484 :赤ドリル:2016/09/18(日) 23:11:07 時間になりましたので投下します。
なお、今回の話の作成にあたり、外食産業の設定について説明してくださった
弥次郎氏に、この場を借りてお礼を申し上げます。

485 :赤ドリル:2016/09/18(日) 23:11:47
茜色に染まった空の下で、長い影を引きながら親子連れが路を行く。
電柱や瓦屋根、板塀が落とす影が刻々と町に被さっていく。
史実世界は東京。
その一角にある大衆食堂で、青い作業服姿の男達がテーブルを囲んで座っていた。

この一団は子供のころからの親友同士で、元々家が近所だったことから始まった友達付き合いは今でも続いている。
最近では別々の会社に就職したため全員が一堂に会する機会はかなり減っていたが、今日会社帰りに偶然再会した彼らは、
その勢いで昔からの行きつけだったこの食堂にやってきたのだ。

しかし空いたテーブル席に座り、人数分のお冷やを運んできた店子に適当に注文を伝えた後は久しぶりの再会にもかかわらず口を重く閉ざしたまま座っている。
どれだけ経っただろうか、一人がおもむろにグラスに手を伸ばし、一気に呷った。そして――

「とりあえず……みんな無事だよな?」

その問いかけに友人たちは表情も変えずにうなずいた。
『無事』。確かに彼らの中にけが人や四肢を失ったものは見当たらない。作業服も多少の汚れはあるが損傷はないようだ。
しかし今彼が問うたのは外傷のことではない。当然問われた彼らもわざわざ言われるまでもなく理解している。

ここ最近で世の中は劇的に変化した。
日企連の蜂起、戒厳令の発令、玉音放送、各種物資の配給、そして軍部が起こした反乱―3.14事件―とその鎮圧。
講談や読み物にもあるかどうかといった事態の連続に自分の正気すら疑ったほどだ。
中には偶然とはいえ3.14事件の発生を目撃していた者もいる。
目をぎらつかせた男たちが銃を携え、戦車すら持ち出して大通りを進んでいく姿よりも、そこから発される熱気あるいは狂気に圧された。
物資の配給や日企連が発行する新聞がある程度の慰めになったとはいえ、今もその感覚は心の奥底に残っている。
結局皆、何とかして自分の中の混乱と不安を打ち消したかったのだ。


「ま、積もる話もあるだろうがさ、」

ニヤリと口角を上げたと同時、盆を持った店子が二人。

「食いながら話そうや」

486 :赤ドリル:2016/09/18(日) 23:12:33




大日本企業連合が史実世界にログインしたようです支援SS~突撃!社員の晩御飯~



おかずの食感に歯と顎が歓喜し、味噌汁の塩味が乾いた体にしみこみ、温かい白米が喉に安息を与える。
最初の一口から皆一心不乱に定食をかき込んでいる。舌に味が、胃に食べ物の重みが、じわじわと滲みわたっていく。
定食が腹と心を満たすにつれて口も軽くなっていき、自然と話題は各々の近況に移っていった。

「最近どうだい?」
「俺の工場は最近新しい機械が入ったな。うちから出る煙は全部その機械を通すようになったんだ」
「? なんだよそりゃ」
「なんでも、今までうちが出してた煙にはすげえ量の粉が混ざってたんだと。新しい機械は煙からその粉を取り除くらしい」
「…………もうちょっと何かねえのか?」
「いやそれが馬鹿にできねえんだよ。前と比べて空気が美味くなってな。周りのやつらも目の痛みが消えたとか、のどの調子が良くなったって言ってるんだ」

彼が働く工場では、日企連の介入までは煤煙対策が不十分だったらしい。
こういった光景は日本全国で見られ、介入前と比べて自然環境や人々の健康状態などは改善されつつある。
ちなみに、彼らは知らないことだが排出物規制やごみ処理に関する様々な法律も装置の設置・稼働に先駆けて制定された。

「うちは最近『けんせつきかい』だか『じゅうき』ってやつがはいってきてなあ。この前ようやくその使い方とかの講義が終わったとこさあ。」
「へええ。それじゃあそれを使って仕事中か?」
「いや、今日は『使い方を覚えたかどうか』ってのを証明する『めんきょ』ってやつをもらうための試験があってさ。
 仕事にとりかかんのはそれに合格してからだあな」
「うげっ、勉強かよお……俺苦手なんだよなあ……」
「まだ仕事させてもらえねえのか?どういうことだよ……」
「いや。ありゃあ必要になるぜ。『じゅうき』はでけえし、鋼鉄製だ。ちょっと操作を間違えりゃあ周りの人間なんざ簡単にお陀仏だね。
 使い方を半端に覚えたやつとは働きたくねえ……? おいどうした?」

ふいに話の途中で怪訝そうな声を発した。その目は彼の対面……反対側の席を見ている。
視線を追うと、その先に暗い顔でうつむいている仲間がいた。箸を持つ手は止まっているし、彼が注文した定食も少し手を付けた跡があるのみだ。
いつも食欲旺盛な彼らしくない。そんな思考が伝わったのか、彼は観念したようにぼそぼそと話し始めた。

「いいなあ……俺のところは今日の昼まで順調にいってたんだが、同期のやつが
 操作を間違えて機械を壊しやがってよう……」
「おいそれって……」

和んだ空気から一転、その場に緊張が走った。
彼らが今使っている機器はどれも日企連の手が入っている。以前の機械より使いやすく、故障も少ない。もちろん製品の出来上がり具合は言うまでもない。
しかし説明を受けてもさっぱりわからないところも多いし、噂では何が何だかわからないうちに部品を勝手に作ってしまうものまであると聞く。
そんな夢のようなものを弁償するとなると一体いくらするのか。いや、金の問題で済めば御の字だろう。
各々が最悪の想像を浮かべながら固唾をのんで見つめる中、彼は――

「そいつも真っ青になって謝ってたんだがよ、向こうさんなんて言ったと思う?
 『これくらいは部品の交換ですぐ直りますし、それよりも怪我人がでなくて良かったです』ってよ。
 んでその日のうちに修理は終わって、弁償もなし。ちょっとお咎め食らっただけさ」

そういって悪餓鬼のように笑った。つまり……

「なんだよ……脅かすんじゃねえや!」
「この野郎、やりやがって!」

見事に全員騙されてしまった、ということだ。
引きつっていた顔がほころび、張り詰めていた空気が緩む。
意外な演技力を発揮した本人へ、仕返しかそれとも褒めているのか、肩を小突く者もいる。

487 :赤ドリル:2016/09/18(日) 23:13:26
「そういえばさ、ここの飯、前より美味くなったと思わねえか?」

また別の仲間が照れ隠しからか、話題を変えた。

「あ、やっぱりそう思うよな? なんか前より味がはっきりしたっつうか……」
「材料は見たとこ変わってなさそうだし……くそ、よくわかんねえ。隠し味を変えたか?」
「くそお、相変わらず厨房は見えねえなあ」

厨房からは軽快な包丁の音や振るわれるフライパンの音が聞こえてくるが、椅子に座ったまま厨房の方をうかがってみても、湯気や煙に遮られて中の光景は全く見えない。
……言ってはみたが、別にこの店が口に出すのも憚られるような食材を使っているわけでも、奇怪な料理法を使うわけでもない。
単純に、今いるテーブルが厨房から遠いのと、ここのシェフがあまり調理風景を見せたがらない性質なのだ。
そしてそれゆえに、彼らから見えないところに最新型の業務用冷蔵庫が設置され、衛生面での指導によって厨房や食材の保管場所等がはるかに清潔になっていることなど知る由もない。
まあ一介の工員である彼らにしてみれば、「安い・美味い・安全」が守られていればそれでいい。

「なんにしろ、神様仏様日企連様、ってやつだな」
「ああ、ちげえねえ!」
「いまさら神様の手を振り払う奴なんて、阿呆だ、阿呆。」

そうこうしているうちに皆定食をきれいに平らげてしまった。
もう一皿頼むには財布の中身も心もとないし、腹が膨れたからか、少し体が重い。何より明日もまだ仕事がある。
財布から各自注文分の料金を出して、店子を呼んで勘定をしてもらう。
かつてと違って払われる給金にはやたら色が付くようになったが、それでも平社員の給金などたかが知れているから今日は割り勘だ。
そうして暖簾をくぐり、かつてと同じようにそろって家路についた。

彼らがこれからどのような人生を送るのかはわからない。
しかし風呂に入って垢を落とし、暖かい布団で眠るのは間違いない。
そして次の日も額に汗して働き、時折仕事帰りに美味いものを食べて帰る。
そんな暮らしが続くのだろう。少なくとも今しばらくは。


夜の帳が落ち始めた空に、星が一つ瞬いていた。

488 :赤ドリル:2016/09/18(日) 23:14:28
以上で投下を終わります。wiki掲載はご自由にどうぞ。

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最終更新:2016年09月21日 10:47