571: 名無しさん :2018/02/28(水) 21:24:44
オーフェン夢幻会

何もない、全てに満ちた空間。
平らな大地がどこまでも広がっており、巨大な島々や途方もない大きさの大陸が連なる。
かつて救国の宰相と呼ばれた男はその景色を眺めながら…しかし何の感慨も抱いていなかった。
それはそうだ、自分は死者なのだから。肉体という枷から解き放たれ、煩わしいだけの精神も脳とともに失った。
そんな自分に感情などはなく、思考は遥か蒼穹を抜けるように澄み渡る虚無だった。

………唐突に。

強い力でどこかに引きずられる。やめろ、と心の中で叫んだ。
どこか型に押し込められるような感覚。全力で抗うも抜け出すことは叶わず、矮小な器に詰め込まれる。
そこで疑問を抱いた。今の自分に精神などないはずだ。死者は思考などしない。
ではこの思考はなんだ?精神を苛む苦悩は、疑問を持つ自我はどこから来たのか?

肌を撫でる熱風、閉じた瞼を照らす光、耳を襲う阿鼻叫喚と爆音。鼻孔には何かの焦げた匂いが漂ってくる。
五感が電撃のように襲い来る。曖昧模糊とした靄の中からそれらが生まれ、そして定着した。

彼は生前散々味わった頭痛が再び蘇ってくるのと引き換えに事態を把握して呟く。
かつてのように頭を抱え、こことは違う世界でそうしていたように。

「ああ…頭が痛い」

眼前には燃え上がる巨大な都があった。



「まったく。やらかしてくれましたね。あのバカどもは」

「何をやらかしたのかはあまりわかりませんけどね」

「そんなもの、今私たちが生きているというだけで充分ですよ」

住民らしい人型や異形が逃げ出した後、都のとある建造物に集まった面々は愚痴りあっていた。
彼らは夢幻会。人の身でありながら核の炎に手を出し、津波で世界を蹂躙するなどという神をも畏れぬ所業を成した者達だ。

嶋田はそのことを思い出しながら皮肉な思いを浮かべずにいられなかった。
まさか神のような災害を引き起こした自分たちが、今度は正真正銘の神になり果てるとは。
人生何があるかわからないというが、人としての生を終えてまで試練を与えることなどなかろうに。

「死者蘇生…しかも何やらとんでもない力を持って生まれてしまったようですね」

「チートじみた力を持って再び生まれるのがこれほどの苦痛とは初めて知りましたよ。
世のチート転生者はこんな苦しみを味わったからこそあの活躍が許されているんですね」

同様に甦った辻と現状を確認しあう。と言っても分かった事実は少ない。
どうも無事に天寿を全うしたはずの夢幻会が生まれ変わっていることと、その際絶大な力を持つようになったこと。
そして、この現象を引き起こした何者かが…死者の眠りを妨げた大馬鹿者がいるということだけだ。

「ああ胃が痛…くはないのに、頭が痛い」

神となった肉体に胃痛などというものはないようだった。そもそも胃があるのかどうかも分からないが。
しかし精神的なものが原因の頭痛はつきまとうようで、嶋田は─ウォーカー=シゲタロウ・シマダは─
かつてのような掛け合いに頭を痛めるのだった。

572: 名無しさん :2018/02/28(水) 21:26:20

ノルニル・フェンリル・トロール・ヴァルキリー・バーサーカー・スレイプニル。
巨人の大陸(ヨーツンヘイム)に住まうこれら6種族は時に争い、時に手を取り合い繁栄を謳歌していた。
全生物の霊長種として君臨していた彼らは、しかし現状に満足することなく更なる力を求める。
いや、彼らが求めたのは力などではなかった。ただ確実な約束が欲しかったのだ。
自らの栄華が永遠に続くという約束が。

結論から言えばそんな約束は破られてしまった。そもそも彼らの方から破ろうとしたのだから必然の結果だったのだが。
要するに恐れてしまったのだ。あらゆる生物が怯え竦み、物理法則の操作にすら手を付けた彼らなのに。
だからこそ失うことが怖かった。6種族全ての歴史を見渡しても、過去にも未来にも比肩できない黄金の時代を失うまいとした。
そうするあまりに、霊長種たちは自らの滅びを否定する手段を探し求め…ついに見つけた。
見つけてしまったのだ。僅かな可能性でしかなかった滅びを、完全に否定する手段を。

賢者計画、と呼ばれるものがそれだった。これによって世界の法則を完全に理解し、あまつさえ支配下に置こうとする。
成功すれば世の理から6種族は外れ、時間の果てよりも世界の終わりよりも永く遠く生きられるはずだった。
各種族から最も賢い者を集め、都合6人の賢者会議を結成。彼らはついに常世界法則と名付けられた世の理を理解する。

だが賢者会議の者達がその法則を支配したとき、全てが破綻した。
元より彼らは単なる一生命体。世界に生きる、世界の法則に支配されるべきただの生物に過ぎない。
その彼らが法則を支配してしまったらどうなるか?理に縛られた存在が理を操るようになったのだ。
矛盾が世界そのものの破綻を呼び込み、物理法則が具現化するという前代未聞の現象を起こしてしまったのである。

その瞬間、世の理を理解しながらも一体化を拒絶し、自らの支配下に置こうとした賢者会議の6人は
常世界法則と半一体化して不死の始祖魔術師(アイルマンカー)へと成り下がった。
そして変化は賢者会議を選出した全ての霊長種たちも逃れられなかった。始祖魔術師(アイルマンカー)を介して常世界法則から
存在を認識された彼らは物理法則を支配し滅びを拒否するドラゴン種族になってしまう。

573: 名無しさん :2018/02/28(水) 21:26:58
夢幻会は後世、神々の現出と呼ばれることになる世界の変質に巻き込まれてしまった。
死者には肉体も精神もない。死とは無になることである。
あらゆる束縛から─それこそ”存在する”という束縛からすら─解放された夢幻会の面々は
そのまま憂鬱世界を離脱。世界離脱者(ウォーカー)となる。
そしてとある超越者が作り上げた世界、蛇の中庭(ミズガルズソルムル)を訪れたところで
ドラゴン種族のやらかしのとばっちりを受けてしまったのだ。
夢幻会もまた蛇の中庭(ミズガルズソルムル)の常世界法則と同じく、肉体を持ち思考する生命体として具現化してしまうこととなる。
それでも夢幻会は理性を保ち、そのまま滅ぼされようとしているドラゴン種族に手を貸していった。

しかしかつて生者としての経験がある夢幻会と違い、世界そのものであった常世界法則は生きるという矛盾に耐えられなかった。
かつての広汎な精神を思い出すこともできず、さりとて理に帰るために自ら命を捨てることもできず。
結局ドラゴン種族を、常世界法則を乱すユグドラシル・ユニットとして認定し、彼らを滅ぼすことで間接的に死のうとした。

滅びの間際に立たされたドラゴン種族は神々同士の仲間割れによってなんとか命脈を長らえることになる。
それでも豊かな大地が続いていた巨人の大陸はもはや生物が住まうことのできる環境ではなくなり、とある小島へと逃走する。
常世界法則を操作する技術…魔術の力を手に入れた彼らであっても、
神々の戦いは余波を受けるだけで絶滅の瀬戸際に立たされるものだったからだ。

神々と同時に現出した巨人種族は、この頃はまだロクな力を持っていなかった。
元はと言えば常世界法則と共に蛇の中庭(ミズガルズソルムル)を成す二つの要素の一方だったが、
万能の存在として現出した神々と違って彼らは脆弱極まりなかった。
あらゆる環境に適応して急速に進化し続ける能力を持っていたために時が経つにつれて強大化していくが、
この時はまだ無知な赤子同然だったのだ。

蛇の中庭(ミズガルズソルムル)の創造主たる超越者、魔王スウェーデンボリーは夢幻会とも神々とも距離を置いて独自に動き始めていた。
ドラゴン種族を滅ぼそうとする神々にも、助けようとする夢幻会にも手を貸すことはなかったのである。
彼は別の手段によって世界を正常化しようとしていたからだ。
巨人化によってより強くなれる巨人種族を使役し、全ての神々を滅ぼすことで正常化しようとしていたのだ。
また、これは彼個人のもう一つの目的にも合致していた。スウェーデンボリーはあらゆる束縛から解放される神化だけでなく、
再び世界離脱者(ウォーカー)になろうとしていたのである。
唯一の真なる始祖魔術師(アイルマンカー)たる彼は巨人種族の中から新たな魔王を生み出すことで、この世界を見捨てようとしていた。

574: 名無しさん :2018/02/28(水) 21:27:59



「…で、なんでこんなことをしたんですか?」

嶋田はこめかみに血管を浮かばせて必死に怒りを抑えつつ問い詰めた。
神々として現出しても同類─認めたくはないが─の暴走に歯止めはかからないようで、しかも怪獣じみた力を持っているがゆえに
かつてのそれよりも遥かに規模は大きかったからだ。

「なぜかって?それがやりたかったからだ!」

「そうだそうだ!男の子なら誰でも夢見たはずだろう!」

確かに一度見てみたいと思ったことはある。
その言葉を飲み込んで続きだけを口に出した。

「夢見るのと実際にやるのは違うでしょうに!どうするんですかこれ、歴史が変わってしまいますよ!」

人差し指で力強く示したのは”浮遊する”大陸。現地人がキエサルヒマと呼んでいる大陸だ。
ドラゴン種族が逃げ込んでから間もなく、
突然轟音が鳴り響いたかと思ったら島─夢幻会の感覚で言えば大陸と呼んでいいサイズだ─が浮き上がったのだ。
今頃原住民の地人はもちろんドラゴン種族も混乱しているだろう。全盛期の彼らであっても島をまるごと浮かせるなど不可能だからだ。

「ドラゴン種族を助けた時点でそんなの今更だろう!ならばやりたいことをやることの何が悪い!」

「こんな時ばかり正論を…」

「まあまあ嶋田さん、別にいいじゃないですか。不幸中の幸いというやつです」

口を挟んできたのは今まで話に加わっていなかった辻だ。神人となり財政など考える必要がなくなったせいなのか、
あまり暴走に目くじらを立てることもない。
いつもは暴走しがちな同類を抑えてくれる数少ない常識人(女学生が絡む場合を除く)の裏切りに恨めしげな視線を向けて先を促す。
不幸中の幸いとはどういうことか。

「キエサルヒマ大陸自体を移動させてしまえばアイルマンカー結界が不要になるということですよ。要はアレのせいで原作のドラゴン種族は
神々を引き寄せていたのですからね」

「しかし万全を期す彼らならアイルマンカー結界を張るのでは?」

「そこは私たちが説得しましょう。先の戦いでドラゴン種族を守ったとして一定の信頼を得ていますしね」

もちろん動かすこともできるぞ!と得意げな彼らを無視すると、悪くはない選択に思える。
無論偶発的に神人と遭遇する可能性はあるが、わざわざ女神を引き寄せる目印を立ててまで安全を求めるよりはマシだろう。

ドラゴン種族からヴァン神族と呼ばれることになる夢幻会の長は憂鬱な心地でうめいた。生まれ変わってまで苦労を背負わされるとはと。

575: 名無しさん :2018/02/28(水) 21:28:46
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最終更新:2018年03月02日 10:11