245: yukikaze :2017/02/25(土) 22:34:42
それでは投下します。題名は『講和と一時の平和』

日清戦争史 第六章 講和と一時の平和

「皇太后陛下、李閣下が謁見を求めています」
「苦しゅうない。通せ」
「はい」

深々とお辞儀をする宦官が去ってしばらくの後、御簾越しに、李鴻章が完璧な動作で拝礼をしたのが見えた。
平伏しているが故に表情は見えないが、その姿を見るに、疲労を隠すことすら困難なようだ。

「御苦労である。直答を許すとともに、特に椅子に座りて話すことを許す」

謁見の礼儀からすると異例ではあったが、敢えてそれには目を瞑ることにした。
何とも情けないことではあるが、今の清王朝を守れるかどうかは、目の前の男にかかっているのだ。
少なくとも、正論だけしか叫ばない翁同和や李鴻藻等は、期待するだけ無駄である。
この半年近い戦争において、西太后は嫌というほどそれを学んでいた。

李は、その言葉に対しても恐れ多いとして謝絶していたが、西太后が、扇子を自らの椅子の肘掛に強く叩きつける音を聞いて、恐懼しながらその言葉に従った。
精神が幼い皇帝よりも、宮中という化物の巣で長年権勢を誇っていたこの女帝を怒らせる方が、李にとっては何倍も危険であるからだ。

「で・・・首尾はどうじゃ」
「休戦協定は締結できました。東夷の軍勢は、約束通り、城壁から30里(1万5千メートル)の距離まで軍勢を引き、都への物流も回復できました」
「それは重畳。東夷の蛮将も、中華の皇帝の都を攻めることの非礼は知っていたと見える」

にこやかに笑う西太后だが、李はそれに唱和せず浮かない顔を崩していない。
幾分機嫌を悪くした西太后だが、それは表情には出さず、李の存念を聞いてみる。

「恐らくは・・・こちらへの誘いの手かと」
「どのような?」
「恐れながら、この一件に気を大きくした粗忽者達が、相手が引いたのを狙って・・・」
「あり得ぬ・・・と、言い切れないのが残念じゃの」

そうなった場合どうなるか。西太后には苦い思い出があった。
アロー号事件において、清国は屈辱的な天津条約を結ばされたが、英仏連合軍がいなくなると、途端に強硬派の意見が強くなり、条約締結を白紙撤回しようとしたことで、却って英仏の介入理由を作り悲惨な目にあったのである。
東夷の者達が、同じことを狙う可能性は大いにあり得ることであった。

「東夷の蛮将、侮ってはなりませぬ。きゃつめは、安禄山にも比肩する体格を有し、蛮夷の将兵須らく彼の将の威に服しております。一切の油断はないかと」
「大清も堕ちたものよ。蛮将どころか、その配下にすら無残に負けるのじゃからな」

思えば、センゲリンチンが敗死した時が分かれ目であったかと、西太后は心中嘆息する。
あのモンゴルの勇将は、太平天国の賊徒共や、英仏相手にも一歩も引かない程の豪胆さを発揮し流石は偉大なモンゴルの騎馬民族の末よ、八旗の栄光を守る者よと絶賛されていたが、彼の死後、彼の衣鉢を継ぐ者は、満州にもモンゴルにもついぞ出なかった。
かつてこの大陸全てを縦横無尽に駆け巡った騎馬民族の末裔がこのざまとは、太祖や、かの伝説のチンギス・ハーンが見たら、なんと嘆くであろうか。

「もはやこの戦は利がありません。これ以上続ければ、それこそ国の根幹が崩れましょう」
「分かっておる」

そう。これ以上敗北を積み重ねればどうなるのか、西太后は痛いほど理解していた。
仮に首都が落とされ、自分達が都落ちされたが最後、漢民族は掌を反して、東夷の者達に次々と膝を折るであろうことを。
これが漢民族の王朝であるならばまだ抵抗を期待できるが、清の王族は漢民族ではないのだ。
漢民族にとっては、新たな異民族が主に代わるだけであり、後はどちらが自分達の利益になるのか両天秤をかけるだけであろう。
残念なことに、あの幼き息子はそのことに思い至ろうともしない。

「和を結ぶ。しかして敗北したとは思わせぬ。難しいがやらねばなるまい」
「臣も全力を尽くしまする。但し・・・」
「分かっておる。退くべきところは退け。大清の面子さえ維持できればそれでよい」

そうして西太后は一人ごちる。
全く・・・都にまで攻められなければ何とかなったものを。

246: yukikaze :2017/02/25(土) 22:35:48
清の面子さえ保てればよいと発言した西太后であるが、現実は、彼女の希望を叶えることすら困難であった。
まあ当然と言えば当然な話で、半ば強引に開戦に持ち込んだはいいが、陸でも海でも徹底的に叩き潰され、遂に首都まで包囲されるという有様。
しかも、首都から迎撃した防衛部隊があっけなく撃ち倒されるのを、首都の住民が見ているというおまけつきである。
誰が見ても「清の大敗北」であり、既にもう「面子を保つ」どころの騒ぎではなかった。
それでもなお、李の奮闘は、交渉相手である伊藤博文自身が、内心「流石は大清の宰相よ」と賛辞する程の代物であった。

「何ですかこの条件は!! 清は和平を結ぶ気があるのですか!!」

外務副大臣である陸奥宗光は、清国から回答のあった和平案を見て、本気で激怒していた。
国内では『カミソリ陸奥』と評価され、この戦争でも強硬派の一角として名の知られていた彼にしてみれば、清側の対応は現実をまるで無視していた内容であった。

「東亜の安定の為に、日本側は大人の対応をしてほしい? 清の連中はどこまで我らを愚弄すればいいのですか!! それほどまでに大人の対応を望むというのならば、合戦による懲罰で事を決めればいい。清人など殴れば言う事を聞く」

テーブルを、どん、と叩いて力説する陸奥を、全権大使である伊藤は醒めた目で見つめる。
この男、もう少しばかり使える男だと思っていたのだが、この程度の田舎芝居しかできないのならば、大事を任せるには困難と言っていい。
最近は、陸軍の川上操六や政党の強硬派とも気脈を通じているようだが、そのことが元老の怒りに触れているということに気付いてもいないようだしな。
合戦による懲罰? 仮にも外交を司るものがホイホイ使っていい言葉ではない。
坂本に私淑したというが、土佐のあの男は、この男にいったいどんな教育をしたのやら。

もっとも、陸奥の怒り(半ば強硬派の関心を得るためのパフォーマンスだろうが)にも一分の理はあった。
さしもの李も、陸海共に大敗北で且つ首都まで囲まれたという状況においては、賠償金及び領土割譲要求を受け入れる姿勢は見せていた。
だが、そこから先は、彼は徹底抗戦の構えを崩さなかった。

まず、李は賠償金として日本が求めていた5億両(純金)については「あまりにも過大であり且つ清国は銀本位制である」として、2億両の銀ならば受け入れるとしている。
そして領土についても、「台湾と澎湖諸島は認めるが、遼東半島は、清王朝の故地である満州の玄関口であり、ここを日本が征服するのは極東安定の妨げである。即刻返還されたい」と、強硬に主張し、暗に列強もそれを支持していることを匂わせていた。
更に言えば、日本側が名目的とはいえ求めていた皇帝の謝罪については、即座に拒絶し日本のマスメディアが大いに問題視している有様であった。

(ブンヤのゴミ共が。自分達の売り上げの為には国すら売るか)

当人達は「社会正義の代弁者」を気取っているようだが、その実態は悪質な瓦版売りのそれと全く変わってはいない。
そもそもあのバカども、ジャーナリストの本義を理解しているのか?
ジャーナリストの最大の使命は「事実をありのまま伝える」ことであって、世論を自分の思いのままに操ることではない。
自分の女性関係での醜聞程度ならば笑って許してもやるが、こと国の方針にかかることに対して幼稚なアジテーションをするというのならば、政府としても考えはある。

まあ、俺が出る幕もないか、と、伊藤は心中嗤う。
あのバカども。無邪気に世論を煽ってはいるが、お蔭で薩摩の両巨頭を本気で怒らせているのである。
特に西郷元帥は「戦を知らん馬鹿どもが戦を煽るのか」と、怒り心頭だそうな。
維新三傑筆頭にして、明治帝の信頼がことのほか厚い西郷を敵に回したらどうなるか、考えるまでもない。
さぞや盛大な大掃除になることであろう。

「散々恩ぎせがましく言っているが、そもそも朝鮮半島を連中が統治できないから放棄しただけなのを何が『皇帝陛下からの恩賜』だ」

吐き捨てるように言う陸奥だが、伊藤はこれを「李は、なかなかの商売人だな」と評価していた。
既に国土は荒れ果て、外壁としての用を満たさない朝鮮半島など、清にとっては不要でしかない。
それならば、さっさと宗主権を放棄することで、朝鮮を独立国扱いとすることで、半島との交渉を日本に押し付けようとする魂胆であろう。

247: yukikaze :2017/02/25(土) 22:36:25
無論、国土防衛且つ開戦前の舐めた態度からくる感情的な反発も合わさって、日本側の態度は厳しいものになるが(すでに国内では済州島以下いくつかの島の割譲、釜山から平壌までの鉄道敷設権とその周辺地域への警察権、鉱山の優先的採掘権を突きつけることを決定していた)
それに対する半島側の恨みは、全てこちらに来ることも織り込み済だろう。
まあ清も半島から恨まれるだろうが、どうせ恨まれているだろうから、日本にもそれを押し付けてやれという判断は間違ってはいない。

いやはや、流石は清国の政界で長年君臨してきた傑物だ。
よくもまあここまで、ぬけぬけと交渉できるものだと、苦笑を浮かべざるを得なかった。
全く、こういう相手ならば、それこそ大久保侯爵がでれば、狐と狸の化かし合いを生で見物できたものを、全くもったいないことをした。

「軍としてはどう考えているのかな」

ヒートアップする陸奥を尻目に、伊藤は随行員としてきている2人の佐官に話を振る。
どちらも統帥本部では切れ者と評されているが、どの程度の者なのか。
2人は、お互い軽く頷くと、まずは陸軍の制服を着た男から話をしだす。

「上原です。陸軍としては、遼東半島を確保していた方が、大陸での有事の際の橋頭保になると判断しています」
「斉藤です。海軍としては、旅順港を抑えることで、渤海の制海権確保に大きく貢献し、且つ列強の領有を防ぐことで、我が国近海の制海権確保にもつながると判断しています」
「つまり、軍としては遼東半島領有を望むということか」

2人は軽く会釈することで、伊藤の発言を是認していた。

「ちなみに君達の個人的な意見としてはどうかね? 心配しなくていい、ここだけの話だ。他言はしないしさせない。した者は私が責任を持って罰する。このレベルのことすらぺらぺらしゃべる人間が、機密保持などできる筈もないからな」

上原と斉藤は少しばかり困った顔をする。
政治家の「ここだけの話」程、信用のおけない言葉もないのだが、何しろ伊藤は長州閥筆頭の実力者である。この男の発言を無視しても碌なことにはならない。
ついでに言えば「軍の総意」を話して尚、個人的意見を聞かれるということは、伊藤は軍の総意に否定的であると言えた。

ややあって、上原と斉藤が言葉を発した。

「有体に申し上げれば、本土防衛の為には、朝鮮半島の確保の必要があり、そしてロシアからの防衛の為には、望むならば沿海州までは確保したいというのが本音です。勿論、国家戦略に基づいて軍事戦略が練られる訳ですので、陸軍軍人として職務を全うしますが」
「私としては、遼東半島領有をあくまで維持したいのであれば、旅順港は絶対確保しないといけませんが、列強に渡さなくてすむ方法があれば、遼東半島の領有にはこだわりません。勿論、遼東半島に代わる代替地ないしはそれに類するものは必要となるでしょうが」

実に対照的ではあった。
陸軍軍人としては、今回のように対日侵攻の橋頭保になりかねない半島を確保し、更にその半島を安定させるためには、満州及び沿海州を確保して、ロシアに備えよというのが一般的。
逆に海軍軍人は、台湾を取れている以上、後は大陸のどこかに列強の根拠地さえ作らなければ両シナ海までの内海化が進むので、旅順半島領有までは絶対視しないと。
予想されていた事ではあるが、陸と海での戦略方針の違いは、何も手当をしておかないと、致命的な亀裂を生み出しかねない。
成程。連中が口を酸っぱくして、陸軍省と海軍省の分裂を阻止した訳だ。
少なくとも教育機関において、最低でも2年間は陸軍士官候補生も海軍士官候補生も関係なく一般教養を一緒に学ばせることで繋がりを持たせ、更に交流派遣もさせるなどして、つまらないセクショナリズムを生み出さないように努力しないととんでもないことになりかねない。

248: yukikaze :2017/02/25(土) 22:37:06
「大蔵省はどうかね」

今度は大蔵省から連れてきたのに話を振る。

「私としては、今後、内地や台湾の発展に予算が必要であるという観点から、賠償金の上乗せがあれば遼東半島には拘りませんな。軍備拡張をするにも元手がないと無い袖は振れません」

阪谷芳郎の発言に、上原は幾分むっとした顔になったが、『軍備拡張』という言葉を耳にする事で何も言わないことにしたらしい。

「次に経済産業省は?」
「はっきり申し上げれば、満州の資源にアクセスできるのならば、遼東半島は確保すべきでしょうがそれができないのならば無理して取るよりも、鉄鋼資源の豊富な海南島に替えるべきでしょう。
鉄は産業の米です。鉄道路線も砲弾も軍艦も、鉄がないとできません」

何とも分かり易い理論であった。流石は狂介の養子である。
狂介は戦はお世辞にもうまいとは言わんが、内政全般には見識のある男だから、その養子もその薫陶を受けていて当然か。
上原や斉藤と言った面々も、これには深く頷いている。

「釜石の鉄山じゃ足りんのかい」
「国力が上がれば上がる程、鉄と石油の消費は上がる一方です。資源の確保は多ければ多いほどいい」
「意味は分かる。だが海南島は少しばかり拙くないか。あれは越南の近くだ。フランスを刺激する」

内務省から呼んだ小松原英太郎の指摘に、伊藤は内心、ほうっという感情を浮かべた。
確かこいつは最初は聞多の奴に認められて外務省の役人として登用されたか。
海外の視点から問題提起するのと、とかく仲の悪い内務省と経済産業省だが、そんなくだらない対立から出た発言でないというのがなお良い。
しかしまあ内務省も、権限を集めたはいいが、あまりにも規模が大きくなりすぎて、完全に機能不全に陥っていたからなあ。大久保侯爵や狂介ですら最終的には根を上げて「分割するしか手はない」として産業全般の経済産業省、土木及び交通インフラの国土交通省、警察行政は司法省に移管され、内務省の権能は、各行政機関の機構・定員・運営や各行政機関に対する監察、恩給、国勢調査並びに『地方行財政の調整』にまで縮小されて以降、これまで羽振りの良かった連中が逆恨みして、政府の機密情報とかを暴露するなんて下手うったお蔭で、情報関係の法整備ができたんだったか。

なお、他人事のように思っている伊藤だが、彼が外務畑に異動したのも、こうしたゴタゴタに匙を投げて内務省に見切りをつけた結果であることを付け加えておく。

「仮に海南島を獲得した場合、防衛体制はどうなるかね?」

その言葉に、上原と斉藤は顔を見合わせる。
彼らにしてみれば、海南島の場所すらあいまいであり、正直、防衛体制をどうとるかなど想像の範囲外であったのだ。無論、それを以て「給料泥棒」などと発言する程、伊藤は馬鹿ではない。

「山縣君。海南島については、あくまで代替案の一つとして考えた方がよさそうだな。陸海軍にしても本土防衛や、朝鮮及び満州での戦争計画を考えるのが主任務だ。海南島といきなり振られても、直に答えを出すのは難しかろうし、小松原君の指摘通り、フランスの出方については予想がつかない」

まあ、我が国の国土が小さければフランスもそれほどまでに気にはしないだろうが、我が国の図体もそれなりに大きいからね。フランスも巨漢が隣に引っ越ししたら気にするだろうよ、と、冗談交じりにいうことで、部屋の雰囲気は先程と比べれば大分マシにはなっていた。

「では、当初の叩き台案を強硬に主張しましょう。それが一番マシなようです」

どこか勝ち誇ったような顔でそう宣言する陸奥に、伊藤の心は完全に白けきっていた。
この男は今までの議論を聞いていなかったのか? 
日本と清国の二国間だけで考えるならばそれでも構わないだろうが、列強がどういう反応を示すか陸奥の判断には、その視点が完全に欠落していた。
陸奥に強硬意見を吐かせることで、国内のガス抜きと清国に対する圧力をかける役を任せていたが、いい加減、邪魔になりつつなっていた。

249: yukikaze :2017/02/25(土) 22:37:45
「そうだなあ。所で陸奥君。君はかなり顔色が悪いようだが、体調が悪いのかね?」
「いえ。そんなことは・・・」
「いやいや。儂にはわかる。異国の地で相当無理をしたんだ。誰だって体調が悪くなる。
君の損失は日本の損失でもある。坂本君にも叱られる。大臣として君には本土での休養を命じる」
「!?・・・大臣、それは!!」

交渉から外されかねない事実に、陸奥はそれまで以上に顔面を蒼白して、自らの体調の良さをアピールしたのだが、そんな言葉に心を動かされるほど甘い伊藤ではなかった。
彼は、陸奥の抗議にも柳に風と受け流し、表面上は穏やかに、しかし断固とした姿勢で、彼に帰国命令を告げることになる。副大臣職はそのままの状態にしたことが、伊藤の唯一の優しさとも言えるであろう。

愕然とした表情で棒立ちになる陸奥を尻目に、伊藤は葉巻を燻らせながら、心中呟く。
全く大久保侯爵も恐ろしい人だよ。
あの人の頭の中では『清との戦争の決着』なんざとっくの昔に終わっていて、『戦争を通じて、今後の日本で使えるか使えないかの篩にかける』を目的としているのだから。
既にあの人の頭の中では、引き立てる奴と見切りをつける奴とで分類が終わっているんだろうなあ。
勿論、自分もここでへまをすれば、粛清リストに名前が載るのは間違いない。
現時点において、桐野達老害や、内務省にまだ残っていたバカども。それに外務官僚でも情報部や大使連中を中心に更迭の嵐が吹き荒れるであろう。
ロシアとの戦争が避けられない可能性が高い以上、こちらも10年の期間をかけての国内組織の再構築を図らないといけないのだ。
そんな大事な時に、視野の狭いバカなど不要である。

3日後、日清両国で締結された北京条約で決められた内容は次のとおりである。

1 清国は、朝鮮半島での宗主権を放棄する
2 清国は、今回の日本に対する侵略行為を認め、推進した者を処罰する
3 清国は、日本と朝鮮との間の交渉において一切口を挟まない
4 清国は、沙市、重慶、蘇州、杭州を日本に開放する。また清国は、日本に最恵国待遇を認める。
5 清国は、台湾及び澎湖諸島を日本の領土として永久に認める。
6 清国は、日本に賠償金として6億両支払う。なお支払いは英ポンド金貨とする。
7 日本は、賠償金支払いの確認の後、遼東半島から撤兵する。
8 清国は、日本側が求める「遼東半島を列強に永久に租借させない」ことへの制約を順守すると共に違約した場合は、更に1億両を6と同様に追加で支払うこととする。
9 清国は、満州における各種鉱山からの資源の輸出の優先権を日本に与える。

後世の目から見れば、日本の外交的勝利と言っても過言でもないのだが、日本国内では不平たらたらであった。
賠償金が6億両という点は、まだ実際にかかった戦費を考えれば黒字であった為に、日本国内でもそこまで問題視されなかったが、2と5、それに7については強硬派やマスメディアを中心に伊藤への猛バッシングが展開されることになる。
彼らにしてみれば「清の都を包囲している圧倒的有利な状況で、何でここまで譲歩しないといかんのだ。遼東半島はもちろんのこと、満州までぶんどれ」という気分であり、しかも領土問題で清側が海南島を代替地として提案したのを、伊藤がそれを拒絶して8と9の条件に代えさせたと知られた時は、『国賊伊藤を斬れ』『伊藤は清の女に尻毛までむしられた』などと発言する者多数であった。
列強において『伊藤外相は誠に外交常識を弁えられておられる』と、好意的に報道されたのとは対照的であったのだが、当時の日本の外交的視野の狭さを如実に表しているといえよう。

250: yukikaze :2017/02/25(土) 22:38:35
もっともこうした批判は、比較的あっさりと消滅することになる。
伊藤が帰国する前に戻ってきた西郷に対し、桐野達や玄洋社と言った政治団体、それにマスコミ関係者が襲来し、口々に今回の条約が国の為にならないことを力説し、直ちに条約を破棄するよう政府に求めそして政府が拒絶した場合は、西郷によって政界を浄化すべきと口々に唱えたのである。
西郷たちを出迎えに来た大勢の面前の前でクーデターを使嗾する発言をしでかす辺り、彼らの粗雑さをこれ以上ない程示していたのであるが、この集団の代表役であった桐野退役中将が『不肖桐野が、奸賊である大久保や伊藤を斬り、軍を率いて清の皇帝を捕えますので、どうか先生は、我らの義挙を支持していただくようお願いします』と言った直後、凄まじい勢いで殴り飛ばされることになる。

「おまんさあらの目は節穴か。一体どこに目をつけちょっか!!」

後に実業家に転身した頭山満が「あんな凄まじい声は生涯聞いたことはなかった。ブンヤの中には恐怖で失禁したり、パニックで地面を這いながら逃げ出す者もいた」と、背筋を震わせながら語っているが西郷の怒声に凍り付いた面々に対し、西郷は彼らを睨みつけながら言葉を続けた。

「よかか。清国から過分に領土を奪った場合、列強からの干渉が確実に発生する。既に独仏露は講和交渉が始まる前に遼東半島の割譲に異を唱えるような論調が見られ、海南島を取れば、越南のフランスを刺激する。
だからこそ一蔵さあも伊藤どんも、列強複数と戦をすることへの愚を避ける為に、悔しか思いを我慢して少しでもこの国の利益になるために尽力したたっど。おまんさあらは、二言目には威勢のよかことや文句ばっか言うが、あん2人の百分の一も思慮もなければ分別もなか」

維新の大英雄のこれ以上もない痛罵に、桐野以下は全く声を上げることはできなかった。
何人かの政治団体の面子が声を出そうとしようにも、西郷からじろりと睨まれた瞬間、へなへなと腰を抜かすだけであり、同じく喧しい新聞記者達も、震えあがっているだけである。

「はっきりと言うておく。この条約に西郷は大賛成である。不満があるというなら、おいが何時間でんかけていっきかす。但し心せよ。浅薄な意見を以てこの西郷の心を動かすことなど何人にもでけん」

後日、西郷のこの発言を知った伊藤は、涙を流して西郷のいる方角に向けて頭を下げ、大久保は「吉之助さあの言葉は百万の援軍を得たも当然じゃ。あいがとさげもす」と、親友の援護射撃に感謝をしたという。
マスメディアの論調も、下手なことを書けばそれこそ西郷の言う「思慮もなければ分別もない」部類に見られることを嫌った故か一気にトーンダウンし(宮武外骨が、持ち前の反骨精神と大久保と伊藤嫌いから西郷宅に乗り込み、2日後に疲労困憊の姿で『もうこの件では何も言わん。あんな化物相手に立ち向かえるか』と、這う這うの体で辞去したのが知られてからは猶更)
強硬派であった川上操六は、西郷上京時に全力で土下座して自らの不明を詫びることで、何とか許してもらう有様であった。(なお西郷の元に行った将軍達は、クーデターを使嗾したという事実により、爵位を剥奪されると共に、階級も佐官レベルに落とされる(大久保の本音としては軍籍すら剥奪したかったのだが、西郷の『あまり追いつめると暴発するだけ』という言葉に、大久保も妥協をした)など、完全に政治生命を失う羽目になる)

かくして日本は日清戦争を勝利で迎えた。
だが彼らの平和は10年しか続かなかったのである。

251: yukikaze :2017/02/25(土) 22:48:15
これにて投下終了。
いや何とも戦記的な盛り上がりの欠片もない代物になりました。

講和条件で、憂鬱本編と違い、海南島を除く代わりに賠償金の増額と資源アクセス権を獲得しましたが、大陸日本の国力を考えた場合、海南島を領有すればフランスを刺激しかねない可能性がありますので、大陸日本世界では、領有を割愛させてもらいました。

陸奥がだいぶ小人物になっていますが、遼東半島問題は既に2月の段階で列強が介入する可能性が出てきており、それに対して陸奥が有効な手を打っていないなど外交的な粗雑さが浮き彫りになっています。
日清戦争開戦前の条約改正交渉での見通しの甘さとか見ても、評価を下に修正せざるを得ないかなあと。日清戦争で勝てたから名外相扱いになっていますが。

西郷のこの一喝は、今後の布石となります。
ただ、西郷自身、史実では強硬論唱えたりもしているので、この変化については史実よりも大分生きた斉彬の薫陶が良かったことにしてください。

これで日清戦争史は終りますが、次回以降は『この世界での日露戦争』or『豊臣家が生き残った場合での日露戦争』のどちらかを考えています。
年度末が近くなってきているんで、スローペースでの投稿になると思いますが、差支えなければ投稿させてもらおうと思います。

273: yukikaze :2017/02/26(日) 00:09:16
ゴメン。今気付いた。七章ではなくて六章ですね。失礼しました。

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最終更新:2017年03月01日 20:23