267: yukikaze :2017/05/14(日) 23:02:29
それでは投下始めます。

日露戦争史 第4章 総力戦の第一歩

オスカル・フェルディナント・カジミーロヴィチ・グリッペンベルク。
日露戦争において、ロシア陸軍の総大将として軍権を振るったこの男は、1854年のクリミア戦争から戦い続けていた老朽の将であった。
その用兵は果断と言っていいものであり、アレクセーエフ総督も自身と性格が非常に似通っていたことから彼への信任が厚く、陸軍の指揮権を『貴方ならば喜んで委譲する』と、渡されるなど、少なくとも陸海のトップ間の連携は極めて良好であった。
そうした状況から、グリッペンブルクは、戦争を通じてほぼフリーハンドを得ることになるのだが、同時にそれは一つの欠点を内包することになる。
この時代の軍人にありがちなのであるが、グリッペンベルクは、国際世論というものに何の価値も払っておらず、『戦場での勝利』のみを至上として考えていたのである。
そうであるが故に、日本陸軍第一方面軍の先鋒が釜山に上陸し、釜山の守備隊が『船が七分に海三部』の通信を最後に連絡を絶った時、グリッペンブルクはためらうことなく、『ある』命令を発することになる。

「酷いな・・・これは」

第一方面軍第一軍司令官である乃木希典大将が釜山の地に降り立った時の第一声は、上記のようなものであったと伝えられている。
彼が絶句するのも無理はなかった。
近年急速に西欧化が進んでいる日本の都市を見慣れている彼の目にあったのは、それこそ『どこの辺境の地だ』と言いたくなるレベルの荒廃した都市であった。
道路は荒れ果てており、建物は幾らかは瓦葺の建物があったが、大半が藁葺。
韓国でも有数の港湾都市というイメージとはかけ離れた姿(乃木だけでなく当時の日本人からすれば『ど田舎の山村レベルのインフラ』でしかなかった)に、乃木はしばし絶句していたが、顔色を真っ青にした補給参謀の報告を聞いて、更に絶句することになる。

「食料を寄越せと韓国人が押し寄せているだと?」

東條英教第一軍参謀長は、補給参謀の報告に「お前は何を言っているんだ?」という顔をした。

「はい。『ロシア人が何もかも持っていった。このままでは飢え死にだ。助けてくれ』と、大声で泣き叫んでいます」

補給参謀の声と顔は「バカヤロウ。俺の方が泣きてえよ」という気分もあらわであった。

「ちなみに・・・何人くらいだ?」
「万単位で数えた方がよろしいかと。釜山だけではなく近隣からも確実に来るでしょうから。なおこの数は増えることはあっても減ることはないと思われます」
「ふざけおって!!」

東条は怒りのあまりテーブルを拳で殴る。
何が悲しくて朝鮮人の面倒を自分達が見る必要があるというのか。
これが『朝鮮人がロシア人にいじめられている』ならば、東条の反応も違っていただろうが、幸か不幸か、この時代において半島の印象は『清やロシアの影に隠れて、日本に難癖をつける』というのが一般的であり、東条にしてみれば『知るか。そんなのは貴様らの主人に言え!!』という気分であった。

「韓国政府の行政機関はどうしているのだ?」
「それが・・・連中、ロシア人と組んで私財を貯めていたようで・・・」
「わかった。行政機関は既に消滅したんだな」

溜息を吐きながらそう結論付ける乃木に、部屋にいた参謀達も同様に溜息を吐く。
あまり期待はしていなかったが、ここまでお約束通りだと本当に泣けてくる。
第一軍の本来の目標は、速やかなるソウルへの進撃にあるのだが、大都市であるはずの釜山ですらこの状況であるならばソウルと釜山の間にある都市もどうなっているかは、容易に想像できるというものである。

「無視・・・は、できんでしょうなあ」

一人の師団長の言葉に、部屋の空気が重くなる。
そう。誰だってこんな厄介事は無視して、とっととソウルに進撃したいのである。
だが、釜山は、少なくとも大陸戦線への重要な補給基地の一つになるのである。
そんな場所の政情が不安定など、兵站を少しでも齧っている者からすれば、自殺行為以外の何物でもない。

268: yukikaze :2017/05/14(日) 23:03:42
「正直、これは軍司令部の手に余る問題かと思われますが」
「方面軍司令部でも手が余る。この件については、政治も絡んでくるだろうしな」

補給参謀の指摘に対し、東条はうんざりした声で返答する。
面倒なことこの上もない話であった。
留学したドイツでは『政治は軍事を達成するために努力する』代物であったのに、ここでは『政治は軍事に優越する』となっているのだ。
突き詰めれば『軍事は政治によって振り回され、最良の選択肢を潰される』危険性すらあるのだが、これに反発した面子が、西郷元帥と山田大将によってパージされたことで、少なくとも面と向かって言うものはいなくなっている。(実際には、正式の手続き及び分を弁えた身上書を提出した者については不問にされている。パージされたのは、政治将校気取りの者達だけであった)
全く・・・古来から軍事を知らん馬鹿どもによって軍が振り回されて、最終的に戦争を失ったなんて事例は星の数ほどあるのに、西郷閣下も山田閣下も何を考えておられるのか。
それでも、東条がこの2人を罵倒しないのは、両名とも『もう討幕も佐幕もあるまい』と、優秀な人材ならば一切の打算なく引き上げてくれたことに恩義を感じていたからであり(特に西郷に対しては、奥州に対して自らの経歴と引き換えに、温情に溢れる措置を押し通してくれた恩を忘れていなかった)、両名とも陸軍においては『古今無双の名将』と今なお崇敬の対象であったからだ。

「補給参謀」
「はっ」
「今後必要とされる物資の量を速やかに計算し上申してくれ。最悪の状況の1.5倍くらいは考えて構わん。
正直、悪いことというのは、得てして最悪を上回るからね。各軍団長は、それぞれの担当区域における偵察を開始。ソウル進撃に対して、インフラがどのようになっているかを改めて確認せよ」

乃木の命令に、部屋にいた人間は一斉に立ち上がり敬礼をすると、自らの職務に動くことになる。

そして彼らは知らなかった。
彼らの予想をはるかに上回る速度で『最悪の事態』が進んでいた事を。
彼らがそれを理解するのは3日後。そして、東京で罵声が起きるのはさらにその2日後であった。

「ロシア人どもめ・・・やってくれる」

国家安全保障会議の席上、種田政明兵部大臣は、第一方面軍から齎された報告に、吐き捨てるように呟いた。
同郷の黒木や野津には、戦術面では一歩劣るが、戦略及び軍政面において力量を発揮していた彼は、山縣の女房役として、長年、二人三脚で軍の近代化に辣腕を振るっており、日露関係が悪化するに伴い特に請われて兵部大臣に就任したのだが(この時期においては、現役武官制のみが廃止されている。文民の規定になるのは、これより遅く第二次大戦後である)、そんな『戦略の神様』である彼にしても、ここまでの事態を見通すことは不可能であった。

「第一方面軍の報告によると、慶州南道に展開した第一軍団、慶州北道に展開した第二軍団とも、数多くの難民により進撃に多大な困難を生じさせているとのことです」
「困難? 私は戦は素人ですのでよくわからんのですが、問題となっている点を、優先順に教えてもらえませんか」

おっとりとした声で質問するのは、現与党の総裁であり、内務大臣に就任している西園寺公望。
一歩間違うと、話の腰を折りかねない発言でもあるのだが、流石は公家というべきか、その独特の空気の前に列席者から批判される事はなく、質問を受けた沼間統帥本部長も、一礼をして答えることになる。

「まず最大の要因は食糧です。ロシア人は我が軍の上陸後、計画的に撤退を開始しているのですが、その際各種インフラを徹底的に破壊すると共に、ありとあらゆる物資を略奪したようです。お蔭で飢えた難民たちが我々に対して食料を要求している状況です」
「成程。それは軍の負担も酷くなるでしょうなあ。難民が大量に発生しているということは、戊辰の時と違って朝鮮の行政組織も崩壊しているということですか」
「ご指摘の通りです」

沼間は、西園寺の指摘に対し、教師ができの良い生徒を褒めるかのような顔と声で賛同する。
うん。戦に素人と言っているが、このお公家様は、戊辰の役で北陸道や奥州への総督として出兵しているからここら辺の事情はよく理解できている。
まったく・・・うちの一部のバカどもに、このお公家様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。

270: yukikaze :2017/05/14(日) 23:04:15
「二番目の要因は、ただいま西園寺卿がご指摘したように、朝鮮政府の行政機構が事実上崩壊していることです。仮にまともな行政機構が生き残っていれば、こちらはそれを活用すればいいのですが、連中はロシア人と組んで相当横暴な事をしていたようです。報告によれば、ロシア人の撤退を聞いて慌てて逃げ出したり、あるいは住民からのリンチにあって殺されるなどしている状況です。当然のことながら、現地の治安及び流通も崩壊しており、これらが我が軍に対し難民が押し寄せることになっています」

それを聞いて、何名かの人間が呆れかえった顔をしていた。
朝鮮の苛政は話には聞いていたものの、あいつら民衆を何だと思っているんだと。
何かの間違いで我が国が半島を領有化した場合、少なくとも、今の教育を受けた半島の人間を官吏として登用するのは自殺行為以外の何物でもない。
いや、あの半島国家は、有史以来我が国に対して碌でもないことばかりするのが常識となっているんだがそれがやっとわかった。あいつら国をまともに運営する意思も能力もないから、周辺に迷惑をかけてもそれが理解できないんだと。

「我々の戦争計画においては、少なくとも半島の行政機構と食糧の流通に関しては、最低限は機能していると試算をしていました。ですがロシア側の指揮官は、徹底的なまでの焦土作戦を行い、また半島の行政組織が欠片も倫理観を抱いていなかったことで、この前提は事実上崩壊しました。
有体に申し上げれば、釜山からの進撃ルートを取った場合、兵站への負担が加速度的に増加し、釜山ルートからの兵站は耐え切れなくなります」

沼間の説明に、全員が一様に苦い顔をする。
彼らにしても、ロシア側が、自分達が敷設した鉄道の破壊を行うことまでは容易に想像していたものの、それを復旧さえすれば、釜山からソウルまでの兵站線は確立できるという想定をしていたのである。
まさかロシア側が、自国領でもない場所で焦土戦術を行って、膨大な難民を生み出すことによって、こちらの兵站線を脅かすなんて外道な事をするなんて、考慮の外である。
(日本側のこの考察は、実は穿ちすぎであった。グリッペンベルク自身は、日本の兵站能力が低く、現地調達をする可能性が高いと見て、焦土作戦を行ったに過ぎなかった。難民発生についても『猿の子供と年寄りが何人死のうが知ったことか』でしかなかった)

「ならば、こちらは計画を変更して、釜山と蔚山の2つの港とその周辺を制圧するだけに留めて、残りの部隊は満州に投入すればどうでしょうか?」

閣僚の発言に対し、今度は種田が返答する。

「我々もその点については検討しましたが、今度は半島にいるロシア軍の動きが問題になります」

そう言って種田は、部屋にかけてある半島の地図を使って説明に入る。

「現在、ロシア軍が展開しているのは、首都ソウルに1個師団、平壌に1個師団、釜山にいた部隊の親部隊が大田に1個旅団という状態です。これだけならば、釜山と蔚山にそれぞれ1個師団を張り付けて防御を固めておけば、対処は可能であります」

ですが・・・そう言って、種田は、今度は満州に指揮棒を指す。

271: yukikaze :2017/05/14(日) 23:04:56
「ロシア極東軍の現有兵力は1個軍集団あります。現在分かっているのは、1個軍団を遼東半島に防衛戦力として送っただけで、未だ2個軍及び1個軍団は満州に布陣していると見られています。なお、満州と遼東半島、及び朝鮮半島においては、例の『白骨鉄道』が、開通しております」

『白骨鉄道』という箇所に、種田は嫌悪感を示した声を出す。
満州及び朝鮮半島にまで延長されたシベリア鉄道での工事において、満州や半島の人間が、劣悪な労働環境の元でばたばたと死んでいく様が報道されたことによって、いつしかこの鉄道は日本や欧米では『白骨鉄道』として忌避された名前になっていた。

「つまり連中は、好きな時に、この鉄道を使って大軍を投入することが可能になっています。
遼東半島から駆け上る第二方面軍に兵力を集めすぎた場合、彼らは、場合によっては半島に展開している部隊を予備兵力として活用する可能性があります。そしてもう一つ厄介なのが・・・」
「連中は、難民を徹底的に利用する可能性があります。現在、ロシア軍は、自分達ではなく満州の馬賊を利用して、半島の町や村に焦土戦術を仕掛けています。若い男女は使い捨ての労働者や娼婦として利用しそれ以外の者を口減らしとして我らに押し付ける。釜山や蔚山周辺だけでも手一杯であるのに対し、大田以南全ての箇所でこれをされては、釜山と蔚山の1個師団では到底対応不可能で、最悪の場合、膨大な難民が玄界灘を渡って、壱岐や対馬、九州に押し寄せる恐れがあります。当然、国内での混乱が発生します」

種田と沼田の説明に、部屋にいる誰もが、従来とは異質の戦争に当惑することになる。
ここにいる大多数の人間は「ロシア人との戦争だけ」を考えていればいいと思っていたのだが、これに半島の人間のことまで考えないといけないという問題がのしかかってきたのだ。

「半島の連中などいっそ無視したらどうですか。連中の始末は向こうの政府の仕事でしょう」
「それで君は、無視された難民が暴徒化して陸軍に襲い掛かり、それを陸軍が応射したところをブンヤに写されて『日本軍、難民を虐殺』などという汚名を着せられて構わないというのかね」

半ばうんざりとした声でそう話す閣僚に対し、山縣は刺すような視線で、その安易な発言を黙らせる。
それができるのであれば、種田も沼間もとっくにやっているのだ。
それができないからこそ、国家安全保障会議の議題にあげ、『政治』の決定を待っているのだ。
ちくしょう。徳川の時代だったら『政治的手段を達成するために軍事を活用する』なんて常識レベルで分かっていたものだが、今の文官どもはそれすら理解できんのか。
馬鹿は大久保さんが一掃していたと思っていたんだが、こりゃあこの戦争の後も掃除が必要だな。

山縣が、心中うんざりしながら今後の展望を黙考している間にも、会議は進んでいく。
流石に『難民を無視』という空気は消えていたものの、今度は『支援と言ってもどれだけ必要なんだ』という問題点が発生していた。

「軍としてその難民は最終的にどれくらいになると思われますか?」

平田農林水産大臣が、顔を青くしながら、種田に尋ねる。
食料の供給・備蓄を司る彼にしてみれば、数如何によっては、それこそ日本の食糧行政に直撃するのだ。

「軍としては・・・半島内において、最悪、数百万人と見込んでいます。なお、これはあくまで半島内です。
満州でも同じことをされた場合は・・・」

その推測に、平田は、思い切り頭を抱えていた。
半島内だけで数百万? しかもそれはあくまで半島内だけで満州も含めればさらに増える?
冗談じゃない。そんな極潰し共を養えるだけの余力なんて、幾らこの国が大国だと言っても限度がある。

272: yukikaze :2017/05/14(日) 23:05:29
「まあ・・・何もそこまで悲観する必要もないでしょう」

のほほんとした表情で答える西園寺に、部屋の全員が厳しい視線を向ける。
当然だろう。この報告を聞いて危機感を共有できないのは無能以外の何物でもない。

「まず、今回の難民発生についての発生原因とそれまでのロシア及び朝鮮の取り扱い、そう言った情報を全て余さず、海外の記者に公開しましょう。インタビューも許可します。幸いにも、老人と子供の組み合わせには困ることはないようですし」

お茶を飲みながらそう話す西園寺に、部屋の人間はけげんな表情を浮かべる。
おい。このお公家様は何を言っているんだと。

「その上で、こちらは暖かい食料と毛布、それに簡易ではありますが、家族が眠れる建物の提供ですな。
設置場所は、慶州南部は釜山およびその近郊。慶州北部は大邱とその近郊に。範囲を絞ることで、馬賊からの防衛と、行政機構の最少化が図れます」

そう言って、西園寺は、補給の集積地として考えていた両都市の場所に、大きく丸を付ける。

「そして海外の記者に、「難民がいかに悲惨な状況で追われたのか」「日本人は人道的な立場で対応したか」その点をわざとらしくなくアピールすることで、ロシア側の野蛮さと日本側の文明度を対比させ、それにキリスト教徒が抱く博愛精神を刺激することにします」

そこまで言うと、西園寺は部屋の人間を見回す。
3割の人間は、西園寺の真意に気付き笑みを浮かべ、残り7割は何を言っているか理解できずに困惑している。
どうやら補足が必要であると判断し、西園寺は、7割の人間も分かるような言葉で説明する。

「我々はロシアのお蔭でいらん苦労をしょい込むのです。ならば、国際世論を利用して、ロシアを徹底的なまでに悪党に仕立て上げればよろしい。ついでに難民にかかる経費を我々だけが支払うのも不公平なので、この戦争を高みの見物している欧州列強たちからも、義捐金として経費を負担してもらいます。幸い、半島にもいくらかキリスト教徒はいますので、口実はいくらでも作れます」

そう言うと、西園寺は黒い笑みで、周囲に向かって発言する。

「最近の若い連中は、発想が突飛ですな。『総力戦』と言うていましたか。戦争とは戦場だけの話ではなくありとあらゆる場面で戦うことであると。何とも怖い時代になったものです」

扇子で口元を隠して笑う西園寺の姿は、時代劇に出てくる悪徳公家のそれとまるで変わらなかったが何とも様にはなっていた。これが公家の血という奴であろうか・・・

「『総力戦』か。難儀な戦争になったもんだ。戊辰の役ではそんなもの考える必要もなかったんだが」

山縣はそう言うと、部屋の人間に命令を下すことになる。

273: yukikaze :2017/05/14(日) 23:06:12
「政府の決定を伝える。第一軍は直ちに釜山と大邱を制圧し、難民の鎮撫に当たれ。内務省及び外務省、それに農林水産省は、それぞれ難民を保護するための行政機構を速やかに整えろ。行政トップについては、聞多、お前に指揮してもらう。本土にまで来られれば厄介だ。何としても水際防御で食い止めろ」
「狂介・・・人使いが荒いのう」
「聞いてなかったか聞多。『総力戦』の時代よ。使えるもんは何でも使うぞ」
「わかったわかった。ついでに俊輔にもこのネタを活用するように言うとけ。あいつならよう使うだろ」
「欧米のブンヤ共の前で演技しろというとくか。後、金をふんだくれと」
「それがええ。儂も伝手を使って、海外の財界どもの懐を少し軽くしようかの」

とんとん拍子に進める老人2人の話に、部屋の人間全員が『全く・・・『元老』というのは妖怪か何かか?
『総力戦なんて知らん』と言いながら、もう活用していやがる。病気療養中の大久保卿がここにいたらどんな妖怪話になっていた事か』と、半ば呆れた気分でいたのだが、それでも少しばかり光明が見えたのも事実であった。

後に『慶州道難民事件』と言われる、この一連の事件は、短期的には日本にマイナスに働いた。
乃木の第一軍は、難民への対応と馬賊への対処で軍として動くことができなくなり、難民への支援物資が、最終的には200万人規模で発生したことで、兵站への負担が極めて大きくなり、その分ロシア側の防衛体制にかかる時間を与えることになったからだ。
もっとも、戦争全般で言えば、この事件は、日本にとって極めて有利に働くことになる。
痩せ細りながら命からがら逃げてきた難民の写真は、極めてセンセーショナルなものであり、しかも難民から語られるロシアと韓国政府の横暴は、世界各国から激しい嫌悪感を招くと共に、人道的な対応をする日本側の行動に称賛を与えることになる。

特に難民支援委員会の長になった井上馨は、欧米のマスメディアに対して『戦争とは戦場で勇者が戦うものと考えておりましたが、ロシア人は違うようです。彼らは戦場以外で勇者となるようだ』と、強烈な皮肉を言うと共に、この可哀想な難民への支援を求めると共に『当然のことながら、皆様から寄せられる義捐金は難民支援以外には使いません。疑われる可能性を外すために、会計担当については、赤十字機関乃至はローマ教会にお願いする所であります』と述べ、会計の透明性を担保することを表明し、ローマ教会も『哀れな子羊を助けるためならば』と、快諾することになる。

この事態に、ロシア側は『日本は難民をダシにして戦費調達を図っている』と批判声明を出したが、この声明は、元々正教会と仲の悪いローマ教会の猛反発を受け、ロシアに対し、ロシアと満州の馬賊たちの蛮行を突きつけると共に『そもそもの問題は、ロシア人の蛮行にある』と、声明を出される羽目になり、カトリックの強いフランスにおいては『親ロシアのままだと破門されかねない』という噂が流れるに及んで、難民保護のための義捐金を出すことで、破門を免れようとする動きが急増することになる。
当然、カトリックの強い国家において、ロシアへの嫌悪感が強まったのは言うまでもないし、時間が立てば立つほど、日本が難民にかかる負担も減れば、国際的な評価も高まっていくのである。
ロシアは、『遠賀事件』に続いて、短期的には軍事的優位に立てたかもしれないが、戦争を失いかねない失態を引き起こしてしまったのである。

もっとも、国際的評価だけでは、戦争には勝てないのも事実である。
日本は、当初計画していた仁川への上陸を中止し、第二方面軍の遼東半島攻略戦に注力することになる。

274: yukikaze :2017/05/14(日) 23:13:17
これにて投下終了。
ロシア側の『軍事的に最良の手段』を取られたことで、日本側は当初計画を大幅に修正する羽目になります。
まあ『軍事的に最良の手段』が『戦争での最終的な勝利』に結び付けられるか否かはそれこそ『政治』の仕事であり、それこそ『総力戦』に繋がることなのですが、ロシアも第一次大戦のドイツもそれを最後まで理解することはありませんでした。

史実と比べて何でこんな状態になるかというと、まあ以下の通り

1 日清戦争で清側が収奪しすぎて国内ボロボロ
2 ロシアが史実以上にコミットして、鉄道建設でさらにボロボロ
3 最後に焦土作戦発動

そりゃ難民も出ますし、役人どもも逃げるかリンチされますわ。
ネタバレになりますが、大韓帝国皇室が無残な目に合うのも、これだけやらかせば当然ではあるのですが、問題はこれ以降も半島は問題児集団だというのが・・・

軍事戦略的には、短期的には上手くいっていない日本ですが、これ以降も頭を悩ますことが続きます。
これはロシア側の戦力が史実よりも充実している事と、グリッペンベルクが積極的な将帥であることから。
なかなか一筋縄ではいかない状態です。

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最終更新:2017年06月17日 13:54