261 :ひゅうが:2012/02/05(日) 02:35:17

銀河憂鬱伝説ネタ 本編――「憂鬱なる英雄(帰還)」


――同 皇紀4249(宇宙暦789)年3月 銀河系白鳥腕
   日本帝国 新横須賀軍港沖合 自由惑星同盟軍戦艦「アキレス」


出迎えの時と同様、見送りの式典は盛大だった。
代表団から臨時大使と公使をつとめる文官を残し、自由惑星同盟特命全権代表団は帰途についていた。

「いいところだったな。」

「ええ。また来たいです。」

「ヤン候補生は書店や博物館めぐりが目当てか?給料泥棒はあと何十年かはお預けだぞ?」

「給料に見合った仕事はしますよ。校長先生。大層なお土産の分も。」

「仕事熱心で結構だ。いつもこの調子なら心配はいらないのだろうが。」

やれやれ、と肩をすくめるシトレ大将。
そしてそれに付き合うように苦笑するパエッタ少将とヤン。
先導艦がついているが、航路データ(準軍事用)をもらっているために行きほど緊張に満ちた旅路にはならないはずだった。
シトレは、難しい顔をしている代表団の文官たちの相手があるといってブリッジから下がっていった。

自然、ブリッジに残ったヤンとパエッタの会話は積荷や今後のことに移る。
この新鋭艦の倉庫に大量に積み込まれた資料や同盟側への「贈り物」は、代表団を構成するすべての面々をほくほく顔にしている。
それとは別にここにいる面々は個人的にいくつかの品をもらっていた。

軍人ということで代表団全員には日本宇宙軍で使われるいわゆる「恩賜の剣」といわれるもの(白金イリジウム艶出し加工済み炭素・ケイ素セラミック刀)を貰っている一同だが、それに加えヤンは「使うあてのない」とのちに苦笑することになる新古様式刀も贈られていた。
それを羨む者もいるが、今はヤン・ウェンリーという男が戦術に関しては「頼りになる」ことが証明されているために表立った文句は出ていなかった。

もっとも、ヤンとしてはそれとは別に北宋様式を再現した「雨下天晴青磁」の茶器セットや嶋田元帥文庫といわれる歴史資料保管庫のコピーの方がうれしかったのだが。


「まぁ、使うアテもないですがこれだけのものを貰ってはね。先方の期待に応えなければという気にはなりますよ。」

「キャゼルヌ君だったか?ヤン中佐は首から下が不要だとか言っていたらしいが。」

「なくしては困りますが。紅茶を飲めなくなりますから。」

そいつは残念。青磁をネコババできなかったか。とパエッタが笑った。
そしてふと思い出したかのようにヤンに伝える。


「それよりも、聞いたかな? 皇帝フリードリヒ4世は退位するそうだぞ。」

「らしいですね。――やはりここに来るつもりなのでしょう。特使として。」

想像がついていたらしいパエッタは頷く。

「伝統と格式というやつか。釣り合いを気にするのは帝国だけだと思うがな。」

そういうものなのでしょうよ。とヤンは応じるにとどめた。

――フェザーン経由で入った情報、日本と銀河帝国の間で暫定的ながら国交が樹立され、あわせて銀河帝国皇帝フリードリヒ4世が位を退くというそれは、自由惑星同盟にも大きな波紋を投げかけていた。
現在、長く続いていた戦争は自然休戦状態となっている。
気の早い者は「これで戦争が終わる」とすら思っているほどだ。

しかし・・・

262 :ひゅうが:2012/02/05(日) 02:35:49


「あの軍備計画を見ると、日本側は、嶋田中将を筆頭にした人々はこれでおさまらないと考えているようですね。」

「だろうな。150年も戦争を続けていたうえに、あちらさんは強権を見せびらかすことで国をまとめてきたんだ。
500年もたつとオスマントルコなみに支配のタガがゆるんでいてもおかしくはないだろう。」

ヤンが少し眦を上げると、パエッタは「俺だって歴史の勉強くらいするさ」とちょっと拗ねたように言った。

「いえ、私も同じ考えだったので。」

「そうか! そうだろう。」

うんうんと勝手に頷くパエッタに何とも言えない感覚を覚えながらヤンは続きを促した。


「ああ、そうだった。皇帝あらためフリードリヒ大公の同盟領内通過が要望されているらしい。それと引き換えに捕虜交換が行われるという話も出ているそうだ。」

「捕虜交換ですか・・・叛乱軍の悪しき思想から正しき道へと『矯正』していた帝国がまた思い切ったことをするもので。
いや――となると・・・。」

「ん?」

考え込むヤンをパエッタは覗き込む。

「ああ、いえ。帝国も日本との貿易を望んでいるのだろうと。そうなると自分たちの積荷を運んで同盟辺境部からエア回廊へ向かう以上、同盟辺境への大規模な艦隊攻撃はしばらくはないだろうなと考えていたんです。
お偉方にとっても損な話ではないでしょう。エル・ファシルの一件のように同盟辺境は常に帝国軍の襲来の脅威にさらされていますから、わざわざそこまで貿易船を仕立ててくる以上は帝国軍もおいそれと手は出せません。辺境領域の航路治安状況は劇的に改善されるはずです。
変わりますよ。何もかもが。」

自由惑星同盟の辺境星系はその版図の3分の1に及ぶ。
今までは防衛拠点か観測所があり、艦隊の中継所だった場所が貿易の拠点になる。
しかも敵がこなくなる。

つまり自由惑星同盟は「安全な国土を1.5倍に拡張した」のと同じ状況になるのだ。


「変わるな。何もかも。まぁ・・・だからこそか。」

「何がです?」

いや。とパエッタは少し歯切れが悪そうに言った。

「君にも関係ある話だ。知り合いに政府に顔が効くやつがいるんだが、ヤツが言うには捕虜交換の象徴として元エル・ファシル駐留艦隊司令のアーサー・リンチ少将を持ち上げる話が挙がっているそうだ。
武運つたなく敵手にとらわれた英雄と、民間人救出に尽力した英雄の対面だ。
君とリンチ少将、そして日本との国交樹立、なんともお祭り騒ぎの要素に満ち満ちているとは思わないか?」

それはまた――

ヤン・ウェンリーは憂鬱になった。

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最終更新:2012年02月06日 07:26