622 :ひゅうが:2012/01/20(金) 22:36:38

ネタ――会見1


――同日 皇居 儀典場「松の間」

皇居 千代田御所は、帝都の中央に設けられた広大な緑地帯の中にある。
国事を行う大極殿は、地球時代以来の工法で建造された和式建築であるが、それ以外に国賓の歓待や認証式などの平時の業務を行う新宮殿が設けられ、それら両者の奥に皇室の生活スペースである「御所」が設けられている。

大極殿までは普段は一般の見学も受け付けているが、新宮殿は警備が厳しく御所にいたっては一般人が立ち入る機会はほどんどないといってもいい。
この不文律は来賓や行事の行われる場所にも適用されており、たとえば知事の認証などは新宮殿内で、首相などの閣僚の認証式は新宮殿奥で、そして叙勲などの特別な行事の際は区画上は「御所」の一部ということになっている新宮殿との連結部分にある「松の間」で行われる。
外観は落ち着いた明治時代の和洋折衷建築である新宮殿から参内した代表団はそのまま内大臣と勅使の案内でこの「松の間」の前室に通されていた。

「あまり緊張なさらずに。我々も国賓をお迎えするのはずいぶん久しぶりですから、一般的な礼儀を守ってくだされば結構です。」

牧野内大臣がそう言って苦笑した。

「はい。」

全権をつとめるトリューニヒトと、武官代表として通されたシトレ大将、そして側付きとして参加を許されたヤンと記録をつとめる記者は緊張した面持ちで格子模様の天井や壁の美術品にしきりに目をやっていた。

「君ら軍人はいいな。礼装があって。私など、モーニングなんて映像資料ぐらいでしか着たことがないのに。」

トリューニヒトが緊張をほぐそうと冗談を言うと、記録係たちが声を上げて笑った。そしてしまったという風に牧野内大臣とトリューニヒトを見比べる。

「お気になさらず。式典では困りますが、それだと神経が参ってしまうでしょう。だからこういう一休みする場所があるのです。ここだけの話、式の間出番がない侍従などはここで囲碁やら腕相撲やら好きに過ごしていることもありますよ。少々若い者など時間があることをいいことに酒盛りをはじめることも――」

「それはまた。」

「ところが、それがこともあろうに主上(おかみ)に見つかってしまったことがありましてね。主上は何も言われずに徳利をぐいと傾けられ、御所に戻られましたが。
まぁそれは困りますがどうぞ気を楽に・・・呼び出しがあるまでフランクにどうぞ。」

照れくさそうに語るあたり、どうやらその「若いの」とは牧野本人であるらしかった。
一行は少し気が楽になったようだった。


「皆、ここはご厚意に甘えようじゃないか。帝国――ああ銀河帝国だが――では儀式の間に我々共和主義者がカメラとマイクを連れ込むことを許さないだろう。
過度な遠慮と緊張は逆に慇懃無礼だろうよ。
ああ、侍従殿、皆に紅茶をもらえるかな?」

脇に控えていた若い侍従はにっこり笑って「かしこまりました」と一礼した。

623 :ひゅうが:2012/01/20(金) 22:37:10
「コーヒーではないのですか?」

紅茶が出てきたことで少し顔がゆるんでいるヤンがふと尋ねた。

「エル・ファシルの英雄殿にあやかってね。それにこういう場所では紅茶があっている。雰囲気としてはね。」

「貴族趣味の悪徳、というやつですな。ですがそれもまたよしと思います。」

シトレが肩をすくめた。
トリューニヒトはすでにテレビジョンでは、エル・ファシルの英雄が「紅茶好き」であることが例の少女のコメントとともに報道されており、二人はそれをネタにしたのだった。
緊張もだいぶほぐれたようだ。

「オリベイラ教授。何か?」

と、使節のアドバイザーとしてついてきているハイネセン自治大学のオリベイラ教授が壁の美術品を食い入るように見つめるのに気が付いたトリューニヒトが首をかしげる。

「あ、いえ。この絵のタッチ、どこかで見た覚えがあると思いまして。」

「確か教授は地球時代の政治史がご専門では?」

ヤンが言った。
彼もまた「どこかで見たことがある」と感じている。

「いや。ヤン中佐。研究者というのは専門研究以外に、趣味でやっているような全然別の分野の研究もしているものだ。私の場合、それは美術でね。これは――」

「ああ、横山大観です。本物ですよ。」

あらかじめ用意してあったらしいティーセットを持ってきた侍従が説明した。

「おお!・・・ああ、夢のようだ。13日戦争で消滅を免れた美術品は多いが、シリウス戦役後の動乱や銀河連邦末期の混乱でほとんどが帝国貴族の所有になっているから――」

うっとりと鳳凰図を見つめる教授。
一行がよく見てみると、この空間を構成しているものはどれも一級品揃いであることが一目でわかる。
ただし、銀河帝国のそれのような大陸的なものではなく、どちらかといえばかつて英国式といわれたそれに日本風の品々がちりばめられているようだ。
油絵のかわりに日本画がかかり、棚は漆で塗られている。足元の絨毯は赤漆色で、壁紙には落ち着いた色合いの中に唐草文様と金色の菊花紋章、そして桐紋がちりばめられている。

「ジャパニーズ・スタイルのレストルーム、実物を本当に見ることになるとは思ってもみませんでした。それに――これはすごい。雨下天晴の色合い、北宋様式の青磁ですよ。」

思わずヤンはさりげなく飾られている花瓶に目を見張った。

「なんと!――本当だ。ヤン中佐。詳しいな。」

「死んだ父が骨董が趣味でしたから。その割には遺産の美術品の中で本物は万暦赤絵の磁器たったひとつでしたが。」

オリベイラ教授はほうほうとしきりに感心している。

「君も私も両方にとって、ここは宝の山のような場所のようだな。」

どうやら仲間認定されたらしい。
ヤンは、侍従が持ってきてくれた青花絵付のティーカップを手に取り、中身に口をつけた。
英国式に渋みが効いているが、ほんの一滴垂らされたブランデーと、柑橘類がきいてほっと和む味だった。



「皆様、ご準備を願います。」

牧野内大臣が一行を呼びに来たのは、一服が済み、オリベイラ教授がこの部屋の美術品について一席ぶってほどよく緊張がとれた頃だった。

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最終更新:2012年01月29日 20:01