931 :ひゅうが:2012/02/10(金) 20:35:03
→858-860 の続きです。


銀河憂鬱伝説ネタ 本編――「父の心」


――帝国暦480(宇宙暦789=皇紀4249)年5月
   銀河系オリオン腕 銀河帝国 帝都オーディン


「お呼びですか?父上。」

「おお。来たな。」

フリードリヒ4世の機嫌のよさげな表情に、ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム皇太子は嫌な予感を感じつつ歩み寄った。
当年とって23歳。青年といっていい年齢の彼は、フリードリヒ4世と亡き皇后テオドラの間に生まれた最後の男子でもある。

そしてそれが、彼の「開明的すぎる」とすら言われる性向をしてこの宮中で生き残らせている原動力であった。
皇族にしては珍しく恋愛結婚で名門ではあるが権力は志向していないノイエシュタウフェン公家から妻であるカテリナをもらっており、政治的にも中立という厄介な立場である。
裏を返せば、暗殺でもしようものなら娘婿であるブラウンシュバイク公やリッテンハイム候が真っ先に疑われるのである。


「卿も話くらいは聞いておろう。余は卿に皇位を譲る。」

「意向は聞いております。しかし私は冗談とばかり――」

「冗談ではないぞ?余はこれからフェザーンを経てあの日本帝国を相手にダンスを申し込みに行くでな。」


やはり本当だったか。とルードヴィヒは内心驚きながら頷いた。
昨年末からどこからか「退位」の噂が流れ始め、今年の3月になってリッテンハイム候主催の園遊会の席上で皇帝の口からはっきりと「退位」の意向が示され、帝国は大荒れとなっている。

もっとも、自由惑星同盟を僭称する叛徒どもが犯したミスの結果生じた「サジタリウス回廊会戦」に帝国側の貴族のいくらかが関わっていたこともあってその衝撃は「冗談だろう」として受け流されているが。
いや、誰もが「冗談だと信じたい」のかもしれない。


「皇位をくださりありがとうと申し上げるべきかどうか・・・」

ルードヴィヒは父に率直に言った。
この父は貴族たちのように言葉の揚げ足をとることはしない。吝嗇といわれる父であるが、少なくとも家族の間では誠実である。
政治に興味すら示さずに真面目なリヒテンラーデ候らに苦労をさせているあたりは尊敬できず、そのためにルードヴィヒは政治的な関心を抱く(リヒテンラーデ候の膝の上に座って内容もわからない書類についてあれこれ質問していたのはいい思い出だ)に至ったのだがそれはそれ。
この年齢になるとそれが父の処世術らしいことは察している。

「苦労をかけるつもりであるから礼は不要ぞ。」

カカとフリードリヒは笑った。

「確かに。これからはいろいろと門閥貴族たちも動きましょうから。ですが望むところです。」

うんうん。若いの。とフリードリヒは笑う。
ルードヴィヒは気付いた。

珍しくこの父が昼間なのに酒臭くない。
侍女に合図をしたフリードリヒが右手に持っているのは、紅茶だった。
勧められたルードヴィヒも、ひとくち口をつける。
旨かった。
上品すぎないところが特にルードヴィヒの気に入った。


「気に入ったかの?これは叛徒どもの手によるもので、シロン星系産の茶葉じゃ。
若いころからこれが好きでの。皇太子になる前は『妻』と共によく飲んだものじゃよ。」

投下された爆弾は、ルードヴィヒの眼前で炸裂した。
不覚なことに彼はそれを避け損ねた。

「・・・ご落胤がいる、と?」

ルードヴィヒは眉をひそめる。
この父に対してどこかよそよそしくなっているのは、母が死去したすぐあとに現在ではベーネミュンデ侯爵夫人と呼ばれる少女を妾としたショックな光景が理由である。

それまでは後宮へ上がっても務め以上のことはせずに皇后テオドラを愛していたように思えたフリードリヒの豹変には少なからず彼はショックを受けていたのだった。


「うむ。まぁもう『あれ』は殺されてしもうたが。生きておったのなら兄上あたりが今頃皇帝であったはずであるが。まったく帝都は魔窟よの。」

932 :ひゅうが:2012/02/10(金) 20:35:39

悲しげに笑う父に、ひとまずルードヴィヒは内心を棚上げした。
ここは情報が必要だ。

「それで、そのご落胤は?」

「安心せい。もうおらぬよ。それに女子であったから卿の皇位継承順位を脅かしはせん。余が皇太子となる際に信頼できる帝国騎士の家に預けた。結婚し二児を設けたが、こちらももうおらん。貴族の妾にされかけ、拒否すると殺された。
十数年後に姉の方をカストロプが狙うとは、これはもう余の血筋が呪われているとしか思えんの。」

くくっ。とのどを鳴らす皇帝に、ルードヴィヒは何か恐ろしげなものを感じた。
そのためか、意識の底に何かひっかかっているものをそのまま無造作に口に出してしまっていた。

「父上、まさか――」

「そうよ。アンネローゼは余の孫じゃよ。」

ひゅっと窓の外から風が吹き込む。

「テオドラが死に目に言っておったの。『あなたは私を愛してくださいましたが、私に恋してはくれませんでしたね。それが少し悔しいのでヴァルハラであの方に文句を言ってきます』と。」

「母上が?」

うむ。とフリードリヒは紅茶に口をつける。

「じゃからかの。自分に無垢な好意を向けてくる者や敵意を向けてくる者は、どうも苦手じゃ。」

ルードヴィヒは、それが父の言外の言い訳のように思え、少しむっとした。
しかし、母の遺言のようなものを父が覚えていることに免じて矛をおさめる。

「それで、そこまで話されてどういうつもりで?」

「卿は、ラインハルト・フォン・ローエングラムとなる若者を知っておるかの?」

はぁ。とルードヴィヒは生返事をし、そこで幼年学校を卒業したばかりの寵姫の弟を思い出す。

「グリューネワルト伯爵夫人…いえ、ローエングラム女伯となる女性の弟でしたか。美しい若者という評判は聞いております。」

「知っておるか。ならば話は早い。」

宮中では「グリューネワルト伯爵夫人が欲がないので見かねた皇帝陛下が下賜された」とやっかみまじりで語られはじめた噂であるが、これも本当らしい。

「あれは、大器ぞ。こと軍事についてはルドルフ大帝にも引けをとるまい。」

「それほどですか。」

うむ。とフリードリヒは孫の通信簿を見て笑う祖父のように微笑する。

「本来はあれに黄金樹を倒させるも一興と思っておったが」

「なっ!?」

「面白き存在が現れたゆえな。お主も権力闘争の果てに暗殺される可能性が低くなったゆえひとつ任せてみようと思ったのじゃよ。」

一瞬、スっと細められた目にルードヴィヒは総毛だった。
父の全身から、覇気が発散されている。
これが、あの父か?
優しく、気弱でいつも母上と喧嘩をすると薔薇の花を持って謝りに来る、意外なことに料理がうまく家族に手料理を振る舞うのが趣味の?


「帝国の中央集権化、貴族たちの官吏や資産家への転化を進め、最終的には議会政治の確立を目指す。大仕事じゃな。」

ルードヴィヒは、自分が限られた側近にのみ語っている構想を父に知られているという事実ではなく、その覇気に圧倒されつつあった。

「この大改革を行うには軍事力による絶対的な統制が必要となろう。しかし軍は門閥貴族の巣窟――ゆえに汝は暗殺されると考えておったが、かの最古の帝国の出現で事情は変わった。あの『自由惑星同盟』はこれから容易ならざる難敵となろう。」

託宣を下すかのようにフリードリヒはふかふかの椅子から立ち上がった。

「ゆえに――軍は再編を迫られよう。 汝の政策に反発し蜂起する者も多かろう。
ことに、汝に男児が生まれた頃が危険じゃな。
5年は時間が持つじゃろうが。そしてその時は、わが孫の一人を活用せよ。」

「ラインハルト・フォン・ローエングラムをですか?」

ルードヴィヒはオウム返しに訊く。

「うむ。汝とあの者、この二人が『ゴールデンバウム朝銀河帝国』を実質的に滅ぼすのじゃ。『あの者』にかような運命を強いたのは今の帝国を形成し動かしている貴族どもゆえな。
いずれにせよ協力は可能であろうて。
貴きものなどと言っておるが、濁りきった帝国の血を入れ替えよ。そしてそれが叶わぬなら――」

余が場所をつくっておく。いつでも逃げてよい。と皇帝は言った。


「まぁ心配するな。余はうまくやる。あの者は意外に血族や家族には情があるゆえな。
おおそうだ。後でグリンメルスハウゼンを遣わす。よく使ってやれ。もっとも今は――」

孫を殺してまで権勢を維持したいと願う外道どもを誅殺しに行っているゆえ遅くなるがな。と言ってフリードリヒは高笑いした。
ルードヴィヒは、この父の苛烈な内面を思い知らされた。
ベーネミュンデ侯爵夫人の第1子が流産したことを、彼は既に知っていた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2012年02月11日 05:33