はそこそこに耐久性の方に気を付けており、建造にはそれなりの時間が掛かっている。
  なお、ワシントンの人間は預かり知らぬ事だが、この船の建造が決まった時には既に、日本国内では港や造船所の急速な拡張とタンカーの大型化は進んでおり、この船が働き始める頃には他にも大型タンカーが就役していた。
  バウスラスター、バルバス・バウ等、後に世界標準となるようなものは勿論採用している。船体は長さの割に細く、軍艦で言えば巡洋戦艦に近い。
  固定武装こそ無いものの、海賊対策、そして戦時に徴用された場合に備え、前後甲板に意図的に何も無い、機銃の設置出来るポイントがある。単装20mmや25mm機関砲程度なら設置出来る予定。

以上です

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最終更新:2016年09月17日 14:56