816: ひゅうが :2018/05/31(木) 05:53:52

艦こ○ 神崎島ネタSS――「煙突断景」



――1937(昭和12)年12月8日 帝都東京


「おっきいですね。ね?」

「そりゃぁ。あれよ。」

軽巡洋艦由良、そして海防艦国後、という名の少女たちは少し眠そうだった。
3日前の夜に鎮守府を発ち、16ノットの速度で北上すると竜宮島の船団集結地に到達。
同じく夜のうちに出港してからことさら厳重に東京湾までやってきたのだ。いささか目がしょぼしょぼしてもしょうがない。
今回の船団は、ここ数か月の間に激増した石油需要を満たすべく20隻ほどが油槽船(タンカー)である。
残る10隻が貨物船であるが、これらは主として名古屋や大湊向けであった。
いずれにも駆逐艦が主体の護衛がついている。

だが、東京湾内まで入ってくる艦艇は意外に少ない。
今回は複縦陣をとるタンカーの前後を護衛した彼女ら2隻のみである。
本土から2000キロあまり東方、南鳥島やトラック環礁に近い経度にある中ノ鳥島諸島へと向かう船団がタンカー1隻と貨客船2隻に対して7隻の護衛艦をつけているのとは雲泥の差であった。
由良がここにいるのは一応の船団責任者であるためであるし、国後は東京湾内でも海中警戒を行っているという半ばアピールのために残されたためである。

実際、今回のような船団護衛を継続していたのは、いまだにピンときていないようなレベルである帝国海軍の海上護衛への意識を喚起せんがためであった。
6月の第2次上海事変以降、帝国は一応は大陸に対する警戒態勢をとっている。
それを理由に、神崎島から日本本土への往復輸送便にはこうしてもれなく護衛をつけてあるのである。
効果は思いのほか高い。
両手で数えて余るほどに船団の護衛艦は海中の移動物体を探知している。
それまで探知することすらなかった帝国海軍としては衝撃の一言である。音紋分析によりソヴィエトやアメリカの潜水艦であると判断されたのであるからなおさらであった。

とはいえ、実のところ鎮守府側としても東京湾入港は休暇配置を兼ねてもいる。
いわゆる「妖精」として乗組員となっている者たちとしても、かつての記憶にある本土を再び訪ねる機会は欲しかったし、艦長役となっている艦娘たちもまだ平和な本土を目にすることには大きな意味があると考えられたのだ。



「歴史通り?」

「設備はだいぶ新しいのだけれどね。ね?」

閑話休題
二隻、あるいは二人が見上げているものは、本来はこの場にはあるはずもないものである。
関東大震災の瓦礫処理の過程で生まれた埋立地 豊洲にたつ高さ90メートルの大煙突。
隅田川沿いにある千住火力発電所の「お化け煙突」が83.5メートルであるから、現在の帝都東京においてはこの大煙突が最も高い煙突であるということになる。
(建造物としては、建造中の海軍通信アンテナがこれを抜く)
そしてその根元にあるのが、1号機が稼働を開始したばかりの新東京火力発電所だった。
現在は1基だけが稼働しているが、近いうちにその数は4基に増える。
出力は23万kw
この時代の火力発電所としては非常に大出力である。
千住火力発電所の出力のざっと3倍。しかもそれをたった1基の発電機が稼ぎ出す。

「ガスタービン、ね。噴式発動機のお化けが中に入っているのだっけ?」

「それに私たちみたいなスチームタービンが追加されているんだって。」

「へぇ。効率のため?」

「発電効率は熱出力の6割。この時代の平均の2.5倍なんですって」

「ああ!そうでなければ貧乏性の『この』国が石油火力発電を許さないものね!」

フン、と国後が鼻を鳴らす。
彼女の前世、いや元艦は最後まで生き残っている。
敗戦の混乱へ至るまで石油不足にだんだんと狂っていった戦争初期から末期までをその目で見た海防艦は時折このように辛辣になることがある。

817: ひゅうが :2018/05/31(木) 05:54:32

彼女がいった通り、この発電所の建造にあたっては様々な異論が噴出したという。
1号機が23万kw、この運転で経験をつみ、2年後までには5基のコンバインド・ガスタービン発電機を用いて185万kwを稼ぎ出す。
当然ながら消費される石油の量は従来では考えられないほどである。

内務省や商工省などからは、存在だけが独り歩きしていた反応動力発電(原子力発電)による安定電源確保を希望する声があったほどだった。

彼らを黙らせたのが、21世紀における火力発電の主力となるガスタービン発電と、従来型の蒸気タービン発電をあわせたコンバインド・ガスタービン発電による非常に高い発電効率と、そして「ガス化できる燃料なら基本的に種類を問わない」という特質だった。
ジェットエンジンの回転に加えて、いまだ高温である排熱で蒸気を発生させてタービンを回す。これがコンバインド・ガスタービン発電の原理である。
だがジェットエンジンであるがゆえにとある燃料が使用できる。灯油だ。
平成の御世にあっては液化天然ガス(LNG)が用いられていたのであるが、灯油ストーブがまだ普及途上にある灯油と異なり、需要自体が存在しない。
(この時代の都市ガスは石炭改質ガスや南関東ガス田由来のガスがほぼすべての需要を満たしている。しかも南関東ガス田のガスは地下水に溶けているため採掘は地盤沈下を伴う)
しかしながら需要の増大自体は予想できる。
豊洲は埋立地であることからここ数か月で大量に設置された燃料タンクもすぐそばにある。
将来的にLNG燃料に転換するとしても当分は場所的な問題は存在しなかった。
なにしろ海のすぐそばの埋め立て地なのだから。

それに、暴騰ともいうべき1937年の景況は電力需要の暴騰も生んでいる。
電燈、冷蔵庫、洗濯機、そして発売がはじまったばかりの白黒テレビジョン。
それなりの品質でかつ少し背伸びをすれば手に入るこれらの製品は、この時代においては破格といっていい価格であった。
ゆえに、それらを使用するにあたって膨大な電力が使用され始めた。
ただでさえ電力不足気味であった帝都東京は、さらなる電力を欲していた。
この時代の都市にあって特に必要とされたのは、いわゆる「追従電力」
一日のある時間にピークを迎える電力需要に追随して発電量を増大させられる機動性の高い発電能力である。
それには、火力、わけても高効率のガスタービン発電が最適であったのだ。
また、運転と整備の経験を帝都の東京電燈をはじめとするいわゆる「五大電力」といわれる大電力会社の技術者に積ませることもできる。

ゆえに、新東京火力発電所は史実の高度成長期の泥沼的な建造よりも30年近く早く建造されることになったのである。

「ま、できて早々に出力をぶっちぎられた元祖お化け煙突には気の毒だけれど。」

「あそこも重油火力に転換予定ですって。工事中に足りない出力はここが補えますからね。ね?」

ふぅん。と国後は小首を傾げ、そしてこの時代としては異様ともいえる白色の発電所から視線をそらした。
彼女は社会科見学では説明に集中できないタイプだった。
そして御伴となっている由良も、帝大で気勢を上げているどこぞの兵装実験軽巡の技術的うんちくを聞き流していただけであって本格的な説明を加える情熱を持っているわけではなかった。

「さっ。いきましょ。」

「ええ。」

冬の寒風が二人の髪をざわめかせたのを合図に、歩き出す。
便乗することになっている乗り合いバスの行先は、銀座。
艦娘であるがゆえに健啖家である二人は、先に帝都を訪れた(そしてある種の人々を阿鼻叫喚に叩き込んだ)赤城と加賀が紹介した泰命軒のオムライスの味を想像することに余念がなかった。



――このとき二人の艦娘が垣間みたように、この年の日本本土の年の暮は、久しぶりの明るいムードと活気が支配している。
しかも満州事変以来の、いささか武張った好景気ではないことが大きな特徴となる。
この時点で、泥沼化しつつあった大陸の治安情勢から日本本土は遠く、また急速な改善をみせる満州の治安や米英との対抗関係もあり社会を覆う雰囲気は一変していたのだった。
そして、人々は期待した。
「来年もよい年になりますように」と。

818: ひゅうが :2018/05/31(木) 05:55:37
【あとがき】――たいへんお待たせしました。
難産でした。本当は銀座食べ歩きの旅を書きたかったのですが、なぜか電力ネタに。解せぬ

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最終更新:2023年12月10日 18:19