451 :弥次郎:2016/10/19(水) 21:25:24
大日本企業連合が史実世界にログインしたようです4 「日企連の胎動」 -起-



西暦1936年3月10日 午前7時。
東京湾に大型の船舶が入港した。全長421m、全幅41.2m。大型客船「天鶴」。
日企連の社旗を掲げるそれは、他の船をはるかに凌ぐスケールとその優雅な姿で他を圧倒していた。
正しく掃き溜めに鶴。一際威容を放つ船舶だった。悠然と入港したそれをこわごわと、あるいは羨望と驚愕の目で見守る人間は多くいた。

午前10時にはその客船を待ち受けていた人間たちが乗り込み、案内されて一室へと入っていく。
朝日新聞、東京日日新聞、中外物価新報、読売新聞、AP通信、ロイター通信、タス通信、同盟通信、ウォールストリートジャーナル、ニューヨークタイムズ、BBCなどなど、世界中から報道機関が集められた記者たちだ。日企連が大日本帝国の持っていた外交ルートを通じて記者を派遣するように要請したためだ。日企連という組織を、またカウンタークーデター以来まるでブラックボックスのようになっていた帝国の内部情勢を知りたがっていた欧米各国はこぞって記者を送り込んだ。
結果、数十人どころではない記者が詰めかけていた。100人を超えているかもしれない。それだけ注目していた。

「なんてデカい船だ……」
「戦艦より大きいぞ」
「美しい……」

思い思いの感想を述べながらも、記者たちは内部へと案内される。
船内は、まさに豪華絢爛。にわか仕立てとは思えない内装で満たされていた。
しかも徒に豪華なだけではない。緩やかに豪華さを主張しているのだ。日本らしいといえば日本らしい。
記者たちが通されたのは、その内部にある記者会見場。かなり広い。
誰もが余裕を持って着席することが出来ていた。

「ここもなかなかな……」
「浅間丸など比較にならんな」
「居心地がいいな、ここは。風か……?」

おまけに、やたらと快適だ。
これだけの人が集まっていながらも、過ごしやすい状態が維持されている。
彼らはあまり知らなかったが、室内の内装にはそれとなく空調設備が隠されていた。
トマス・ミジリーがフロンを用いた冷房を開発したのが1928年。ましてや、内装や調度品に巧妙に隠されたそれらに気がつける者はいなかった。
そして午前10時。予定時刻となった。

「では記者会見に先立ちまして、大日本帝国統治委員会についての紹介をはじめます」

記者会見の進行役が口火を切る。
合図があったのか、室内の明かりが消え、映写機とスクリーンが降りてくる。
電源がともり、映像が映し出される。日企連の社章と社旗。そして日企連5大企業の社章が映し出される。
それは現在の8mmフィルムなどとは異なる総天然色(フルカラー)の映像だ。どよめきが起こる。

「これまでの政治体制との比較から説明いたします」

  • 大日本帝国統治委員会は主権者の直属の輔弼機関となり、政府と軍は大日本帝国統治委員会の監督下で業務を“代行”する
  • 統帥権については一時的に大日本帝国統治委員会に信任される
  • 代行内閣総理大臣及び軍の要職については主権者の指名と大日本帝国統治委員会の輔弼に基づき指名される
  • 主権者は貴族院及び衆議院の解散権/招集権限を有する
  • 主権者は法案や条例などについての閲覧権を有し、最終判断権限を持つ。
  • 大日本帝国統治委員会はムラクモ・ミレニアム代表が兼務し、その人員については代表の指名に基づく
  • 大日本帝国統治委員会会長及び会長代行は主権者の最終判断権限を必要に応じて代行する

ここで詳しく説明を書きたいところであるが、端折ってまとめれば述べればこのような内容であった。
スクリーンには主権者たる天皇の真下に大日本帝国統治委員会が介在し、その下に内閣と軍部、関係省庁が並んでいる。
そのいずれもが、日企連の下から指導/教導/監視などと書かれた線が伸びていた。

452 :弥次郎:2016/10/19(水) 21:26:33
「実質的に権限取り上げ……」
「主権者が全てを握っているな」
「つまり天皇親政か…?」
「むしろ絶対王政に近いな。まるで先祖返りだ」

小声で話し合う記者たちはそれぞれがメモを取っていく。
内閣と軍部の上につく大日本帝国統治委員会が輔弼とはなっているが、説明によればこれまでの受け身の輔弼ではないようだ。
少なくとも、これまでの政府と軍に対しては容赦や自重を投げ捨てているとみるべきだろう。そうでなければ、権限返上という表現は決して使わないだろうし、新聞の情報とも合致しない。つまり、主権者が全ての権限を握り、これまでは権力とかかわりがなかった大日本企業連合がそれを補佐するというのだ。つまり、事実上の日企連による政権と言えるかもしれない。
おおまかな説明が終わった後、進行役がおほん、と咳ばらいを入れた。

「続きまして」

反応を窺うようにゆっくりと進行役は述べる。

「大日本企業連合 ムラクモ・ミレニアム代表兼大日本帝国統治委員会の神崎博之会長より一言いただきます」

さっと緊張が走る。
神崎博之。その人物の名は誰もが知っていた。
大日本企業連合のトップ。先だっての放送でも自らを代表だと名乗った人物。
そして、演台の脇からゆっくりと男性が入ってくる。ゆったりとした足取りでモーニングスーツ姿の彼は歩く。

「初めまして、諸君。
 私が大日本企業連合 ムラクモ・ミレニアム代表 兼 大日本帝国統治委員会 会長の神崎博之です」

40~50代と思われる男性が優雅に一礼する。
一瞬遅れてカメラのフラッシュが瞬き、撮影音がいくつも重なる。
だが、なんだろうか。この、奇妙な空気は。その男は軍神と呼ばれていた人間に近いかもしれない。
あるいは、支配者のオーラというべきか。自分のすべてをそっくり委ねても安心できそうなそんな雰囲気を漂わせている。

「こうして諸君の前に出るのは初めてとなりますね。以後お見知りおきを。
 今後の大日本帝国のかじ取りを委ねられた身として、誠心誠意取り組んでいく所存です」

本当に短く挨拶をした神崎は用意されていた椅子へと腰掛ける。

「およその所は説明がなされているので、基本的に質問に答えるという方式としましょうか。
 不足分はパンフレットと紙の資料で補えばよいでしょう。では、質問をどうぞ」

するとすぐさま挙手があった。

「〇売新聞の中条です。大日本企業連合とはいったいどのような企業で、どのような目的で動いているのですか?」
「大日本企業連合はムラクモ・ミレニアム 新三菱 有澤重工 倉崎重工 如月技研を筆頭とする日本の企業の連合組織です。
 日企連の経営方針は、大日本帝国の経済と技術の発展であり、ひいては世界の平和と安定を目的としています。
 端的に言えば、今日(現在)よりよい明日(未来)を、ですね」
「はぁ……?」

眉を顰める記者に神崎は苦笑いを浮かべて見せた。

「まあ、字義通り受け取っていただいて構いませんよ。我々は企業。経済活動を行い、発展を目指す組織なのですから」
「ちなみにですが、どの業種において営業をなさるおつもりでしょうか?」
「すべての業種です」

453 :弥次郎:2016/10/19(水) 21:27:37
さらりと神崎は答える。とんでもない答えなのだが、軽く言ってのけた。

「そんなバカな……」
「我々は既に既存財閥を傘下に収めています。実質的な指揮権に槌いてはもう少し時間をかける必要がありますが、今後大日本帝国におけるすべての企業は大日本企業連合の指導と指揮の元で経済活動を行っていただきます。
 元々大日本企業連合は複数の企業の連合組織であるために、あらゆる業種の企業が含まれていますので、十分な指導が可能です。
 それだけの技術蓄積やノウハウを獲得しています。故にすべての企業に我々の指導を送りましょう。
 必ず良い結果とします。それをお約束しますよ」
「ありえない……」
「冗談を言っているとは思えんが…」

自信ありげな神崎の言葉に記者は疑いの目を向けていた。
ある意味では当然だ、と神崎はその視線を受け流す。俄かには信じてもらえない。
だから今日は「信じてもらえるところだけを嘘偽りなく話す」つもりだ。
そして次にぶつけられた質問は、日企連の誰もが予測していた問いかけだった。

「申し訳ないが、日企連という企業体が存在していたなど我々は知らなかったのですが、一体いつ成立したのですか?
 これまで一体どこで活動を?」
「それはお教えできません。企業秘密です」

神崎は誰もが聞きたかった問いに、答えなかった。
一体日企連とはいつの間に存在していたのか。何しろ誰も聞いたことがなかったからだ。
三菱の名前もあったが、新三菱とは何なのか。三菱関連の誰もが知っていなかった。
“新”と付くからには三菱の系譜につながっているのだろうが、果たしてどうなのか?

「申し訳ないが、そこについてはお教えできません」
「しかし、誰もが疑問に思っているのでは?」
「重ねて言いますが、お教えできません」

神崎はかたくなに断る。
並行世界の未来の企業などと言ったところで誰が信じるのか。説明するにしても時間がかかる。
何度か押し問答となったが、やがて記者の方が根を上げた。代わりに別な記者が指名された。

「〇日新聞 熊井です。あの人の形をしたモノはなんですか?」
「機密です。名前は人型機動装甲核兵器、英語で言えばアーマードコアと我々は呼称しています」
「アーマード、コア?」
「奇天烈な名前だな……」

慣れぬ兵器の名を誰もが呟く。

「皆様も御想像の通り、日企連ではあの兵器を各所に配備しております。
 今後大日本帝国を襲わんとする勢力が現れれば、あの兵器がこの国を守りましょう」

自信ありげな神崎だが、それ以上の言及は行わなかった。

「申し訳ないが、軍事的な機密も混じることなので。ではそちらの方」
「東京〇日新聞の荒井です。先日の報道では外交方針に転換があると報じられましたが、これは事実でしょうか?」
「その通り」

大きくうなずいた神崎はちらりと視線で合図する。

「外交面での基本方針は、これまでの独立闊歩の路線を大きく改めます。膨張的な政策はほぼ打ち止めとしましょう。
 はっきり言ってしまえば、我々は満州と朝鮮半島があればいい。それ以外は差し上げてもよいです。
 そしてWW1で獲得した南洋諸島については譲らない。そこは明言しておきましょう。
 詳しくはこちらのスクリーンをご覧ください」

再び総天然色の映像がスクリーンに映し出される。
日本列島と朝鮮半島、中華を映した地図だ。

「これまでの上海租界から近く撤収の予定です。昨年にいくらかのテロ攻撃があり、このまま邦人を留め置くことは何ら利さないと判断しました。
 よって、租界の権限を売却することも視野入れています」

上海と書かれた地域から矢印が日本列島へと伸びていく。
人と明らかに資金と理解できる形のイラストが徐々に戻ってくる様子がうかがえる。

「さらに、これまで大日本帝国の保護国であった朝鮮につきましては、ある程度の自治性を認め、
 投資していた資金については本土開発に回す予定です。人員についても、経済振興計画の中核たる『五か年計画』には膨大な人手が必要とみなされておりますので、日本人の撤収を進める次第であります。
 かの国は保護国であるからして、我々が過剰に介入すべきではないと結論いたしましたので。
 その為の準備も進めるつもりです」

そして、朝鮮半島とその先の満州からも矢印は戻ってきていた。

「これまで父祖が血を流して得た権益を捨てるのか!?より進出せねばらならんだろう!」
「統帥権の干犯だ!」
「恥を知れ!」
「東郷元帥や乃木大将の奮戦を無駄にするつもりか!」

叫び声が、日本人記者の集められた区域から上がる。

454 :弥次郎:2016/10/19(水) 21:28:30
しかし、神崎は平然としたものだ。

「単純なことです。庇を気にしすぎて母屋をおろそかにしては意味がありませんからな。
 いずれは朝鮮半島の自治の導入も検討しています。満州国に関しては『五族共和』を実現させましょう。
 日企連がその支援を行いますので、遠からず実現うるものと確信しております。
 満州については、満州帝国承認を前提とした和解案を常設の仲裁裁判所及び中華民国政府に提案予定です。
 銃を持って語り合うよりも、互いに軍を引き、話し合いによって解決するのがもっとも穏当かと思われます」

すさまじいまでのトーンダウン。
それが、記者たちの共通見識だった。
強行的に、それこそ強引な手法で満州事変を引き起こし、国際連盟からも脱退した帝国の後身に居座った組織とは思えない。

「畏れ多くも」

罵声を聞き流しながら、神崎は袱紗から取り出した書状を押し頂き、記者たちに見えるように掲げる。

「この案については、陛下の承認を受けております」

『詔勅』。
その文字に、誰もが衝撃を受けた。
外国人記者は、通訳が「エンペラーの直筆の命令書」と伝えると目を丸くした。

「陛下は兵を引き、徒に血を流さぬようにとおっしゃられた。
 しかし、これまでの内閣も軍も、果ては、大陸進出を叫ぶ臣民も、その陛下の御心に背く行為を重ねてきた。
 血が流れる有様をご覧になられ、また烈士を気取り、政治へと無知なままに青年将校が介入しようと武装決起した」

それについては誰もが知っていた。5.15事件の再来。軍部による武装蜂起。
その結果は、日企連が公表したところによれば、全て力によって叩き伏せられた。
襲撃されたのは、所謂皇道派の敵対派閥である統制派の人間が多かったと公表されていた。
逮捕された人員やその背後関係も大々的に報じられていた。
神崎は熱弁を続ける。

「主義主張が合わぬからと、大義を掲げた賊徒は臣民の命を奪わんとした。陛下がそれを命じられたのか?
 銃を撃ち、鉄の棒きれを振り回し、誰が何をなさんとしているかもわからず、ただ暴力に任せて動く。
 挙句に、陛下の名前と統帥権を持ち出して追及を逃れる。全く腹だたしい。
 それほどまでに偉くなったとは、まったく恐れ入る話である。それこそ統帥権の侵犯ではないかね?」
「……」

神崎の反問に記者たち言葉を失う。
半ば反射で言い返したようなものだが、そういわれると答えられない

「2月26日に発生した反乱では、臣民の中でも政府 軍を問わず『統制派』とみなされた臣民が襲撃を受けた。
 日企連が保護した限りでも、松尾伝蔵内閣総理大臣秘書官 高橋是清大蔵大臣 斎藤実内大臣 渡辺錠太郎陸軍教育総監 鈴木貫太郎侍従長 牧野伸顕帝室経済顧問。いずれもが、帝国の屋台骨たる人材ばかり。
 それを気に食わぬからという理由で、陰謀を企てているとでっち上げ、挙句に計画的に襲撃する。
 もう一度質問するが……陛下はそれをやれと諸君らに命じられたのかね?」

答えはない。
いや、答えられないというべきか。ここで擁護する発言をすれば、その場で捕縛されるのは目に見えている。
それを悟られてはたまらないと目を逸らす記者たちを尻目に、神崎は淡々と事実を述べる。

「他にも政府も軍も、そして諸君らの分類される民も、臣民たりえぬ行動を繰り返していた。
 民は報道に踊らされて現実を見ず、政府は閉塞感を打破できず、軍は自分が一番だと勝手に動く。
 陛下はそれらをご覧になられ、我々に命じられた。全てを変えよ、と。
 安寧を、そして平和を。無辜の民が安らかにあらんことをと。世に平穏の在らんことをと。
 政府も民も軍ももはや臣民たりえぬと、陛下は決断なされた」

455 :弥次郎:2016/10/19(水) 21:29:30
ふぅ、と息を吐いた神崎は、不意に叫んだ。

「諸君らこそが統帥権を侵害しているのではないか!恥を知れ!奸賊めが!」

唐突な神崎の叱責。
その声に、誰もが仰け反ったり、あっけにとられたり、たじろいだりした。
リアクションは様々だが、誰もが目を瞬かせ、ついでに言えばおろおろとしだす有様だ。
つい先ほど神崎を罵倒した記者に至っては、失神するのではないかと思うほど蒼白になっている。

「故に陛下は権限を取り上げなさった。内閣も軍部も、その権限を奉還し、自ら幕を引いた。
 彼らは少なくとも聞き分けが良かった。しかし、諸君らは陛下のお言葉さえも無視するつもりか。
 だとするならば、諸君らは賊徒と変わらない。2月26日に哀れにも蹂躙された、虫けらの様な雑多な雑兵どもと変わらない。
 そして、我々の対応も変わらない。陛下は、生死は問わぬと承諾されている」

今度はゆっくりと、含ませるような言葉。
言葉を発するたびに、空気が重くなるような錯覚がする。

「叫んだり怒鳴ったりしかできないならば、さっさと帰ってくれて結構。
 諸君らが日企連をけなすような記事を書こうが批判する記事を書こうが、我々は全く構わん。
 その事で信用や信頼を失うことになったとしても、我々が認知するところではない。これまでの購買層が離れていって、廃刊になったところで我々には何ら関係ない。いや、広報部にとっては競争相手が減ってくれるのはありがたいことなほどだ」

じろりと視線が突き刺さる。
その視線の鋭さは、まるで軍人のそれだ。いや、下手な軍人さえも凌いでいるかもしれない。

「先の玉音放送をまさか忘れたというつもりなのかな?
 諸君らの行動を見かねた陛下が自らお声を届けたというのに、聞こえなかったふりをするつもりかね?」

今度こそ、日本人記者たちは口をつぐんだ。
一部はまだ何かを言いたそうにしていたがとてもではないが言い出せずにいた。

「さて」

不意に怒気をひっこめた神崎は朗らかに問いかける。

「ほかに質問はありますかな?特に海外から来られた方にもぜひ質問をしていただきたい。
 通訳もおりますので、御随意に質問をどうぞ」

しばし戸惑いが見られたが、おずおずと手が上がる。

456 :弥次郎:2016/10/19(水) 21:30:56
「カサフランド新聞のヘルマン・フィッシャーです。
 クーデターを鎮圧したのは既存の軍ではなく日企連の軍と報道されていましたが、これは事実ですか?」
「我々は企業内で自警組織を組織しており、またPMCs(民間軍事企業)としての面もあります。
 艦艇はもちろん航空機も配備しており、2月26日において我々はそれらの兵力を運用しました」
「軍縮条約などに触れる恐れがあるのでは?」
「それはあくまで国家が、我々が一切関与しない国家がなした条約です。
 個人や企業の保有する船舶についてまであれこれと規制された要項はこれまでの軍縮条約には存在していません。
 別に企業が軍艦を保有はいけないという文言はありません。我々が関与するまでもないと判断し、静観していました。
 そもそも、表のそれに我々が従う義理があるとでも?」
「それは……それは、そうだとしても一企業であるならば国家間の取り決めには従うべきだ」
「確かに。ですが、企業の持つ民間船であると我々は判断しております。そこについては国際的な期間の元での議論を待つ所存です。
 いずれにせよワシントン海軍軍縮条約とロンドン海軍軍縮会議の期限は迫っており、我々はエスカレーター条項に基づいて戦力の充実化を進める予定となっております。いずれにせよ、この場で議論をし結論を出すのは愚かな行為でしょう」

もの言いたげな記者であるが、すでに神崎の中尉は向けられていないと悟ると、眉を顰めながらも口を閉じた。
次に指名されたのはアメリカ人らしき男性だ。

「DNNのロナルド・マクドナルドです。
 JaCでは食料配給計画が検討され、事実配られているというのは本当ですか?」
「日企連にとって社員の生活を保障するのは仕事の一つです。
 我々には生産する能力があり、配給する能力もある。ならば、配ってやらない理由はないのです」
「しかし、それでは自由経済市場に支障をきたすのでは?」
「自由経済はいいでしょう。しかしながら、何かしらの失態で凋落していくのもまた、自由であります。
 いえ、むしろ資産の有無によって収入が左右されてしまう可能性もある。貧乏な家系に生まれれば収入を多く得られず、富豪な家系に生まれれば一生を贅沢に暮らせる。そして格差が生じ、下層の人々は労働力として酷使され、ろくに報酬を得られず、やがては死んでしまう。何とも救われない。働いても働いても、生活が楽にならないのですよ」

しばし神崎は拳を握りしめ、感情をこらえる。

「故に、それを変えて見せる。
 救べき人間を目の前にして、その人間が我々に関係のある人間で、彼らを救う力を持ちながら見ぬふりをすることは決して出来ないことだ。あなたが司祭やレビ人を気取るならば話は別ですが」
「いえ、私は隣人を愛せますので。教会への寄付もしていますよ?」
「それは良かった。汝隣人を愛せよ。かの聖人は良いことを言いましたな」

あからさまに見下した視線。
だが、神崎は気にしない。この時代の欧米では特にイエロージャーナリズムが実質的な権力を握っていたところがある。
フィリピン併合やパナイ号事件などでも、かなり報道というのは民意にフィードバックを与える。そしてそれが正しい情報とは全く限らない。
どうせ、好き勝手に書くのだ。礼儀を過剰に払う必要はない。それでも、マクドナルドの詰問に近いそれに神崎はにこやかな応答した。
しかし、その目は全くと言っていいほど笑っていないが。次の記者が指名される。

「WSJのニック・ロジャースです。日企連は、あるいは日企連の企業というのは株式方式を採用しているのでしょうか?
 資金源については何処から調達を?」
「残念ながら株式制度は、社内での非公開株でのみ運用されています。今後の公開の予定もありません」
「それは残念ですね、興味を持つ投資家は多いと思いますが。ところで、JaCでは外国人の採用はあるのですか?」
「ええ、もちろん。採用するにふさわしい技術か能力の持ち主ならば大歓迎いたしますよ。無論、貴方でもいいですが」
「それはありがたいですが、私はこの仕事を気に入っていますから」

にこやかな応答。露骨な質問なのは百も承知だろう。
その肝の太さは評価すべきかと神崎は思う。経済的な視点というのはWSJらしいというべきか。
恐らく政府の意図も絡んでいるだろう。

457 :弥次郎:2016/10/19(水) 21:32:59
そう思いながら神崎は次の記者を指名した。

「グラスゴー新聞のジミー・スナーフです。
 この船に乗船する際に多くの女性が見受けられましたが、JaCは女性の社会進出に取り組んでおられるのですか?」
「ええ、社会的分業により効率的な企業経営が可能となります。そのためには女性がある程度の仕事を担当することが望ましいです」
「では参政権などについても推進なされていると?」
「貴方の出身はイングランド系と思われるが、イングランドの淑女たちはオフィーリアの如く清らかではないようですね。
 それとも、貴方がハムレットではないだけなのかもしれませんが」

返答に露骨に顔をしかめる記者。
舌打ちが聞こえたような気もする。聞き取れない悪態も。

「ほう」

それに神崎は敏感に反応した。

「黄色い猿の癖に生意気だ、と誰かが言ったようだが……なるほど、そういう見方をされているのか。
 なるほど、結構。あえて言い返そう」

じっと悪態の聞こえた方向を見つめた神崎は、もてる侮蔑を込めて言葉を放った。

「ホワイトが図に乗るな、と」

たちまち外国人記者のいる区域から怒声が上がった。
馬鹿にするな、狂っている、ふざけているのか、などなど。罵声を上げていない記者さえも眉を顰めている。
しかし、神崎は気にしていないようである。むしろ、その反応を面白がっていた。

「ほう、狂っているか。我々は君達から見れば狂っているようだ。しかし、幸いなことに我々が狂っていることは確かに保障されたということでもある。自称健常者諸君には厚く礼を述べねばならないな」

芝居がかかったしぐさで神崎は一礼する。
そして、突然事務的な口調で問いかけた。

「では逆に尋ねてみようか。一体なぜ君達は私たちを狂人だと断じる?」

何故?
その問いをぶつけられた記者は困惑するしかない。怒りをあらわにしていた記者さえ、困惑している。
確かに日企連は狂っている。武力で国家を乗っ取り、それでいて勅許をえて、おまけに官も軍も民も握り始めている。
さらに黄色い猿と言われたとはいえ白人を罵倒し、あまつさえ自分たちが狂っていると認めた。
その問いに誰もが言葉を失う。疑いようもない事実なのに、なぜ?

「思想?政治?国?法?習慣?宗教?道徳?倫理?主義?主張?神?一体どこの誰が君達の正気を保証する?
 そして果たしてそれが正気であることが一体誰が保証してくれるというのかね?
 そこの記者君、我々が狂っている証拠として何かあるかね?」

指名されたのは最前列近くの日本人の記者だ。
突然の指名に戸惑いながらも、何とか答えを絞り出す。

「き、企業が国家に反逆するなど、例がない……!」
「はは、甘いな君。我々はつい先日国家を乗っ取ったのだよ?これが最初の例になっただけだ。今後も似たケースは起こるだろう。
 ほら、おかしくない。何を今さらわめいているのかね?企業は国家に従え?冗談ではない。我々は企業だ。
 それゆえに利益と目的のために行動する。即ち、経済の発展と技術の進化を。産めよ増やせよ地に満ちよ。天には輝ける星を、地にはきらめく華を。君達の聖書(バイブル)にも書かれているはずだ。我々もそれに習ったに過ぎない」

にこやかに記者に礼を述べた神崎はぐるりと視線を巡らせる。

「我々が気に食わないならばすぐに軍艦でも軍隊でも送ってくればいいだろう。
 だが、予め言っておくが、我々は絶対に勝つ。完膚なきまでに諸君らを叩き伏せてやろう。
 それだけの権力も力もある。我々がじっと暗闇の中で潜んでいたことにも気がつけない無知蒙昧にして愚劣な諸君らが勝てるかね?」

露骨な挑発だ。しかし、誰もが言い返せない。激怒することさえできない。
飲み込まれているのだ。ほかでもない神崎の放つ気やオーラに。

「いいかね、諸君。ひとつ言っておくが、我々企業と君達の国家の間に何ら違いなどありはしない。
 それを狂っていると評するということは、君たち自身も狂っていることを意味する。
 全体としての利益のために外交を行い、内政を行い、折衝を行い、時には戦争をしたりする。
 そして報酬を仕事に応じて支払い、規律を守るように命じたり、犯罪者をさばいたりする。
 業務の主体者が企業なのか政府なのかの違いに過ぎない。何処に違いがあるのかね?」

458 :弥次郎:2016/10/19(水) 21:34:21
「もとよりムラクモ・ミレニアムとは企業間調整企業だ。他国で言えば、ああ、国家で言えば内務省と内閣を足したようなものだね。
 そういう意味では、我々はむしろ国家の延長に存在する。つまり、我々は諸君らと全く同じなのだよ。
 人類皆兄弟。素晴らしいではないか、世界平和もできそうだよ」

にこやかに言う神崎に、記者たちはむしろ戦慄を覚えた。
こんなことを言ってのける会社と、人間と兄弟。身の毛もよだつとはこのことか。
自分達がこんな、こんな会社と同列扱い。冗談ではない。
すっかり怒気を抜かれた外国人記者たちは恐怖と戸惑いを隠していない。

「何度も繰り返すが……我々はこれまで救われていなかった人々を丸ごと救う所存だ。
 それが、我々の唯一のスポンサーたる世襲名誉会長陛下の御要望(オーダー)。我々はそれにこたえる義務がある。
 衣服がない者に衣服を、食っていけない者に食料を、仕事無き者には仕事を。病に苦しむ者には治療を。
 君達の国では一体どうやっているのかはなはだ疑問であるが……他国にあれこれと干渉し過ぎるのは我々の趣味ではない。
 そもそも手伝ってやる義理など欠片も存在しない。我々は我々がなすべきをなす。それだけだ」

そして、神崎はきっぱりと断言した。

「主義主張のためではなく、ただ陛下とこの国のために、この国に暮らす全ての『人』のために。
 ひいてはこの惑星の『人類』のために。世界のために」

しばし、沈黙が降りた。
神崎代表がウソを言っているとは思えない。俄かには信じがたいが、言っていないと断言できる。
同時に疑う。日企連がどこまで本気なのか、そして、何処まで実現可能なのか。
神話の時代から、すでに持つもの持たざる者の差は存在していた。
それを、覆す?一体どうやって?
疑問が記者たちの間に渦巻く。
そんな中で神崎は続ける。

「我々は、その自覚もあるのだが、狂った組織だ。
 その事に呵責を感じることもある。しかし、その狂いさえも肯定できる御方がおられる。
 故に、我らは傅くのだ。陛下によって、我々という存在は禊れ、御されるのだ。
 我々が超えてはならない一線を超えないように鎮めてくださる御方。
 その御方の保証が、我々の狂気を束ね上げる。その保証が、日企連という狂気をこの世で最も価値のある狂気としてくれる。
 我々はそれに報いるために全力を挙げる。そして、それと志を同じくする者がいれば、その支援に力を惜しまない」

全てを飲み込むような神崎の言葉は、唐突に演説調から詰問へと変わる。

「では諸君らの正気とやらは、一体どれほどの価値があるのかね?」

その問いかけに、今度こそ記者たちは言葉を失う。
神崎の放つカリスマ性、ここで言えば舞台演出能力というべきか、それに多くが魅せられていた。
そして冷静でいられた記者も、その問いかけに答える言葉を持たなかった。

「もう質問も無いようだ。我々も仕事が多いので、これで失礼させてもらおう。
 ああ、そうだ。世界に挨拶をしなければな」

袱紗を畳み、押し頂いてからわきに抱えた神崎は咳ばらいを一つ。
そして、にこやかに、世界への挨拶を行う。

「Hello World」

この日は、大日本帝国を大日本企業連合が実質的に乗っ取り、世界へと名乗りを上げた日となった。
各国は否応なくこの狂気の企業連合に相対することを強いられ、多大な影響を各所へと与えた。
そして、カウンタークーデター以来よどんでいた世界という大きな流れは、一気に動き出した。
さながら、流れを留めていた堰を切ったかのように。
しかし、これは流れの一端に過ぎないことを、多くは知らなかった。

459 :弥次郎:2016/10/19(水) 21:35:46
以上となります。wiki転載はご自由に。

今回は並行世界の未来の企業ということをネタバレせずです。
だって、信じてもらえませんからね。証拠を突きつけてやってもいいですが。
藪蛇で戦争になるくらいなら正体不明のままの方が良いです(戦争が嫌というわけではない)。

そして、神崎さんは嘘は言っていません。嘘は言っていません。大事なことなので(ry

さて、次はアメリカを経由してくる学者+IOCの皆様のご様子を。
アシハラナカツクニと「島」とギガフロート「敷島」のお披露目です。
あと大統領とかソ連の様子とかドイツの様子とかも書きたいなぁ……

最後になりますが、台詞などは一部議論の過程で出た物を拝借しております。
インスピレーションと言いますか、アイディアを勝手ながら拝借しました。この場を借りてお礼申し上げます。

468 :弥次郎:2016/10/19(水) 21:51:36
素で間違えました…
致命的すぎますので転載時に修正お願いします…
×Hellow,warld. → 〇 Hello World

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最終更新:2017年04月09日 10:23