616 :ひゅうが:2016/10/03(月) 21:17:26
神崎島ネタSS――「人間の限界」



――同 神崎島 南波照間諸島沖 神崎島鎮守府 第2水雷戦隊


「陽炎、同期が落ちていますよ。」

『り、了解…』

「神通さん。連続『3日目』、しかもこのうねりの中では――」

「…そうですね。無理はしすぎない方がいいですか。荒天下演習は――」

「ですです!」

軽巡「神通」の艦橋の空気が緩む。
演習に参加していた帝国海軍の中堅士官たちもほっとした表情を見せている。
ここ数か月、神崎島鎮守府所属艦隊はフィリピン海上や西太平洋上でこうした艦隊演習を繰り返しており、それに帝国海軍から観戦武官が必ず派遣されるのもまた常となっていた。
今回やってきたのは、有賀幸作や木村昌福といったいわゆる「史実」で実戦派として知られた士官たち。
そして入れ替えの激しい軍令部から現場への出向を控えた赤レンガ組の男たちがいくつかの艦に分乗している。
彼らのような存在は当初は帝国海軍軍艦に乗艦していたのであるが、その際に「整備の手間がかかる」あるいは「鎮守府所属艦に追随できない」という理由でこうした艦に同乗する形式になっていた。

だがおそらくは、居住設備が充実しており冷暖房や生鮮食品が豊富な鎮守府所属艦に乗り体というよこしまな欲求が勝ったと訳知り顔で話す艦娘もいる。
実際、それまであとまわしにされていた大型補給艦の予算が急速に形になっているあたり、彼女――駆逐艦曙の陰口は正鵠を射ていたのかもしれないが。

「なら、これから帰還でいいですね?」

「ええ。友鶴ちゃん。」

第2水雷戦隊の「参謀」こと水雷艇友鶴はにっこりして頷いた。
彼女は少しばかり訓練が厳しすぎるという評判の第2水雷戦隊旗艦 軽巡神通の抑え役の「無艤装艦娘」の一人だった。
妖精さんや艦娘のように、艤装やモデルのキャラクターに良くも悪くも引っ張られるものたちとは違って、彼女のような存在はわりと人間に近い。
だが、神風型駆逐艦以上に小柄な姿で、鋭い視線を放つ神通をおさえる姿はいささか犯罪的ですらあった。

「いつも、こうなのですか?」

客人としての分を守っていた木村中佐が引きつった表情で問う。
これまでの数日間繰り返されていた演習は、観戦するだけの彼らをもいささか疲労させている。
1日目に対空戦闘演習のために砲弾と機銃を撃ちまくり、2日目にはレーダー射撃下の砲撃をかいくぐって誘導魚雷を発射したり多島海での襲撃演習を繰り返し…
そして3日目には息詰まる対潜戦が繰り返された。

ここで注意すべきなのは、この演習海域は時間経過がいささか以上に異常だったことだろう。
彼らは、体感時間においてすでに1か月は海にいる。
つまり、彼らは知らないが「史実」におけるレイテ沖海戦なみに彼らは疲労困憊した中で演習を継続していたのだ。
そうでなければ歴戦の駆逐艦たちが息を乱して艦隊運動にわずかな隙が生まれることなどない。


「いえ…もうちょっと厳しめにいっていますよ。実戦ではもっと厳しかったですから。」

「今回はお客様がいらっしゃいますからね!えきしびじょん、です!」

人外たちの元気な声に、木村昌福をはじめとする水雷屋たちは一様に同じことを思った。
帰ったら駆逐艦乗りの居住環境はなんとしても改善しよう、と。

「さて。これから帰りまでの間にもう一回くらいは夜戦演習ができますね。」

『ルンが沖の再現といっきましょう!』

神通の言葉に顔をひきつらせた帝国士官たちとは対照的に、水雷戦隊の艦たちは意気軒昂だった。
自棄になった風でありながらも楽しげに通信を入れてくるのは、今回の次席指揮艦として単縦陣の後部に位置する駆逐艦長波。
彼女につづき、大戦後半に就役した艦たちが次々に元気な声を響かせる。

『ああ…これ、人間だけの力じゃだめだわ。』

たまたま乗り合わせた造船官の言葉がだいたい彼らの意見をすべて要約していた。




――こののち、日本海軍の艦艇は大型化を甘受して居住性や余裕を重視することになるのだが、それはまた別の話である。

617 :ひゅうが:2016/10/03(月) 21:18:12
【あとがき】――人間、10日徹夜すると突然死しますからねぇ(戒め)

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最終更新:2023年12月10日 18:10