690: 名無しさん :2018/03/04(日) 02:11:06
オーフェン夢幻会 滅びの結末
世界が始まる前、そこには不死の巨人がただ佇んでいた。巨人に死はなく、永遠に生きていた。
しかしある時神々が現れ、巨人を殺していった。ところが最大の巨人であるウロボロスだけは殺すことが出来ず、神々は仕方なくとぐろを巻いたウロボロスの内側に世界を作る。
世界の始まりを伝える、ドラゴン種族に伝わる神話だ。しかし単なる神話ではない。
巨人とはいかなる手段によっても変化しない完全物質の事であり、神々とはそれを変化させた純粋可能性の事だ。この神話はかつて完全物質が砕け散って
変化の可能性が生じ、やがて世界となった事実を表している。
「なんて、始祖魔術士(アイルマンカー)なら知ってるか。そうでしょ?」
「スクルド!なぜ玄室に!」
問いはなぜ来たなのか。それともなぜ来れたなのか。
答えは一つだ。
「それはね。私が未来の女神(スクルド)だからよ」
虹色の剣を掲げる。切っ先を向けられた始祖魔術士(アイルマンカー)は怯えた様に後ずさった。いや、本当に怯えているのかもしれない。
何しろ今から自分は彼らを殺す気なのだから。殺されようとしている者が怯えない理由がない。そんな者がいれば狂人の類だろう。
「スクルド。なぜ剣を向けるのですか?それだけは教えて下さい」
「オーリオウル!」
天人種族の始祖魔術士(アイルマンカー)、オーリオウルだけは絶望を含んだ瞳だ。諦めているのか、時間稼ぎか…どちらでもいいことだ。
「この世界はあらゆる可能性を持っている。あなたたちにも、本当は可能性があったのよ」
「それが殺そうとしている者の言うことか!」
「それは仕方ないわ。だって、そうでなければ死なないんだもの」
「狂ったわね…」
マシュマフラもプリシラも酷い言いぐさだ。自分は彼らの事が好きなのに。
砲塔を背負ったパフは悲壮な顔をしている。ガリアニとレンハスニーヌは恐怖の目で隙を伺っている。
スクルドが剣を向けると、二人も後ずさった。不死の始祖魔術士(アイルマンカー)であっても魔剣オーロラサークルは消滅させられるのだ。
「誰が狂っているもんですか。ただ当たり前のことを言ってるだけよ。誰だって何だって、いつかは滅びるっていうだけのこと」
滅びる可能性が例え1%であろうが0.1%であろうが、どこまでも未来へ続けていけばいつかは滅びる。その可能性が完全な0でない限りは、試行の果てに必ず起きる。
それは避けられない未来だ。存在が続いている限り滅びの可能性は消し去れないのだから、結末は必ず滅びでしかない。
「滅びないなんて未来はないし、選べないわ。選べるのはただ、どう滅びるかだけ」
「戯言を言うな!」「死ねと言うのか!」「どうしてこんなことになってしまったの…」「バカなことはやめなさい!」「死にたくない!」
「スクルド、もしや貴女は…」
もはや始祖魔術士(アイルマンカー)の言葉は聞くに堪えない雑音と化していた。彼らがそんなことを言うのに耐えられない彼女は、唯一オーリオウルの言葉に耳を傾ける。
「だからこそ、未来の女神は滅びの女神なのよ。どんなものにも等しく滅びをもたらす破滅の権化」
自分自身でもよくわからないが、そうなのかもしれない。心中でそう呟いた。
オーロラサークルを握りなおした。滑ったり疲れたりはしないが、心持を変えるために。
「誰にとっても未来は滅びなの。でも、あなたたちはそれを拒否した。老いや病という選択肢を捨ててしまったの。魔術という力を得るのと引き換えに平穏無事な死という可能性を捨ててしまったのよ」
ならばあとには何が残る?死は避けられないのに、事故死も病死も老衰死もしないドラゴンはどんな死を迎えるのか?
だからこそ神々はドラゴン種族を滅ぼそうとしたのだ。変化の化身たる彼女らが、死という未来を捨てようとしているドラゴンを許すわけがないのだから。
「私たちは…誰かに殺される以外の死は、選べないということですか…」
絶望の色に染まった緑色の瞳。女神に呪われた証が暗い感情に塗りつぶされた。
「やめてくれ!」「殺さないでくれ!」「まだ生きていたい!」「終わらせない、終わらせないわ!」「認めん!そんな結末認めてたまるか!」
悲鳴と怒号が阿鼻叫喚となって狭い玄室に響き渡る。
スクルドはそれらを全て聞きながら、始祖魔術士(アイルマンカー)を一人一人斬り殺していった。
691: 名無しさん :2018/03/04(日) 02:12:32
「”生きたい”…ですか」
「ええ、合成人間スクルドが生まれた理由はそれだったんでしょう。だからこそドラゴン種族が最も命を長らえられる宣託をした」
ヴァナヘイムではヴァン神族が顔を突き合わせていつものように会議をしていた。とはいえ殆ど会議の体を成していない。
「なぜこいつの良さが分からん!ロボと言えば重厚な装甲、ドでかい馬力だろうが!」
「ええい分からず屋め!メイドロボこそ全世界の男の夢だというのに、何度言えばわかる!」
傍では神人種族の遺産という名目で趣味全開の産物をさらけ出す神々。こんなやつらと同類扱いされ、事実そうであるのは余りにも理不尽だろうと天を呪った。
何やら白熱した議論を繰り広げているが、嶋田にはそれを欠片でも聞く気はなかった。心底どうでもいい。
「これでドラゴン種族は魔術を失い、女神から狙われなくなったということですか」
「ええ。しかも将来世界を滅ぼす神が降り立ったので、神々による滅びはなくなったと言っていいでしょう」
始祖魔術士(アイルマンカー)を殺したスクルドはオーロラサークルを抱いて眠りについた。それによってドラゴン種族は魔術を失い黒い瞳に戻った。
神々は世界を滅ぼす理由を失い、巨人もいずれ解消されるだろう。神々による滅びも、巨人による滅びも否定されたのだ。
いや、正確にはスクルドによる滅びは約束されている。彼女はこのまま強大化していき、いずれ世界を滅ぼす。
「結局彼女は何だったんでしょうね。初めは合成人間かと思ったのですが、最後は女神だったかのようなことを言っていましたよね」
「いずれスクルドに至る存在…ではないでしょうか?合成人間として生まれ、神化の果てに神人種族になるのでしょう」
それまでは世界が滅びることはない。ドラゴン種族も痛い目を見て懲りただろう、もう魔術に手を出すこともあるまい。
「それにしても辻さんも悪辣ですね。こうなることまで見越してキエサルヒマ大陸の移動を停止させたんですか?」
「見越していたというほどではありませんよ。失敗していたかもしれませんし」
肩をすくめる所作はどこか胡散臭い。どうせ魔王あたりと取引していたのだろう。
まあ、黒すぎて中身が見えない腹はいつものことだ。
嶋田はそう思って思考を打ち切った。論争がついに発火して殴り合いになってしまったからだ。
「いけ!アイアン28号!軟弱なロボなど蹴散らしてしまえ!」
「なんの、俺のロボっ娘部隊が捻り潰してくれるわ!」
「あなたたち、悪ふざけもいい加減にしてくださいね?」
黄昏の中、いつものように青筋を浮かせた神が割って入る。毎度のように繰り返されている神々の黄昏(ラグナロク)が始まった。
この時間も一時のものでしかないだろう。いつかは終わる日々だ。
しかしそれは今日ではないし、明日でもない。
例え結末が滅びでしかなくても、滅び方は選べる。それだけで十分だった。
ディダラ大陸の都市、オベリスク。人間種族の魔術師が多く集まる、人間世界でも指折りの都市だ。
その中でも歴史と伝統ある魔術士養成校で一人の生徒が居眠りしていた。黒髪にローブを羽織っている少年だ。
目つきの悪い顔つきは、眠っている今は瞼が閉じられている。そのせいかどこかあどけない印象も受ける。
「え~、という訳でキエサルヒマ大陸を目指した冒険家は過去200年もの間数多くいましたが、未だに辿り着いた例はありません。
天人の方々なら覚えている人も多いので、今度聞きに行きましょうか」
692: 名無しさん :2018/03/04(日) 02:13:52
講義をしている教師は居眠りしている生徒に気付いていない。とはいえ感づかれたら厄介なことになるだろう。
隣席の女生徒が肘で彼をつついて起こそうとした。
(キリランシェロ、キリランシェロ。起きなさいよ)
「人間種族の魔術はまだあそこまで飛んでいけるほど発展していませんし、ドラゴン種族は魔術を失っています。神人文明の遺産に飛行機械があるそうですが…
それで届いたという話は聞きませんね。…おや、アザリー君どうしましたか?」
季節は春。柔らかな温かさが心地よく窓から日差しとなって降り注いでいる。春の風が優しくカーテンを揺らめかせ、春の訪れを囁いた。
だが少女の囁きは一向に起きる気配のない少年に苛立つように大きくなっていく。教師も気付いているのだが、彼女が意に介することはない。
「キリランシェロ!起きなさいよ!私が起こしてるのに何で起きないのよ!」
「いてててて!起きた、起きたからやめてよアザリー!」
ついには大声で怒鳴ることになり、教師も生徒も置き去りにしていた。彼らは慣れたことなのか、あきらめたような表情を浮かべたものが大半だった。
中には縮こまって頭を抱え、暴走を予期して早々に防御態勢を取っている生徒もいる。
天魔の魔女と呼び恐れられる当代随一の魔術士は(彼女の認識の中では)未だに起きない弟を起こすため、慈愛の魔術を構成する。
寝起きの悪い弟を優しく呼び起こすのも姉の務めだ。使命感に従って放たれた魔術は光線となり、魔力によって発動する。
「なんで起きないよのバカー!!!」
「だから起きてるってばああああああぁぁぁぁぁぁ」
音声が媒介となって魔術構成が常世界法則をすり替え、術者の望みの現象を引き起こす。この場合、彼女の鬱憤が破壊の息吹となって少年を襲い、その余波が熱と衝撃波となって教室中を荒れ狂った。
ある者は防御構成を編み、ある者はただただ姿勢を低くして魔女の怒りをやり過ごそうとする。
机も椅子も紙吹雪のように吹き飛び、教科書などの紙が吹雪となって吹き荒れた。
「ふう…いい仕事をしたわ」
「アザリー君、後で反省書ね」
「なんで!?」
当然すぎる裁きが、身に覚えのない少女に下された。驚愕、絶望、悲観、憤怒。理不尽に様々な感情が沸き上がり、そのまま全身から発散される。
なぜ弟を起こしてやっただけでこんな仕打ちを受けねばならないのか。世はどれだけ理不尽なのか。
だが教師の目は冷たく、級友も全くの同意を視線に込めている。
それはあまりにも当たり前の結果だった。
693: 名無しさん :2018/03/04(日) 02:15:50
以上です
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最終更新:2018年03月07日 09:31