590: 名無しさん :2018/03/01(木) 22:00:31
オーフェン夢幻会 滅びの結末

壮麗な装飾が施された塔、白亜の建造物が天を衝くように立ち並び、多くのドラゴン種族が行き交う。
多くは若草色のローブを纏った天人種族だが、中には赤い毛並みのフェアリー・ドラゴンや砲塔を背負ったミスト・ドラゴンも混じっていた。

天人種族の男女が腕を絡めて談笑し、全身を伸ばして太陽の光を浴びているフェアリー・ドラゴンを眺めている。
欠伸をしながら仲間と無駄話をしている警備のディープ・ドラゴン、喧々諤々の議論を交わしているミスト・ドラゴンの学者。
血の気の多いレッド・ドラゴンとウォー・ドラゴンの影は少ない。彼らが軟弱な都市に来ることなどあまりないのだが。

その光景を見ながら満足したように微笑む人影があった。
この浮遊大陸キエサルヒマを導くドラゴン種族の頂点、始祖魔術士(アイルマンカー)が一際高い塔の上から街並みを見下ろしていたのだ。

「オーリオウル?どうした?」

「いえ、なんでもありませんよ。パフ。では始めましょうか」

「ああ。こうして定期的に整備をしてやらないと、止まってしまう恐れがあるからな…」

今のところ、大陸を浮遊させている飛行石は正常に動作している。
ドラゴン種族に味方するヴァン神族が作り上げたと思われる遺産の力は絶大で、その構造も複雑極まりない。しかしだからといって放っておいてもいいというものではないのだ。
なにしろこの大陸は運命の女神から逃げ続けているのである。もしも万が一止まってしまうことがあれば対抗手段は少ない。
それこそ彼らから警告された魔術結界を張るくらいのことしかできないのだ。例えそれが破滅の入口であろうとも。

動く指は無意識のうちに。光の軌跡が魔術文字(ウィルドグラフ)を描き、空間が埋め尽くされる。いや、魔術文字だけではない。
レンハスニーヌの暗黒魔術が、パフの大気魔術が、プリシラの精霊魔術が、マシュマフラの破壊魔術が、ガリアニの獣化魔術が。

大陸最高の魔術師が編み上げた魔術が絡み合いながら広がり、小さな部屋を魔術構成で圧迫する。その密度も大きさも他とは比類できないほどだ。
極限まで圧縮された魔術。息苦しさを感じる程になった時、始祖魔術士の緑色に輝く瞳が異なる意識を宿した。

「さて、こ「こからが問題」です。同調した「はいいが、うまくやらなけれ」ば使い魔症になってしまう」

声音が重なり、6人の口が別々に開く。だが話す内容は全く同一であり、まるで輪唱のように言葉が紡がれた。

精神支配によって始祖魔術士全ての思考と感覚を同調させ、6人分の能力を持った魔術師を6人生み出す。別の歴史を辿った巨人種族でも、
最高の白魔術士が補佐してなお2人でのそれが限度だった同調術を、彼らは補佐なしで6人同時に行っているのだ。

「危険だが、ここまで「せねばヴァン神族の遺産」を整備するなど出来ない「わよね…せいぜい頑張ら」なくてはな」

そうして彼らが集中すると部屋の中央に脈動するように光を変える正八面体が現れる。青く光るそれが、この大陸を浮かせている力の根源だった。
この水晶のような物体─なぜか飛行石という単語が脳裏に浮かんでくる─に全ドラゴン種族の命が預けられているのだ。原理もよくわかっていないものに、である。

591: 名無しさん :2018/03/01(木) 22:01:01

「…ふう、とりあえずこんなものですか。相変わらず理解すら難しいものを整備するというのは肝が冷えますね」

「仕方ないわよ。ほったらかしにするわけにもいかないわ」

ようやく作業を終えて集中を切らせた6人は同調を切って気を緩めた。プリシラとパフは元々の気性ゆえか気が合うことが多く、今ものんきに語り合っている。
理屈っぽいミスト・ドラゴンと芸術家らしい感性のフェアリー・ドラゴンだが、不思議と相性は悪くなかった。
一方で武人気質のレンハスニーヌやマシュマフラは警戒を解いていない。まあ彼らはそういう種族なのだが、少しは肩の力を抜けばどうかとオーリオウルは常々思っていた。

「…待て、何かがおかしい」

「ネットワークを抜けるときに違和感を感じた。誰かが見ているような…」

またこの2人は…と思ったところで。

今度は誰もが感じた。プリシラは赤い毛を逆立てて、威嚇するように尾を立てている。オーリオウルも即座に防御の魔術文字を描いて襲撃に備えた。

「う…わわわっ!なになに、なんなの!?」

6人が睨みつける中で部屋の中央に落ちてきたのは金の少女だった。瞳も髪も黄金。見たことはなかったが、似た存在を知っている。これは、この顔は忘れようもない…

「女神ヴェルザンディ!貴様なぜここに…いや、違う、か?」

そう、この姿は紛れもなく運命の女神のそれだ。瓜二つと言っていい。
だがあくまでそこまでだ。本人そのものでは…ない。

「わ、わたし女神なんかじゃないですよ~!殺さないで、睨まないで~!」

怯えたように身を丸めて縮こまる姿は運命の女神とは大違いだ。どう見ても怯えている。ついでに言うとレンハスニーヌに最も怯えている。
だがこれでわかったこともあった。彼女はディープ・ドラゴンの始祖魔術士(アイルマンカー)、レンハスニーヌが視線を媒介に魔術を発動することを知っているのだろう。
そして自分たちが比類のない力を持つ存在であることも、彼女が殺される可能性を考えるほどか弱い存在であることも。
そうなると自ずと答えは限られてくる。突然姿を現し、生まれながらにして高度な知識を持った存在。だが力そのものはまだ弱い。つまり彼女は…

「貴女…合成人間ですね?」

592: 名無しさん :2018/03/01(木) 22:01:47



「ほう…これは興味深い」

「ああ、魔王がまた腹黒いことを考えてる…!」

「失礼な。私はかの本物の魔王よりはまだまともですよ」

嶋田は多少なりともまともではない自覚はあったのか…と心中で呟く。

ここはヴァン神族の神殿ヴァナヘイム。またしても暴走した夢幻会…いやヴァン神族が作り上げた神々の座す拠点だ。
地の底から天の上まで突き抜ける白い柱がどこまでも連なり、視界を埋め尽くしている。

集まった面々の中央には球状の空間があり、そこに映像が映し出されていた。6人の始祖魔術士(アイルマンカー)に囲まれて、金髪の少女が泣き顔になっている。

「どうもこの少女は同調術のミスによって偶発的に生まれた合成人間のようですね…それにしては原作のマルカジットと随分性格が違うようですが」

「彼女が生まれた時とは状況が違いますからねえ。マルカジットは人間種族の”複雑な状況を終わらせたい”という願望から産まれましたが、今のドラゴン種族がそんな願望を持っているとは思いにくいですし」

「見たところ臆病なようなので、”逃げたい”といったところですかね?あるいは”完全な安全を求める意志”かもしれませんが」

合成人間は当人が自覚していようと無自覚であろうと、生まれた理由に最適な行動をとり続ける。原作で召喚器を動かすために産まれたロッテーシャが
コルゴンという術者を連れ出すために最適な状況を引き起こし続けたように。
例え本人が望んでいなくても、強力な精神支配と未来予知によって都合のいい偶然を発生させ続けて周囲を支配するのだ。

「原作のマルカジットと同じく破滅をもたらすかもしれませんが…どんな願望の元に生まれたかによりますね」

「破滅をもたらす…なるほど」

辻の頭脳がフル回転し、全力でえげつない策略を組み上げる。数多の世界で敵対者を葬って来た神の居住まいは、どう見ても邪神のそれだった。

「丁度いいですね。いつまでも女神との追いかけっこはうんざりでしょうし、そろそろ終わらせてあげましょう」

そう言って辻は黒い笑いを浮かべる。

593: 名無しさん :2018/03/01(木) 22:02:31



「本当に大丈夫か?スクルド」

「うん。怖いけど…みんなを守るためだったら戦えるから」

「せめて大陸を再び動かすことが出来れば…」

レンハスニーヌが不安そうに鼻を近づける。こういうところは犬らしい…と言えば彼は怒るだろうが。
とはいえそうも言っていられない状況だ。キエサルヒマ大陸が動きを止め、すぐそこに運命の女神ヴェルザンディが迫っているとなっては。

きっかけは突然キエサルヒマ大陸が動きを止めたことだ。このせいで女神から700年間逃げ続けることで命脈を長らえていたドラゴン種族は、ついに女神に追いつかれてしまったのだ。
何の目印もないので襲来はすぐではなかったが、それでも自分たちを目の敵にしている女神だ。見つかるのは時間の問題だろう。

そう判断した始祖魔術士(アイルマンカー)は大陸の運命を担う戦士を育てることにした。全ドラゴン種族の未来を肩に背負う解決者を。
彼らはあの時生まれた合成人間をその適役に選び、未来への希望を込めてスクルドと名付け育て上げた。いずれ来る破滅の時を回避するために。

「魔術結界を張ったところで時間稼ぎにしかならないわ。しかも必ず隙間が生まれる保証付き」

「それでも女神に見つかった以上、それ以外に対抗の手段はありません。いざとなれば…」

この6人で結界を張るだろう。アイルマンカー結界を。
だが問題はそれだけではなく厄介な問題が残っていた。それも神々の現出と大差ない大問題だ。

「巨人種族をどうするかも決めなければいけません。彼らが神人と接触してしまえば巨人化しますので」

「後回しにするしかなかろう。つくづく、こんな場所で止まらなければ…」

そう、キエサルヒマ大陸が止まったのはちょうど現出した巨人種族が素朴な文明を築き上げていた集落の近くだったのだ。
彼らもまた頭を悩ませる問題ではある。なにしろ神々と双璧を成す世界破滅の約束だ。
神々は世界を解消して、純粋可能性のみが存在する虚無に。巨人は全世界の質量を集めていかなる方法でも絶対に変化しない完全物質に。
同質にして正逆の存在は二律背反の悪夢だ。一方の破滅を避けるためにもう一方に偏ったところで、やはり破滅は避けられない。そしてもたらされる破滅はいつも世界の終焉という一択でしかない。

だがまずは目の前の破滅を避けなければならなかった。巨人種族の事を考えるのは後で良い。
スクルドはキエサルヒマ大陸の端、崖になったそこから眼下の村々を眺めて覚悟を決める。戦う覚悟を。

後ろにはドラゴン種族の軍隊が居並んでいる。戦力の出し惜しみなど出来ないのだ。
視線を翻すと遥か前方の彼方にはようやくゴマ粒のような黒点が見える。現在の女神、ヴェルザンディがやって来たのだ。

「よし…!」

未来の女神の名を持つ合成人間スクルドは虚空に足を踏み出して戦いへと赴いた。
だが神ならぬ身の彼らは知らなかった。未来の女神スクルドは、本来世界に滅びをもたらす女神だということを。

594: 名無しさん :2018/03/01(木) 22:03:09
投下は以上です

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最終更新:2018年03月02日 10:14