758 :ひゅうが:2012/01/28(土) 22:20:07
※短めです。あと端末が違いますのでIPが違います。


銀鬱伝ネタ――「交渉と締結」


――同 日本帝国 帝都宙京 首相官邸


「では、はじめましょうか。」

「はい。はじめましょう。」

会談は、互いのそんな言葉からはじまった。
特命全権大使 ヨブ・トリューニヒトは目の前に座る日本帝国宰相 近衛文麿の典雅な微笑をちらと見つめた。
この国の人々は微笑がうまい。
古くはオリエンタルスマイルともいうが、それに含まれた意思をくみとらないと大変なことになるだろう、と彼は思う。

自分が選ばれたのは与党内の派閥抗争の結果若手の保守政治家として選ばれたのだが、それには同盟内での深刻な意見の対立がゆえでもある。

自由惑星同盟の国家体制は民主共和制である。
しかも、「戦う民主主義」だ。
民主主義がルドルフ・フォン・ゴールデンバウムを生んでしまったという反省からそれ以外の政治体制を自由惑星同盟に持つことを認めていないのだ。
あくまでもこれは国内問題だが、国内の極右派などは「民主主義の輸出」をも企図して独自にフェザーン自治領などで活動していたりもする。

そんな彼らは仮にも「帝国」という国号を持つ日本帝国に対し「民主共和制の採用を求めよ」と言っているのである。
穏健派である国防閥(軍人は夢想家でなく現実主義者なのだ)にも親しく、また極右派にも一定以上の支持を受けているトリューニヒトはそうした対立の結果代表として選択されたのだった。

「さっそくですが、我々自由惑星同盟は、貴国と互いに国家体制を承認することを前提として国交を樹立したいと思っています。」

「我々も同様です。貴国とは友誼を結び、積極的な交流を図りたいというのが我々政府の見解です。」

「貴国の臣下でなく?」

「貴国は自国の主権を他国に譲り渡すことを考えているのですか?」

近衛は不快そうに顔を歪める。

「失礼しました。では、互いにその領域を尊重し、経済的・政治的な関係を構築するということで異存はありませんな?」

「全然同意します。ただし互いに国民や企業などが現地の法律に従い、また不当な扱いを受けないことを前提とするのですが。」

首相官邸ではじまった会談は、当初から友好的なムードで進む。
当初から両国政府がともに国交樹立と経済的関係を構築することで一致していたことで、1時間もせずに基本姿勢は一致をみていた。
彼らが多少なりとも問題を発見したのは、国防体制についてだった。


「貴国は優秀な防衛態勢を持っているようですな。ついては、貴国と相互安全保障条約を締結していただきたい。」

「残念ながらわが軍はまだ再編の途上にあります。それに、貴国が維持している12万隻ほどの軍艦と実戦経験豊かな軍事力は望むべくもない・・・
軍事力を整備するのにどれだけの歳月と費用がかかるかはおわかりでしょう?」

「我々は、貴国とは同盟国となって人々の自由を確保したいと思っています。あの銀河帝国を打ち倒すことすら――」

トリューニヒトが言うと、近衛公は困ったような眼で彼を見る。

「ほう、我々の迎撃型で航続距離も短い艦艇に遠征せよと?」

「補給などは負担する用意があります。わが同盟の辺境星域は常にイゼルローン回廊からの敵軍の襲来におびえ続けています。イゼルローン回廊に貴国の移動要塞が展開して下されば――」

759 :ひゅうが:2012/01/28(土) 22:20:40

「わが日本宇宙軍は迎撃型の軍隊です。貴国の盾として迎撃に専念し続ける間に貴国は銀河帝国辺境領域への侵攻のための軍拡を行うというおつもりなのですか?」

「決してそのような。」

「しかし、貴国は銀河帝国に対し並々ならぬ敵意を持っていますな。その時になって出兵論を抑えきれますか?
それに、あの狭隘な回廊を伝って帝国辺境に対する兵站線を維持しつつ民の胃袋を満たすのですか?」

トリューニヒトは、日本側の力を利用した帝国出兵論が勢いを増すことを日本政府が極度に警戒していることを肌で感じていた。

「では、帝国による我が国への攻撃に対し共同戦線を張っては下さらないと?」

「そうは決めつけていません。しかし我々の力を頼りにして防衛に手を抜かれては本末転倒です。極端な話、我々のみに防衛態勢を築かせて無防備になっても防衛のみなら我々はやってのけるでしょう。しかし、その場合貴国が警戒されているように貴国の併合という選択肢をとらざるを得ませんが。それは困るのでしょう?」

「ですな。では、せめて帝国による侵攻を防ぐために力を貸してくれませんか?」

「軍事力行使については、銀河帝国が我々に対し敵対行為を開始したと認められた場合に行うことになるでしょう。我が軍は近代化作業の真っただ中です。計画の中には貴国の要望にこたえられるものも含む予定ですが、それには予算がいります。」

「・・・同盟市場を明け渡せ、と?」

「いえ。関税自主権は主権国家固有の権利ですからな。貿易に際し、極端に高い『万里の長城』のような関税障壁を設けないようにしてほしいのです。
そのかわり、貴国との事業に際しては我が国と貴国の企業の間で合弁会社を設立しこれを為すことを原則としようと考えています。」

随員たちとトリューニヒトは話し合う。
フェザーン商人相手に苦戦を強いられている同盟の経済にとっては歓迎すべき話だ。
人口に比例して強大であろう日本の企業による同盟経済乗っ取りも警戒すべきだが、これを見越してか近衛首相は合弁を原則と言ってきた。
全体的に信義を重んじているというこれまでの交渉から彼らはそれを信じたのだった。


「よろしいでしょう、しかし、経済的・技術的な強力は是非に。」

「もちろんです。貴国の民が銀河帝国により農奴階級に落とされるようなことは我々も望んでいません。友邦が不幸になることを望む者はないでしょう?」

会談は、成功裏に終了した。
この後、1週間ほどを経て実務者同士による文案が詰められ、日本帝国と自由惑星同盟は国交樹立などその基本的関係に関する条約を締結することになる。
文面は、ただちに同盟最高評議会と議会に向け発送された。

同盟側での審議が行われている間、自由惑星同盟の全権代表団は日本国内各所の視察にその日程を費やすることになる――

760 :ひゅうが:2012/01/28(土) 22:22:02

【再録版】――付録


――日本帝国と自由惑星同盟の関係に関する基本条約


皇紀4249(宇宙暦789)年条約第1号
皇紀4249(宇宙暦789)年1月25日作成、同3月12日発効

【前文】

日本帝国及び自由惑星同盟は両国間に親睦と和親の意を保持し以て互いを国家として承認すると同時にこれを永続させることを欲し、ここに両国間に友誼ある国家間の交流を樹立せしめることを宣言する。
よって、その意を明瞭とすべく両国間の基本的関係について全権を委任の上ヨブ・トリューニヒトと近衛文麿は合議を行い、宙京において本条約を締結しこれを規定するものである。なお本条約は国際慣習に従い両国における立法府及び行政府による承認をもって発効するものとする。

【条文】

第1条、 この後、日本帝国と自由惑星同盟は外交領事及び友好関係を締結する。

第2条、 日本帝国は自由惑星同盟が銀河系サジタリウス腕をその領土とする国家であることを承認し、自由惑星同盟は日本帝国が現在まで存続する旧銀河連邦加盟国日本帝国を存続継承せしめた国家であることを承認する。

第3条、 前条の目的を達し、かつ両国間の友好関係を発展せしむるために日本帝国および自由惑星同盟はその領域を尊重しこれを侵害しないことを約す。
また、両国間に生じる問題については対話によりこれを解決する。

第4条、 日本帝国及び自由惑星同盟はその領域の侵犯を許さないが、侵犯に対しては断固として対処するものとする。

第5条、 日本帝国及び自由惑星同盟は、両国が施行する法律に則り両国民及び市民と人格権を有するすべてのものに対し以下の原則により律せられる。
1、 両国民及び市民は一方乃至他方の法令に従う。
2、 両国民及び市民は両国内のあらゆる領域について旅行すること、また居住することについて特別の理由なくば完全な自由を有する。
3、 両国民及び市民はその基本的人権及び身体及び生命財産と精神の自由について完全な保護を行われる権利を有する。

第6条、 日本帝国及び自由惑星同盟は自国における法律法令に則りその経済的関係を構築し、両国の合意に基づきこれを維持する。また、両国間の通商・航宙及び産業に関しては最恵国としての関係を構築し、交通・通信において差別的待遇を行ってはならない。

第7条、 日本帝国及び自由惑星同盟は、両国ともに自国の主権において完全な自由のうちに国政を運営することは両国固有の権利であることを確認する。
両国はその主権に重大な侵害を起こすであろう行為を未然に防止し、また自ら企図せず、両国の領域の安寧に危害を加える事態に対する援助は財政的にも政治的にもこれを行わないことを確認する。これは、思想信条に関しても同様である。

第8条、 日本帝国及び自由惑星同盟は、銀河連邦の継承国家にして銀河系オリオン腕をその領域とする銀河帝国に対する両国間のいかなる活動についても本条約はこれを制限し得ないことを確認する。
しかしながら、銀河帝国が両国の主権をともに侵害せしめんと企図する場合はこれに両国は連携して対処を行う権利を有することをここに確認する。

第9条、 日本帝国及び自由惑星同盟は、その経済活動において両国の領域において双方の法に基づきこれを行う権利を有し、それにより生じた諸問題については両者間の対話によりこれを解決することをここに約する。

第10条、 本条約は批准を行うべく速やかに各国語複写版により日本帝国及び自由惑星同盟政府に内容を通知し、直ちに批准されなければならない。
これにあたり、本条約の訳文を日本語・旧銀河連邦公用語・自由惑星同盟公用語により作成しそれぞれに署名調印する。

皇紀4249(宇宙暦789)年1月25日 宙京に於いて作成

近衛文麿(印)
ヨブ・トリューニヒト

【国家公文書1種1号書式による】

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最終更新:2012年01月30日 21:21