最高






(伯父さまが雛祭りだからと喚んでいる)

(ユフィからの電話で知っていたことだが まさか自分にまでお呼びが来るとは)

嶋田はV.V.の家で寛ぎながら 彩り鮮やかなちらし寿司と日本酒に舌鼓を打ち。
集まっていた面々を一通り見回していた。

(しかしなんともまあ)

V.V.と同じ膳に着く嶋田の隣に座るユーフェミア。
ルルーシュやナナリー達と一緒に座るコーネリア。
ルルーシュやナナリーの護衛も兼ねているアーニャ。
向かいの膳に座るマリーベル。
マリーベルと睨み合うクララ「うっはー! この酒サイコーっ!」

(見事なまでの同色系統ばかり)

全員に共通しているのは紫から薄い桜色までの髪の色。
雛祭りだから場に見合うと言っちゃあ見合っている。

「シゲタロウ」

「ん どうしたんだユフィ」

「如何なさいましたの? コウ姉さま マリー姉さま クララ アーニャばかり見て」

雛祭りに合わせて誂えたであろう 艶やかな赤系統の振り袖を着たユーフェミアが 不機嫌そうに眉根を寄せていた。
妻の目の前で他の女性に目移りなさるなんて そんな文句を口に出しそうにして。

(ああ これは俺が悪かったな ユフィの前で他の女性ばかり見ていたら勘繰られもするか)

「なんでもないんだ みんな楽しんでいるなと思ってね 落ち着かないのさ 俺は男だから」

三月三日の雛祭りとは女の子 女性の行事 男だけに場違いな気もする「秘技っ! 中トロ二貫喰いっっ!!」

ただの誤魔化しだが まったくの嘘でもない。
女性の園に迷い込んだ男の気分が有るのも確かな事だからだ。

「気にしすぎですよ」

ユーフェミアは春間近の時節にあって 春を先取りしたような香りと微笑みを保ち嶋田の手を取る。

「殿方が雛祭りを楽しんではいけないという法はございませんもの 女子会ではありませんし男性はシゲタロウの他にもたくさん招待されてます もっと気楽になさって」

それもそうだ 雛祭りが男子禁制という事もない。
ルルーシュだってスザクだって山本だって辻だってこの部屋には居る。

「さっ シゲタロウ 一献どうぞ」

差し出されるお銚子。
頭の上で一つに纏められている彼女の濃桃色の髪と振り袖の裾が揺れた「ごっほ! げっほ! がっふ!」

「これはどうも」

夫婦でおかしなやり取りをしている。

細君ユーフェミアの手ずから夫嶋田の持つ杯に注がれる酒「喉詰まった酒っ! 酒っ! ぷっはーっ!」
一杯に注がれた酒を仰ぐと喉の奥から胃にかけて熱を帯びたように熱くなる。

「ご返杯といきたいところだがユフィはまだ未成年だから無理だな すまない」

ブリタニアの法ならばユーフェミアも成人かもしれないが だがしかし日本の法だと国内外を問わず二十歳までは皆未成年。
駐日ブリタニア大使を務めている姉コーネリアの妹にして大使補佐官 ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミアと言えども 一歩大使館を出れば日本の国法に従わなければならない「このブリとかもスゲェンだろーなぁ でも二貫喰いしちゃいます!!」
だから彼女はお酒を飲めないのだ だから返杯はできないとなる。

「代わりにと言ってはなんだが」

嶋田は膳に置いてあるちらし寿司より桜の形をした蒲鉾を一つ箸で摘むと ユーフェミアの口許へと運んだ。
彼女も小さく口を開けては差し出されたそれを食べる。
皇女という身の上からか上品に咀嚼して飲み込んだ彼女の笑みが深まった。
澄んだ紫色の優しい瞳が細まり 酒を飲んだかのように頬も朱が射し込み色を変えた「ごほっ ごほっ うぐぐ クララ マリー ざげざげっ また喉つま」

「注意されたからじゃないけどな 俺はユフィの事を一番見ていたよ キミの振り袖姿を見るのはお正月以来だからね」

「シゲタロウ……」

なにやら良い空気 良い雰囲気が醸成されてきた。
そんな空気に身を任せた嶋田は 引力に引き寄せられるようにして。
ユーフェミアも磁石に引き寄せられるようにして。
お互いに伴侶の肩を抱きながら「ハアハアっ あーっ 死ぬかと思った」「なにやってんのお兄ちゃん」「そんなお急ぎにならずともお料理はまだ」「こんな高級な酒にメシをちんたら食ってられっか!! たらふく食って食い溜めしとくんだよ!!」

二人の顔が 唇が。

静かにゆっくりと 近付いていった。

「―――」

声も音もなく重なる嶋田とユーフェミアの唇。

「―――」

湿り気を帯びながらも温かい唇の感触。

それは紛う事なき確かなる口付け。

「―――」

夫婦なのだからして何らおかしな事ではない。
嶋田の家 ユーフェミアと二人で住むあの家で夜毎愛を確かめ合っている間柄だ「あれ? なんだよもう切れちまってんじゃんよー お~いっ! お銚子一〇本おかわりーっ!」

特にここしばらくはユーフェミアの大切な日である事も関係して 時間を懸け愛を交わしていた。
日を跨ぎ 暁を迎える手前まで愛を囁き合いながら。
互いの仕事に支障をきたさない程度に。
加減こそ無くとも程良い時間で愛しさと切なさに包まれて眠りに就く。

今更キスの一つ二つで恥ずかしがる物でも。

重ねられた瞬間のように静かに離される唇。

「キミの唇の味がとても美味しいよユフィ」

「あなたの唇からはお酒の味がしたわ」

「ユフィ」

「あなた」

離れた唇がまた戻ろうとしている。

夫婦の愛を紡ぐ その為に。

だがそれは寸前の処まで来て適わず止められた。
宴席の主催者でもあったV.V.によってだ。

「ん゛ん゛っ!」

咳き込むような声にハッとした二人は俊足を以てして身体を離した 離れたといっても肩と肩はぴったんこ「んぐんぐっ! ごくごくっ! うめー酒っっ!!」

「仲睦まじいねキミ達」

V.V.の声に周りを見渡してみれば全員の目が二人へ向けられていた事に気が付く。
頬を抑えている者 息を呑んで見ている者 顔を赤くしている者 興味津々で息を抑えている者 お相手が居る者はお相手と見合って黙り込む。

いま此処で夫婦関係が成立している者は嶋田とユーフェミアのみ。

(嶋田卿とユフィはよく愛情表現をしているらしいが 夫婦とはそう言う物なのか? ならば俺もミレイにもっと積極的にならなくては駄目なのだろうか?)とはルルーシュの声。

(兄さん よければ僕が場をセッティングしてみせるよ)とはロロの声。

(ひ 人前でキスというのはどうなんだろう いまナナリーにキスをしたらナナリーはどう思うかな)とはスザクの声。

(む むう シゲタロウ ユフィ このような衆目の場であっても互いを想う愛情は隠さないのか ギ ギルフォードよ お前ならばどうする)(ひ 姫さま 私なら 私ならっ うっく 人目のある場所であってもっ い いえしかしっ)とはコーネリアとギルフォードのひそひそ話。

(キス 熱いキス 記録)とはアーニャの声と撮影。

(ふわあ シゲ兄さまとユフィ姉さま 皆が見ている場所でキスなんて ス スザクさんならどうなされるのでしょう?)とは羞恥に赤くなるナナリーの声。

(ヴィレッタ ここは一つあやかるべきではなかろうか)(ジ ジェレミア卿 ジェレ ミア……わた…し)とは酔いも手伝いキスをしてしまったジェレミアとヴィレッタのひそひそ話とキス。

(くっ 何故ジェレミアばかりが良い思いをするっ! ヴィ家親衛隊のマドンナたるヴィレッタを奪われただけでも腹立たしいのに私には相手すら居ないんだぞっ! マリーカ――は相手が居るから私の気持ちなどわからんだろうなぁ)とはキューエル心の叫び。

(いっくんちゅー)(よ よさんかリーラっ!)とは山本に迫る酔ったリーライナと迫られるほろ酔い山本のキス模様。

(これはチャンス! お兄ちゃんキッスっ キッスしちゃおうっ!)(さっさせませんわよクララ・ランフランクっ! あ わたくしにはお情けをくださいませ兄さま)とはクララとマリーベルの女の闘いと どさくさ紛れでバカにキスをしようとする企て。

「うンめェーっ! 極上の酒うンめェーっ! 値段の無い寿司うめェうめェーーっっ!! ぎゃはははっ!! おっ手伝いさぁ~ん大吟醸もう一本っっ! おかわりおかわりーーっ!! こりゃおみやにも期待だぜェーーーっっっ!!」とはクララとマリーに迫られても気付かないほど泥酔してさっきから騒ぎまくっているバカの絶叫。

あやかろう 気になる 恋愛先達者の不意な行為に皆興味が尽きないといった御様子。
三者三様 様々な好奇の視線が嶋田とユーフェミアの二人に注がれていた。

「ん゛ん゛っ!!」

二度目の咳払い。
またV.V.だった。

「シゲタロウとユフィ それと幾人かの相乗りに告げるよ? 夫婦恋人仲良しはけっこうけっこうだ だけどね そういう事を行うのなら情操教育上の配慮もしてほしい 若年者であるナナリーやアーニャの眼前で披露されるのは困りごとだ」

小さな最年長者の仰有ることは一々ご尤もであった。

更にもう一人が追い打つ。
トレードマークの丸眼鏡をくいっと上げて辻が注意した「これもうめェっ! ほらクララよ大トロっ! 大トロ食え食えっ!! あーんしろあーんってッ!!」「あ~ん もぐもぐ」

「皆さん 酒は飲んでも呑まれるな お忘れ無きように」

面目無さそうな嶋田とユーフェミアであったが「オラっマリーも遠慮すんなよ俺が酒注いでやっからさあっっ!! うははは今日は無礼講だぜっっ!!」「無礼講って 伯父様のお代で」「硬い事言うなよマリーちゃんよォ! ほれあ~んあ~ん!!!」「あ あ~ん」
注意喚起に回った主催者と幹事の視線はピンク気分なカップルに回った後 一人騒いでいるバカに向けられていた。

「シンイチロウ(玉城くん)キミは(貴方は)飲み過ぎだ(飲み過ぎです)」

ボカッ
バゴッ

バカの頭にはWパンチがお見舞いされた「ぐはァっ!!」

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最終更新:2018年03月11日 22:28