530 :ひゅうが:2012/01/20(金) 08:06:32

ネタ 閑話――汝平和を欲さば戦争に備えよ


――秋津洲星系 第3惑星 帝都「宙京」 兵部省 統合軍令本部


「待たせたか?」

「いえ。我々も今来たところですので。」

型どおりの挨拶を挟み、嶋田は用意された席に座った。
兵部省内にある統合軍令本部は、嶋田たち夢幻会が中心となって設立された機関だった。
日本帝国軍という官僚組織において、部署同士の対立構造はやはり消滅し得てはいなかった。
表向きは帝国軍として統合されていた軍は、長い歴史を経ることで地球時代における陸軍に相当する「防衛軍」と海軍に相当する「打撃軍」に分裂。
軍装や組織も違ううえ、最高司令部である大本営は有名無実化し互いに協力を拒否するという「それどこの史実帝国陸海軍?」という頭の痛い状態に陥っていた。
この状況を憂いたかしこきところのお方に嶋田たちが呼び出されたのは前述の通りであるが、電脳化による教育効率の向上をもってしても現在の状態に落ち着くまで、時間にして数十年がかかっていたあたり問題の根深さが伺える。

長い時間を経て増えすぎていた役職の整理と解体、教育体系の改革、そして両軍の共同作戦の推進というステップを経たうえで久方ぶりの統合軍としての「宇宙軍」が復活したのは、実に20年前というから驚きだ。

要するに――嶋田たちが手にしていたのは、明治の日本帝国陸海軍のように実質的に新設された軍組織だったのだ。
実のところ、「何とか原作に間に合った」というのが日本帝国の軍備の実態でもある。


「では、我々がこれまでに入手した情報を総合してお伝えします。」

統合軍令部の情報部長をつとめる村中大佐が立ち上がった。
嶋田は、知人(?)にそっくりである彼にどうも胡散臭さを拭えないでいるが、情報部の統括役としてははるかな時を隔てた彼方にいる人物と変わらず彼は有能だ。

「まず、我々が長年仮想敵国としていた銀河帝国ですが、人口・経済の両面において想定をはるかに下回ることが確認されました。把握されている限り人口は250から320億程度と推定されます。誤差が大きい理由は銀河帝国の領域の3分の2が貴族領となっており、正確な統計が望むべくもないためですが、国力に関しては自由惑星同盟の1.2倍程度と考えてほぼ間違いないかと。」

電脳を通じて配布されたファイルの内容が各自の端末上に表示された。
と同時にほっとした空気が流れる。
宇宙軍再編以前からの想定では、国力にしておよそ5倍、軍事力にいたっては10倍近いものを持つと考えられていた。

だからこそ日本帝国は艦隊同士の決戦という選択肢を放棄し、強力な火力を用いた要塞群による機動防御戦術を構想し、ために強力な防衛地帯と引き換えに組織の分裂という代償を払っていたのだ。
経済発展と国力増加を図るために制限された軍事予算の大半をもってゆく要塞維持費に対し、戦時には航空機のように大量生産による補充を予定されていたために予算の大半を人件費にとられるという状況は、双方に深い溝を刻んでいたのだった。
過去の話となったことだが、高級佐官以上になると当時の現状を思い出すたびに冷や汗が出るという者も多い。


「ということは、最大でも15個艦隊15~18万隻は超えないか。」

「はい。加えて、銀河帝国宇宙軍は基本的に攻城砲や大口径砲に類するものを保有しておらず、例外となるのはイゼルローン回廊や帝国領内に構築された中大規模宇宙要塞の主砲か一部の特殊艦に限られます。」

同盟軍から提供されたイゼルローン要塞の要目が映し出され、統合軍令本部の作戦をつかさどる面々は少し笑みを浮かべる余裕が出てきていた。

「また、全体のうち4万から7万隻は貴族領内の治安維持に動員されており、私兵と正規軍の混成軍に似た状況です。予備艦艇や人材のプールとしての役割を果たしていますが、実質的な戦闘力は正規のナンバーズフリートに劣ります。
つまり、実質的に動員できる艦艇の上限は、汎用戦闘艦11万隻ほど。予備艦としてプールされている分も含めれば13,4万隻程度とみられます。」

531 :ひゅうが:2012/01/20(金) 08:07:35
「まぁ、我々の最悪の想定よりも大幅に少ないことは歓迎すべきことだろう。嶋田閣下。これで改装と外洋機動艦隊計画にゴーサインが出せますね。」

そうだな。と作戦参謀の一人の言葉に嶋田は同意した。
外洋機動艦隊計画。それは、嶋田たち夢幻会派が押し進めていた「原作」対抗計画だった。
現状は近海迎撃型の軍備である宇宙軍を、攻勢防御や場合によっては侵攻攻撃も可能な攻撃的な軍備に作り替えるという目的のもとで現状の要塞防御地帯の改装と新型艦艇の整備を行うというものであるが、当初は反対意見が多かったのも確かだった。
その点、銀河帝国軍の数が少ないということは歓迎すべきことである。

「続けます。現状、銀河帝国は貴族制の暗黒面に加え、長年の戦争と国費の浪費や中抜きによって経済的な停滞状態にあります。
しかし、侮りは禁物です。というのも、帝国の人口の5割は農奴や農民のような形で非効率的な農業に従事しており残る3割は第2次産業にほとんどが割かれています。裏を返せばこの歪な産業構造が変革されれば、現状の少なくとも倍以上の生産力を発揮することが可能でしょう。
第3次産業については、『機械ではなく人力に頼ることが贅沢』とするゴールデンバウム朝の方針と、貴族制に付随するものも計算に入れています。かなりの割合がフェザーン系資本の影響下にありますが、フェザーンの国力への寄与はむしろ少ないものと思われます。
あくまでもフェザーンは商業国家ですので、そちらに重点をおいているのでしょう。」

「つまり――王朝末期状態にある政治的な状況が強力な指導者により改善されれば、たちまち脅威になるということですか。」

「そんなことがあり得るのか?人口を10分の1にまで激減させた奴らだぞ?」

「ないとは言い切れないだろう。かのルドルフ・フォン・ゴールデンバウムがやったことをできない人間がいないとは言い切れない。我々の存在がそれを促すとも考えられる。」

嶋田はそう口を挟んだ。

「まして、我々は彼らが主力とする汎用艦隊戦力においては8万を切っている。防御特化型といってもいい。となれば、我々が介入する前に同盟を殲滅してしまおうと軍備拡張と攻撃的な戦略をとりかねない。」

「あり得ない話ではないな。」

航宙護衛総隊指揮官をつとめる南雲が同意を示した。

「いずれにせよ、現在行われている同盟側との国交樹立交渉と銀河帝国側の反応が鍵になる。そういうことだな?」

統合軍令本部長の永田大将がそう総括した。

「はい。すべては自由惑星同盟の覚悟がいかなるものか。それによりサジタリウス腕は戦場となるか、市場・・・古臭い言い方をすれば共栄圏になるかが決まります。」

できれば後者であってほしいが、そうなるとこの国は難しいかじ取りを余儀なくされるだろう。と嶋田は考えていた。

――すべては、明日からはじまる交渉如何。
それを確認し、会議は散会した。

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最終更新:2012年01月29日 19:58