成功?!






「領主様 日本からいつお戻りに?」

「各員傾注! クルシェフスキー侯爵閣下に敬礼!」

「モニカ様 シゲタロウ様はいずこへ」

「閣下 シアトルでの新リゾート施設建設計画ですが」

「カズシゲ様また叱責を受けたとお耳にしましたよ」

誰も彼もどうして気付かないのでしょうか 私がクルシェフスキー侯爵領領主 モニカ・クルシェフスキーではない事に。

「姉さんも大変だな」

私の隣を歩く弟 嶋田一繁 クルシェフスキー領ではカズシゲ・S・クルシェフスキーだけが私が誰かと気付いていた。

「貴方の所為でしょう」

皆が皆弟が悪いと転嫁できれば楽なのですが弟の頼みを断れない私にも責任があります。
宿題の無い春休みにお屋敷で勉強ばかりしていたら脳細胞が死滅する だから俺を連れ出してよ。
その実お母様より出されている課題をサボりたいだけ。
お母様の名はモニカ・クルシェフスキー 此処 領都ポートランドの外れに居を構える神聖ブリタニア帝国クルシェフスキー侯爵領領主を務めている貴族です。
元ナイトオブラウンズの十二席次として日本で駐在武官や戦争も経験してきたお母様は厳しい御方です。
私も幼少時より侯爵家の次期当主としてお母様より鍛えられて参りましたが お怒りの時に感じる恐怖が今も頭にこびり付いております。

本日そのお母様は所用が重なり お父様嶋田繁太郎と二人 明日までポートランドにはお戻りになりません。
弟はポートランドの領民が事情を知らないのを良い事に 街へ繰り出そうぜと私を誘ったのです。
クルシェフスキー家家令も お休みの日までお部屋に缶詰なのは可哀想と胸の内に止めてくださいましたが その他大勢の家臣団は誤魔化せない。
そこで弟はお母様がお出掛けになられてよりきっかり一時間後 私をお母様に仕立て上げてお屋敷からの脱出を計りました。

計画内容は単純明快。
忘れ物を取りに来たお母様が一繁の様子を見に行くとあら不思議 課題を終えた後でした。
実は徹夜で課題をこなしておりました。
だから一時間で課題が終了した そしてお母様と連れだって外出 お外でお別れ。
ちなみにここで言うこのお母様とは私ことサクラ・S・クルシェフスキーの事なのですが。

一繁命名【偽モニカ脱出作戦】
見事に成功してしまいました。

一繁の課題?
妹の忍が絶妙な案配で態と間違えながら次々と解いています 正解ばかりでは勘繰られてしまいますからね。
間違える場所を間違えていれば流石のお母様でも一繁本人が解いたのだと考えるでしょう。
お母様は躾に厳しい御方ですが努力してできなかった事まで怒りません。
なので課題を忍に解かせて後は間違えるようにする。

計画の要は私だったのですが 癖のない真っ直ぐな長い金髪 瞼の上にて切り揃えられた前髪はお母様と同じくらいの髪の長さと髪型。
目鼻立ち容姿は双子と間違えられるほどお母様と瓜二つ 身長も㎜単位で同じほど。
私の変装道具はお母様がいつも身体の前に流している部位の髪を結んでらっしゃる物と同じ色をした赤いリボンだけ。
リボンを二本髪に結び巻き付けているだけなのです。
たったこれだけの事 変装にもならないアイテムで一繁の悪巧みを見事に成功へと導いてしまったのです。

誰も気が付きません。
領民は勿論 一繁や忍でも見分けが付かないのです。
この変装をしているときに私がサクラだと気が付くのはお父様だけ。
お祖父様やお祖母様でも見抜けません。
父 繁太郎だけが私とお母様の違いに分かるそうです。
愛の深さ故になのでしょうか お父様とお母様は万年ラブラブで熱いです。

「姉さん裏路地に入ったらリボン解けよ 少しはババアと分からなく……なるわけないか」

なりません。
幼少期の憧れから私はお母様と同じ色のマントを着ておりますので余計に。
普段着で街中を歩いても モニカ様 領主様 なんてお声を掛けられるのですよ?

「騎士団は大丈夫なの?」

「本日は私も休暇です」

「だっけ?」

「そうですよ」

でなければ三姉弟そろい踏みの手の込んだ悪巧みに手を貸したりはしません。
私も忍も なんのかんのと弟には甘いですね。

「ハルカに一任しておりますので問題はないでしょう」

騎士団はハルカに任せてあります。
ハルカとはクルシェフスキー領に多く住んでいる日系ブリタニア人の血を引く子で クルシェフスキー騎士団の副団長です。
私の部下なのですが年が一緒の弟の友人でもあります。

「あいつな あいつなら大丈夫だろう」

なにか納得しておりますが弟は騎士としてのハルカの事など何もしらないのでしょうに。

「でも姉さんがいるおかげで護衛無しなのは助かる」

「お屋敷の方々にお母様だと勘違いされていたからでしょう」

ラウンズの元十二席次だったお母様はブリタニア最強の騎士でもあったのです。
戦歴 伝説 逸話の数々が今でも語り草にされているほどですよ。
ですから護衛は必要ないと考えられております 出掛けるときにもSPらしき方の姿は見た事がありません。
親衛隊がSPであると捉えられるのならそうかも といったところでしょう。

「そうかなあ 姉さんすっごく強いじゃん」

「お母様には遠く及びませんよ」

「ババアと比較されたらそりゃブリタニア国中探しても無理だろ? ナナリー殿下の旦那様のスザク様くらいじゃないのババア級なんて化物」

「ババアババアとお母様に対して口が過ぎますよ」

「いないからいいじゃん 姉さんだってチクったりしないでしょ」

「告げ口はしませんが あなたも嶋田伯爵家嫡男 クルシェフスキー侯爵家嫡男でもあるのですから言葉遣いには気を付けなさい」

「嫡男嫡男っても俺なんて予備じゃないか クルシェフスキー家はサクラ姉さんが 嶋田家は忍姉さんが当主になるんだから 姉さんまでババアみたいな事いうなよなあ」

「そのババアを怖がっているあなたにそれを言う資格はありません」

「姉さんだって怖がってんじゃん」

「当たり前です お母様は淑やかな御方ですが怒らせると鬼ババアなのですよ」

私の実力はお母様に太鼓判を押されております。
ですが残念な事にお母様には遠く及びません ラウンズになれるとまで褒められておりますが 断然お母様とは格が違いすぎます。


オデュッセウス陛下からラウンズとして引き抜きたいとのお言葉も頂戴してはおりますが なまじお母様と瓜二つなだけに比較されて辛いのです。

母は偉大です 偉大な母の後を継ぐ私は何かと比較対象にされてしまいます。
いつの日かあの大きな背中に追い付けるよう 私も鋭意日々の鍛錬を怠らないようにしなければなりませんね。

ん?

服のポケットに入れていた携帯電話がブルブル震えています。

「ひッ!」

な なんでしょういまの寒気は。

「どっ どうしたんだよ姉さん」

「お 悪寒が走りました」

「おいおいやめてくれよなそういうの 姉さんの悪い予感はかなりの頻度で当たるんだから」

当たります。
よく当たるのです。
私の悪寒は悪い事の知らせのように。

「一繁 私の胸ポケットの携帯を取って見てくださいませんか?」

この悪い予感は携帯電話から伝わってくるのです。
見てはいけない予感と 見なければ死ぬ強迫観念が私を襲います。

「なんだ自分で見ればいいじゃん」

一繁の手が私の胸ポケットから携帯電話を引き抜きます。

「んーとなに ああ忍姉さんからだ」

「忍から?」

なんでしょう。

「……」

「し 忍はなんと言っているのです」

「姉さん逃げて……だって」

……逃げて? 私に?

「うッ も もう一通来たこれメール……」

「つ 次のはなんと?」

「に……」

「に?」

「逃げたらわかってますね――だって」

ごしごしごしごし目をこすります。

「……」

もう一度目をこすります。

「……:-)」

分かりました 目をこするの止めましょう。

「ね 姉さんポートランドで匿ってくれる友達いない?」

「いない事もありませんが領主に追われているとしられたら蹴り出されます 昔お母様から逃げてるときに実際蹴り出されました」

「……だめじゃん」

「向き合いましょう現実と」

私は道路を走っていた一台のタクシーを止めました。

「りょ 領主様?!」

タクシーの運転手さんは私を見てお母様と勘違いをなされましたがどうでも良いのです。
いまは一分一秒を争うとき。

「大至急シアトルまでお願いしますッッ!!」

こうして始まった私と一繁の逃避行。
なのだったはずなのですが ポートランドから出る前にクルシェフスキー領直轄のナイトメアポリスの検問で引っ掛かって終わりました。

「そのお顔 ご確認を取らせて戴くまでもありませんがサクラ・S・クルシェフスキー様とカズシゲ・シマダ様ですね? 侯爵様の要請に従いお二人の身柄を拘束させて戴きます」

くッ どうして発覚したか悪巧み 忍が裏切るとは思えませんが。
思い当たるところは……あ 一つだけありました それは弟の考えた脱出作戦の成功回数がゼロである事です。
失念していました……。

「ど どうしよう姉さん」

「ご安心なさい 私はクルシェフスキー騎士団長なのですよ」

しかし今は余計な考えに気を取られている時ではないのです。
さっさと逃亡するのです 偉大な母の怒りが収まりほとぼりが冷めるまでシアトルに住む友人宅へGOです。
決意した私 何としてもポートランドを脱出しなければ。
気分は魔王から逃げる勇者です。

「お手向いなさるおつもりか それならば致し方有りますまい」

粋がる警邏の方に タクシーを降りてマントを翻しながら私は剣を構えます。
この方も実力者のようですが私には及ばないようです ですが慢心は致しませんよ。

「思い上がらないでください あなた方にこの私を拘束できるとでもお思いなのですか?」

峰打ちで済ませますのでご安心の程を。

「頼もしいぞ姉さんッ!!」

ふッ 弟よ 姉の勇姿を目に焼き付けておきなさい。
そして刮目せよ! クルシェフスキー騎士団長にしてラウンズ候補にもなる我が実力を――!

「サクラ様が御抵抗なされた場合モニカ様御自らのお手にて一月の強化訓練を科すと仰せでありますが 御抵抗なされたとの御報告を差し上げてもよろしいのですかな」

「ごめんなさい<(_ _)>」

「姉さん折れるの早ッ!」

お母様手ずからの訓練は地獄です。
帰っても地獄です。

一縷の望みを掛けてお父様に泣き付きましょう。
お父様ならば私達を守ってくださるはずです。
寄らば大樹の陰なのです。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2018年03月11日 22:17