75: ひゅうが :2017/07/07(金) 20:04:59


 艦こ○ 神崎島ネタ――番外「一般参加者一年生」



――1937(昭和12)年8月15日 神崎島鎮守府(管区) 神崎市 征海町(湾岸新区)



「暑いな…」

「ああ…暑い…」

防暑衣というものが軍装に組み込まれた理由を男たちはかみしめていた。
神崎島の首府神崎市の緯度は小笠原諸島の父島とほぼ同じである。
その割には気候面では疑問が残ることも多いが、平等に降り注ぐ太陽は要するに真夏の暑さをこの島に提供していたのである。
戦車の通行も考慮したコンクリート舗装である湾岸新区の道路は照り返しという形でここにたどり着く前の男たちを平等に憔悴させていた。

「陸さんはこんなことは?」

「いえ…普通は地面が吸収してくれますからね。熱を…」

「照り返し、というのでしたか。これでまだマシというのがもうね…」

麻の背広であったり、開襟シャツであるこの男たちは私服姿であった。
服務規程的には軍服であるべきだったのだが、上司である高等弁務官府の高級将校たちが目を泳がせたあたりで自主的に「私服でいってきます」と彼らは異口同音に発していた。
遠く70年以上の未来に属する平行世界では忖度といわれる行為だったが、これなしで回る組織があればお目にかかりたいものである。
それはひどく非効率的なお役所仕事満載であるのだろう。

閑話休題。
ある日突然に今回の「任務」を言い渡された男たちは、この島に赴任してから支給された便利な端末ぱそこん――汎用電子情報端末――を使って情報収集を開始した。
普通ならば図書館やらあの女性の巣じみた鎮守府本庁舎、そして議会図書館を何往復しないと手に入れることができない情報をこの目の前の箱ひとつでわずかな時間で手に入れることができるのだ。
それを使わないと意地を張るほど、だいたい20代後半から30代に属する男たちは思考が硬直してはいなかったのだった。
なお、一番苦労しているのは彼らの上司たる佐官以上の高級将校たちである。
さらにその上の古賀提督や山下将軍は、いつ親交を結んだのかわからない妙に色白な鎮守府スタッフや潜水艦娘たちの手ほどきですでにブラインドタッチ(めくら打ちと通称されるがあまり普及はしなかった)もできるようになっているからだった。

とまれ、任務を言い渡された20名ほどの陸海軍士官たちは、まだイントラネットレベルではあるがこの時代においては極めて異常な情報密度を有する電子の海からいくつもの情報をさらった。
…そして頭を抱えた。

「雲が生まれる?どういうことだ?」

「海兵隊も鼻白む?過剰表現すぎるだろう」

「いくらオータムクラウド先生といえどそれを信じるのはちょっとなぁ…」

上司たちが意識的に仲良くしていることからしぜんと会話が増えている若手士官たちは、行きつけの居酒屋でそんなことをヒソヒソ話し合った。
そして思い余った挙句、「鎮守府ちゃんねる」にスレッドを立てる挙に及んだのだった。
そして…

「とりあえず、必須といわれた装備は整えたが、本当にいるのか?」

「落ち着け陸さん。こういうことは自分の感覚でいくと大抵はおかしなことになる。
とりあえずは明石ストアでキャリーバックとバックパックを用意しておいた。兼用だ。」

「お前頭いいな。」

「流石だな俺ら。」

始発便に乗り込む前は、そういった余裕があった士官たちは、この場についてみたところで顎をかくんと落としたのだった。

76: ひゅうが :2017/07/07(金) 20:05:33

「人が多すぎる…」

「なにこれ?」

「みんな欲望には正直なのか…」

「なのは完売かな…」

「え?」

一部に不穏な発言があるが、朝の5時にも関わらず数万人がたむろする「展示場」前の広場は異様な熱気に包まれていた。
歴戦の猛者たちだけが醸し出せる凄味に加え、人体が発する熱があわさり、初参加の男たちの体の中でもアドレナリンが分泌されはじめる。
さらには運営という名のスタッフが携帯拡声器を使ってテキ屋のごとく煽り立てるものだから彼らの熱気もまた高まる一方であった。
(後で知ったが適度なガス抜きの意味があったらしい)

だが、そこへ真夏の太陽が襲い掛かる。
開場まで5時間。体力はどんどん奪われていく。

「リノリウムのない甲板であぶられ続けているようなもんだ…」

「シンガポールよりもここは暑いですよ…」

男たちは、背負ってきた背嚢から経口補水飲料を口にしはじめた。
この時代の常識では、暑い中では水を飲まない方がいいはずだったが、周囲の神崎島の住人達から「早く飲んだほうがいい」と口々に勧められたのだ。
飲んでみるとなるほど、これはよく考えられている。
一息ついたあとで彼らは、周囲に情報を求めることにした。

「ああ、あれですか…結構倍率は高いですよ?」

「初参加ですか。え?引換証がある?それは羨ましいなぁ。」

「ああ、いけるかもしれないですな。今年は転売ヤーを…ほら。徹夜組の一斉摘発がはじまった。」

またしても一部に不穏な発言があったが、これで男たちも心構えができたようだった。

「さて、いよいよですよ。」

数時間のうちに懇切丁寧に注意点を教えてくれた隣人――彼は平行世界では渋谷に書店を開いたのだという――がそういうと、上司たちから「戦史叢書」の購入のために駆り出された若手士官たちはいっせいに頷いた。
数時間の修羅場じみた待機を共にした連帯感のようなものが彼らを包んでいる。

『只今より、コミッ○マーケットを開催します!』


――なお、シャッター脇に設けられた最新版「戦史叢書」の電子版・書籍版の予約コーナーで用事を済ませることができた男たちは、そのまま会場内のお目当てのコーナーへと突撃したことを付け加えておく。

77: ひゅうが :2017/07/07(金) 20:07:01
【あとがき】――上司's「おつかいの費用として好きなモノを買ってきていいと余計にお代は渡しておいたから許して!」
        憲兵サン「執行猶予」
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最終更新:2023年12月10日 18:18