680: 名無しさん :2018/03/03(土) 11:41:20
オーフェン夢幻会 滅びの結末

キエサルヒマ大陸が止まったのはディダラ大陸というそこそこの大きさの島の沖合だった。面積で言えばキエサルヒマの数倍といったところだろう。
蛇の中庭(ミズガルズソルムル)の創始者にして世界主(アイルマンカー)たる魔王スウェーデンボリーに率いられて神人種族との戦争に明け暮れていた巨人種族だが、彼らとて言いなりになっていたわけではない。意志のない道具ではないのだから当たり前だ。

そして自由意志があるということは好きな場所に移り住むこともあるということだ。神人との闘いのために与えられた知識には遠洋航海のそれもあり、彼らは遠方を目指して冒険した。
新たな地を発見してはそこに根付き、また一部の者が冒険にでる。移動し続ける浮遊大陸でなければたちまち女神に襲われて絶滅するだろうドラゴン種族と違って住む場所を拘束されない巨人種族は徐々に世界中に広がり、そうしてたどり着いた場所の一つがこのディダラ大陸だった。

「あの、天人様。私はどこに連れていかれるのですか?実験ということでしたが…」

「うむ。お前には魔王化実験に協力してもらう。今も女神に結界の綻びから毒を流し込まれている以上、早急に状況を打破しなければならぬからな」

キエサルヒマ大陸が移動を停止してから100年。アイルマンカー結界の中でドラゴン種族と巨人種族(ついでに地人種族)は女神に対抗する力を求め続けていた。
手法は様々だったが、そのうちの一つがこの実験という訳だ。あらゆる環境に適応する巨人種族の特徴を利用し、魔王の力を宿した戦士を生み出す。

アイルマンカー結界そのものの反発力を吸引力として反転させ、外界にいるだろう魔王スウェーデンボリーの力を無理やり吸い出すのだ。そのための召喚器は既に建造してある。

「さて、術は私たちが行う。ケシオン・アレイクム…だったか、お前はそこでじっとしていろ。成功しても力は使うなよ」

辿り着いたのは天人種族特有の一面白色の建造物だ。ドームのような塔のようなこの場所こそ世界図塔、外界から魔王の力を召喚する装置である。

内部に並んだ天人たちが各々指を動かして虚空に魔術文字(ウィルドグラフ)を描く。さすがの天人でもこれほどの大魔術は到底数人では構成できないので、居並ぶ彼ら彼女らは数千人にも及んでいた。

白い空間に白い魔術文字(ウィルドグラフ)が溶け込み、部屋中を純白に照らす。真っ白で覆われた中でドラゴンの緑だけが文字通り異彩を放って輝いていた。

「ぐ、お、おおおおおおおおお!!!!!」

術が完成すると同時にケシオンがうめき声を上げる。ただならぬ様子だ。
魔王の力に耐えられなかったのだろう。その可能性も考慮していた天人たちは新たな魔術を編み始めた。拘束の魔術だ。

「な…なんだ、これは」

「魔王の力ではない!?」

だが人間種族の…巨人種族の変化は止まらない。筋肉が隆起し、皮膚が硬化し、骨格が変形する。
長く伸びた腕、肩甲骨はそれに絡まり外骨格のようになっている。一方で足は太く短くなり、どう見ても異形だ。

「巨人化だ!魔王も神人…神人種族に触れたことでヴァンパイアライズしたのか!」

長い腕を虚空に伸ばしたケシオンは何もないところから剣を引き抜いた。虹色の光が漆黒に宿り、オーロラのように光っていた。

681: 名無しさん :2018/03/03(土) 11:42:13



「さて、どうだったかな?我が盟友よ。その力で復讐するといい」

世界のどこかで一人の男が微笑んでいた。しかしその笑みは全くの邪悪なもので、見る者の不安感を掻き立てる。

身なりの整った彼は海岸の向こうを眺める。その遥か先にいるであろう、彼の盟友を想った。

「鋏があれば数千…いや数万は殺せるだろう。いや、久々に善行というものをしたものだ」

満足そうな表情が悪魔のように向けられる。言葉の内容は大量殺戮の手助けをしたものだというのに、善行と言い張る彼の倫理観はどう見ても狂っていた。

潮の匂いがする海風が頬を撫でる。靡く髪を抑えて群青から紺色へと変化する東の空を見つめていた。
西日に背を向けて暗く染まりゆく空は暮れと宵の狭間だ。刻一刻と光が地平線へと沈み、夜の帳が落ちてゆく。

この世界を作ったのは彼だ。沈む太陽も、昇る月も、流れゆく風もさざ波を立てる海も広大な島々も。この世界の全てを作った創造主なのだ。

今ではもう目で見える距離しか知覚できないし、世界を超えることもできない。世界の果てを知識では知っていても、それを実感など出来ない。
彼は矮小な存在になり果ててしまった。造物主である彼が被造物であるはずの始祖魔術士(アイルマンカー)と同等程度に落ちぶれてしまったのだ。

その苛立ちは産まれ落ちてから800年、一度も収まったことはない。腹の底に煮えたぎる感情にどこか冷めた想いを抱いて、魔王スウェーデンボリーは夕暮れの空を見届けていた。
日が完全に沈み、世界が夜に覆われるまで。



「鵯沈目!」

轟音は大気の震えとなって衝撃波が地上をなぎ倒す。巨人種族…いや人間種族の建物が吹き飛んでいくが、気にしていられない。
かつてはドラゴン種族の軍隊を協力して女神を撃退したほどの魔術だったが、彼には通用しなかった。いや、効いてはいるのかもしれない。

しかしあまりにも効果が小さすぎる。ずっと戦ってきたのに、相手の損傷はごくわずかだ。
大してこちらはかすり傷でも負えば一環の終わりだ。合成人間である自分でも一撫でしただけで問答無用で消滅してしまう。存在自体を消去される。

世界図塔を破壊し1万人近い天人を殺したケシオン・アレイクムは今やドラゴンスレイヤーとすら呼ばれていた。被害は際限なく拡大し続け、膨大な死者が出ている。
鎮圧の為に差し向けられた軍は壊滅した。もう、戦っているのはスクルドだけだ。最初にどれくらいの仲間がいたのかも、もう思い出せない。

スクルドは鋭い目つきで睨み据えた。折れそうな戦意を立て直すように強い意志を込める。ディープ・ドラゴンのように視線で殺せないかとすら思うほどに。
その先には漆黒のドラゴン…そうドラゴンだ。一対の翼、爬虫類のような顔つきに一本足。何より、尾のような足のようなそれが掴んでいる剣が厄介だ。

682: 名無しさん :2018/03/03(土) 11:42:45

「魔剣オーロラサークル。あれさえなんとかすればマシには…あんまりならないかな」

魔王スウェーデンボリーが生み出し、ケシオン・アレイクム改めケシオン・ヴァンパイアに与えた武器だ。その効果は単純明快。
傷をつけた相手を問答無用でこの世界から消去することのみ。人々の記憶からすら消え去り、生きた証がなくなる。
スクルドの仲間も多くがそのせいでやられてしまった。もう、どんな顔だったのかもわからない。どんな人だったのかも。

「月夜昇!」

疑似空間転移。人間種族の男が生み出した空間転移魔術の再現だが、単純な劣化版と侮ることはできない。こうして攻撃術として見た場合、優れた攻撃手段だ。
手元の魔剣が手を離れ架空の光速で突撃する。剣はケシオンに突き刺さって効果を発揮し、相手を炎に包む…前に表皮に弾かれた。

だが衝撃は殺すことが出来ず、黒い巨体が背後に吹っ飛んでいる。それで十分だ。時間さえ稼げれば…

「生き渡り渡り歩く。螺旋の矛盾時の遡行、未来に発し過去に至る。神を冒涜せし神、人を助けし人よ」

合成人間スクルドは成長し続ける。どこまでも、際限なく。学習するのだ。
例え敵からでも力を盗み、この瞬間にも彼女はケシオンに宿った魔王の力を簒奪していた。

「世を経(おさ)め界(さかい)を済(すく)う十字路、憂いを提(さ)げ鬱(さか)んに督(ただ)す島弧」

理解できない構成が広がる。一貫性も妥当性もなく、意味のない魔術構成が滲むように編み上げられ、声音が変わっていく。
スクルドが敵から学習したのは魔王の力、魔法。常世界法則を裏切る魔術の極致、全てを解消する万能の力。

「滅びの末を受け入れよ!ウォーカー=ヴァニル・アドミラル!」

もがくようにドラゴンが身じろぎした。だが解すように消えゆく消失からは逃れることができない。
淡い色彩となって黒が薄れていく。尾の先が、翼の先が最初に。続いて頭や胴も消滅する。

「はあ、はあ…終わった…」

ケシオン・ヴァンパイアが魔法によって封印された場所には二本の魔剣が刺さっていた。天人種族が作った魔剣。そして魔王が作ったオーロラサークル。
スクルドは天人種族製の魔剣を引き抜いて…迷った末にもう一本にも手を伸ばした。

683: 名無しさん :2018/03/03(土) 11:43:18
以上です
ウィキへの転載はご自由にどうぞ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2018年03月07日 09:27