51: 弥次郎 :2017/02/03(金) 22:24:39
大日本企業連合が史実世界にログインしたようです 幕間 -ORCAの休暇-



ずっと昔、それこそ、思い出せない頃から宙(ソラ)を見上げていた。

一体いつからか。

一体なぜなのか。

そんな理由はとっくに忘れてしまった。

だが、あの輝きに憧れたのは確かだ。

眺め、憧れ、夢見て、誓い、そして----ここにいる














「意外ですね。テロリストだった貴方がこんなことに付き合うなんて」

「俺にも趣味くらいあるさ。テロリストは馬鹿じゃ務まらないんだぜ?」

ハリは自分の後ろで望遠鏡を組み立てるオールドキングに、感心とも呆れとも取れる言葉を投げた。
小笠原諸島に上陸できるようになってから今日で4日目。念には念を入れて追加の予防接種を受けたハリは、ワクチン接種に伴うアレルギーなどが起こらないと確認を受けるや否や、天体望遠鏡を背負って小笠原諸島の山へと入った。
アシハラナカツクニの上からでもよいのであるが、アシハラナカツクニは人が多すぎて、昼夜を問わず明るいために却下となった。

これは、ゲートを超えて視察を行うというプランを教えられ、防疫期間を過ごしながら考えたことだ。
幼いころからの憧れ。遮るものなどない、開かれた宇宙(ソラ)を見ること。
アサルトセルのこともあるのだが、幼少期からそういった機会に恵まれていなかったのもある。
出身であったアスピナというコロニーは、見上げるには些か明るすぎる環境だった。
企業支配の確立によって人間のコロニーへの一極集中は、環境汚染の拡大もあって避け得ないものとなった。
アスピナもその例にもれず、人口が増え、都市が拡大するにつれて、鉄とコンクリートで塗りつぶされていった。
そしてアスピナの放棄が決まってから、地上を転々としたのだが、それはずっと変わらなかった。

地上の明るさが、夜の星の明るさを消し去ってしまう。
星の光さえも、嘗てのコロニーは拒絶していたのだ。自然からひたすらに遠ざかっていく故郷に、悲哀を覚えた。
まるで、内に導きいれたオーメルという企業に、そしてアナトリアからやってきた技術者たちに食い荒らされたかのようでもあった。

結局、自然と呼べる地域に再会できたのは日企連領内だった。
国家時代から、日企連の前身組織が必死に保護を続けていたことで今なお生存圏が維持されている貴重な地域。
そこさえも、コジマ粒子をはじめとした環境汚染の影響が見受けられていた。
目に見えないからこそ厄介なのだと、ハリの視点からは美しい自然を見ながら、日企連の担当者は語った。
一見問題が無いように見えることこそが、将来の危険の芽を見過ごしてしまう原因なのだと。

52: 弥次郎 :2017/02/03(金) 22:25:55

(でも、ここは、この世界は違う…)

初めて宇宙を見たのは一体いつだったのか。
ハリは、それをよく覚えていない。
幼いころ、ということだけははっきりしている。
目を閉じるとビジョンが浮かぶのだ。
満天の星空が、自分の視界一杯に広がる風景を。
それを見たのはほんの数回だったと記憶している。

それは記憶に飲み込まれて消えていくはずだった。
いかに大切な思い出であろうとも、戦場に赴き、鋼鉄と硝煙とコジマに塗れているうちに、塗りつぶされてしまうと。
半ばあきらめていた。メルツェルの誘いでORCAに属することになったのも、その思い出への未練があったためと言ってよい。
日企連から、この世界へと渡ってみないかという誘いが来たのは、一種の転換点だった。

ゲート。原理は分からないが、並行世界と繋がる門。
どこの三文小説だ、と最初はいぶかしんだ。
だが、次々ともたらされた『証拠』に納得せざるを得なかった。
水、空気、植物。そのいずれもが、汚染のない、奇跡と呼べる産物だった。

その時の自分は、どこかで自棄になっていたのだとハリは思う。
もうそんなものとは会えないのだと、自分の思いを諦めようと、見なかったことにしようとしていた。
だから、ゲートの先の世界のバックアップを受けて世界を復興させる、というのも眉唾と思っていた。
だが、「それ」の力を、説得力を本当の意味で理解したのは初めて防疫領域から出て、体を以て自然と触れ合ったときだ。

その世界は、芳醇だった。
比喩でもなんでもない。
そこに満ちるすべてが、自分を祝福してくれたかのようだった。
空気が、水が、風が、光が。何もかもが、自分を捉えて離さなかった。
そしてその時に決意したのだ。星を見ようと。幸い、日企連から天体望遠鏡を得ることはできた。
その時のことは、ちょっと興奮しすぎてよく覚えていないのが正直なところ。
メルツェルが諫めてくれなければ、暴走してしまったという妙な自信がある。

そんなハリに同行を申し出たのが、なんとオールドキングであった。
警戒しなかったといえば、嘘になる。
ORCA旅団でも浮いた存在なのがオールドキングだ。
何しろ、札付きのテロリスト「リリアナ」を率いており、裏社会にも独自のコネクションを持ち精通しているリンクス。
ORCAに引き込んだのも、不確定要素となりうる有力なテロリストを間接的に見張るという面があった。
しかし、オールドキングもそのことをどうやら察している。それでいて大人しくしているのだから、不気味だ。
そう、桜子が以前やっていたシミュレーションゲームで言えば「ギリワン」という奴か。
なまじ能力が高いから扱いに困ると愚痴をこぼしていたが、なるほど、確かに困る。

「さて、そろそろ日が沈み切りますね……」

「ああ」

西の方を見やれば、徐々に日が沈んでいくのが見える。
刻一刻と、世界は昼から夜へと変わっていく。
その光景も、また、言葉にならぬものであった。

      • 見ろよ、特大の宝石が沈んでいくぜ

常に皮肉気というかニヒルなオールドキングが、不意に真面目な声で呟く。
果たして、その言葉は正しい。価値のつけがたい宝石が、溶け込むように消えていく。
紅玉。それを想起させる夕日は、全てを朱に染めながら、夜を告げる。
静かに、そして速やかに夜は風景を染め上げた。

53: 弥次郎 :2017/02/03(金) 22:27:35

太陽を水平線の彼方にを見送ってから2時間あまり。
すっかり夜となった環境で、ハリとオールドキング、そして日企連の護衛達はひたすらに天体望遠鏡の向こうの星の海に心を囚われていた。
時間の経過をほぼ忘れ、ただひたすらに星空を見上げる。写真を撮るものや、肉眼で楽しむ者もいる。
ハリは、噛り付くように望遠鏡を覗き続け、ひたすらに心に刻み込んでいた。
写真に収められるのは限度がある。しかし、記憶というフィルムには体験として記録できる。
ハリの持ち込んだカメラは、すでに史実側の自然を収めた写真で一杯になっている。

(撮り過ぎましたかね……)

あとでメモリーカードを買わねば、と思いながらも、ハリは次の天体へとそのレンズを向けた。
やはり美しい。止まらない。何気なくとる写真の一枚一枚が、とてつもない価値を持っているとわかる。
それは理屈ではなく、本能に近い衝動で撮り続けた。上手とは言い難いかもしれない。
だが、自らの思いを形にしたいという衝動は、そんな程度を問題とはしなかった。

「アイムスィンカー とぅーとぅーとぅとぅとぅー……」

一方のオールドキングは見飽きたのか、あるいは見つめ続けて疲れたのか、持ち込んだ折り畳みベンチに腰掛けていた。
フロムズ・ソフトウェアの曲を口ずさみながらも、その手は火のついた葉巻を手にして。
オールドキングは、意外なことに、企業上層部がほぼ独占する高級嗜好品について精通しており、かつ楽しんでいた。
そう、センスがある。洒落というものを理解して、その一挙手一投足が洗練されているように見える。
そう思いつつも、ハリの目は依然として天体望遠鏡越しの宇宙に向けられている。
いくら見ても、幾度繰り返しても、満足というものが自分の中に出来上がらない。
もっと見たい。もっと感じたい。もっと星に包まれたい。
渇きにも似た欲望が、あとからあとから湧くのだ。

「ふぅ……良く飽きないもんだな?」

そんな言葉を投げかけられ、ふと我に返ったハリは目をそちらへ向ける。
オールドキングだ。ゆったりと延ばされた足は上等な皮の登山靴に包まれており、口ずさむ曲に合わせて揺れている。
それも、また、洒落ている。その余裕は、なんだかちょっと腹が立った。

「貴方の方こそ、それでタバコは何本目ですか?」

棘のある言い方だ、と言ってから感じてしまう。
いつもならもう少し穏やかに喋っていたはず。
邪魔をされたというわけではないのだが、水を差されたと無意識に思ってしまったのかもしれない。

「まだ2本目だぜ?それと、コイツはハバナの葉巻だ。一緒くたにするなよ」

ふぅーと煙を吐き出すオールドキングは、心なしか上機嫌だ。

「こんなに無色の空気で葉巻の官能的な煙を味わえるだけでも、ここに来た価値はある。
 いや、いつもよりもウマい。こんなにもうまかったか、と改めて衝撃を受けているくらいだぜ」

「健康に悪いんですよ?」

「体がいくら健康でも、心が健康じゃなくなったら死んだも同然だ。
 楽しみは人それぞれってやつだ。硬いこと言うなよ」

葉巻の火に淡く照らされるオールドキングに、言いたいことが沸き上がってきたのだが、結局言わなかった。
これを日本語で言えば、そう、糠に釘と言ったか。釘を刺しても意味をなさないという意味で、まさに的確だ。
リンクスの体調管理というのは相当厳しい。何もかもを超越するネクストの唯一の弱点が、個人の能力やコンディションに依存するという性質だ。
アルコールや薬物など、リンクスが心理的に何かに依存されてしまうととてつもない損害となる。
まあ、この男はそんな簡単に溺れたりはしないだろうということはこれまでの付き合いで理解はしている。
ハリとしては警戒しているのであるが、参謀たるメルツェルが手を打っている。
暴走はないだろうと、僅かな希望を持ち続けるしかない。

「そうですか…」

諦めて、ため息をつく。
趣味嗜好は、所詮自己責任。
少し前に戦死したPQのようにショッキングなペットを飼うのも、参謀であるメルツェルのように趣味と実益を兼ねてチェスに没頭するのも、誰かがあれこれと口を突っ込めるものではないのだ。その権利は誰にもないだろう。まあ、影響を及ぼし過ぎるなら止めるが。

54: 弥次郎 :2017/02/03(金) 22:28:17

そう思いながらも、目は、顔は自然と夜空を見上げてしまう。
満天の星空、という、ありきたりな表現が浮かぶ。
だが、それは純然たる事実。満天の星空とは、斯くあれかし、という光景。
この時代の空気は美しい。汚染物質も元の世界よりはるかに少なし、邪魔をするような無粋な光は地上には少ない。
建物も、この時代は元の世界より低いものばかりだ。ましてや小笠原諸島という僻地にはそこまで大規模都市があるわけではない。
元の世界では、小笠原諸島は海上資源プラントの集まる一大拠点と化していたが、元はこんな光景だったのかと思うと、感慨深い。

「アサルトセルが無くなったら、元の世界では星がもっと見えるでしょうか」

「むしろ減るぜ。肉眼で見える星は2000と少し。俺達の世界だと大気汚染なんかで数はもっと減って、一時期1000を割り込んだこともある」

「そんなに減ったのに、なぜ……」

誰も気がつかなかったのか。
そんなハリの問いにヘヘヘと笑ったオールドキングはその答えを突きつけてやった。

「遥か彼方の恒星よりアサルトセルの方が近い。どっちの方がよく見えるかは自明だぜ?」

「……そう、ですか」

「知らなかったのか?」

しばし迷ったハリは、望遠鏡の微調整しながらも、声を絞り出す。

「……いえ、知らなかったわけではないです」

ただ、と言葉が上ずる。
咄嗟にそれを殺した。それは、感情の問題。
行き場のない怒りが、自分の中で大きく膨らんだ。

「ただ、初めて見た星空が、星空ではなかったかもしれないと思うと…」

「皆まで言わんでもいい。ま、そんなもんさ」

オールドキングは、そんなハリの様子を、怒りを歯牙にもかけず鼻で笑う。

「元の世界で、虚偽じゃなかったのはどれくらいあった?
 世界の半分以上は企業のこねくり回した嘘だし、残りの半分も嘘のための嘘だ。
 そんな世界で正気を保てると思ったのかよ?何時まで真実なんてのを求めるつもりだ?」

「貴方は…」

「色々と地獄を見ればな、世界に引っ張られないようにする方法も自然と分かるもんだ」

あっけらかんと言い放つ異端児に、しばしハリは興味を抱いた。
このORCAの異端児が、一体どのような経歴を経てきたのか。
調べることはたやすいが、それがどこまで実像に近いのかは判別がつかない。
アサルトセルと本物の星が肉眼では見分けがつきにくいように、虚と実はしばしば混同される。
今、飄々と葉巻を楽しむ男もそうなのではないか。テロリストというのも、案外この男の一部に過ぎないのでは?
ハリはそのようなことを、ふと考えた。

「?」

そんな考えを気取られたのか、オールドキングは怪訝な視線を送って来る。
不思議と、嫌悪感を感じない探る目つき。企業の暗部を除いてきたとは思えないほどの澄んだ視線。
純粋と言っていい。まるで、計画を語る時のメルツェルやテルミドールのような。
それに見とれてしまった、とは言いにくかった。なんだか、恥ずかしささえ感じた。

「いえ、何でもありません」

うわずることなく言えただろうか、と思う。
ごまかすように、ハリは再び望遠鏡をのぞき込んだ。
星々は変わることなく瞬き続けている。
まだまだ夜はこれからなのだ。ただ、楽しめばいい。
ハリは少年のような笑みのまま、次の天体を探し始めた。

57: 弥次郎 :2017/02/03(金) 22:29:25
以上。wiki転載はご自由に。

ORCA旅団の休暇の様子を。
ハリについては未使用音声などからあれこれと妄想。
アスピナ出身というのも、まあありがちではありますが妄想した設定です。

オールドキングについては、一昔前のギャングのようなイメージに。
テロリストと言っても意外と洒落た趣味を持っているんじゃないかなと。
ただの荒くれというわけじゃなく知的な存在。リリアナを率いるカリスマ性もありながら組織を嫌うという矛盾。

今回は個人的に、しっとりした話になりました。
賑やかもいいですが、こういうのも書いていきたいなぁ…
というか、盛り込みたい要素を盛り込んだらすらすら書けました。
そうだ、こういうのが書いていて楽しいんだ。

では本編も頑張っていきますねー…

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最終更新:2017年02月11日 22:16