175: 俄か煎餅 :2018/04/01(日) 04:24:09
   『英日同盟よ永遠なれ』 第二話

 パリ講和会議が開かれ、ヴェルサイユ条約が結ばれる。これを以て、戦争を終わらせる戦争、世界最終戦争などと、御大層な渾名の付いた第一次世界大戦は幕を下ろした。
 だがエドワードは、勿論これを冷ややかな目で見つめていた。
 人の歴史が終わらぬ以上、戦争がこれで最後になるなど有り得ない話だ。すぐにもう二十年も経てば、次なる世界大戦が幕を開ける。そして、その火種は既にこの時点で燻り始めているのだ。
 ドイツとイタリアでは、それぞれヒトラーとムッソリーニが政党を立ち上げ、未来のファシスト政権を担う勢力を築き始めている。そして極東では、緩やかに日米の対立の構図が既に垣間見え始めている。第二次世界大戦。その足音は、今の時点ですら聞こえ始めていた。

 1920年、国際連盟が誕生した。だが、言いだしっぺのアメリカは不参加で、後に強大になって逆襲して来るドイツ、そして圧倒的数の暴力を誇るソ連もまた、設立当初の連盟の中には居なかった。居なければならない面子の居ない国際機関など、大して役に立たない。事実、この国際連盟は、暴走を始めるイタリアを、そしてドイツを、止められなかったのだから。
 今はこの事に気を割くよりも、自分の力を蓄えるべきだろう。まずは、チャーチルとの繋がりを持っておくべきか。彼は海軍に詳しい。島国であるイギリスにとって、海軍は陸空より優位と言える位置付けにある。口を挟む事はかなわずとも、有力な情報源にはなるだろう。今の内に親しくなっておいて損は無い。
 特に将来、イギリスは航空母艦による大規模機動部隊の運用において、日米に大きく差を開けられる。このイギリスが海洋の覇者として君臨し続けるには、この差を何とかせねばならない。後々海軍に助言出来る立ち位置に収まるのは必須であった。
 また本音を言えば、来年行う筈の海軍軍縮条約にも一枚噛みたい。後々の日本の力を抑えるには、戦艦ではなく、今はまだ大して注目されていない空母の割合を下げねばならない。また、イギリスの新造戦艦を、あの特徴的に過ぎるネルソン級を、確実で堅実な設計に改めさせる事もやりたかった。
 日本の戦艦は、前部主砲が二基、後部主砲が一基あるいは二基の計三基または四基である事が多い。例外は、後部主砲を全廃して前部主砲二基のみに抑え、その代わりに対空兵装を満載して恐ろしい防空ハリネズミと化した伊吹クラスの戦艦だけだ。それ以外は、金剛クラスから戦後の大和クラスまで、全てそれで統一されている。
 そして、戦艦の設計は結局はこれが一番無難で使い易い事を、エドワードは既に知っている。条約による強烈な制約があるのは分かっているが、下手に冒険して使い辛い船にする必要は無いのだ。予算や主砲の関係で、三連装砲を使わざるを得ない事は分かっている。ならばせめて、前部二基後部一基の基本的な配置に――長門クラスと似たような配置に改めさせたかった。
 問題は、やはりこの時のエドワードには、戦艦の設計を引っ繰り返すほどの、そして、国家間の重大な軍縮条約に口を出せる程の権力が無かった事、なのだが。

176: 俄か煎餅 :2018/04/01(日) 04:26:00
 とはいえ、戦艦に関してはまだ妥協出来た。いや、諦めた。後のアメリカアジア艦隊の壊滅の仕方を見るに、空を制圧されれば戦艦が幾ら群れようとも一方的に屠られる。航空優勢を確保出来るなら、多少戦艦に難ありでも任務は達成出来る。
 エドワードが重要視したのは、後に肝心要の航空戦力の中枢にして海軍の主力となる空母だった。特に、後に建造され、イギリス海軍の中枢を担うイラストリアス級航空母艦。その建造に口を出せるようになる事。それが、今から目指さねばならない、エドワードの譲れない最低ラインの目標だった。

 実に歯がゆい事だが、ワシントン海軍軍縮条約は記憶の通りに結ばれた。
 戦艦の割合は、英米日で十対十対六、空母の割合は十対十対八。昔のエドワードなら、戦艦を妥協し空母を増やした日本の動向の意味は理解出来なかっただろう。
 だが、今なら分かる。彼らは、今この時点で既に空母の有用性を把握し、その牙を磨き続けている。何処までも圧倒的な連中の先読みの力をまたしても見せ付けられ、エドワードは深々と溜め息を吐いた。
 イギリスは、今この時点ですら日本に対して出遅れている。今ですらだ。彼等を後塵に塗れながらでも追いかけるなら、今この時からでも空母の研究を始めなければ不味い。そうでなければ、後ろ姿どころか後塵すら拝めなくなるだろう。あのインド洋演習のように。


「お早う御座います、ジェリコー提督」

 エドワードは次に、ジュットランド沖海戦での活躍により、歴代のイギリス海軍の英雄達に名を連ねていたジョン・ジェリコー海軍元帥への接触を試みた。
 あの海戦での武勲により、彼の海軍内での影響力は、他の追従を許さないと言われるまでに高められていた。もし彼を動かす事が出来れば、間違いなく海軍全体にその影響は波及する。そう思っての接触だった。
 とはいえ、片や、副秘書官だの植民地省の事務次官しか努めていない木っ端役人、片や、海軍の制服組の頂点にして海軍の英雄。接触するのは簡単ではなかった。
 だが、短い手紙をやりとりする事幾度か。休日に彼の家に招かれるという最大のチャンスを掴めたのは、僥倖であったと言える。

「おお、君か。手紙をくれたウッド君というのは」
「はい。初めまして。御逢い出来て光栄です、提督」
「こちらこそ。宜しく、ウッド君。立ち話もなんだ。応接室まで案内しよう」
「有難う御座います」

 応接室で、互いに紅茶のカップを前に向き合う。

「君の噂は聞いているよ、ウッド君。若手の中でも新進気鋭である、とね」
「新進気鋭などと――私は議員バッジに恥じぬ仕事をしているまでです」
「ふ、謙虚なのだな」
「有難う御座います」

 リップサービスだろう。ジェリコーから世辞を言われる。
 だがエドワードは、それに礼を言いこそすれ、それで自惚れるつもりは毛頭無かった。
 今から、史上稀にみる動乱の時代が始まる。その動乱を上手く乗り切った者こそが、次の百年の覇者になれる。その時のための準備は、いくらしてもし過ぎるという事は無い。確かに記憶の中の自分よりもほぼ休日返上な分動き回ってはいるが、それはそうでもしなければイギリスを護れないだろうと思うが故だった。
 加えて、エドワードは記憶の中の自分に付けられた二つ名を肝に銘じている。大英帝国史上最低の宰相などと呼ばれる様な自分に、自惚れる資格は無い。そして、そんな能力も無い。油断も隙も無く行動しなければ、またしても日本に、ドイツにいいようにやられる。二の舞は断じて御免だと思っているだけだった。

177: 俄か煎餅 :2018/04/01(日) 04:28:32
「それで、私に話とは――何かな?」
「実は提督に、研究を促進して頂きたいものが御座いまして」
「ふむ。手紙にあった航空母艦の事か?」
「はい」

 やりとりした手紙の中で、航空母艦の事は既に話題に出していた。この艦種について相談がしたいと。
 ジェリコー提督も、エドワードがそう書いた事で空母の事について既に多少情報は集めているだろう。全くの無の状態から話をするより、こちらの話に理解を示してくれる事を期待したかった。

「フューリアスやアーガスがそれだったな」
「そうです」
「今、イーグルやハーミーズも建造中で、我が軍内部で研究は進められているはずだが、それでは何か問題があるのか?」
「はい。このままでは航空母艦について、日米に出遅れる可能性が濃厚であると判断しました」

 エドワードがそう断言すると、ジェリコーは紅茶に口を付けながら、目を閉じて少し思案に入った。

「航空母艦が、将来的に重要な艦種になる、と?」
「はい。その可能性が高いと私は見ています」
「その根拠を聞いても?」
「飛行機です、提督」
「飛行機?」

 半信半疑だろうと構わない。少なくとも、ジェリコー提督は話だけでも聞いてくれる気になってくれたらしい。エドワードは、まず鼻で笑い飛ばされなかったというただそれだけでも、一先ず安堵した。
 エドワードの記憶の中のイギリスは、エドワード自身の致命的なミスの他にも、幾つもの大きなミスを積み重ねていた。海軍では、日本海軍が実戦で示した圧倒的な破壊力を目の当たりにするまで、航空母艦が海軍の主力の座を奪い取った事を認識出来なかった。陸軍では、機甲師団による電撃戦をろくに研究すらせず、ドイツ陸軍に完膚なきまでに叩きのめされてようやく目が覚めた。空軍では、噴進式発動機――ジェットエンジンの存在を知っていながら研究を怠った結果、インド洋の演習で疾風への対抗手段が皆無という状態に陥った。他にも、空母の画期的な発着艦機構であるアングルドデッキを、日本の大型空母大鳳クラスをその目で見るまで馬鹿にし続けていた。
 この体たらくでは、我がイギリスと日本の差は埋まるどころか広がる一方だ。イギリスを世界に名立たる大国として残すには、世界の技術の先頭を独走する日本との差を可能な限り埋めねばならない。これまでの常識というものが何の役にも立たず、むしろ技術発展の邪魔にしかならぬ事を知るエドワードは、即刻話を切り捨てられなかっただけでもジェリコー提督を評価していた。

「はい。飛行機というものが登場して、約二十年。ライトフライヤー号から始まり、今や国境を越えて爆撃が出来るまでに、飛行機は進化を繰り返して来ました。そして恐らくは、これからも。
 馬車にも劣る性能だった自動車が、今や戦況を左右する戦車にまで発展したように、飛行機もまた、この流れに続くでしょう。
 そして、その飛行機を乗せて海を渡る、洋上移動航空基地とも言える航空母艦は、今後飛行機の発展と共に重要性を増していくでしょう。
 特に、陸上基地からの支援の望めない、海洋の只中においては、航空母艦の有無、艦載機を含む優劣は、今後の海戦でより重要な要素となって行く可能性が高いのです。
 世界に植民地の散らばる我らが連合王国は、この本国から遠く離れた海で戦わねばならない機会も多い。その時、空からの索敵の目を、そして、海洋の只中で航空火力支援を提供出来る事は、ロイヤルネイビーの仕事の助けとなるはずなのです」

 エドワードの話に思うところがあったのだろう。あるいは、既に同意してくれたのか。ジェリコー提督は、真剣に話を聞いてくれていた。

178: 俄か煎餅 :2018/04/01(日) 04:30:22
「他国、特に、日本は、恐らくこの事に既に気が付いてます。ワシントン海軍軍縮条約で、彼等が航空母艦の割合をイギリスの八割要求したのは、今から空母の運用を研究するためではないか。私はそう睨んでいるのです」

 記憶の中の未来において、将来的に空母と艦載機のペアは戦艦を仕留める。とはいえ、今の飛行機にはまだそれは難しい。よって、戦艦が将来的に主力艦の座から転げ落ち、空母に取って代わられるとまでは言う必要はない。
 だがそれを言わずとも、将来的に魅力的に進化する艦種である事は言える。これで何とか説得を試み、そして空母の研究で日本から置いてけぼりになる事を避けられれば。

「ふむ、確かに空から索敵出来る事は魅力的だ。船の見張り台より余程広範囲を見渡せるだろう。航空火力支援も解る。海戦の前に、少しでも敵を削れる事は大きい。
 しかしだ、ウッド君。何を研究するというのだ? 偵察艦隊の役割を代われる事は理解したが」
「防御、そして航空隊の運用法です、提督。航空母艦は、飛行機によってこれまでより遥か彼方の敵を見付け、しかも航空機で、決戦の前に事前に攻撃する事が出来ます。
 仮に、敵が同じ事をして来て、そしてその事前の攻撃でこちらの航空母艦を潰された場合、我が方は敵を見付ける手段を失います。
 すると、敵の航空母艦の飛行機に一方的に遠距離から叩かれた挙句、その飛行機の誘導に従い、敵の艦隊はより有利な陣形を組み、より有利な方角から、より有利な時を狙ってこちらに襲い掛かって来るでしょう。
 一方こちらは、飛行機による索敵の目を潰され、敵の居場所も、陣形も、数も判らぬ盲目状態のまま、対処せねばなりません。まず奇襲を受けるでしょう。
 ですので恐らく、航空母艦は戦艦に次ぐ防御対象であると言えます。ですが、戦艦とはこなす役割が違う。ですので、戦場の何処に置き、どう守るか。その方法を確立する必要が御座います」

「確かに。索敵担当が倒されるのは不味い。偵察艦隊が全滅したようなものか。だが、航空母艦というのは飛行機にそう簡単に仕留められるものなのか?」
「残念ながら、航空母艦は戦艦や巡洋艦と違い、非常に脆弱なのです。飛行機が空を飛ぶには、十分な長さの滑走路が必要です。その滑走路に穴を開けられると、脚を取られ、飛び立つ事すら出来ません。
 陸上であれば、スコップでその穴を埋め戻せばまた飛び立てますが、船が爆弾で損傷した場合、修理には非常に時間が掛かります。沈まずとも、甲板に直撃した爆弾たった一発で戦闘不能になるでしょう。海戦の最中にそれは致命的なのです」

179: 俄か煎餅 :2018/04/01(日) 04:31:06
「成る程。防御の重要性は理解した。では、航空隊の運用の研究とはどういう事なのだ? 飛行機は、陸でも使っている。それを使い回すのでは駄目なのか」
「陸上でのシステムを使い回すのでは、恐らく足りないと思われます。航空母艦の最大の利点は、航空基地を好きな時に海の何処にでも持っていける能力です。そしてそれは、敵の航空母艦も同じ。我軍と敵軍の双方が常に動きまわっています。
 陸で例えるならば、ふと目を離した隙に、いつの間にかすぐ目の前に敵が滑走路を造り、突然飛行機を飛ばして来るのです。後ろに回り込んで来る事もするでしょう。
 敵が何処に居るのかわからない。もしかしたら、逃げたのかも知れないし、奇襲を狙って突然突撃を仕掛けて来るかも知れません。
 そんな戦場の霧の中を、手探りでこれまでより更に広大な範囲を探さねばなりません。そして見付け損ねれば、敵から先制攻撃を受けます。
 いかに敵を探し、いかに自分が見付からないか。陸上の動かない航空基地同士の戦いに、戦艦達の戦いのように艦隊戦の概念が新たに加わるのです。こちらも研究が必要でしょう」
「ふむ、確かにそうだな」

 エドワードの話を遮る事も無く、ジェリコー提督は真摯に最後まで聞いてくれた。
 提督は、そもそも索敵や敵艦隊の情報の入手を重要視する傾向がある。だからこそ、あのジュットランド沖海戦でも、ドイツ海軍の動きをほぼ正確に掴み、包囲し袋叩きにする事が出来た。
 その索敵と情報収集を担える艦に関する事と知れば、彼は自然と動き出してくれるだろう。かなりの好感触だった。

「重要性は理解したよ。次の会議で提案しよう。参考になったよ」
「有難う御座います」
「いや、礼を言うのはこちらだよ、ウッド君。君に言われなければ、私は航空母艦に関する研究の想像以上の重要性に気付かなかっただろう。また何かあったら連絡してくれ」
「はい、その時には、また」

 こうして、エドワードのジェリコー提督との接触はおおむね満足できる結果に終わった。
 後日、ジェリコー提督は今日の言葉通り、海軍内での航空母艦に関する研究を促進する事を提案し、そして実際に促進された。
 少なくとも、これで日本の活躍を見てから大慌てで空母の有用性に気付き研究を始めるという事態は避けられただろう。日本を十分に追い縋れる間に動けた事を、エドワードとしては信じたかった。

180: 俄か煎餅 :2018/04/01(日) 04:32:10
二話目。ようやっと憂鬱本編からの乖離が動き出しました。
史実と違いジュットランドで大勝しているため、その総司令官ジェリコーの名声は史実とは比較になりません。敵主力を囲い込み、包囲殲滅の陣形に持ち込んだその手腕も評価されています。
よって、史実と違い日本で言う軍令部総長にあたる第一海軍郷の座に座り続けさせています。ということで、この時代で恐らく最も影響力のある彼に動いて貰いました。
これで、空母を軽視し後に大慌てという憂鬱本編のイギリスのザマは少しは回避されたでしょう。
ついでに言えば、来年に標的艦の土佐が航空攻撃で沈むので、その情報も彼にリークするつもりです。本編で日本以外誰も注目しなかったけど、戦艦を仕留める可能性をチラつかせれば少しは反応を示すでしょう。
流石に戦艦に口出すのは色々五月蠅そうなので諦めましたが。

それと、ジェリコーがやたら物分かりがいいのは、イギリスの英雄だからというご都合主義も含まれています。

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最終更新:2018年04月02日 12:43