858 :ひゅうが:2012/02/10(金) 10:05:06
→793-795 の続きです。 ヤンが朴念仁すぎるのもあって書きにくい・・・


銀河憂鬱伝説ネタ 本編――「春は出会い(と政治)の季節」その5


二人の男は、前菜が来る頃には復活し、食事に舌鼓を打ち始めていた。
ヤンとしては奥様方を相手に末期戦じみた撤退戦を挑んでいたために、たとえ的になるとしても味方の戦線復帰は有難い。

「それで、『どう』だったのかね?あちらは。」

気を取り直してグリーンヒルが言った。
この場で「あちら」というと、パエッタとヤンの「旅行先」以外にはありえない。
そしてこの場で求められているのは一般人二人に聞かせても大丈夫な「日本帝国の話」に違いない。
ヤンもそれくらいは察することができる。

「何というのですかね。先端と過去が奇妙に混在した国でした。
たとえば、彼らの首都には摩天楼が林立しながらその間には自然そのままの緑地帯がありましたし、宇宙港のすぐ横には地球時代の『戦艦』がありました。
あの『日本海海戦』や『ハワイ沖海戦』時の日本海軍の旗艦です。」

「歴史の教科書で見たことがある単語に実際に参加したものがそこにあるのは確かにすごいですね。
博物館みたいにガラスケースの中にあるはずのものが街中にあると確かに戸惑います。」

何とか話に参加したいらしいフレデリカ嬢が言った。

「ああ。歴史が本の活字の中にあるのではなく目の前で確かに続いているのを見るのは、変な気分だったよ。本を読むだけではわからないこともあると月並みな感想を抱いたのだけれど――」

「その割には書店街で大量に歴史書を買っていたようだが?」

ニヤっと笑いながらパエッタが言う。

「案内役の嶋田提督も苦笑していたぞ。ああ、そうそう。嶋田提督とは手紙を交換しているとか。」

「宝の山を前に自重をしすぎると後で後悔しますからね。嶋田さんも『下手な遠慮はあとで中途半端に後悔する』と言っていましたので。」

「嶋田さん?」

フレデリカが首を傾げる。

「ああ。嶋田茉莉中将、日本宇宙軍統合軍令本部次長の女性だ。」

「きれいな人だったな。」

「あなた?」

パエッタは「あれ?何かまずいこと言ったか?」といった目で奥さんを見ていたが、奥さんの目はなぜか絶対零度の冷たさを持っていた。

「・・・その、嶋田さんって、ヤンさんの?」

言外の意味はあまりわからなかったが、ヤンはここは否定しておく方がいいと思い答える。

「いや? 面倒見のいい人のようだがそれが何か?」

「い、いえ!なんでもありません・・・なんでも。」

ふむ。とヤンと、ちょっと落ち込んだ様子のフレデリカを見比べるグリーンヒルは何か納得した様子だった。

「お?噂をすれば。」

そしてグリーンヒルの視線が店の奥の3DTVに移ると、彼は「ほう」と息を漏らしてからそう言った。
つられて同じ方向を見たヤンも「ああ」と納得顔で頷く。
画面の向こうでは、二つの国旗をバックに最高評議会のハッブル議長とつい最近からニュースチャンネルの常連になっている男性が何事かをしゃべっていた。
内容はテロップですぐに分かった。

「共同記者会見ですか。」

「どうやら公式には問題は終わったようだな。」

となると、次は選挙ですかね?とパエッタが冗談めかして言う。

「同盟駐在の日本大使とハッブル議長共同記者会見、友誼に変わりはなしと確認?」

「ええ。ここのところゴタゴタしていましたからね。これで一息というところでしょう。」

「私の家の周りで演説している『国家団結会』みたいな人たちも静かになりますか?」

ヤンは、フレデリカが出した右翼なんだか左翼なんだかよくわからない自称政治団体の名前に少し顔をしかめた。
古より辻説法と称して街頭行動隊をひきつれている連中ほど胡散臭いものはない。

859 :ひゅうが:2012/02/10(金) 10:05:45

「選挙になるでしょうし、今回の一件で彼らの飼い主も大打撃を受けているでしょうから行動は過激になるかもしれないですね。よくあるのですか?」

「うちの周辺は将官やら佐官級の人たちが多い住宅街ですから。よく来ます。」

それは危ないな。とヤンは思った。

「ああいうのは追い詰められると暴力に走りかねませんから気を付けてくださいね。顔を覚えられていると厄介――あ、そうだ。」

ヤンは思った。
記憶が確かならグリーンヒル閣下の家は2ブロックも離れていないはずだ。
ヤンはテーブルサイドから紙ナプキンをとると、ボールペンで素早く住所を書いた。

「何か危険がありましたらこちらまでどうぞ。私の家の住所です。」

「ヤン中佐?」

「ほほほ。大胆ですね。」

「ええ本当に。」

え?とヤンは首を傾げる。

「どういうことだ?」

「いえ。私はしばらく宇宙艦隊司令部と家の往復ですから空いているので。
ちょうどいいかと思ったのですが。」

ヤンとパエッタは顔を見合わせた。

「あなた。それにヤンさんも、もう少し感情の機微に敏感になった方がいいわよ?」

なぜか満面の笑みを浮かべたパエッタ夫人に、二人の男はコクコクと頷いた。
こういう時には逆らわない方がいいと、二人は経験で知っていたのである。

「よかったわね?フレデリカ?」

グリーンヒル夫人と顔を赤くしたフレデリカ嬢がそんなことを言っているのを見て、グリーンヒル中将は少し複雑そうな顔をしていたが。

「ヤン中佐。」

「はい。」

「・・・節度を持って、な?」

「?・・・はい。」

怒った方がいいのか、それとも呆れる方がいいのか、とグリーンヒルは苦笑いすることしかできなかった。
この話題は、メインディッシュである鹿肉のローストがやってきたことで終わりを迎えた。

なお、ヤン・ウェンリー中佐の職務外職務の中に食べる・寝る・読書する以外に「フレデリカ・グリーンヒルの家庭教師」が夫人の依頼で加わるのはこの1週間後となる。

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最終更新:2012年02月11日 05:29