423: yukikaze :2017/06/06(火) 01:26:17
何とか出来上がったんで投下。
資料中々見つけきれなかったんで、穴だらけだろうなあ・・・

日露戦争史 第5章 隼戦隊

『遠賀』撃沈事件から始まった日露戦争は、開戦から2月が過ぎようとしていた。
もっとも、開戦当初に起きた『第一次日本海海戦』を除けば、派手な戦闘は起きてはいない。
お蔭で欧米のマスコミからは『ファニーウォー』などと呼ばれたりもしたのだが、無論それには理由があった。

まず日本側であるが、これは半島への焦土作戦が影響していた。
ロシア側の情け容赦ない焦土作戦は、ロシアに対する世界的な悪名を轟かせたものの、同時に百万単位の難民を日本に押し付けることに成功していた。
この時期の日本は、農業でも輸出国であり、辛うじて対応は可能であったものの、戦争に何の役にも立たない、異国の老人や幼児に対して、食料や医薬品を供給しないといけないのである。
大蔵大臣であった曾禰荒助が、「貴重な戦費を何でドブに捨てねばならんのだ」と、日記で嘆いているがそれは山縣内閣の閣僚全ての本音と言ってよかった。
一部には『こいつらに農業生産させたらどうだ』という意見も出ていたのだが、欧米の視線と、難民という立場に一部調子に乗っていた半島の人間(彼らは後日『病気の為』に、難民キャンプから移送されることになる。井上曰く『腐った林檎をそのままにしておけばすべての林檎は腐る』であった。)の存在、それに開墾した後の土地の所有権で絶対に揉めることを考えれば、採用は不可能であった。

結果的に日本側は、少なくない数の船と物資を難民対策に使わざるを得ず(これが緩和されるのは、開戦から半年以上待つ必要があった。)これが遼東半島に上陸した第二方面軍が、わずか1個軍団しか揚陸できない要因であり、日清戦争のときのように、貔子窩港陥落後から、金州城及び南山攻略に動かなかったのも、当然であった。仮に動いた場合、九連城及び遼陽からの敵増援軍により挟み撃ちになる可能性が高いからだ。
諜報において、旅順要塞に1個軍団、満州に2個軍と1個軍団が控えていることを考えるならば、それこそ第二方面軍の全軍が揚陸していないとどうにもならないのだ。

ではロシア側はどうだったのか。
後知恵論で言えば、彼らはこの時攻勢に出ていれば、少なくとも遼東半島の部隊に大打撃を与えていた可能性はあった。日本は2個軍団なのに対し、ロシアは、旅順の部隊も入れれば2個軍+2個軍団である。
圧倒的なまでの兵数差に加え、前述した難民問題による兵站の混乱から、2個軍団の弾薬も、長期戦を考えれば心もとない状況であったからだ。
事実、アレクセーエフもグリッペンベルグ、第一軍を率いているリネウィッチも攻勢を計画していた。

そんな彼らの動きを止めたのが、ロシア本国政府であった。
『国際法? 何それおいしいの?』が常識となっているロシア政府であったが、流石にこの現地軍の独断専行の連発と、難民問題とヴァチカンが組み合わさったことにより、最大の金貸しであるフランスの反露感情が高まり、ロシアへの投資が鈍ってきているという事実を前にしては、国際世論を無視することも現地軍の暴走を黙認することも不可能であった。

424: yukikaze :2017/06/06(火) 01:27:01
開戦時の経緯に、現地軍への不満を募らせていたニコライ2世の怒りが爆発(フランス大使からの婉曲な抗議を受けた時、『あやつらが余の意思を無視して勝手に戦争を行ったのに、何故余が批判を受けねばならぬ』と、日記に記している。個人の意見としては誠に正しいが、国家指導者としては『そもそも統帥権無視されるような権限を持たせるなよ』である。)したこともあって、ロシア本国政府においては、当初計画していた増援軍の延期及び、アレクセーエフの一時召還を巡って、議論が沸騰。
最終的には、『戦争中なのでアレクセーエフを召還するのは、軍事的に混乱が生じる』『アレクセーエフの委任状を持つものを代わりに召還』『増援軍は送るが、あくまで満州の防衛戦のみ認められる』という決定が得られるまでの間、ロシア側の軍事行動は完全にストップすることになった。
グリッペンベルグは『愛国者を売国奴扱いにするとは、本国の連中は阿呆揃いか』と、激怒していたもののこれ以上本国の感情を悪化するのは拙いという、ブレーヴェ内務大臣の極秘電報を得てからは、しぶしぶながらこれを認め、決戦場と考えられ、且つ要塞線構築の進捗率が悪かった海城防衛ラインの構築に全力を尽くすことになる。

このように、陸では静謐を保っていた日露両国であったが、海ではまた違った反応を示していた。
ウラジオ艦隊を消滅させたことによって、日本海方面の制海権を確保できた日本海軍ではあるが、旅順には連合艦隊に匹敵するロシア太平洋艦隊が控えているのである。
戦艦7隻、装甲巡洋艦1隻、防護巡洋艦8隻という戦力は、無視するにはあまりにも大きすぎるものであり万が一、連合艦隊の封鎖を突破した場合は、大陸との通商路が崩壊しかねないのである。
無論、長期間に渡る封鎖作戦は、艦艇及び乗組員の疲弊に繋がり、いざという時の決戦に後れを取りかねないという問題点も、連合艦隊にとっては悩みの種であった。

故に連合艦隊としては、早期にロシア太平洋艦隊の無力化を図りたかったのであるが、これが難問であった。
ロシア太平洋艦隊司令長官であるマカロフ中将は、知勇兼備の名将であり、驕りとか油断とか言う資質からは完全に無縁の存在であった。
更に言えば、水雷戦の大家でもあった彼は、日本側が軍港に対して水雷部隊の奇襲をかけることを予期し、日本側の三次に渡る水雷夜襲を撃退。特に3度目は、日本側が半ばルーチンワークになっていた事を逆手に取り、艦隊と要塞砲、それに機雷を利用して、1個駆逐隊を文字通り全滅させるという、完全勝利を演出していた。
お蔭で、太平洋艦隊の将兵は『俺達の大将』と、マカロフへの敬愛の念を強め、士気も天井知らずという有様であった。3度に渡る失敗で、艦隊司令部に対する不信が徐々に積もっていった連合艦隊とは真逆であった。

そうした事態に追い打ちをかけるように、相模型戦艦(史実敷島型相当)3番艦の『三河』が、要塞への艦砲射撃中に、触雷し大破。沈没こそ免れたものの、戦線を離脱しないといけなくなるという失態を犯したことで、連合艦隊司令部更迭の声が、朝野を問わずに沸き起こるのは無理もなかった。
『大兵力を預けられているにもかかわらず、ロシア太平洋艦隊を攻めあぐむのは何事か』という野党議員の主張に、山本海軍長官や伊東海軍幕僚長は、国会で弁明に明け暮れることになったのだが、ウラジオ艦隊の早期撃滅で楽観的な気分になっていた世論の不満は大きく、それをマスメディアが煽るという悪循環(しかも連合艦隊司令部に入ることを画策していた一部海軍士官が、意図的にリークするなどしていた)で、兵部省や統帥本部でも『もう東郷達をかばえん』という空気が支配的になっていった。

もっとも、東郷をかばえないとしても、では東郷の後任を誰にするかという問題があった。
実績や国民や下士官兵からの人気からすれば、西郷小兵衛になるのだが、前述したように、西郷は士官層の一定数からは敬遠されており、前任の日高は病気がち、第二艦隊司令長官の上村を繰上げした場合、第二艦隊の後釜をどうするかという問題まであるため、ただでさえ面倒な人事問題が更に面倒になるという問題に直面していた。
海軍の急激な増大は、ありとあらゆる階層で人事不足という問題に直面することになるのだが、兵部省においては『いっその事、皇族の誰かを名目の海軍幕僚長にして、伊東幕僚長を連合艦隊司令官として再出馬していただくか』という意見が、真剣に取りざたされる程、この問題はこじれにこじれていた。

425: yukikaze :2017/06/06(火) 01:27:39
このように、孤立無援に陥っていた連合艦隊司令部であったが、東郷は全く気にすることはなく、旅順艦隊封鎖の維持に努めている。
近年発見された資料において、この時期の東郷は、既に更迭を覚悟しており、後任者が支障なく引き継げるように整えていたのであるが、周囲にはそういったそぶりを見せることはなく、寡黙に任務を淡々とこなしていた。
連合艦隊がギリギリのラインで踏みとどまったのは、この東郷の姿勢によるものが大きいのだが、そんな中、連合艦隊司令部である作戦が実行されようとしていた。
秋山真之が提出したこの作戦案に、東郷も参謀長の島村も『投機的すぎる』として難色を示したのだが、同作戦を進言した広瀬武雄の回答も優れていた事で、最終的に認可されたこの作戦は、世界海戦史上に影響を及ぼす代物となる。


「では行ってくるよ」

特務艦「あきつ丸」から出撃する際、広瀬は、武運を祈る整備兵達に対し、ちょっと近所に買い物に行くような口調で、自分に割り当てられた船へと乗り込んだとされる。
その船は、この時代の人間からすれば奇妙奇天烈なものであった。
一部海軍軍人は『ホランド型か?』と思ったかもしれないが、ホランド型にある魚雷発射管は、この船にはついてはいない。そもそも乗員が、ホランド型よりも格段に少ない4人なのだ。
この艦の役割を知っている整備兵達は、心中『無茶だ』『死ににいくようなもんだ』と、思いながらも、天井のワイヤーで牽引され、船尾のハッチから連続発進された9隻の船を見つめることになる。

「連中・・・随分と心配していましたね。いや・・・同情ですか」

第一号艇の操縦をしている篠田特務中尉は、口元をにやつかせながら、愛すべき上官へと話を振った。
気象部が『ばっちりの奇襲日和』と言うだけあって、空はどんよりと曇っており、視界もよくはなく、海面も幾分荒れ気味である。
成程確かに相手の意表を突くという点では最適である。奇襲をする側にも影響するという点を除いては。
目標までおよそ15km。湾内の残り5km付近は水中での行動であるにしても、それまでは水上航行である。
水上艦艇ですら行動が困難ならば、この小さい船はさらに困難だということを考えれば、なるほど、整備の連中が、全員遭難して終了なんて可能性を考える訳だ。

「3号艇の諸星大尉の動きに注意してくれよ。彼を見失わなければ大丈夫だ」
「ええ。『航海の神様』が先導していれば、目隠ししても大丈夫ですよ」

篠田の軽口を受け流して、軽く注意する広瀬に、篠田も肩をすくめて返答する。
何ともおおらかな関係ではあるが、この『隼戦隊』が秘密裏に結成されて2年。
苦楽を共にし続けてきたこのメンバーたちは、一種の共同体的な存在であり、大型艦に見られるような厳格な主従関係など見られなかった。(まあ水雷関係は概ねどこも似たようなものであったが)
無論、おおらかと言っても、ケジメを付ける場面でつけていなければ、広瀬の鉄拳が待っていたのだが。

「5号艇と7号艇は・・・まあ大丈夫か」
「北斗大尉も大鳥大尉も逸っていますが、後ろに迫水少佐が目を光らせていますんで大丈夫でしょ」
「まあな」

よく言えば熱血で勇猛果敢。悪く言えば頭に血が上りやすい2人であるが、後ろに怒ると自分より遥かに怖い迫水少佐が目を光らせている以上、勝手なことはできないだろう。
しかしあの2人、どちらかというと駆逐隊を率いて敵に向かって突撃する方が性に合っていると思うのだが。鈴木中佐も『あいつらは良い車引きになる』といって盛んに口説き落とそうとしていた位だ。
まあ、単なる突撃バカに育つのも問題なので、ここで冷静な思考を学ぶのも、あいつらには必要ではあるが。

426: yukikaze :2017/06/06(火) 01:28:09
「機関。動きはどうだ?」
「現時点では順調ですな。ただまあ・・・9隻の内、1/3の脱落は見ていた方がよさそうですな」

目盛を見ながらそう答える徳川機関特務大尉に、篠田はうんざりした表情をする。

「徳川大尉。私思うんですがね。いい加減『新技術』使うのはいいんですが、肝心要な時に使えない技術より武人の蛮用に耐えうる技術の方がありがたいと思うんですがね」
「まあ篠田中尉の言うことも分からんでもないがね。まだまだ我が国は、理論に対して工業技術が追いついていない側面があるのも事実だ。だが・・・」
「ああ・・・分かっています先生。『技術の発展を追求しなければ、前には進めない』んでしょ。ええ。
そこはもうよくわかっています」

議論で散々にへこまされたトラウマが蘇ったのか、篠田は早々に降参する。
2人の掛け合いに口元をゆるませる広瀬であったが、彼はすぐに徳川に向けて確認する。

「大尉。出撃前にも訓示しているが、機関にトラブルが発生した場合は、決して無理はさせるなよ。
正直、この作戦は時間が決め手だ。最悪でも日の出前に旅順湾口から脱出できなければ、生還の可能性は格段に減少する」
「分かっています。他の船の機関担当にもそこはよく言い聞かせています。考えられる限りのトラブルとその対処法を記したマニュアルを配布し、講義しています。」

帝大でもディーゼル機関の第一人者として名高い徳川の言葉である。
いつも服を機械油まみれにして、スパナ片手に熱心にディーゼル機関をものにしようとしているこの男の言葉を軽んじる者など、この部隊にはいない。

「しかし少佐。敢えて言わしてもらいますが、上層部は泥縄過ぎませんか? 本来なら・・・」
「言うな中尉。上層部の意見も一理あるんだ」
「言葉が過ぎました。少佐」

そう謝罪し、艦の操艦に集中する篠田を見ながら、広瀬は、心中嘆息する。
そう。篠田の言い分は正しいのだ。
本来ならこの戦隊の役割は、開戦劈頭の奇襲攻撃にあった。
深く静かに敵の根拠地へと忍び寄り、敵に大打撃を与える。
彼らの役割はまさにそこにあり、それを示すように、彼らの部隊章は、忍び刀と手裏剣が組み合わさったようなものになっていた。

だが、開戦後も彼らは出動を命じられず留め置かれていた。
表面上の理由は『相手の警備が厳重である以上、危険度が高く、精鋭をむざむざ失う訳にはいかない』というものであったが、部隊の誰もそれを信じる者はいなかった。
何のことはない。大艦隊を率いることに舞い上がった一部の連中が『そんな得体の知れない連中を使うよりも、堂々と艦隊で押しつぶせばいい』なんて、景気のいいことを言って、彼らの出撃を意図的に拒絶しただけであった。
しかも性質の悪いことに、彼らは、自分では隠しているように見えても、実際には周囲からその真意を察せられる振る舞いや言動をしていたため、隼戦隊の士気を一気に下げさせることになった。
前述した北斗や大鳥だけでなく、冷静な郷や諸星、東、矢的まで激怒し、迫水や早田が必死になって抑える羽目になっていた。(無論、迫水や早田も内心激怒していたのだが)
そのため、部隊が旅順に向けて出撃する命令が下った時も、部隊にあったのは高揚感よりも『上層部のボケナスどもが偉そうに言っておいて、責任丸投げか』という侮蔑感に近いものであった。
(事実、命令を伝えに来た秋山真之は、周囲からの冷ややかな視線にじっと耐え続ける羽目になり、今更ながらに、自分達が将兵から信を失っていることを痛感したという。)

それでも部隊が崩壊しなかったのは、広瀬のリーダーシップの賜物であった。
どこか捨て鉢な隊員に対し『尻拭い? 大いに結構』と、呵々大笑し、『いいか。これはこのドン亀扱いされたこいつの晴れ舞台だ。いっちょ景気よく旅順に特大の花火を打ち上げに行くぞ。連合艦隊の水上部隊の連中も、派手な花火を見れば少しは気分転換になるだろ』と、周りが唖然とする発言をし『しかしまあ・・・連中が今の時点で命令を下して良かった。何しろ北斗や大鳥が、自分で爆薬担いで全ての戦艦を吹き飛ばしに行きかねんからな』と、軽口をたたいて、女房役の迫水も『そりゃあいかんですわ。そんなことになったら、うちらは死ぬまでこいつらに頭が上がりません』と、即座に相の手を入れ、他の隊員も口々に『そりゃあ拙い』『北斗絶対にドヤ顔で威張るぞ』『こりゃあ何が何でもいかんと拙いわ』と、北斗達の抗議をよそに、一致団結することに成功している。

427: yukikaze :2017/06/06(火) 01:28:43
もっとも・・・と、広瀬はひとりごちる。
部下の前では豪放磊落に振る舞っていたものの、広瀬からみてもこの作戦・・・と、いうか、この部隊のそもそもの任務が、あまりにも危険な内容であった。

日清戦争後の日本にとっての最大の仮想敵国はと言えば、ロシアであった。
そしてそうであるが故に、旅順に配備されているロシア太平洋艦隊への対処を、日本海軍が考えるのも当然の成り行きであった。
大艦隊の整備を始めたのを皮切りに、旅順港の機雷封鎖や、閉塞船による封鎖など、様々なプランが検討されていたのだが、その中の一つとして挙げられたのが『特殊潜航艇による破壊工作』であった。

伏見宮博恭王から出されたこの提案は、当初は一笑に付されていた。
当たり前である。この時代の人間の常識からすれば、机上の空論以外の何物でもない。
だが、アメリカ合衆国が建造した『ホランド型潜水艦』の情報を見て、その笑いは凍りつくことになる。
元々アメリカ海軍では、ハンリー潜水艇によって、船を撃沈したという実績があった。
しかも、オスマントルコ海軍のアブデュルハミトが、水中からの魚雷発射により停泊中の艦艇の攻撃に成功している報告まで突きつけられては、『潜水艦による泊地襲撃』という可能性を無視することはとてもではないができない空気になっていた。(ロシア海軍が、ホランド級潜水艦の購入を進めていた情報を聞いてからは猶更であった)

その為、日本海軍も又、ホランド型潜水艦の取得に乗り出そうとしたのだが、それに異を唱えたのも伏見宮であった。
彼は、ホランド級がガソリンエンジンを使っていることに触れ、航続力の無さと水中での行動の危険性に触れ、泊地襲撃には適さないと主張したのである。

『潜水艦は、これ以降、海軍にとって必要不可欠な兵器になるでしょう。技術が成熟してからの話ですが。
ですが、我々に残された時間は5年もないでしょう。今ある技術で、できることをしなければなりません』

そして彼は自案の有効性をアピールすることになる。
新機関として注目されていたディーゼル機関と発電機を使うことにより、航続力と水中行動能力の問題点を解決し、1回限りの攻撃については、船体の両舷にアマトール爆薬を充填した2トンの爆発物を装備し、これを標的直下の海域に設置または敵の船体に吸着させることで、確実にダメージを与えるという意見は『現時点の技術においても』有効であると判断されることになった。
後世『日本海軍潜水艦部隊の祖』と謳われることになる伏見宮であるが、未来知識を持つ彼にしてみれば『閉塞船による封鎖なんかで有為な人材を失いたくないし、かといって、松島型がない状況を考えればこれ以外考え付かんかった』という動機であった。
無論、彼は、この特殊潜航艇部隊の指揮官に、広瀬武雄が選ばれるとは想像もしていなかったし、選ばれたのを聞いた時は『これが歴史の修正力か・・・』と呻いたとされる。

さて、伏見宮が提案した、史実のX艇擬きであるが、実際に訓練してみると、問題が山積みであった。
ディーゼルエンジン馬力も発電機の馬力も確かに少ないものの、どちらもこの時代、あまり技術的蓄積が無い代物である。
1940年代だとありふれた中身であっても、この時代で安定的に利用するには、整備兵を寝込ませ、メーカーをして『工芸品』と嘆かせるほどの手間暇をかける必要があった。
他にも、艇と水中を出入りする区画の排水・減圧機構や、フロッグマン用の器材開発、潜水時での運航など、殆ど手探りの状態で、彼らは一つずつ項目をクリアする羽目になる。
(勿論、トラブルによる事故は日常茶飯事で、口さがのない人間は『宮様の道楽』と言うほどであった。伏見宮も自腹を切って事故にあった人間に補償するなどしている)

428: yukikaze :2017/06/06(火) 01:29:22
(宮様は、将来的には泊地潜入よりも工作員潜入に使われる可能性が強いと言っていたな。
そういえば、うちの母艦も、最終目的は、陸軍の迅速な揚陸を可能とする揚陸艦のプロトタイプと。
なんだかモルモットになっている気分だな)

ふむ・・・やはり財部の一件で、山本長官の機嫌を損ねたのがまずかったか、と、思いながらも、広瀬は周囲の警戒を怠らない。
少しずつ霧が深くなっては来ているが、だからといって油断していれば、生き残っている砲台や少し遠出のパトロールをしてきた駆逐隊に鉢合わせなんてまっぴらごめんである。
広瀬は、無理をするつもりはなかったが、だからといって、自らの油断で作戦を台無しにするつもりも全くなかった。仮にそうなれば、確実にこの部隊は修復不能なほど士気を喪失するだろう。

「少佐・・・そろそろポイントです。」
「よし。3号艇の潜水を確認した。こちらも潜水だ。篠田中尉。頼むぞ」
「了解。衝突事故なんておこしませんや。メインタンク注水します」

霧が夜の闇を覆い隠さんとする頃、広瀬は司令塔のハッチを閉めると、ゆっくりと艦を潜水させる。
ここからは、潜望鏡と簡易な聴音器だけが頼りである。
前もっての偵察で、ロシア側が敷設している機雷網については把握をしているので、そこに近づかないよう注意はするが、しかし自分達の知らない間に、新たに敷設されればアウトである。
その為彼らは、機雷が敷設されているであろう深度ギリギリを保持して、進むことになる。

潜航しておよそ1時間半程度。
二酸化炭素濃度は徐々に上がり、艦内の居住環境は悪くなってきてはいたものの、艦内の4人は無言で作業を続けていた。

「少佐」
「よし。作戦に取り掛かれ。倉田。頼むぞ。予定の艦船が無理なら、作戦通りにな」
「行ってきます」

ここに来るまで終始無言であった倉田は、素早く敬礼すると、彼の持ち場へと進んでいく。
ほどなくして、出撃可能のランプがつくと同時に、広瀬は手順通りに行動に移す。

「無事に帰ってきますよね」
「心配するな。倉田だぞ。お前さんもお守り渡したじゃろうが」

4人の中で最も危険な仕事をする倉田のことを心配しているのであろう。
篠田が案じるような視線を床越しに見せると、徳川が、安心させるように告げる。
諸星や郷ほどではないが、倉田だって不死身の称号を得ている男である。
心配するそぶりを見せたら、それこそ倉田の身に何が起きるかわからない。

どれくらいたったであろう。
広瀬は、顔中に浮かんでいる汗を丁寧にぬぐい、懐中時計に目を落とす。
時間は午前4時。そろそろ動かなければ拙い時間である。

「少佐・・・倉田中尉は・・・」
「奴が出て40分立つ。ボンベは50分は持つ。倉田を信じろ」

そう言って、篠田の肩を軽くたたくと、篠田も自分を安心させるように、何度か首を振る。
それから数分過ぎ、広瀬も内心焦りを覚えた所に、彼の視線に、倉田の帰還を示すランプがつく。

429: yukikaze :2017/06/06(火) 01:30:05
「篠田。減圧及び排水開始」
「了解。減圧及び排水開始」

艦のバランスがそう崩れず、同時に倉田のいる区画から少しでも海水が出るような絶妙な操作で
篠田は排水を開始し、海水が抜けた所で、減圧を始める。
既にボンベの空気もほとんどない状況であるため、広瀬も篠田も気が気ではなかったのだが、2分後、流石にへとへとになった顔を見せた倉田に、広瀬も篠田も涙を浮かべながら、労をねぎらっていた。

「少佐。遅くなってすいません」
「倉田中尉、無理にしゃべらんでいい」

倉田を押しとどめ、少しでも休ませようとする広瀬であったが、倉田は構わず言葉を続ける。

「現時点で目標地点に到達しているのは、我々を含めて5隻でした。4号艇の郷大尉、6号艇の東大尉、7号艇の大鳥大尉、9号艇の迫水少佐の潜入員は見当たりませんでした」

顔を伏せて話す倉田に、艇内は一瞬重苦しい雰囲気に包まれる。
誰もが腕のいい有能な男達である。船の調子が良ければ確実に目標に到達する技量を有している。
だが・・・その男達がいないということは・・・

「篠田。聴音には爆発音は聞こえていないな」
「はい。少なくとも爆発音は聞いていません」
「なら大丈夫だ。きっと機関の故障だろう。迎えに行ってやらんとな。遠足は帰るまでが遠足だ」

艇内の空気を明るくするような声で、広瀬はそう告げる。
広瀬とて不安がないと言えばうそになるが、今は彼らを信じるしかなかった。
そして、場を離れて1時間が過ぎようとしていたころ・・・

「少佐。爆発音が聞こえます」
「潜望鏡を上げる」

そう言って、広瀬が、軍港の最深部に潜望鏡を向けた時、豪胆な彼も思わず息を飲んでいた。

戦艦が燃えていた。
1隻の戦艦が紅蓮の炎を吹き出しながら、大爆発を起こし、真っ二つに割れて沈んでいった。
後に広瀬は『出撃前に派手な花火と言ったが、あれを見たら、あまりにも不謹慎な言葉だと思ったよ』と、反省の弁を述べているが、それ程までに圧倒的な代物であった。

「少佐・・・」

何も反応がなかったことにいぶかしんだのだろう。
篠田の声に、広瀬は我に返ると、すぐに索敵へと意識を集中した。

小さな潜望鏡である為に、詳細までは不明ではあるが、先程の戦艦程ではないが、黒煙を上げて傾いている戦艦が1隻、それよりもはるかに小ぶりな船2隻が横転沈没しているのが見えていた。

「戦艦1隻、撃沈確実。1隻撃破。防護巡洋艦2隻撃沈と言ったところだな」
「ああ・・・撃沈した戦艦は、うちと早田大尉のところの協同戦果ですね。早田大尉のところは水雷網が酷くて所定の場所に設置できず、確実に1隻沈めようと4個設置しましたから」

2tの爆薬4個が艦底付近に設置されたのである。
そりゃあ撃沈して当然の一撃と言える。

430: yukikaze :2017/06/06(火) 01:30:36
「少佐・・・こりゃあ浮上地点についても、しばらくは潜水状態でトンズラしないと拙いですね」
「ロシアの火盗改が、怒り心頭で出てくるな」

そういう広瀬の視線の先には、海面をひっきりなしに照らし出すサーチライトが、潜望鏡越しにきっちりと見えていた。
こりゃあしんどそうだと思ったところに、広瀬はけげんそうな表情を浮かべる。
彼の視線の先にあるのは、軍港から離れた輸送船や小型艦艇が停泊している港湾である。

「おい・・・なんで、あそこは盛大に燃えているんだ?」

弾薬か何かを積んでいたのだろうか。
広瀬の眼には、先程の戦艦以上に燃え盛っている船が、2隻は見えていた。
いや・・・既に舳先を天に向けて沈んでいる小型船が2隻見えているんで、4隻は被害を受けているようだ。

「もしかして・・・誰かがあそこにしこみましたかね」
「かもな。少なくとも2人は確実にいっているぞ」

その言葉に、艇内は今度こそ明るい雰囲気になる。
生存している人間が増えることほど、士気が高まることはない。
旅順港が大混乱に陥る中、広瀬達の逃避行は、予定よりも数時間ほどかかり、最終的には全艦生還(機関の完全な故障により、泣きながら離脱した東大尉と大鳥大尉を含む)と言う快挙の元、終了することになる。

後日談である。

隼戦隊の挙げた戦果は『戦艦1隻撃沈。戦艦1隻大破、防護巡洋艦2隻撃沈、輸送船及び機雷敷設艦1隻撃沈、駆逐艦2隻撃沈』であった。
排水量が40t足らずの船がなしえた戦果としては空前のものであったが、何よりも大戦果であったのが撃沈した戦艦にマカロフ中将が座乗しており、ロシア太平洋艦隊は指揮官を失い大混乱に陥ってしまう。
日本海軍の夜襲に対応する為に、常に船に乗っていたことが仇になってしまったのだが、このことはロシア太平洋艦隊の士気に深刻的なまでの打撃を与えることになる。

この事実に、海軍中央は狂喜乱舞し、当作戦に参加した艦長9名を『9軍神』と讃え、大いに宣伝している。
もっとも、東と大鳥は『自分達は機関が故障したため、参加は出来ませんでした。辞退します』と、名誉を返上し、広瀬も『バカが。特殊部隊を宣伝してどうする』と、海軍中央の報道姿勢に激怒すると共に『部隊への名誉は慎んで受けるが、個人の名誉を過剰に飾り立てると、功の抜け駆けが発生する。そもそも部隊全員の力があってこその成功である』として、全艦長の賛同の元、個人の名誉は返上している。
この事に、報道担当の小笠原中佐は激怒し、上層部に広瀬の高慢を訴えるが、山本海軍庁長官から「おはんは親父殿とは似ても似つかぬ阿呆じゃ」と、侮蔑の籠った視線で睨みつけられ、その場で免官を告げられることになる。(小笠原の政治的な行動に堪忍袋の尾が切れたとされる)

また、広瀬が連合艦隊司令部に戦果を報告をしに行ったところ、大戦果を上げられた事実に嫉妬を抱いたある参謀から『戦艦を複数沈めると思っていたら大したことがない』と、言われ、これに激怒した広瀬が詰め寄ろうとしたところ、「そげん言うなら、おはん、あん船に乗って旅順に行きやい」という東郷の言葉に、部屋は一瞬のうちに凍り付くことになる。

「おはんらは、文句ばっかい言うが、小兵衛どんは未熟な兵を指揮してウラジオ艦隊を沈め、広瀬少佐は敵将を討ち取った。こん2人は実績を残した。おい達はその間何をしてきた」

東郷のこの言葉に誰も何も言い返せなかった。
他ならぬ東郷自身が、自分達の実績のなさを言及してのけたのである。
これで下手な言い訳をした瞬間、間違いなく、件の参謀共々、艦隊から追放されるのは間違いなかった。

「おいは中央に進退伺を出した。おはんらには責任はおわせん。ケジメはおいがつける。それが司令長官の務めじゃ」

そう言うと、東郷は広瀬と部隊の面々を懇ろに労うと、静かに会議室を後にした。
この話は、瞬く間に艦隊に伝わると共に、艦隊の将兵は『東郷大将だけに責任を負わせるわけにはいかん』と、海軍庁に東郷大将の慰留を懇請する嘆願状が出されるという展開になる。(勿論、東郷は慰留になった)

連合艦隊は『人の和』を取り戻すことに成功したが、皮肉にも旅順襲撃により太平洋艦隊の動きが低調になったことで、決戦の可能性が大幅に低下することになる。

ここにおいて、旅順要塞攻略戦が決定されることになる。

431: yukikaze :2017/06/06(火) 01:38:14
投下終了。
だから長いよっていう批判は甘んじて受けますです。

お約束の旅順港殴り込みですが、憂鬱本編では松島型を利用しましたが、この世界では、松島型はありませんので、憂鬱本編のネタは使えません。
で・・・当初は、高速機雷敷設艦利用しようとしたのですが、機関が全然ない為これも没。

そんでどうしようかと思ったところに浮かんだのが、特殊潜航艇。
勿論、この時代の技術とか考えると、甲標的なんて困難だし、人間魚雷もダメ。
ああ・・・そうだあるじゃないかと出たのが、大英帝国のX艇。
ディーゼルエンジンの馬力も、発電機の馬力も低いので、まだなんとかなるんじゃないのかと。
(勿論、エンジン部分の費用は史実よりもはるかに高いでしょうが)

で・・・ここで独自に潜水艦技術を積ませることで、日本海軍の潜水艦の芽を出すと。
泊地襲撃と言う先例が、変な風に暴走しないよう宮様に見てもらう必要ありますが。

あと、広瀬以外の指揮官の名前ですが、完全に趣味です。
テツさんとかから「まあ・・・こいつらなら死なないわ」とお墨付きでそうですが。

次回はいよいよ旅順要塞攻略戦になります。
猛将野津。堂々出陣です。

660: yukikaze :2017/06/09(金) 19:54:06
日露戦争ネタ。読み返してみると間違いがチラホラと。
いくつか修正しますんで、まとめの人申し訳ないです。

第五章

誤 遼東半島に上陸した第二方面軍が、わずか2個軍団しか揚陸できない
正 遼東半島に上陸した第二方面軍が、わずか1個軍団しか揚陸できない

誤 ロシア太平洋艦隊の統率に申告的なまでの打撃を与えることになる。
正 ロシア太平洋艦隊の士気に深刻的なまでの打撃を与えることになる。


※ 注:日露戦争における日本陸軍の編制について

日本陸軍の編制は、方面軍←軍←軍団←師団であり、3個師団で1個軍団
2個軍団で1個軍、2個軍で方面軍を形成しています。
なお、『北部(樺太・北海道)』『東北(東北)』『東部(関東・甲信越)』
『中部(中部・近畿)』『西部(中国・四国)』『南部(九州・沖縄・台湾)』
の6個軍管区を形成しています。

日露戦争では、完全に充足している2個軍管区(甲:12個師団)+第一次動員で
充足を行う4個軍管区(乙:8個師団+戦時師団の4個師団、丙:4個師団+戦時師団の7個師団)
、独立している近衛師団という状況になっています。

今回のケースですと、甲と乙の軍管区が、第一方面軍と第二方面軍になり、
丙の軍管区が、本土総予備の第三方面軍に分けられることになります。
なお、第一と第二は優先的に充足率が高められていましたので、4月末までには出撃可能ですが
第三方面軍は、戦時師団が多いことと、他の師団の損害補充等もあることから、彼らは
第三方面軍司令部そのものが動くことはついにありませんでした。(ただし第三方面軍第五軍は
最終決戦時において、満州総軍の総予備部隊として、ある男に委ねられることになります)

修正

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最終更新:2017年06月17日 16:10