240: 弥次郎@帰省中 :2016/07/21(木) 16:48:22
さて、夕方になりましたので後半を投下しましょうかね…

よく理解したい方はジョージ・オーウェルの『1984年』という小説を読むことをお勧めします
ただし、それを読み終わったときに正気を保っていられるかどうかは保証しません。
また、本作の元ネタであるひゅうが氏による汚英世界IFネタは大陸スレ23のレス666番から開始しますので、ぜひ目を通してください

4時50分から始めます

241: 弥次郎@帰省中 :2016/07/21(木) 16:50:02

史実世界においてとある実験がアメリカで行われたことがある。実験名を『バイオスフィア2』。
人・植物・水・空気・動物を入れた密閉空間を人工的に作り出し、地球のような生存権を人工的に再現しようという実験だ。
この『バイオスフィア2』というのは実験施設自体の名称でもある。熱帯雨林、海、湿地帯、サバンナなど環境も
持ち込んだ動植物によって再現され、まさしく『地球の中に再現された地球』であった。そして、この中に何名かの
人間を送り込み実際に生活してみて、閉鎖的な生活環境を地球外に、例えば宇宙空間に作った際に狭い生態系において
生存できるかを実験した。これは同時に、バイオスフィア1、即ち地球の環境問題の解決の糸口を探るものであった。
この実験は、本来100年続く筈であった。しかし、2年目にして実験は中断に追い込まれた。
その原因は様々だったが、要するに外の世界とのつながりは必須ということであった。


日本大陸汚英世界 -BB監視調査団- (下)


さて、翻って『党』に支配されたイギリスを見てみよう。
海洋封鎖によって、物理的にイギリスの国民は外に出ることはできず、また『党』の機能が正常である限り外に出てこないことは
三大列強がよく理解していた。一種の隔離空間。そう、バイオスフィア2と極めて酷似していた。
しかし、イギリス本土というのは無資源に近い国土である。散々破壊されたために出来るとしても精々農業であるし、
その農業ができるのも地域が限られているし、さらに農業に必要なノウハウも耕作機械も多くが大戦で灰となったか、
足りない鉄の供給源とするべく徴発されていた。その為に、イギリスという国は国体の基本となる農業すら満足に
行えない可能性があった。何しろ、キュウリのサンドイッチがステータスの一つとなるくらいである。
さりとて、イギリス人を養ってやるほど彼らは金があるわけではない。

しかし、と学者たちは考えた。
この『実験場』の『純粋さ』を維持するためには『外部』の接触は最低限にすべきであると。

しかし、と別な学者が言う。
かといって、『実験場』が維持されなければ元も子もないではないか、と。

考え込んだ彼らは、しかし、解決を見つけ出す。
『党』が発行している新聞やニュースのコピーを見て、監視調査団のトップが思いついたのだ。
多くの学者が、その『供給方法』を実践に移すまで数日とかからなかった。

242: 弥次郎@帰省中 :2016/07/21(木) 16:51:12

『イースタシアから大量の物資を鹵獲!』
『暗号解読の功労者はスパイ団の精鋭!』
『大量の物資はビッグ・ブラザーの指示で、全ての同志たちへ!』
『画期的な農業方法の確立。生産の拡大が確実視』


「うまくいっているようですな」
「ええ。二重思考によって、彼らはその事実を認識しながらも、虚構の事実を信じる。
 ならば、こちらが流してやった物資も外からきているものと知りながらも『都合よく理解する』」

何人もの学者がイギリス内部から送られてきた新聞に目を通していた。すべてが虚構である新聞において、彼らの『物資投与』が
どのような影響を及ぼしているかを明確に表してくれるのは、この『華々しい戦果』であった。
燃料を漂着させてやれば、それは敵から奪った資源地帯から手に入ったと信じ込み、工作機械を設計図語と流してやれば、
『党』の誰かが開発したという事実が勝手に作られる。そうして、『島』が維持するために必要な物はすべて外側から
供給され続けている。それも時に増やしたり減らしたり、適宜調節してやると、それはもう面白いように反応する。
都合よく生まれ続ける生産品。都合よく開発される発明品。都合よく開発される農法や技術。都合よく発見される
石油や石炭といった戦略資源。イギリスという国家は、あたかも実験動物に様々な薬を与えられるかのように、外部から
延命処置を施されていた。言わば、イギリスは巨大な箱庭なのだ。

ウィンスントンはしらないことであるが、イギリスにおいて市民全体に支給されるほどの、たとえそれが20g/週だとしても、
チョコレートを生産することは可能であろうか?否、不可能である。カカオ豆を栽培するにはイギリスの国土は北過ぎる。
そして、あの戦争まで植民地であった地域では生産できたかもしれないそういった嗜好品も、今の状態では生産もできない。
それもまた、国外から流してやるのだ。『実験体/実験組織の円滑な運営』という名目で予算が組まれている。

彼らが、ウィンスントンやプロール達が手にする娯楽が、例えばヴィクトリージンがすさまじく悪い味だったり、あるいは
本物の砂糖などが極めて希少なのも、少ない予算のために劣悪な品質の物を買わざるを得ないことに由来する。
勿論、イギリス人の調理の問題もあるのだが。

243: 弥次郎@帰省中 :2016/07/21(木) 16:52:35

そういった意味では、イギリスとは体の良い兵器の実験場でもあった
イギリス国内における『蒸気弾』つまり、ロケット兵器などは実際に市街地に向かって打ち込み、性能を試験できるのだ。
イギリスは、というか『党』は存在するはずもない国による攻撃だと信じ込み、国内で『スパイ』が発見され、
勝手に『犯人』が逮捕され、処理される。
それらの兵器は、イギリスという国家に致命的な一撃や余計な情報を与えるものではない。そもそも、三大列強の
秩序が安定している中で必要とされるのは、積極的な殺害を意図したものではなくむしろ適度なダメージを意図したものである。

即ち、テロリストや暴徒などを対象とした鎮圧兵器の実験である。定期的に発生するパレードに向かって打ち込めば
効果が確認できる。死傷者は出ないし、証拠は向こうが勝手に消してくれる。
これまでに投入されたのは催涙弾であるとか閃光弾、あるいは煙幕弾などであった。そして、史実でも珍兵器扱いされた
『同性愛に目覚めさせるホルモンを詰めたロケット弾』や『ブルーチーズなどから得た悪臭を放つ爆弾』も『実戦』と称して
投入されて、その効果が実験された。

勿論、オセアニアの、イギリスの人々はそれを敵国(ユーラシアにしろユースタシアにしろ)の攻撃と思い込むし、
もし万が一に敵国によるものであると確固たる証拠をつかんでも二重思考によってそのように判断する。あるいは、
思考警察によって自浄処理がなされる。何という、哀れな被検体だろうか。

ウィンスントンはジュリアなどとの出会いでロケット弾が、ほかならぬオセアニア自身の手によってオセアニアに放たれていると
知ることができたが、それは事実のほんの一部に過ぎない。ましてや、そのロケット弾が外から『廃棄処分』として
オセアニアに流され、オセアニアの平和省がそれを過去を改ざんしつつ受け取り、そのまま使っているなど知りもしないだろう。

そしてそれらのデータを以て、三大列強は治安維持に必要な物を開発していく。
あるいは、『実験』を通じて新語法や二重思考の心理学的な研究がおこなわれている。
彼らは無害な存在。それゆえに、力ある者に知らず知らずにコントロールされる。

皮肉にも、『党』で権力を持つものこそが一番コントロールされているのだ。
そして、それを認識しながらも『二重思考』によって歪んだ解釈をしている。

内部で完結しているのだ。しかし、一体誰がこんな計画を思いついたのか?
その疑問に突き当たるのはごく自然である。
そうでなければ、わざわざ官民一体となってこの実験場を組織的に維持することなどしないだろう。

244: 弥次郎@帰省中 :2016/07/21(木) 16:53:41
ウィンスントンはその日見知らぬ人物が教授たちとともに教室に現れていることに気が付いた。
どこかで見たような顔だ。しかもそれは、ごく最近ではなく、ほんの少し前、彼がまだオセアニアにいたときに
似たような顔を何度も何度も見た覚えがある。よく見れば、教授たちもいつになく興奮しているようだった。

「初めまして、ウィンスントン・スミス君」

ウィンスントンの視線に気が付いたのか、その人物はにこやかに挨拶してきた。

「健康そうで何よりだ。君のように30代から40代の脱落者で、極めて健康な状態にいられる脱落者は少なくてね。
毎日質問ばかりして申し訳なく思っている」
「ええ、ありがたいことに。しかし……」

改めて目の前の人物をまじまじと見る。やはり、ウィンスントンの記憶のどこかで引っかかるものがあった。

「あなたは一体……あなたは初対面の筈だが、どこか見覚えがあるような」
「ああ、失礼。すっかり忘れていたな。私はBB監視調査団の代表でね、視察ついでに会いに来てみたのだよ」

教授たちに苦笑したあと、その人物は名刺を取り出す。
反射的に、ウィンスントンはその名刺を叩き落とし、耳をふさぎたくなった。
しかし、それは叶わなかった。
恐ろしい事実が、その人間の口からウィンスントンへと突き付けてられた。











「私の名前は、エマニュエル・ゴールドスタインだ」

245: 弥次郎@帰省中 :2016/07/21(木) 16:54:26

アメリカ出身の社会学者 エマニュエル・ゴールドスタインの提唱・提案した『オセアニア計画』によって、
イギリスは今世紀最大の実験場となった。外部から必要な物資や食料を適宜与えつつ、新語法や社会心理学の
研究のために、その『党』による支配を観測し続けるための箱庭。あるいは、広大な隔離空間。
イギリスという国家を丸ごと使うという壮大な計画。馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、世界中の学者が
この『実験場』の価値を認め、連名で国際機関に申請したのだ。まさに捨てる神あれば拾う神あり。
イギリスという国家は、そういう点においてのみ『価値』を認められたのだ。

そして、外部に『敵』を求めていた『オセアニア』に対して、計画の提唱者であるゴールドスタインは自らの存在を提示した。
『お前たちを落とし込めているのは、私である』と。当然のように、『党』は『ビック・ブラザー』の『敵』と認定した。
皮肉にも、虚構まみれの『党』の宣伝の中で『それ』だけは真実であった。

「エマニュエル・ゴールドスタインはオセアニアの『敵』である」

ほかならぬ彼の壮大な、ある意味恐れ知らずな計画こそが、『党』を生み出し、存続させ続けている。

これらの事実は、頃合を見計らってオセアニアからの『脱落者』に知らされる。
ときには知らされないこともあるが、概ねその事実が明かされ、彼らの最後の幻想を砕くのだ。
プライドに固執したが故に、プライドを維持した状態を意図的に保たせられていると。
『脱落者』が脱落後に目立つこともなく一生を終えるのは、これが関与していると言われるが、肝心の結論は
実験に参加している学者の議論を待っている段階である。そう、実験は今後続く。
このオセアニアという国家が、「用済み」とされる、その時まで。



日本大陸汚英世界 -BB監視調査団- 完

246: 弥次郎@帰省中 :2016/07/21(木) 16:55:38
以上となります。wikiへの転載はご自由に。

どんな刑罰よりもつらいのは『何もさせてもらえず生きる事』『無意味なことしかさせてもらえないこと』であったりします。

ワンピースでインペルダウンのレベル6は『ひたすらの退屈』が待ち受けています。
つまり、それまでにあった針山だとか灼熱だとか猛獣だとか極寒の寒さなどよりも『無意味さ』が人間を追い込むわけです。

史実においてもフランスでは荷物を部屋の右から左に、左から右に、とひたすらに運ばせる刑罰がありました。勿論、
何の意味もない行為です。これを繰り返しているうちに、自然と精神を病んでしまうようです。何しろそれを続ける
人間は自分の作業がやがて『何の意味もない行為』と悟り、自然とうつ状態になっていくとか。

ジャン=ポール・サルトル曰く「人間は自由の刑に処されている」。生きていく中で自分が生きる目的や目標を見出し、
自己表現や自己実現を重ねていくのが人間であります。しかし、イギリスはその島に押し込められ、何もなすことが
できないままに生き続けなければなりません。

ましてや、イギリスはその自己実現さえもコントロールされている状態であります。
どうあがいたとしても、それは操り人形が人形遣いに逆らえないのと同様に、まったくの無意味であります。
そうかんがえると、イギリスへの処罰は民族浄化などよりかかなり残酷だと思ったり。

このネタを思いついたのは、『1984年』を読んだ際にビック・ブラザー=エマニュエル・ゴールドスタインという解釈を
したことがきっかけです。つまりオセアニアという矛盾機構を生み出した人間こそが、その体制を崩そうとしている。
しかし、二重思考によってその相反する意思は並列するという解釈で。
まあ、実際のところは誰にもわからないでしょう。そして、私もまたそれを知らない。

このBB監視調査団は、エマニュエル・ゴールドスタインによって編成された学者の集団で、名前の通りオセアニアと
ビック・ブラザーを監視・調査してます。学術的目的のためであり、同時に人道的な観点からと言い訳されてますが。
何とも皮肉すぎる世界ですよ、まったく。
では、次作をお楽しみに。

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最終更新:2017年08月07日 21:46