130: 弥次郎 :2017/03/11(土) 17:44:41

大日本企業連合が史実世界にログインしたようです「国家改造」5 -労働を愛せども-



アシハラナカツクニの会議室で、小原直代行司法大臣は厳しい表情で紙の資料をめくっていた。
彼だけではない。内務省からも、そして意外なことに軍部からも多くの人間が同じように資料をめくっている。
渡辺錠太郎陸軍教育総監、林銑十郎陸軍代行大臣、海軍からは大角岑生海軍代行大臣や住山徳太郎教育局長など凡その重役が揃っている。

異様なまでの空気の中で、一人恐縮している人間がいた。彼の名は緒方章である。
彼は史実においては、功績の一つとして1919年にメタンフェタミンの結晶化に成功する偉業を成し遂げた人物として知られる。
彼の師である長井長義も麻黄からエフェドリンを発見、さらにはエフェドリンからメタンフェタミンを合成するなどの偉業を重ねている。
彼以外にも大日本製薬をはじめとした医薬品メーカーの社長あるいは重役、さらには経営陣が集められている。
他にも警察の人間も含まれていた。そして、彼らは紙の資料を、あるいはスクリーンに投影される資料に目を通している。

「……斯くして、終戦後にこの軍部が貯蓄していたメタンフェタミンやアンフェタミンをはじめとした薬物は流出。
 娯楽に乏しい状況であったことも追い打ちをかけ、凄まじい数の中毒者を生み出しました。
 また、錠剤ではなく血管へと注入する注射器を使いまわしたことで血液を媒介とするウィルス性肝炎を蔓延させるという害も生み出しました」

慎重に語るのは、如月技研から派遣されてきた薬剤師の加藤正行だった。
日企連リンクスの専属の薬剤師であり、早い段階から史実とAC世界の行き来における病気への対処を行ってきた人物でもある。
それこそ、表に出る薬から裏に回る薬まで、あらゆるものに触れてきた。それ故に、その知識と経験は飛びぬけている。

「こちらが、大日本製薬…我々の世界では新住友ドラックホールディングスとして存続しておりますが、当時の広告です」

かちりと、スクリーンに映る映像が切り替わった。
映っているのは、どこかの新聞に載っていたであろう広告だ。
日企連が作ったものではなく、史実の歴史資料であるのはその日本語の並びや旧字体の使用などからうかがえる。

「除倦覺醒劑」
「作業能率の向上」
「体力の亢進」

夢のような文字が並ぶ広告。簡易なイラストにはなんらかの製造ラインで作業をしていると思われる人の姿も書かれている。
大日本製薬や武田製薬の人間は、もはや失神寸前だ。如何にもな広告、如何にもな文章。
自分達が作りそうだと思うのは当然なのかもしれない。だが、既に彼らはその薬物の中毒が引き起こす症状についての事実を、大日本帝国全体として見れば少数ではあるものの、共通認識としている。

「1940年以降、メタンフェタミンが『ヒロポン』『ホスピタン』、アンフェタミンが『ゼドリン』『アゴチン』『ソビリアン』といった名称で市販されるようになりました。1gの錠剤を4~5錠も飲めば徹夜も楽になるとか。
 繰り返しますが、まだ中毒性などは問題視されておらず、そもそも結び付けられることもありませんでした」

「しかし、実際には中毒性などがあったのだな」

「これらの効果は、紛れもなく本物です。眠気を去り、疲労感をなくし、気分を高揚させ、行動的にします。
 事実として、これを服用した飛行士が夜間戦闘機を操り本土空爆を目論んだB-29を撃墜するという偉業を成し遂げています。
 特に、一回の出撃で低高度爆撃を目論んだB-29を5機撃墜という大戦果です。しかし、全体数から見れば微々たるものでありました。
 横浜への空襲が後に行われましたが、その際にB-29は500機投入。さらに護衛としてP-51戦闘機が100機投入されました。
 つまり、たかが5機落とそうが大した損害を与えたことにはならないのです。勿論、空爆を阻害したという事実はありますが」

軍部の人間は一回の出撃の記録に驚きまた喜びを浮かべるが、すぐさま告げられたアメリカの国力に顔を引きつらせた。

「また、この飛行士は終戦直後の昭和21年から最終的に昭和60年ごろまで異常感覚に悩まされることとなりました。
 度重なる出撃に際して『暗視ホルモン』と称したヒロポンの注射薬を使用したことによる副作用と推測されます。
 私自身はこの飛行士を診断したわけではありませんが、その様子や証言から察するに間違いはありません」

一転して軍部への視線が鋭さを増す。
まだとはいえ、将来的にはやることと言われると、どうしてもその視線は厳しくなった。
それに気がついた加藤はすぐにフォローする。

131: 弥次郎 :2017/03/11(土) 17:45:31

「もちろん、弁護すべきところもあります。この頃は注射器による投入ではなく錠剤を用いて、医師の指導の下で行われました。
 計算されたうえでの処方が多かったために、中毒者や異常感覚に悩む服用者が現れにくかったのです。
 それ故に危険性が見過ごされてしまったというべきでしょうか。厳正な管理を抜けた際のリスクを誰も理解しえなかった。
 ここには1938年にドイツにおいて同じ効果を持つ薬が販売され、兵士へと支給されたことも関連していると推測されます」

スクリーンはドイツのメタンフェタミン錠剤「Pervitin」を映し出す。
その色からタンクチョコレートと呼ばれたその錠剤は不眠を維持し、士気高揚に役立つと数万錠単位で製造されたという歴史を持つ。

「タンクチョコレートなどと呼ばれ、嗜好品であるチョコレートに混ぜたものもドイツ空軍で支給されました。
 これに影響を受け、メタンフェタミンを混ぜたチョコレートも日本において製造・支給されました」

「ドイツの真似をしたというわけか…」

「まあ、同盟国のやったことは試したくなるのは分かるさ」

「脚気の事といい、どうにも我らは新しい分野について鵜呑みにし過ぎだな…」

「この薬は医療目的でドイツ総統 アドルフ・ヒトラーも使用しておりましたが、やがてその危険性が発覚。
 しかしながら、末期戦の様相を見せ始めたドイツにそれを排除しきるだけの余力は残されておらず、現場において頼りになるものが他に存在しておらず、残り続けました。枢軸側だけでなく、連合国側にも普及しておりました」

「あのヒットラ総統が……」

「意外とはいえんな。ナチスは禁煙を推し進めるなど意外と先進的なところもあると聞いている」

そのような小声での議論を聞きながらも、日企連の薬剤師は続ける。

「1940年以降、この薬は薬局で印鑑があれば購入可能でした。多くの業種で使用されていたとされています。
 まあ、なんといいますか頑張り過ぎてしまう日本人の悪い癖ですね。日企連内部でも時として問題提起されるほどです。
 事実として根本解決には人の代替となるロボットの発達や制度・習慣面での常識の更新を待たねばならぬほどに…」

「すぐに中止、とはいかんのか…?」

「はい。全面禁止というのは、百害あって一利なしと思われます。
 こうした薬物の使用が結果的には服用者の心理的負担を下げ、成果向上に貢献したことも確かなのです。
 ストレスのかかる仕事をこなすには、人間の努力だけではどうにも追いつけないことがある。そんな状態でほんの少し、確実な後押しをすることができるのは、残念ながら薬物しか存在しないことも確かです」

「うむむ……」

「純然たる成果としてきちんと評価されねばそれも困る。危険な使い方をする方が間違っているのだしな……」

ところで、と声が上がる。

「先程言いかけていたが、やはり流出は大きかったのかね?」

「なにせ『決戦物資』あるいは『決戦兵器』でありました。膨大な量が備蓄されていたことでしょう。
 それが放出され、娯楽や苦痛を逃れる手段といて人々はごく自然に使いました。その結果は先程述べた通りです」

「進駐軍は?分からなかったとはいえ、それだけ中毒者が出たならば対策を打つはずだ」

「進駐軍は到着してその拡散状態に頭を痛め、すぐさま対策を要求しました。
 政府は遅れながらもアンフェタミンなどを危険な薬物として指定し、取り締まりを開始しました。
 しかし、それは遅きに失した抑制でした。その後についてはお手元の資料の通りです。
 挙句に、当時の連合国を構成していた国々においても爆発的な流行が起こり、根深く残り続けます」

暫く紙の資料をめくる音で部屋が満ちる。言葉にはならないが、怒りや憤りが沸き上がる。
管理されたものではなく、ただただひたすらに欲の赴くままに薬に溺れる。
また危険性を、分析などが甘かったこととはいえ、自分達は見過ごしていた
あらゆる怒りが、渦巻いた。

「なるほど。敗戦とは、単に戦争に負け、政府が崩壊するだけではないのだな…」

132: 弥次郎 :2017/03/11(土) 17:46:58
加藤による1時間余りの講義が終わりに近づき、いよいよ話題は具体的な対策へと移っていく。

「どのようにすべきかな?」

直球で答えを求められた。答えを求めたのは後藤文夫代行内務大臣だった。
そこに一切のためらいはない。答えを知らねば、致命的に遅れることになるためと腹をくくったか。
加藤もそれを咎めない。咎める必要もない。その態度だけでも、真っ先に問いかけてきたことだけでも、十分評価できた。

「解決案としては、服用記録を厳正に管理し、過剰な接種を避けることです。軍属の人間には標識票を配布するのもよいでしょう。
 他にもより信後の時代の検証を経た代替品を、無害に限りなく近い栄養剤などを使うことも推奨できます。
 個人的な意見ではありますが、パッチテストを行い起こる作用について正確に把握するというのも必要かと」

「パッチテスト?」

「人の体に触れる薬品や衣類をごく小さい範囲で触れさせ、アレルギーなどの拒絶反応が起こらないか調べるのですよ。
 例えアレルギーが起こったとしても、それが小さい範囲にとどまるならば影響は小さくなりますから。
 もちろん、日企連が支給している衣類なども、既にテストは済ませてあります。かなり厳しめでしたがね」

「いつの間に済ませたんだ…?」

「防疫期間を過ごし、この世界を調べ上げる程度にはこの世界を観測し続けていましたから。
 お忘れかもしれませんが、我々は多くが“日本人”なのです。帝国にさりげなく混ざるなど、容易いのですよ」

さらりと流す加藤に、誰もが戦慄を覚えた。
思い出してみれば、嫌にスムーズに日企連は全国を掌握し、行政を引き継ぎ、食料配給などを行い始めた。
つまり、それを行うだけの事前の調査を行うことが出来たのだろう。同じ『日本人』ならば紛れるのも容易い。
咳ばらいを一つした加藤は話を続ける。

「薬には頼らない方が一番なのですが、使わざるを得ないことは多数あります。
 本来ならば、そういった無理をしないことが一番良い。やる必要があるときは、それを行う兵士にアフターケアなどをきちんと行うか、そういう難易度の高い仕事をこなせる専属の人間を用意すべきです。確かに育成のコストはかかるでしょうが、兵士の命に比べたら安いものです。なにしろ、この国は人材に限界があるのですからね。
 それがどうしても、必死に努力しても間に合わないならば、やむを得ない手段として、使うべきです」

「なるほど……言い方は悪いが、使っても問題がなければ文句はないということか」

「事前に副作用が大きく出るとわかっている人間を避けるだけでも影響を抑えられるはずだな」

「結果的には、だろう?」

「その結果が良ければ問題なかろうというのも事実だぞ?」

「しかし全兵が検査を行うには時間がかかるぞ。いや、兵だけならばともかく、使用する可能性があるならば全ての人間が行わねばならなくなる」

「問題ありません。時間を短く、尚且つ低コストで行う方法を日企連は確立しております。
 ですが、その方法はあまりにも危険すぎるためにその方法については秘匿とさせていただきます。
 文字通り、社会基盤そのものを破壊しかねない、極めてリスクの高いものですので」

「それほどに?」

「ええ。我々の世界では、複数の国家が傾きました。国家崩壊こそ至りませんでしたが、大々的な社会問題にも。
 国家解体戦争以前に国家が疲弊した理由は様々ですが、その一つとも言われています」

133: 弥次郎 :2017/03/11(土) 17:49:26

国家解体戦争。そのワードに史実側の表情は暗くなる。
企業がネクストやその他の戦力で国家を下したとされているが、むしろそれ以前から国家の疲弊と機能の低下は積み重なっていた。
その遠因が今の、1936年の政府にあったことは言うまでもない。先程の資料で見たように、戦後のポン中の蔓延は、軍部が備蓄していた決戦物資が大量に流出したことが原因ともいえるし、いわゆる戦後体制が日本を成長させ、同時に束縛したのは確か。
そういった薬物へのあこがれや渇望が、裏社会の基盤となり、数え切れない悲劇を生んできたのだ。
また、史実側の人間はその『国家解体』の2,3歩手前で現在の帝国が維持されていることを、嫌でも認識させられる。

「しかし、重要なのは現実で、この世界で如何に乱用や過剰な仕様を阻止するかです」

力強い加藤の熱弁が続く。

「アナクロな方法が一般的であるために記録の改ざんを行うことは容易く、チェックをしてもぬけが生まれる可能性は十分あります。
 中央では管理が行き届いても、前線などで管理が甘いなど言語道断です。その為にも、始動は徹底せねばなりません。
 人間とは過ちを犯すものなのですから、当然といえば当然です。ですが、何も手を打たないよりはましです」

日企連では性善説をあまり信用していませんし、と加藤は付け加える。

「では教育を改めるしかないか」

「紙の資料以外にも映像の資料も使おう。『実体験』をした人物の資料も提供してくれるだろう?」

「もちろんです。いくらでも提供しましょう。いくらでも存在するのは悲しいですが。
 製薬会社の方に来ていただいたのも、ここに理由があります。後の時代において危険とされた薬品が、過去においては広く使われていたということはよくあります。そして、重要なことは他にもこのような薬品がいくらでもあり、後の時代にいくらでも生まれてくるのもまた同様です」

「この時代でそういった薬物は他に何かあったのかね?」

「例えば、モルヒネがありますね。また、アヘンはいまだに流入しつつあります。朝鮮を併合し、中国に租界を抱えているということは、それだけ接点を持ち、流入の可能性を広げることでもあります。アヘンの味をしめて帰国する人間もいれば、密かに輸入し懐を肥やす人間もいます。
 無論、使い方によっては強力な薬ともなります。むしろ強力だからこそ、道を誤れば危険なのでしょう」

「そうか…糞、何としても阻止せねばな」

「日企連が摘発を進めていますが警察機構の育成という面から見ても、また、軍内部の綱紀を徹底するためにも、そういった方面への対処をお願いしたいところです」

「軍の綱紀の維持となると我々の仕事であるが、それだけではとどまるまい」

憲兵司令の岩佐禄郎中将の代わりに出席していた中島今朝吾中将が合点しながら頷く。

「所詮は憲兵は軍の中でしか動けない、意外と手狭な兵士だ。先だっての反乱を考えれば、憲兵さえも軍の全てを見通せるわけではない。
 何らかの形で対策を打たねばならんな。まあ、組織が複雑化し過ぎるのは勘弁してほしいがな」

「軍民官のいずれの分野でも対策が必須です。別個では非効率ですし、日企連では警察組織と軍の警察の連携も必須ととらえております。
 詳しくはムラクモ・ミレニアムの警察機構の方にお任せします」

「うむ、そちらの方でも調整するとしよう」

「海軍としても憲兵隊を設けたいところだが…役割が被るし陸軍と合同で用意すべきかな?」

「そこについてはまた別な機会にだな」

一通りの議論が終わったところで、加藤は締めくくる。

「このように草の根の活動が必要です。事実、日企連でさえも元の世界では根絶に至っておりません。
 むしろ技術の進化でより悪化したというべきです。それだけ根が深く、巧妙で、深い深いところにあるのです。
 薬と毒は紙一重。使い方やどういうモノであるかの正確な知識伝達や拡散をしなければ、結局自らに害することに変わりはありません。
 どうか、真摯な対応をお願いいたします」

深々と頭を下げる姿に、嘘偽りはない。歴史を大きく変えることができるかどうかの分水嶺。
長らく歴史に刻まれてしまった恐ろしい汚点を、拡大阻止できるか。
一介の薬剤師にできるのは、ただ目の前の人々に頭を下げ、頼むことだけだった。

134: 弥次郎 :2017/03/11(土) 17:50:15
以上。wiki転載はご自由に。

国家が疲弊した理由ってのは、要するに遺伝子関連の技術です。
遺伝子運命説が実しやかに囁かれるとか、救世主論が巻き上がるとか、いかにも末期らしくありません?(マジキチスマイル

まあ、この話はちょっと偏り過ぎていると困るので、ひょっとすると改訂版を書くかもしれません。

史実だと結構危ないものが一般的に売られていたりします。この危険性を先んじて得られるだけ、かなりマシですね。

日企連の行ったパッチテストですが、史実側にいる方々を少々招待したり、配ったりして試しています。
これもいずれネタとして書くつもりですが、そういった食料を受け取ってくれる人がかなりいますから。
ゲート開通についてですが、史実時間で1936年より前に開通しているのが確認されたということにしようかなと。
防疫期間とか時系列の調査とか考えるとどう考えてもそれくらい必要ですので。
なんか、ものすっごい後付けですが、申し訳ありません…

さて、次はジュリアスin帝国ホテルだ……!

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最終更新:2017年03月13日 07:58