368: ひゅうが :2017/10/07(土) 00:26:13

戦間期の大陸日本――「始動」



「どうしてこうなった!」

「そりゃ、でかくなったからでしょう。」

「誰だ日本列島をこんなにでかくしたバカは!」

世の中にはままならないことがあふれている。
大人となればなおさらである。
ただし心するべきであるのは、事態の要因に少なからぬ悪意(あるいは稚気)が混じっているときには余計に事態はろくでもない方向へ転がっていくということだろう。
少なくとも、この場、この限りにおいてはそれはまったくの正鵠を射ていた。

「なんで私が『我田引鉄』の後始末をしなきゃならんのだろう?」

「そりゃ、あれだけ前世でやりきれたじゃないですか。だからですよ。」

「そういうお前もだいぶ投げやりだな。使える予算は倍増どころか租税7倍だぞ。もっと喜べ。」

「人間、豊かさへの感謝は5日で忘れるそうですからね。」

実に悲しむべき事実をさらりと述べた男、辻政信はすっかり脂の落ちた頬と落ち窪んだ瞳を高速で動かしながら巨大な日本地図とその前にうずたかく積まれた書類に書き込みを続けていた。
その後方では、『コンピューター』と呼ばれる『機械式計算機をものすごい勢いで叩き続けるオペレーター』がダース単位で並んでいる。
いわゆる史実において北米大陸の宇宙機関でみられた光景がここでは数十年前倒しされていた。

「正直、この日本が物理的に大きくなりすぎたおかげで政府や議会は汚職なんてやっている暇なんてありません。
本来なら内務省直轄のもとで全国への統制にかかるべきところを、なくなく地方自治の美名のもと地方総監府と副知事派遣による綱引きを許しているのはこのせいなのですから。」

大蔵省の若手官僚として国土開発計画関連の予算を統括――というよりは丸投げ――されたこの不幸な官僚がいう通りだった。
いわゆる死後の世界で目覚めてみると、日本列島が面積約10倍の「大陸」と化していた、といったらおそらく正気を疑われるだろう。
だが、この世界においてそれはまさに真実だった。

実際のところグリーンランドよりも大きな島のようなものであるこの日本は、当社比史実の10倍の面積を誇る。
16世紀の探検家がさらに面積を間違えて報告したために「大陸」呼ばわりされている日本は、奇跡のような史実を半歩ほど踏み外しつつ明治維新を迎え、そして日清日露の両戦役とつい先ごろの欧州大戦を勝ち組側についていた結果国土分割を免れることに成功していた。
海流や気候の変化によって史実よりもさらに強大化した大中華と5億の民に欧米列強の目がいっていたこともあったが、実際のところそれはいくつかの幸運と多くの努力に由来するものであったといっていいだろう。

有史以来、この国を狙う中華大陸勢力と、幕末に「ほとんど無害であるがゆえに無視された」という史実を知る人々が有形無形にこの国の歴史に干渉したこと、そしてのちに南アや北米とならんで「神がえこひいきをした」と称されるほどの豊かな鉱脈油脈の『本体』が火成岩のかさぶたで覆われた地下に眠っているという幸運。
いってみればそれは、オーストラリアやテキサス、そして中東のようにちょっと掘れば鉱物資源や石油が湧いて出て露天掘りできるようなものの上にわざわざ火山灰質の分厚いベールがかぶさっているようなものであった。

おそらくは何らかの物理的な原因によって日本列島が日本列島たる場所からの知識を得ることができた地質学者は賢明であったといってよい。

「こんなものを表に出したら、英国の植民地まっしぐらじゃねぇか!」

そう叫んだ男たちが、群雄割拠そのものであった創世記の日本にいたことも。
彼等は実に幸運だった。
日本という国が生まれ出ずるにあたって権力と権威のすぐそばに侍ることができたのだ。
まさに全盛期を迎えていた始皇帝率いる中華文明と勢力圏を接することができたこともそれを後押しした。
一時は日本本土への直接侵攻すら許すほど、統一したばかりで進取の気風にあふれた大中華は強大であったのだ。

ゆえに…彼らは歴史の陰にあって長く準備期間を過ごすことができた。

369: ひゅうが :2017/10/07(土) 00:27:08
絶対数の少なさから自らが主体となることはもとより叶わず。
ならば少しばかり、「歴史を捻じ曲げる」
神をも恐れぬ所業というべきであったが、彼らはやり遂げた。
歴史の力点を知っているが故の荒業である。
そして近代。

社会が複雑さを増していく中で、「彼ら」はようやく待ちに待った人材を手にすることができた。

「人柱キター!」

実に自分に正直な反応である。
もうお分かりだろう。
彼等こそが夢幻会。
ある歴史の流れにおいて、極東の弧状列島を世界の頂点へと押し上げることになった男どもである。
人類史上最大の罪科を冒したせいか、はたまた神の悪意か悪魔の善意か、再び世に生を受けることになった彼らにとって世界は優しくはなかったのだった。

主として頭脳労働的な意味で。

よく考えてほしい。
この世界の日本は、面積にして通常の10倍以上。しかも7割が山地だった日本列島と違い、この日本「大陸」では山岳の麓の傾斜地が極めて多い。
つまりは人間の居住域は10倍どころではなく散らばっているのである。


これを把握するには?

高度な交通網と通信網がなければそんなことは不可能である。
古代以来の駅伝制とともに街道整備を2000年もかけて行わざるを得なかったこの国の為政者たちの苦労が、近代文明を前にした日本人たちにはのしかかってくる。
さらには、この19世紀後半から20世紀にかけては社会インフラがすさまじい勢いで高度化していっている。
当然ながら、それに必要な労力も、そして資金も桁違いとなっている。


「新東海道新幹線はじめ、高速鉄道網の建設費が八八艦隊計画の倍って冗談じゃないよな?」

「冗談じゃありません。最初から複々線で作りますからね。国道もアスファルト敷きにする原料は石狩や天塩で採れますがその分の予算が…」

「あの…軍の方から『マジこの数だとこころもとないです本当に何とかしてください』って…」

「あとにしてください。何のために苦労して日英同盟にドイツ加えたと思っているんですか。
今のうちに主要国道だけでも近代舗装をしておかないと、全土のインフラがシベリア状態で第2次世界大戦の時代を迎えますよ。」

「ああ…だからわざわざロシア帝国をエニセイ川以東に移転させたのね。」

「こんな広大すぎる国土を全周囲防御なんてマジノ線で海岸線全部囲む以外は洋上撃破と機動防御の徹底くらいじゃないと無理です。予算的に。」

男、嶋田繁太郎と再び名乗ることになった若き海軍軍人は、せめて国土防御に専念させてくれとガチ泣きする東条ほか陸軍将帥を恨めし気な目で見つつ、仕事にとりかかることにした。
彼は、東京大震災(地震が起ころうが面積がだいぶでかくなっているために被害が局限されたのが皮肉なところである)からの復興計画に際して我田引鉄をはかる大正の軍人を抱き込んだ政治屋相手に「総研」がどのように対処すべきか場合分けして検討するという喫緊の課題があった。

少なくとも、予算編成の組み換え作業を2か月でやり直す羽目になった大蔵省の幽鬼のような官僚たちよりそれはマシな仕事であった。

370: ひゅうが :2017/10/07(土) 00:27:39
【あとがき】――何年かぶりに書いてみました。というかやっとこさ本編…

372: ひゅうが :2017/10/07(土) 00:36:00
時代的には関東大震災(笑)の直後です。
なのでチャーチル卿と日英同盟の改訂がなされた直後。まだまだ世界は好景気で、中華民国は米国から投資受け入れて(というか半経済植民地状態になって)ウハウハの頃…だったと思うw

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最終更新:2017年10月11日 12:55