50: 弥次郎 :2017/07/21(金) 23:59:08

大日本企業連合が史実世界にログインしたようです4 「日企連の胎動」 -鋪-







      • 西暦1936年3月20日午前6時14分
      • 太平洋 日本近海 高度約33000フィート 大日本企業保有 ハイブリット大型航空プラットフォーム『コウノトリ』


ハワイからおよそ2日をかけて航行したコウノトリは、明日の朝にはついに日本列島に到達する距離まで迫っていた。
その事実は興奮を客人にもたらしていた。その驚くべき飛行能力も驚嘆すべきものであったが、それよりも印象を与えたのは、
コウノトリが信じられない技術を持って維持されている快適さを持っている空中都市であることだった。
冷暖房、テレビジョン、真昼の如き明るさをもたらす電球、空だというのに快適な水回り、意思疎通を手助けする翻訳機。
これまでの常識を覆す物ばかりが溢れていたのだ。

一体どのような未知が日本列島において待ち受けているのか。
ハワイでのショーを見て以来、人々の期待は高まる一方だ。
しかし、誰しもが期待を募らせていたかと言えば、そうではなかった。
これだけの航空機を作り上げたという日企連への恐怖、あるいは猜疑。
何しろ記者会見においての、神崎代表の言が俄かに現実を帯びてくるのだ。

『我々が気に食わないならばすぐに軍艦でも軍隊でも送ってくればいいだろう。
 だが、予め言っておくが、我々は絶対に勝つ。完膚なきまでに諸君らを叩き伏せてやろう』

世迷言を、と最初は断じられていたが、このようなコウノトリを見せつけられれば話は別である。
事実、アメリカ海軍を主体とする先遣艦隊は、たった一機のACによって制圧されたとニュースで伝えられた。
さらにこの航空機には数万人が乗ることができ、さらに太平洋さえも無着陸で横断できるときた。

もし日企連がその気になれば、アメリカはドイツの飛行船による空爆を受けたイギリスと同じ目に遭っただろう。
いや、それ以上にひどいだろうというのは、軍事に少々詳しければ理解できる。これだけの航空機にどれほどの爆弾が積める事か、
想像するだけでも恐ろしい。艦隊一つさえも制圧可能なACと組み合わせれば、それこそ蹂躙されただろう。

ハワイと日本を結ぶ飛行の道中では与圧がなされた巨大な格納庫の見学も許されており、その大きさに誰もが目を剥き、驚きを隠さなかった。
並べられているACや飛行型MTは言うに及ばず、それら全てがハリボテでも何でもない、本物であることを見せつけられた。
さらに、その見学中に「コウノトリは複数ある」と明言したことは見学者たちのわずかな希望を圧し折った。
それは、このコウノトリが日企連にとって苦労するものであればという、儚い期待。日企連の力を認めたくないという意識が生んだ、都合のよい妄想を砕いた。
怯える者は不安なまま日本への到着が少しでも遅れないかと願い、楽しめる者は日本への到着を今か今かと待ちわびているだろう。

IOC副会長 ジークフリード・エドストレームのコウノトリでの一日は、個室に流れる涼やかな鳥の鳴き声の中で始まる。
その部屋は地位相応の豪華さと設備を揃えている。コウノトリの中でも最上グレードの個室。派手さこそないが、過ごしやすい洋室だ。
今個室に流れている鳥の鳴き声も、人を癒せるように調整されたものだという。
なるほど、確かに気分がいい。部屋が快適に保たれているのは、エアコンディショナーという機器のおかげであるが、
そういった体感に訴える物の他にも、耳を介してリラックスをもたらすのだ。
すっと空気を吸ってみれば、そこには静かに花の香りが混じっている。

起き上がり、ベットから身を起こすと早速身支度を行う。
持ち込んだ衣服はコウノトリ内でクリーニングされ、まるで新品の如く整えられている。
いき届いたサービスには、このコウノトリに乗船して以来感心し切りだ。
なによりも、と鏡の前で身だしなみを整えながらも思う。この「サービス」は恐らく日企連でなければ実現できないだろうという確信がある。

「おはよう。今日の日程はどうだったかな?ついでに朝食のメニューも知りたい」

そんなことを目の前の鏡に向かって言う。
傍目に見れば、とても馬鹿らしい行為だ。童謡やおとぎ話でもないのに、鏡が返事をするわけがない。
しかし、ここでは、このコウノトリの中ではそんな常識など通用しない。
ポッと、鏡の上部にあるランプが光をともし、内部で複雑な電子回路が働き始める。

51: 弥次郎 :2017/07/22(土) 00:00:33
そして、起動音とともに声が流れ出た。

『おはようございます、エドストレーム様。昨夜は心地の良い睡眠を楽しんでいただけたようですね?』
「うん、枕一つであそこまで変わるとは思わなかったな。今日は最終日だから、若干だが名残惜しくもある。
 それでは今日の予定を確認しておこうか」
『はい。本日の催し物は、午前9時30分から航空ショー、午後2時から格納庫において大道芸の披露。
 午後11時からはナイトショーといたしまして『ロミオとジュリエット』の上演が予定されております。
 朝食はフレンチ、イタリアン、チャイニーズから選べます』

鏡が女性の声で「如何なさいますか?」と問いかけてくる。
それは、身だしなみを整える大きな姿見の形をした巨大な端末から発せられている。
目の前に人が立つことで回線が開き、専属のコンシェルジュと通信がつながる仕組みだ。
エドストレームはその仕組みを簡単に教えてもらったのだが、よく理解はできなかった。
ただ、コンシェルジュの未来の姿と教えられて興奮した。一見すると鏡のようなそれは、機械だったのだ。

「では、フレンチにしてもらおうかな……デザートにはフルーツを頼むよ」

今ではすっかりこれの世話になっている。
原理は分からなくとも、便利なものであるとわかれば使いようはある。
何か困ったことがあれば、この鏡に向かって助けを求めればいいのだ。
おとぎ話に登場する魔法の道具のようでもあるが、それもまた、面白い。

『かしこまりました。
 それと残念なお知らせですが、緊急会議のために朝食後にコウノトリの上層区画(アッパーエリア)の会議室に集合を戴きたいと連絡が。
 航空ショーをお楽しみいただける時間はないかと思われます』
「……会議、と?」
『はい。アメリカ合衆国ワシントンD.Cとの連絡が繋がりました。IOC会長は、今後の対応を協議したいとのことです。
 また、本日は会場についてのプレゼンテーションを行う予定となっております』
「あの恥知らず共か!何を今さら!」

副会長の口からほとばしったのは、アメリカへの、オリンピックを冒とくした主犯国家への罵倒だ。
オリンピック視察目前に、IOC査察団は、少なくともその首脳部はその事実を知らされていた。
現在、大日本帝国海軍の人員によって本土へと曳航中であり、主要な人員は既に事情聴取を行っている。
その事情聴取は表向き穏やかに行われているが、とても愉快な愉快な証言が取れていることがリアルタイムで伝えられている。
日企連の技術に子供のように興奮していたエドストレームはもちろん、日企連に恐怖に近い感情を抱いていたアンリでさえもこれには怒りを隠していない。
一体いつからグレート・ホワイト・フリートの真似事をするようになったのか。
しかも、平和の式典ともいえるオリンピックを利用しているのだ。少なくとも、IOCの職務に忠実ならば眉を顰めるしかない。
さらにふざけたことに、これがIOCの先遣隊までも加担しているという有様だ。政治的にもIOCの理念としてもアウトである。
勿論、今回の査察が政治の思惑の在っての事だというのは理解している。だが、露骨に武力に訴えるのはどうかしている。
何時からスポーツ感覚で軍事に絡む組織になったのかと、自分の属する組織の正気を疑った。
そんな激昂する副会長に、あくまで静かにコンシェルジュは語り掛ける。

『先方は弁明するためではない、とおっしゃられております』
「当然だ、けじめを付けさせてやらねばならない。このままなあなあで済ませてやるものか!」
『東京オリンピック委員会の徳川委員長や神崎代表もこの件には対応を慎重に、しかし厳正に行うと仰られております。
 今回の会議でそこについても議論したいとのことです』
「そうだな……JaCの、インペリアルジャパンの意見も聞かねばなるまい。
 しかし、カンザキ代表は会議に出席できるのかね?」
『問題ございません。通信で日本列島の神崎代表と通信機を介しての会議の手筈は整っております。
 コウノトリで堪能していただきましたテレビジョンを利用した『テレビジョン中継』により、会議に参加できますので』
「それはすごいものだな……いや、まったく素晴らしい技術だ。
 ただ、航空ショーが見れないのは残念だ。出来ればあとで見れるようにしておいてくれないかな?」
『かしこまりました。航空ショーの映像は8mmフィルムで撮影し、視察終了までにお届けします。
 お持ち帰りいただいて、ぜひともお楽しみください』
「ありがとう」
『本日もコウノトリでの一日が素晴らしいものとなりますように。
 何か御用があれば、機内スタッフか端末にてご一報くださいませ。それでは失礼いたします』

52: 弥次郎 :2017/07/22(土) 00:01:42
ふっと上部の光が消える。
鏡の前で身支度を整えながらも、真面目な表情に戻ったIOC副会長は一人考える。

(テレビジョンの中継、か。遠方の映像を一瞬で、飛行しているコウノトリまで届けるなんてことができるとしたら、
 これは、オリンピックの報道の在り方まで激変させるかもしれないな)

相互にやり取りするならば、無線というものがあるのを知っている。
『テレビジョン中継』と言っていた。つまり、撮った映像と音声をまとめてここまで届ける。
テレビジョン自体は昨今の発展が著しいと聞くが、日企連のそれはさらにその上を行っていることになる。
この事実は、各国にとっても衝撃だろうというのは理解できる。極東の島国、と侮っていた人々は、ACだけではない、
既存の分野においても圧倒している日企連の技術力を知ることになるだろう。

(査察などしなくても、日企連が異常な技術を持っていることは明白だろうに……)

オリンピックの多少の政治利用は目をつむるつもりであるが、何も敵意むき出しにして噛みつくなど愚の骨頂。お里が知れるというもの。
ひょっとすると自分の目で見るまでは信じないと我を張っているのかもしれない。
しかし、自分の目で見たところで信じるのは少数だろうとも推測できた。
このコウノトリを案内した添乗員が教えてくれたのだ、人は信じたいことしか信じないのだと。

「まぁ、これで日企連のことが公になれば、混乱もおさまるだろうし、スポーツ振興も進むだろうな」

それに、ここで受けられるサービスが、IOC副会長という地位にいることを差し引きしても、質は良かった子とも評価に値する。
とかく日本人を攻撃したがる人間は、特に日企連の登場以降は増えているのだが、欧米のやり方を理解していないと批判している。
しかし、それははっきり言えば言いがかりもいいところ。受けられるサービスや料理、あるいはこの客室は日本人ではなく欧米の人々にも合致している。

日企連の人間の態度などから見れば焦りなどはないし、
以前の会議で警告されたようなあからさま敵意なども向けてこない。むしろ、こちらに対し強い興味を抱いているようだ。
日企連の正体についてもっと情報を集めるには、それが一番だろう。
ともあれ、朝食だ。しっかり食べて、このコウノトリの一日を良いものにしなくては。

「さあ、今日も楽しんでおこうか」

今日明日で最後、と思うと名残惜しさがさらに高まる。
食いなく過ごそうと、IOCの副会長は胸を躍らせた。

53: 弥次郎 :2017/07/22(土) 00:02:35
    • 午前10時33分 コウノトリ 展望デッキ



外を眺めることができる展望デッキには、多くの人々が詰めかけていた。
ゆったりとした空の旅が退屈ではないようにと、その趣向はかなり凝らされていたのであるが、その一つが乗客たちの前で披露されているためだ。

人々の視線の先、無限に広がる青のキャンバスには、様々な色の線が描かれている。
それを引いたのは日企連のノーマル部隊である。ただの部隊ではない。
旧自衛隊における曲芸飛行隊 ブルーインパルスの系譜と名を継ぐ専門チームである。
専用に開発及びチューンがなされたフロート脚部のそれは、音と、空気と、そして風を置き去りに翔ける。

飛行ノーマルは、その性質上戦闘機ほどの速度は出せない。
しかし、その旋回能力や人型ゆえの独特の戦闘機動は、決して航空機に真似できるものではないのだ。
加えて、速度が出せないと言ってもジェット戦闘機を基準とする比較の物であり、その速度は十分に史実側のそれを凌駕している。
第一、史実側の人間にとってはプロペラもないのに自由に飛行している時点で正気を疑うのだ。

それだけではない。彼らはカラー付きのスモークで「絵描き」をしているのだ。
オリンピックを象徴する5つの輪(しかも色付き)、ハートマーク、色付きの雲を重ねた虹、あるいは文字が並ぶ。
コウノトリの進路上に予め描いておいたのか「welcome to japan」「IOC」「Welcome to Future」などの文字も流れてきたのが見える。
視界にそれが流れてくるあるいは描かれるたびに感嘆の声が上がり、写真や映像を撮ろうとする記者たちが蠢く。
その一糸乱れぬ連携や操作技術は、その技術を理解できなくとも、困難さを察することが出来た。

展望デッキに流れる曲に合わせ、彼らは踊る。
無邪気に楽しめれば、それは良いことなのだろう。
神話の光景をハワイで見たと満足していた人々にとっては、再びの神話の世界だ。興奮しないわけもない。
しかし、徐々にその事実は、示される性能は人々の、その「意味」を理解できる人間の恐怖を煽る。
アナウンスされる解説から、その飛行型ACが戦闘にも用いられることも知ってしまった。
人型が空を飛ぶなど、誰が想像しただろうか。まるで、イカロスだ。
蝋の翼を作り、忠告を無視して太陽に近づき過ぎて落ちてしまった青年にそれは似ている。
しかし、日企連の持つACはイカロスとは異なる。鳥のように飛翔するが、その翼は決して焼け落ちない。

「一体どうやって飛んでいるんだ……」
「独特のエンジン音がする。レシブロエンジンではないのかもしれない」
「プロペラがないのにあんなに自由に飛べるはずがないじゃないか」
「じゃあどうやって飛んでいるんだ?」

眺める人々で、少々知識のある人間達は議論を小声で交わす。
セラフも他のACもこのコウノトリも、彼らの知りえない方法で飛行している。
インチキではない、というのは彼らの共通見解だ。何しろ自分達が今こうして乗っているのだから。
連日連夜、議論は行われていたが、彼らの疑問は解決の見通しが立っていなかった。
無論、彼らも日企連の人間に幾度となく問いかけたり、かまをかけたりしたのだが、うまくはぐらかされている。
分かったことといえば、プロペラがないことと、エンジンがこれまでのモノとは違うだろうということだけ。

そして、本命が飛来した。
緋のように赤いカラーリングのボディのそれは、飛行機のような形状をしていた。
しかし、飛来したそれは一度急上昇すると、一瞬で変形し、人型となる。
見せつけるようにぐるりと身体を回し、バインダーを広げて、降臨する。

「セラフだ…!」

昼間でも、展開されたセラフィムは輝いて見える。
二度目ということもあり、前回のような混乱は起こっていない。だが、それでも。冷静さを保ってもなお、目の前のACには感情の高ぶりを抑えきれない。
今回は、飛行形態での登場だ。人型への変形時には大きなどよめきが起こり、何人かはその場に倒れこんでしまう。
ショックなのか、それとも常識を超えた現象を理解しきれずに頭が思考停止を選んだためなのか。慌てた動きで倒れた人間が搬送されていく。
誰が航空機が人に変形すると想像しただろうか。ましてや、それが目の前で行われたとしたら。俄かに賑やかになる展望デッキをしり目に、
ナインボール・セラフのコクピットで大空流星はAMSを通じて展開中のAC達と通信を行い、定められたとおりに飛び上がっていく。
いよいよ航空ショーも後半。AMSという操縦法によって実現される非常にアクロバティックな飛行ができるセラフを交えての技の披露となるのだ。

ACによる航空ショーはこの後に1時間余り続き、万雷の拍手の中で終わりを告げた。
この航空ショーはあらゆる媒体で紹介され、映像の真偽そのものをめぐっても大論争が起こり、
さらには各国の航空業界や文化的な方面で凄まじい影響を与えてしまったのだが、ここでは割愛しよう。

54: 弥次郎 :2017/07/22(土) 00:03:42
      • 同日 午後7時44分 『コウノトリ』上層区画 宴会場


日本へと到着前最後の晩餐会。その会場にはIOC査察団の重役たちが勢ぞろいしていた。
日企連側も、そして大日本帝国側も相応の人間を集めており、広々とした会場内には綺羅星の如く様々な人間が集まっていた。
中には日企連に招待された科学者や技術者---ニコラ・テスラやアルバート・アインシュタイン、ポール・ディラックなどもいる。
それぞれにはしかるべき人間が付いており、盛んな議論が行われているのが見える。
主な議論は彼らの専門分野が中心であるが、時に建前上の目的であるオリンピックについての話題もある。

未来のオリンピック。
それが、今回の東京オリンピックのうたい文句の一つだ。
古代 近代 現代を通り越し、未来。新しい時代の幕開けを飾るオリンピック。
目撃するのは、これまでの既視感にあふれた世界ではなく、未知で満たされた世界。
そのようなプレゼンが行われ、IOC査察団だけでなく、同行している学者達や技術者たちにも公開されていた。
それ故に、人々には期待と恐怖が入り混じっている。確固たる証拠を提示されている以上、否定はできないだろう。
ヒトのなかで原動力となり、それは行動となって表れ、目の前の人間へと放出される。

「おお、すごい熱気だな…」

人々の興奮が熱気となって、会場内にあふれている。これでも過剰にならない程度に冷房を聞かせているのだが、
こちらを圧倒するような、そんなエネルギーに満ちている。だから、応対している人間も相当大変だろうと、
それを眺める大空流星は思う。圧倒されそうになることもそうだが、同時にここはうっかりが許されない場だ。
まだ日企連についての真実を伝える時ではない。彼らはまだ日企連のことを先進的な技術を持ち、
国家に反逆した企業としか認識していない。だから、使う言葉、表現、話す内容に注意しなければならない。
なまじその手の専門家、しかも後の時代で超一級と称された人々がいるのだ。些細な言葉でも察知してくる。
それだけの人材が集まっていると捉えればプラスになるのだが、それだけ慎重を期さねばならない。

(壮観だな。歴史家がいれば、相当興奮するんだろうが……)

残念ながら、流星はそこまでというわけではない。
歴史を学ぶのは嫌いではないが、歴史が好きではないのだから。
一応警戒すべきなのは、医療関係者、特に招待されているというエガス・モニスとウォルター・フリーマンか。
良くも悪くも倫理観が乏しいこの時代。AMSのことが伝われば、何百人を犠牲にしようとも真似してしまうだろう。
その為にAMSプラグを目立たないようにウィッグの下に隠してあるが、何が起こるかはわからないので注意だ。
この時代よりもはるかに技術が進んだ時代で研究がされたAMS技術も、少なくはない犠牲の上に成り立つもの。
徒に真似ようとすれば、一体どれほどの惨劇を生むことになるのか、正直なところ、考えたくもない。

とまれ、彼らも会話は、失礼ではあるが監視されている。万が一のフォローもできるだろうと信頼している。
その事をもう一度噛みしめながら、こちらに好奇の視線を送って来る査察団の人間の波に、流星はスーツ姿でゆっくりと分け入っていった。
護衛役が一人と通訳が一人付けられている。一応流星も数か国語を使えるリンクスだが、やはり支障をきたさずに済ますには本職が必要だ。
現在のところ、そこまで流星に注視している人間は少ない。こちらに気がついた査察団の人間とあいさつを交わしながら、流星はゆっくりと進む。

(うっ……我慢だ、我慢)

その時、不意に胃に痛みが走る。長く続く嫌な痛みだ。表情は歪めず、顔にも出さずにそれを何とか乗り切る。
いくつかの薬を飲み、AC操縦に備えてほぼ空にして眠らせていた消化器の機能を呼び覚ました副作用だ。
食事はほとんどとらないつもりだったが、何があるかはわからない。断るのが失礼にあたる可能性もある。
幾度か呼吸をし、痛みを徐々に体に慣らす。

(さて、お目当ての人間は……)

今回流星がこの場に来たのは、上層部からの指示と、もう一つ、査察団からの指名があったためだ。
ハワイでの航空ショーを見て、自分の名前を知り、会ってみたいという要望。それはホスト側としては断り切れないものだった。
指名してきたのはIOC会長と副会長、さらに航空メーカーの人間や工学系の技術者たちだ。
別に流星は顔を出すことに今更抵抗はない。元々、顔と名前が知られる地位にいるのだから。
また、セラフそしてACについてはあまり教えない方が良いと注意を受けている。これも個人的にも抵抗はない。

55: 弥次郎 :2017/07/22(土) 00:04:43

嘘をつくというか、ごまかすことには役目上慣れている。相手が純粋過ぎるというのは少し心苦しさを覚えるが、
元の世界では騙される方が悪いのでノーカウントだ。もうすっかり前世の倫理観というものをすり減らしたものだと、内心自嘲する。
嘘か本当か、転生者を発見するにはその人の行動倫理を測れば良いという話を聞いたことがある。良くも悪くも、転生者は前世に縛られる。
覚えている記憶にしがみつきたがるのは、それだけ今生の世界に希望を見いだせないためなのだろうか。

そこまで考えて、詮無き事だと感傷を切り捨てる。
騙して悪いがなど少なからず、それこそカラード新人の時にいくらか経験したし、汚れ仕事など腐るほどある世界だ。
時代が変われば世界が変わり、常識が変わる。自分は、この世界(史実)から見れば異端なのだ。受け入れてきた。
だからこうして今を生きている。それでいいのだ。ルサンチマンになってどうするというのか。
自分に寄生している感情に飲み込まれてどうするというのか。まかり間違っても、そんな「獣」に成り下がるなど御免である。

「あちらです」

目で問いかければ、護衛役がさりげなく伝えてくる。
見れば、十数人が入れる個室に指名してきたお客様方が勢ぞろいしていた。
徳川家達委員長をはじめとした東京オリンピック委員会のメンバーが、日企連の人員と共に応対しているようだ。
姿勢を整え、目につく範囲で衣服の乱れが中を改めてチェック。咳ばらいを一つして、静かに来訪を告げる。

「おお、来ましたな」

予め連絡されていたのか、応対していた日企連社員がこちらを見て呼びかける。

「はじめまして、IOC査察団の皆さま。私が大日本企業連合所属のリンクス 大空流星です」

選択する言葉はオリンピックの公用語であるフランス語。
地味に面倒な言語であるが、前世でも使っていた言葉なのであまり苦にはならない。
名乗った瞬間、好奇の視線が突き刺さった。同時に、恐怖の視線も。無理もないと流星は内心苦笑した。
セラフは、機械文明がある程度浸透しているといえ、この時代の人間には正しく天使そのものに見えただろう。
それを操っていたというのは、その事実を知っているいまでは一種の恐怖を与えているのかもしれない。

とは言え、今日は交流のための場なのだ。むやみやたらに怯えられては困る。
あくまでにこやかに、丁寧な物腰で応対しなくてはいけない。できることなら、アレのショックで耐性を付けてほしいものだ。
確かに山猫(リンクス)は危険だが、気位というものがあるし、振る舞いを律することくらいできる。徒に牙をむく動物でもないのだ。
幸いにもあちらの方から声をかけてきてくれた。

「貴方がセラフの、その、操縦をしていたと!?」
「はい。大変好評を戴けたようでなによりです」

不敵に笑ってやる。ちょっと鋭い牙を見せるような感覚だ。
相手は一瞬怯んだが、すぐさまそれを取り繕ってみせた。

「ははは、あれに興奮しない人がいたらおかしいでしょうに」
「いや、まさか本当にあれを動かしていた人と会えるとは……!是非とも話がしたかった!」

やはり、と流星は笑顔を浮かべながらもこちらを推し量ろうとする視線を感じ取る。
IOC副会長や興味津々なお客のおかげでイントロは何とかなる。ACについて簡単に説明しながら、
徐々にスポーツへと話題を変えるのがベターだろう。リンクスは、宇宙飛行士も顔負けの訓練を重ねるのが常だ。少なくとも、
上位ランカーや実力者は皆そうなのだ。アクセルフリーのように殆ど自己鍛錬せずに自堕落に過ごすリンクスもいれば、
独立傭兵という立場と腕前の限界から少ない収入をやりくりしながら鍛錬を重ねるダン・モロのようなリンクスもいる。
流星もその中でいくつものスポーツをたしなんでいる。肉体強化をしている部類のリンクスなので実際の競技には出れないが、
アスリートたちと話をあわせるのもできるだろうという自負がある。

「では、順番に、一人ずつお答えしましょう。ああ、そう焦らずにお願いします」

興奮して質問を投げかけてくるIOC査察団の人間をやんわりと押しとどめつつ、着席を促す。
教えるのはさわりだけ、と流星は改めて自戒する。理屈を教え切ることはできないし、やらない。
訓練の内容も、ある程度離してもよいだろう。

(回転椅子訓練……対G訓練……シミュレーター……突然の乱入……人力TASリンクス…うっ…頭が…!)

なんだか思い出したくないことも思い出しそうだが、これもまた仕事だ。
銃火器ではない、言葉による駆け引きの戦場へと流星は躍り出た。

56: 弥次郎 :2017/07/22(土) 00:05:17
      • 西暦1936年3月21日 午前9時12分 日本列島 伊豆大島沖 上空



日企連はコウノトリを伊豆大島沖で建造が進むオリンピック会場「敷島」へと動かした。
大会の運営についてのプレゼンスはハワイから日本への道すがらおおむね完了しており、あとは実際に競技会場を視察するのみとなっていた。
この視察は、前日に日企連の行ったプレゼンスに懐疑的な意見を持っていた各国への止めを刺すものという位置づけに近かった。

IOC査察団とマスコミ関係者の姿は、再びコウノトリ下部に抱えられた連絡シャトルにあった。
本来ならば船舶での出入りが前提である敷島にコウノトリのような大型航空機が発着するスペースは存在しないのだが、
幸いなことに選手村の設営が行われる区画が空白としてあり、そこを臨時の空港とすることで受け入れを可能としていた。
当然の如く、史実の人間はギガフロートなど見たことはない。想像くらいはしたことはあるかもしれない。
意図的に埋め立てて作った人口島、例えば出島であるとか埋め立てによって国家を形成したオランダなどはあるし、
島を丸ごと建物とした建造物、モン・サン=ミシェルのようなものもあった。しかし、それはあくまでも既存の、
石 レンガ 木材などを組み合わせた物ばかりで新しさというものに欠けていた。
だが、目の前のそれは金属とその他もろもろの樹脂など、全く未知の素材で出来上がっている。
それを現在建築中なのも、人と人を超えるサイズの巨人(AC)と、それよりもさらに大きな何かだ。

「本当に島が浮かんでいるぞ!何て大きさだ!」
「人の手で作られた島というのは本当なのか……まるで、現代のデジマだな」
「タイタンが仕事をしている…!?」

驚くべきことに、人型、ACが各所で作業を行っているのも見えた。
武装を施されていない、どちらかといえばMTに近いようなものが多いが、さしたる違いなどあるわけもない。
建物の建造も、彼らの常識では考えられないようなものだ。重機などで運ばれてきたフレームが地面に設けられていた基礎と固定され、
ACが外壁や外装を持ってきて被せ、そこに人が群がって作業を行う。言うだけならば単純な工程だ。
しかし、単純さ故に、その異常性は伝わるというものだ。この光景はごく当たり前のようであって、全く違う。

「ひょっとして、自分達はとんでもない魔境に足を踏み入れてしまったのでは?」

そのように後悔し始める査察団の人間もいたのであるが、もはや遅い。
彼らは否応なく、むしろ自分たちの意志で、この領域に足を踏み入れたのだから。
例えそれが、日企連が張り巡らせた罠が数え切れないほどあったとしても、彼らに引き返すという選択肢はない。
世界全てを揺るがす視察が、始まろうとしていた。

57: 弥次郎 :2017/07/22(土) 00:05:59
以上。wiki転載はご自由に。
いよいよ査察スタートです。
とはいっても、査察の内容を詳しく書こうとして盛大に迷走したので、あちこちでの様子を少しずつ描写する程度に留めようかなと。
話が全然進まない……orz

現在、敷島の構造について民明書房並ながらも簡単な図にまとめております。
最初はメタルギアのマザーベースのようにしようと思ったのですが、移動しなくちゃならないので、構造は植物を参考にしております。
自然界のデザインってすごいもんですよね。あれが数千年では聞かない年月の果てに生まれた形なのですから。

次の章「叙」は複数話に分けて投下しようかなと考えてます。場面転換多すぎると読みにくいと思いますんで。

そしてそれが終わったら「結」……まだまだ長くかかりそうですな。
ちょっとずつ頑張っていきます。8月は予定がいっぱいで忙しくなりますが、何とか時間を作れれば……なんとか。
多分ここに顔を出したりレスする余裕はあると思います。ただ、投降ペースが絶対に落ちます。

では、次の話を書きに行きますかー…
イズモが「艦載機」を展開するシーンとか、いろいろ書きたいアイディアが固まって来たので。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2017年07月28日 10:54