244 :ライスイン:2014/05/06(火) 14:59:39
1943年5月 東京・夢幻会会合場所


「あいつら、また下らん事で敵を増やしやがったな。」

「それにいくら不利になったからって文字通り肉壁をやるとはな。」

「各国共に可能な限り救出してはいますが・・・。」

「なんらかの報復は必要だろうな。」




                    「日米露三国同盟~落日の欧州」15



 1943年5月、遂に連合軍は欧州本土に足を踏み入れようとしていた。
中東・アフリカの同盟植民地は既に陥落。英連邦所属国であった南アフリカも連合軍到着前に黒人反政府勢力に包囲されていた
最後の拠点ケープタウンが陥落(※1)。欧州外の拠点や所属国を全て失っていた。

 また同盟は致命的なミスを再び何度も犯してしまった。
ロシア軍が攻勢を開始したとき、サンクトペテルブルクを爆撃しようとしたドイツ空軍の爆撃機が進路を誤ってフィンランドへと侵入。
工業都市ヴィプリを爆撃してしまったのだ。これは計器類の呼称や低品質部品の使用による精度の低下、そして新人のみで構成された
部隊という悪条件が幾つも重なった事が原因であった。
 更に翌日、フィンランドが抗議している最中に再び誤爆が発生。おまけに抗議するフィンランドに対するドイツ側が提示した賠償条件である

○同盟軍勝利後に割り増しで支払うor同盟に加盟側で参戦すれば広大な領土を譲渡する

という内容がフィンランド側を激怒させ、連合に加わる事を決意させ、国民の支持もあって議会での闘技は速やかに進み、4月5日付けで連合に
加わる事を宣言。同時に連合軍を領内に受け入れている(※2)。

 もう一つのミスは鉄鉱石の輸入先であるスウェーデンを敵に回した事だった。
連合の黙認の元、自国の安全の為もあって同盟との取引を続けてきたスウェーデンだったが戦局悪化に伴って貿易代金の支払いが滞り始めていた。
特にスイス侵攻以後は滞りも多くなり、しかも代金の値引き要求も始まり時には武力をちらつかせる事もあった。
 4月10日、ドイツの輸送船が代金が支払われないまま強引に出航(※3)。スウェーデン海軍の駆逐艦が暫くして追跡を開始した。
ドイツ輸送船は度重なる警告を無視してスウェーデン領海をもう少しで出る地点にまで到達。スウェーデン駆逐艦は領海から出るのを阻止しようと
威嚇発砲を開始。その最中に軽巡洋艦エムデンと駆逐艦レーベレヒト・マース及びマックス・シュルツで構成されたドイツ艦隊がスウェーデン領海内へ
侵入しスウェーデン駆逐艦へと砲撃を開始した。これは輸送船が発した

「スウェーデン海軍に攻撃されている、至急救援を頼む。」

という内容の緊急無線を受けてのことであったがそれ以外の要因として輸送船を所有する会社のオーナーがナチス高官と懇意にしていた事。
責任をスウェーデン側に被せる事で譲歩と賠償を引き出そうとする考えがドイツ側にあった事。そして訓練不足や質の低い人員の配属など
が重なっていた。

246 :ライスイン:2014/05/06(火) 15:00:15
戦闘自体はドイツ側の練度の低さもあって多少時間がかかってはいたがスウェーデン駆逐艦を撃沈し、輸送船を無事に保護?してリューベックの
港に入港している。
 この件で猛抗議するスウェーデンに対してドイツは代金未払いを棚に上げてスウェーデンを非難。自分達の行動を棚に上げて賠償を要求した。

①:スウェーデン国王と首相はドイツを訪れ、総統閣下に対して直接謝罪する。

②:賠償として一定数量の鉱物資源を無償提供する。また賠償金も支払う。

③:輸送船の安全航行の為、同盟軍への無制限の領内通過及び領内への駐留を認める。

④:この様な過ちを繰り返さないためにもスウェーデン海軍の駆逐艦以上の艦船を同盟へ引き渡す。

⑤:同盟側に加入する場合。上記①~④を免除する。

 あまりにもふざけた内容であった。当然スウェーデンはこれを拒否、同時に軍を同盟占領下のノルウェーとの国境付近に展開させ、そして
連合へ支援を要請した。この動きに対して在ノルウェー同盟軍は敵対行為と判断し、宣戦布告も無い内に独断でスウェーデンへ侵攻した。
もっとも在ノルウェー同盟軍は二線級以下の装備が主であった為(※4)、純正の97式戦車や96式戦闘機を多数ライセンス生産して保有していた
スウェーデン軍を打ち破る事ができず、援軍としてロシア軍とフィンランド軍、そして北極海を強引に突っ切ってきた日本軍が加わって
逆にノルウェー防衛すら危うい事態になっていた。


 そのような状況下で遂に欧州本土への侵攻が始まった。
5月1日、アメリカ軍・カナダ軍が崩壊したジブラルタルに上陸を開始した。この時既に同盟軍は制海権を損失していて燃料不足もあって
有力な艦艇を送り込むことが出来なかった。また北アフリカの飛行場から飛び立った重爆や空母艦載機による圧倒的な航空戦力の前に
同盟空軍機は蹴散らされてしまった。上陸自体もDプラン戦艦群による艦砲射撃もあって順調に進み、上陸から2週間ほどでジブラルタル周囲を
制圧し、大型機対応の飛行場や移動式ドックを設置した簡易停泊地まで設営してしまった。

 イタリア方面でも1日に攻勢を開始した結果、およそ1ヶ月程度でトリノ・ミラノ・ジェノヴァなど北西部の都市を奪還して戦前のフランス・スイス
国境まで回復。北東部でもプレシアを奪還して残る同盟側(バドリオ率いるローマ共和国)の主要都市は首都ボルツァーノを含めてトレント・
トリエステ・ヴェネツィアという状態だった。

 ロシア方面でもフィンランドやスウェーデンに増援を派遣するなどした結果、2ヶ月程かかったがノルウェー北部を制圧。
東部でもバルト三国を奪還しケーニヒスベルグや旧ポーランド国境に迫り、バルカン半島でもトルコ軍と日本軍がブルガリア全土を制圧。
旧ユーゴもアルバニアのイタリア軍と協力した結果、ベオグラード以南の制圧に成功した。

 イギリスについては上陸作戦こそ行わなかったが通商破壊や爆撃の強化、そして北アイルランドの反政府勢力への支援や中立を維持する
アイルランドへ密かに接触して連合への加盟交渉や潜水艦を用いた武器支援などを行った。

 これらの攻勢の結果、戦争はクリスマスまでには終るであろうとの予測が各国で広まった。
しかしその予測は再び行われた同盟側の愚行によって覆されてしまった。

247 :ライスイン:2014/05/06(火) 15:00:45
1943年7月29日、スペイン・イタリア・バルカン・ロシア・ノルウェーなど各前線に展開している連合軍将兵は唖然としていた。
自分達の正面・・・つまり敵陣地の前面に鎖で繋がれた無数の人間が文字通り肉壁となって並ばされていたのだ。
 この人達は主に同盟各国に駐在する外交官や武官に脱出が間に合わずに収容されていた連合各国の国民及び捕虜などであった(※5)。
この許されざる暴挙に連合各国は同盟に対して非難声明を出し直ちに中止するように要求を出した。しかし同盟側は

「連合各国が犯した罪を己が肉体を持って贖罪させているだけだ。」 「悔いる心があるのならば降伏せよ。」

とまったく取り合わず、見せしめの処刑を繰り返しながら肉の盾にして前進。連合側は僅かにしても後退しなければならなかった。
おまけにこれ等の人々の内、年齢の若い女性を慰安婦として同盟軍各部隊に配給していることが発覚し、余計に連合国民の怒りを募らせていた。
これらの事態に対して連合各国は特殊部隊や強襲部隊を用いての救出作戦や工作員を使った同盟軍指揮官への賄賂による解放など様々な手段を
用いて救出を敢行。救出作戦は3ヶ月続いたがそれでも救出できたのは1/10程度であった。
 この間、連合軍は止むを得なく定期便を中止。各戦線にも自衛以外の戦闘を中止させた。
一連の非道行為によって3ヶ月程度ではあるが定期便や攻勢が中止された結果、同盟各国はある程度息を吹き返していた。
ただしこれらの行為によって連合は対して同盟に一切容赦する心を無くさし、再度行われる攻勢が当初の予定よりも一層苛烈になるのであった。


※1:連合軍が到着する1週間前に陥落。白人の自由と尊厳を守るとして女子供まで銃を持って戦った結果、黒人反政府勢力側も容赦できなくなり、
   連合軍到着時に生存していたのは若い女性を中心とした5000人前後であった。

※2:主にロシア軍の他、シベリア鉄道や北極海を強引に渡ってきた日本軍。

※3:スイス占領の影響で現金による現地での直接決済が増えていた。

※4:戦車は1・2号やフランス製のR35及びポーランドから鹵獲した7TPが中心。野砲なども旧式や鹵獲品が大半を占めていた。

※5:外交官や残留国民は併せても5000人にも満たないがイタリア・ロシア・バルカン等の戦線で捕虜になった兵士や強制連行された
   各国の国民、特にロシア人が多く、それら全てを併せると20万人を超える規模であった。

次話:「日米露三国同盟~落日の欧州」16

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最終更新:2014年05月18日 21:56