172: 名無しさん :2019/06/27(木) 14:33:38 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
日墨ルート
嶋田繁太郎は、転生してから初めてこの世界の夢幻会会合に足を運んでいた。前世よりも早かったが、嶋田にはこの世界にも夢幻会があるという確かな確信があった。
「それにしても、まさか日本とメキシコがゲートで繋がってるとは…」
「そのおかげで近代化も早く進んだようだ。転生者が現れ始めたのは、幕末からだがそれ以前から流入した西洋の文物をもとに色々していたらしい。もっとも、大陸化で資源や人材が増えていたことも大きいが」
「なるほど、って殿下!?」
「久しぶりだな。嶋田少佐。もっともこちらでは華頂宮だがな。」
「そうですか、しかしメキシコと繫がった事が良いことばかりとは限らないようですね。」
そう言ってから嶋田が見せた新聞には「朝鮮・満州にて現地人と移民との緊張高まる。風雲急を告げる清国情勢への影響や如何に」と書かれていた。
「大変です。」
華頂宮の言葉を待っていると男が走りながら駆け込んできた。
「清国広州にて革命勃発、また武昌などにも波及した模様」
史実よりもわずかばかり速い辛亥革命の始まりだった。

なぜ、この世界で辛亥革命が起きたのか、といえばメキシコとのゲートを通した繫がりを無視することは出来無い。
日清戦争で黄海海戦に続き、陸でも直霊決戦で袁世凱もろとも清軍を粉砕し日墨は清に完全勝利した。
日本側としては台湾と海南島に加えて主要都市や鉱山などの利権を抑えることで、清朝と講和を考えていたがメキシコ側が手緩すぎると反対。これに日本の世論も反応した結果、落としどころとして朝鮮の保護国化と遼東半島の領有で決着した。
しかし、1904年の日露戦争によってロシアがシベリアを日本に割譲すると 、それまで日墨を押さえつけていたロシア人がいなくなったことにより、日本のみならずメキシコからも来た移民が満州、朝鮮に殺到した。
特にメキシコは国家の統合の邪魔になりそうなマヤ人などの先住民系やアメリカから来た黒人系、マフィアなど犯罪組織との関係がありそうなイタリア系等に圧力をかけ、ゲート経由で極東に放り出していた。こうした政策が転換されるにはそれなりの時間がかかったため、これらの地域では多民族化が進むことになった。
また、ロシア人がいなくなったあとのハルビンでは従来ロシア人によって抑圧されていたポーランド人やユダヤ人が闊歩していた。勿論、日本としてもこうした現状を良しとせず近く自治国として独立させる方針だった。

一方、これらの移民に押される形で清国に流入していたのが、元々、その土地に住んでいた朝鮮人や中国人だった。彼らの急激な流入により清国は不安定化していき政府に対する不満が増大、結果史実では失敗した黃花崗義起の成功という形で辛亥革命へと至ったのだった。こうした変化は、黃興や宋教仁などの旧華興会系の躍進を招いた。
しかし、こうした混乱を列強諸国が見逃すはずはなかった。
まず、香港や上海に利権をもつ英国が革命軍の鎮圧が不可能と知ると利権保持のため支持を表明した。
アメリカでは革命派のための募金の他、敗戦後行き場のなくなっていた退役軍人たちを義勇兵として送り込んでいた。
一方、ドイツは清朝とつながりが深かった事から、速やかに清朝支持を表明。軍事顧問などを派遣した。
また、ロシアは東トルキスタンやチベット地域にて活動を活発化させていた。
そんな中で一番対応に苦慮していたのがフランスだった。対英協調や華南の利権保護を考えれば革命派を援助すべきだったが、それは国内の共和派を勢いづかせる事に繋がりかねないからだった。

こうして、様々な思惑を載せながら革命の炎は燃え広がっていった。

173: 透過の人 :2019/06/27(木) 14:35:06 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
なんか名前が外れましたが、透過完了です。

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最終更新:2019年06月29日 11:55