906: 弥次郎 :2017/05/01(月) 23:40:13

大日本企業連合が史実世界にログインしたようです「国家改造」6 -医は仁術 医療は商術-




そこは、まるで聖域だった。
神の領域、神と相対する場所、あるいは俗世から隔絶された領域。神秘の満ちる場所。
塵一つなく、汚れもなく、調和を乱すものが存在しない世界。
無論、それは人工的に作られたものであって、何ら神秘というものが混ざる余地を持っていない。
神代が終わり、人の時代が始まって既に幾星霜。神秘や魔法と言ったものは既に朽ち果てて久しいのだ。

されど、その空間は確かに神秘---秘匿されたという点で魔法と共通する要素を持つ技術の産物が満ちている場所であった。
そこを構成する物質はその時代、1936年時点においては存在しないはずの物質が含まれているし、
塵やごみを取り払うのは人間と人間の操作するロボットである。さらに、その空間には機械の目 監視カメラが各所に設けられ、
空気の清浄さを保つために空調が潤沢に使われており、温度 湿度 空気の流れは各種センサーによって計測され、
綿密にコントロールされている。コントロールを行うのも、人間ではなく人間の感覚をクラウドデータとして抱え込んだコンピューターだ。
一言で言えば、未来の光景。
史実の、1936年の人々から見れば、まるで魔法のような世界。故に、神秘の満ちている、ある種の聖域だった。
恐らくであるが、ここは医療関係者やそれに関連する技術を探求する人々にとってはまさに神の領域と言えるだろう。
十分に発達した科学は魔法と見分けがつかないととあるSF作家は述べたが、それは正しいと言わざるを得ない。

そんな未来/魔法の世界に混じる過去の人間が二人。
おっかなびっくり歩く二人は、看護師に案内されてその空間を進む。
その二人は夫婦であった。そして、ある病気を抱えた娘を持つ一家でもあった。
その病気は、ハンセン病。らい菌に由来する感染症である。
彼らは諦めていた。治療の方法も碌になく、周囲の目を逃れるように息をひそめ、強制隔離や断種という恐怖におびえるしかなかった。
元より、彼らの収入では医者にかからせることさえも厳しい現実があった。先立つものが乏しく、日々の糧食でさえギリギリ。
無癩県運動の拡大も、彼らの諦めを加速させていた。だから、彼らは欲してしまった。
こんな状況を覆しうる、大どんでん返しの救世主(デウス・エクス・マキナ)を。
そして、本当に「それ」は現れた。それは必然、あるいは偶然か。
どうにも奇妙なことに、それは「企業」「財閥」と呼ばれる組織を名乗っていた。
その「企業」については、彼らにとっては推し量れるものではなかった。

907: 弥次郎 :2017/05/01(月) 23:41:48

だが、彼らにとってそんなことは重要ではない。愛する娘が助かるかどうかだけが重要だった。
企業の言い分によれば、娘の顔は綺麗にすることができるのだという。おまけに治療費も非常に安く、信じられないほど安価であった。
最初は半信半疑であった。一体、何のためにこんなことをするのかと。
しかし、このままではより迫害されるか強制入所の目に遭うかもしれないと説得を受け、了承したのだ。
少しでも助かる可能性があるならば、その可能性に彼らは賭けたのだ。
そして、両親は施術を受けた娘と面会する日を迎えた。

「では、始めます」

彼女の、患者の症状は顔への皮膚症状と顔の神経障害の発生。
外見からもそれは徐々に広がっており、周囲には苦しい言い訳が続いていた。
それが無くなるかもしれない。そんな期待と治るのだろうかという不安がないまぜのまま、今日を迎えた。
今、彼女の顔は包帯で覆われており、彼らは知りえないが、ミイラのようにも見える。
徒に撒いたのではなく、術後に包帯をとりやすいように、それでいて内部を保護するように巻かれたそれは、
するすると、医者の手慣れた動作で解かれていく。

「これで…最後ですね」

最後の包帯がハラリと落ちる。そこに現れたのは、少女の素肌。
少々治療の痕跡が見える以外は、綺麗に整えられている。
醜く変化していた皮膚は綺麗に整えられ、年相応の柔らかな肌が蘇っている。

「いかがでしょう?」

「あ、あ、あ……?」

言葉を失っていた父親が、促されてそっと娘の顔に触れる。
滑らかな、手触りも見た目も、とてもきれいな柔肌。
傍らにいる妻も、言葉を失って、穴が空くほど眺めている。
あれほどかわいらしかった娘を蝕んでいたそれが、影も形もない。
いや、ほんの少し治療の痕跡はあるが、それも大して目立つものではない。

「せ、先生……!」

「経過は良好。施術の痕跡もあと5年もすればよく見なければわからないレベルにまで治りますね」

ついで、医者は鏡を傍らから取り出す。丁度手に持つことのできるサイズだ。
そっと差し出されたそれを、その娘は恐る恐る受け取る。
今日という日が来るまで、自分の顔がどのような経過をたどったのかは意図的に伏せられていた。
勿論、ガラスや水面に移したり、看護師や医者に聞いたことは何度もあった。その度に、良くなっているとは言われていた。
しかし、どうしても、どうしても信じられずにいた。色々と便宜を図ってくれたことは知っているし、感謝している。
だからこそ、というわけではない。そこまで親切にしてくれる理由を理解できなかった。
ひょっとしたら騙されているのでは?という、恐怖さえもあった。

「う、そ……」
「嘘ではありませんよ。これが、貴方の顔です」

だが、それを覆すものが目の前にある。
いつだったか、治療の前に自分に見せられた「復元された自分の顔」をそっくり写したかのような姿が鏡に映っている。
こんぴゅーたー、というもので自分の顔の模型を作って、その上で施術をしたのだという。ひょっとすると、一両前よりも綺麗になったかもしれない。
そんな自惚れのような感情さえ、沸き上がってきてしまう。目の前の鏡の中の自分は、手前味噌だが、整っている。
夢のような現実。それが、目の前にある。
数瞬遅れ、悲鳴のような歓声が上がった。

908: 弥次郎 :2017/05/01(月) 23:44:42
「以上のように、ハンセン病患者への治療テスト200ケースはナノマシン 細胞透析 外科などのいずれの方法でも成功理に終わっております。
 8件ほど化学繊維及び薬品に由来すると思われるアレルギー反応がありましたが、アフターケアにより改善できる見込みとなりました。
 施術後半組の結果はまだですが、概ね結果は良好です。今後の予定としては外国人患者への治療テストを行い、
 この歴史における治療の有効性の検証を継続することとなっております」

「良かった……」

「ハンセン病への対策に一歩前進できたな」

「問題は、らい菌の遺伝的進化ですね?」

「史実に沿ったものとするならば、プロミン(グルコスルホンナトリウム)による治療から始めるべきだろう。
 耐性菌が生まれるのも考慮の内。うまくいけばシェアと特許を総取りできると製薬会社の方も乗り気そのものだ」

「今回の治療はあくまでもテストのため、史実側の人間の体質を知るためのものですしね。
 患者には口止めをしっかりしておかねばなりませんな」

「問題ないですよ。ハンセン病であったことを隠しておきたい患者もいますし」

「患者は?」

「患者には移住を勧めています。幸い、生活環境についてはこちらで整備可能です。
 本土が駄目ならば海上都市へ。世間の目から逃れさせてやることもできますし、経歴を綺麗にするのも容易いことです。
 そうすれば、いずれは社会復帰も容易くなるでしょう。その頃には外見も末梢神経も綺麗にできます」

「長島事件や本妙寺事件については断固阻止する予定です。
 患者の入所施設についてはあらかじめリストアップされていたので比較的スムーズに対応できています」

「長島事件と言えば…光田博士はどうなりました?」

「あの博士、存外頑固で困ったわぁ……遺伝性が無いとか、外科手術による対応策を頑として認めないのよ。
 根絶に至っていないのであれば対応すべきだ、とね。別に、ハンセン病患者が出ることは国家の責任でも恥でもない。
 対応が強権的で拙いからこそ国家の恥があらわになるっていうのに……」

「しょっ引かなくていいんですかね?」

「余計なことを言わなければ放置するわ。治療方法については詳しい情報を与えていないし、
 もしプロミンが欲しければ連絡するようにも伝えてあるわ。ついでにちょっと強引な手法を批判したし。
 監視もつけてあるから、断種とか強制隔離とかやらかそうとすればその前に阻止できる状態だしね」

909: 弥次郎 :2017/05/01(月) 23:45:49
「……それって、まさか」

「ええ。騒ぎを起こしてもらって、ハンセン病が治せるってことを周知させてもらうつもりよ。
 それなりに有名人だし、話題性には事欠かないわ。それに、海外への伝手も持っているくらいだし」

「さらっと史実の偉人を踏み台にしましたね……」

「あら、私たちの世界は、偉人だけじゃなくてこの世界そのものも踏み台にしているんだから、今更よ?」

「そうでしたね……」

「ハンセン病への対処を始めた先駆者、という名誉はあるのでつり合いは取れていますかね…?」

「そう願うしかないでしょうね」

「あとは自分で気がつくかどうか。ここで終わるならただの暴走した医者。
 反省して化けるならば偉人。それだけのことでしょう」

「殺陣のテーマ流さなきゃ(使命感」

「国外へはどう説明します?そもそも理解が得られるとは思えませんけど」

「まあ、その時は自業自得だ。向こうが信じなければこちらがしてやる義理もない。
 インフォームドコンセントに反する。それでも、言い訳の為にも適度に外から招いてやるのは必要だと思うがな」

「そこは上と相談しましょう」

「我々を恐れて遠ざけるならば、それを止める義理もないということでいいのでしょうか?」

「結局、私たちの時代になってもハンセン病への差別は残っていたもの。こればかりは時間と教育なんかの問題よ。
 だから、今の時代に気前よく解決手段を与えても、それは変わらないでしょうね。
 患者個人の病気を治すのは簡単でも、社会全体に根付いている『病気に対する病的な意識』を治すのは楽じゃないわ」

「社会に対する医者…そういうのをなんて言いましたっけ。論客?」

「社会学者とも言ったな。今はもう、死語に近。まあ、本物の論客は表に出ないのさ。
 語るべき時に、語るべきところに現れ、必要なことだけを語って、そのまま去る。
 斯くの如く来たれり、とね。論客なんてのが太鼓持ちや理論提供屋に成り下がって久しいけど」

「正しく如来、かな?」

「違いない。現世利益ばかり求める我々は、如来などとはかけ離れているのは確かだがね」

      • 1936年某日 東京府 某所にて 日企連医療関係者の会話より

910: 名無しさん :2017/05/01(月) 23:47:04
ワード解説


〇光田健輔
本邦におけるハンセン病を語るうえで恐らく避けられない人物の一人。
ハンセン病について長らく研究を重ね、研究者としては重要な発見(光田反応)への足掛かりを発見していたりするのだが、無癩県運動の発端を担ったのでは?と推測されたり、ハンセン病患者に対して断種手術(ワゼクトミー)を行ったりと、良くも悪くも医学的冒険者であり先駆者であった。栄光の階段を踏みしめながらも、同時に地雷を踏み抜きまくった人物。
現在における評価はどうやらかなり分かれている模様。とは言え、医学なんてのはトライアル&エラーの繰り返しなので、そこまで責められたものでもない。詳しくはwikiなどを参照。



〇細胞透析
ハンセン病の原因であるらい菌を体外へと排出あるいは免疫系を外部から刺激して抵抗させる手法。
らい菌は感染力は意外に弱く、らい菌と接触した人の95%は自然免疫で何とかなるレベルである。
症状が進行していれば外科的な手法とあわせる必要があり、あくまで初期段階のそれを素早く治療するために使われる。
細菌そのものに作用しないため、らい菌の進化を促すリスクが低い。


〇ナノマシン投与治療
こちらはハンセン病の原因となるらい菌を特異的に認識するナノマシンを投与して治療する方法。
プロミンなどの治療薬を運ばせるキャリアーとして使う場合や、あるいは活動しているらい菌を集めて包み込み、体外に排出させる場合がある。色々な作用を持つものが選択して使え、おまけに施術は注射器などで打ち込むだけなので、痛みもなく時間もかからずに治療費も極めて安く済む。ただし、選択するものを誤るといきなりらい菌が進化するリスクがあるため注意が必須。


〇ハンセン病の外科手術
ハンセン病は顔の変形にとどまらず、体の各所に影響が及ぼされる。
その為に、外科的な手法によって改善をするケースもある。
日企連の場合、駄目な臓器や皮膚を患者の細胞あるいは遺伝子から培養したそれに置換することも可能と思われる。



〇ハンセン病の治療
プロミンは1943年にハンセン病に対し有効であると判明している。
それまでは大風子油による治療か民間療法などでの対処が行われていた。
大風子油を使うことも民間療法に近いのだが「使わないよりはまし」と判断されていた。
現代でも未だにアフリカ インド 南米 東南アジアを中心に発症者が出続けている模様。


〇インフォームドコンセント
ざっくりいうと、説明をして理解してもらって合意を得た上で治療を行いましょうという考え方。
似たような概念のヘルシンキ宣言は1964年に採択されたが、それまでは医者が決定していた。
説明しても拒否されたなら、それがいかなる理由のためであれ、医者はその方法を使わないほうが良い。
そう、それが200年もの時間を経て洗練された治療法であったとしても……

911: 弥次郎 :2017/05/01(月) 23:48:08
以上、wiki転載はご自由に。
ちょっと不安のある仕上がりです。場合によっては改訂版を書きます。
無らい県運動ってのがありましてこれがまた問題であったんですよねぇ…
有史以来付き合ってきた病気であるだけに、厄介を通り越しています。

「ここで終わるならただの」はちょっと縁があって見た上様の件から。

今回の話でも出ましたが、日企連は決してやさしくないのです。
史実側を手助けしていますが、一歩踏み違えれば踏み台になります。

一般市民、いえ、一般社員から見た日企連の姿も書いてみました。
こういうギャップって、ゾクゾクしますね…

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最終更新:2017年05月04日 13:43