568 :ひゅうが:2012/02/22(水) 22:10:01

銀河憂鬱伝説 本編――「友」 その1


――帝国暦480(宇宙歴789=皇紀4249)年8月15日 銀河系 オリオン腕
   銀河帝国 帝都オーディン


迎えは、馬車ではなかった。
珍しいことに黒塗りの地上車で、運転手はどこぞの貴族のパーティーで見かけるような平凡な30代の使用人のようなものだった。

しかし、その周囲にはさりげない風を装って会社勤めらしい男たちが道端で雑談をしており、近所の勤めであるらしいパン屋の服を着た女性が平民らしき人間と立ち話をしていた。
その視界の隅には確実に自分たちをとらえて。


ラインハルト・フォン・ローエングラムはその事実に気付いて少しむっとなるべきか、そうでないか迷った。
だが、ここ数か月で身に着けつつある内心を一時的に棚上げするという手法でそれを抑え込み、これから待ち受ける喜ばしいことにのみ意識を集中させることにした。

「ラインハルト様。」

彼の横で「赤毛ののっぽさん」ことキルヒアイスが苦笑しながら言った。

「そんなに不機嫌さを顔に出さずとも。」

「わざと出しているんだ。」

ラインハルトは言った。

「嫌な奴と会うのに少しは子供らしく不満を顔に出すのはいいことだろう?」

「こんなときだけ子供らしくなられても・・・」

「何か言ったか?」

いえ。と吹き出しそうになるのをこらえるキルヒアイス。
やっていることはまるで子供だ。
とはいっても彼らはまだ12,3歳なのだから子供というほかないのだが。

「うちの父も、あの男――いや祖父も、揃いもそろって俺をのけものにして。
これでは俺は道化ではないか。」

忌々しそうに、そして辛そうに何度目かになる台詞を吐き捨てるラインハルト。
これでもまだ改善した方であるとキルヒアイスは知っていた。

幼年学校での卒業が確定し、喜び勇んで姉アンネローゼと会ったあの日、ラインハルトとキルヒアイスの世界は永遠に変革を余儀なくされた。
憎んでも憎み切れない「あの男」が自分たちを守るために力を尽くしていたこと、そして姉を売り払ったとばかり思っていた遺伝学上の父親の本心。
とかく人間とは複雑であるという簡単な真理を示すものだが、それを彼らの心が消化するには実に3か月あまりの月日が必要となったのだ。

運よく、近衛付として待命状態だった二人は、これを機会にキルヒアイスの家に居候することにした。
もちろん(ラインハルトらしく)律儀に家賃その他を払って。
彼の両親は突然の申し出に驚きながらも、ラインハルトが隣の本来は自分たちの家を見る表情から何かを察したのか快くこれに応じた。
そして参謀旅行という名目で、キルヒアイスはラインハルトを連れまわした。

ある意味、それは代償行為だったのかもしれない。
キルヒアイスにとり、この親友というべき少年とその姉は、近しくも遠い存在だった。
しかし、物理的に遠くへいってしまった姉アンネローゼはこんどは心理的にも社会階級を数個隔てた存在へと片足とびで去って行ってしまう。
彼自身はそれを諦めとともに受け入れようと思っていたのだが、理解できることと納得できることは違う。

キルヒアイスは、あの覇気あるラインハルトに立ち直ってほしくあり、それをもって自分も再起しようと心の底では思っていたのだろう。

569 :ひゅうが:2012/02/22(水) 22:10:38

ゆえに、彼はラインハルトが見ていないものを見せることに心血を注いだ。
町の影、商店街の活気、そしてそこで生きる人々。
旅行にも行った。
男二人の旅行というと味気ないかもしれないが、それでも青春まっただ中で急きょ暇ができた二人の少年は大いに楽しんだ。
前にもまして、姉からの映像つきレターが届くようになったことも彼らを喜ばせた。

仕上げにキルヒアイスは、町の貧民街や貴族に乱暴される人々、そして貴族とともに働く人々や夜になって同僚と飲み歩く階級を超えた人々を彼に「見学」させた。
彼の父の発案だったが、それを見て何かしらの思うところはあったらしい。
以来、ラインハルトは外見上は立ち直ってみえる。

そんな時、皇帝から呼び出しがあった。
しかも二人に。
こうして二人はごく普通の地上車(リムジンですらない)である「迎え」と共に地上車に揺られているというわけだった。


「こうまでして陛下が私たちを呼ぶということは、何か大切な話があるのでしょう。」

「あのタヌキがか。」


車は、新無憂宮の南苑の通用門から入り、わざわざ輸送用トラックの車列の前に出てこれを先導している風に前を走った。
大商人などは、このようにして先頭にたち貴族の館を訪問するものなのだ。
そして顔をつなぐ。
これは、基本的に新無憂宮でも同様だ。寵姫や皇族の注文を受けた商人がよく許可証をもってこうして中へ入るのである。

この宮殿で馬車を使用していないものは、基本的にこうした商人か下っ端の軍人という固定観念を利用し、そうまでして車は中へと入って行った。
これで、だれが見ても「いつもの光景」が出現する。


「・・・俺もまだまだだな。人の腹の底を見通せないと、これからは生きていけないだろう。」

「ラインハルト様。」

「ああキルヒアイス。俺はこれからどうするべきか決めかねている。だが、少なくとも帰ってくる姉上を俺とお前が守らなければならないのは分かってくれるか?」

「もちろんです。」

胸の奥にチクリとした痛みと、少しほっとしたような感情がないまぜになった複雑な気持ちでキルヒアイスはいつものようにうなづいた。
そんな二人の様子を、運転手がほんの少しだけ目を細めながら見ていることに彼らは気付かない。
そして彼が「皇帝の闇の手」とも噂される影の存在の一員であることも。

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最終更新:2012年02月24日 23:51