252 :ひゅうが:2014/06/07(土) 16:50:05


日英激突ルートIF――「憎悪の配当」


――「我らは貴下に以下の如く告げる。

滅ぶべし。

至誠に裏切りで報いたのであれば。
滅ぶべし。
海へ陸の驕りを敷かんとするならば。
滅ぶべし。
死者へ鞭打ちたるならば。
滅ぶべし。
護国の掟を破りしならば。
滅ぶべし。
父祖を裏切りたるならば。
滅ぶべし。
人を人とも思わぬならば。

さらに我らは貴下へ告げる。

滅ぶべし。
汝らは誇りを守れじ。
滅ぶべし。
汝らは王国を守れじ。
滅ぶべし。
汝らは民を守れじ。
滅ぶべし。
汝らは海を守れじ。

滅ぶべし。

英国海軍よ、汝の存在は正義に反す。

ゆえに滅びよ。」


――あるユトランド沖海戦の生存者とされる人物の言葉



【解説】――英国においては「『ジュリコー』特攻(チャージ)」と称される一連の海戦は、いささか無理があるながらも日本海軍にとっては「第二次ユトランド沖海戦」と称された。
それもその筈。
彼らは祖国の英雄と名誉を、いささかの俗欲を伴いながらも大半の国民にとっては友人を助けに行った先の海で失っていたのだから。
その海における生き残りが果たした「かたき討ち」となれば、講談や歌舞伎の「曽我物」よろしく人々の琴線に触れるものであったのだ。
当事者である海軍にとってもそれは同じで、遣欧第三艦隊の見送り式典の席で一報を受けた海軍の長老 広瀬武雄元帥はその報を聞き届け人目をはばからずに涙を流したことがよく知られている。

そして、そのことが英国のとっては「泣き面に蜂」ともいえる「後手からの一撃」へと繋がることになるのである。
式典には当然ながら同盟国である合衆国やカナダの報道陣も訪れており、人目をはばからずただ天を仰ぐ元帥の姿に周囲の記者たちに理由を尋ねていたのだ。

「ゼネラル・アドミラル(元帥)はなぜそのように泣いているのか。」

と問えば、先の一戦がただ英国に残された巨大戦艦を沈めただけではないことがわかる。
撃沈の主役は、かつてあの海である提督の許すべき裏切りを見届け姉妹艦すべてをアドミラル・トーゴーとともに失った軍艦である。
そして、沈めた艦はその忌々しい名前を冠しており明らかに格上な18インチ砲艦。

と、なれば、合衆国においては西部開拓時代の生き残りが未だ存命であった頃に少年時代を過ごしていた当時の20代以上の人間にとってこれほど心を躍らせるエピソードもない。
反対に、カナダの人々にとってはまさに「神の導き」を想起させられることに十分なエピソードである。
実際、カナダの英連邦(オタワ政府)首相チャーチルは一報が通信社の配信によって伝えられた際に愛用のキューバ産葉巻を口から落としてしまい、膝を少し火傷するという醜態を演じた。(もっともそれを回顧録に書いてしまえるあたりがかの宰相の偉大なところなのだが)

そうなれば、同盟締結以来腫物のように扱われていた過去の話が次々に出てくる。
カナダには当事者ではないものの関係者であった者たちがおり、或いは「我々はあんなことを容認したのではないのだ」とでも言いたげに、或いは自らの贖罪のためにと考えてつめかけた記者たちに当時の生々しい話を語っていったのだ。

253 :ひゅうが:2014/06/07(土) 16:50:43

彼らなりの正義感に満ち満ちていた当時の合衆国市民は憤慨した。
忘れていたことを思い出しただけであるともいうが、とにかく彼らの怒りに火が付いた。
そしてその矛先は、それまで英語圏の人々を「騙していた」英国とその尻馬に乗って「英雄」を称えていた市民たち、そして英国海軍に向けられる。

「話半分に聞いていたが、何が『薄汚い裏切り者のジャップ』だ!」

と。
話半分に聞くだけでもどうかと思うかもしれないが、事実の検証など大衆にとってはそんなものである。
そしてその感情の波は良くも悪くも民主国家である合衆国を動かした。
幾度か、「復讐のための戦略的な一撃」が討議されたがさすがに軍を預かる人々はそれを是とはしない。
しかし、合衆国と日本の情報機関はこの「勝利」を最大限に利用するために何らかの手段を要求している。

両者の折衷案となったのは、――「戦略的情報攻撃」――などという大層な名前が付けられたひとつの作戦だった。



――海戦から2週間後、友邦ドイツにならってチャンネルを固定したラジオからBBCを聞いていた英国国民は、その先からかすかに訛った英語を耳にする。
これこそが合衆国情報部が大型輸送船や軍艦、果ては地上の通信基地を総動員し「大出力で強引に電波を送り込んだ」海賊放送だった。

当初はBBCの放送かと思われたこの番組は、1時間半あまりにわたって当時存命でありカナダに亡命していたユトランド沖海戦の生き残りへのインタビューと海戦の経過をラジヲドラマ形式に綴った「ユトランド沖海戦の真実!」と題した特別放送。
監督に、同様のラジヲドラマで定評のあったオーソン・ウェルズ。
この人選からして日米の情報当局が何を狙ったかよく分かるだろう。
わざわざジュリコー大将の再現のために、よく似た声(英雄ジュリコーの声の録音は多く残っていたために声マネは容易であったという記録がある)を使うなどして行われたこのラジヲドラマは、情報機関のもくろみ通り大成功をおさめた。

開幕後46分あまりで発せられた有名な
「白人種に仕える黄色人種の義務を果たせ」という台詞は、その侮蔑的で優越感に満ちた語調と、その後の「友邦を助ける!」と意気込んでいた主人公格の日本側の士官の「そんなふざけた話があるか!なんと惨い――」という絶叫とともに英国民に深い衝撃を叩き込んだのだ。

そして、その後の対応に加え、今次大戦に至るまでの話(多くの場合は若干誇張気味な英国の行動)が語られるに及んでは人々は虚脱状態であったという。
そんな彼らの意識を再び振り向けたのは、勇壮な軍艦マーチに乗せて流れ始めたこの数年間の海戦の結果。
これだけでも、半分以上情報統制状態にあった英国民の血の気を引かせる。
発表が真実なら、英国海軍は彼らに告げられた戦果の10分の1も上げておらず、逆に5倍以上も沈められておりもはや消滅同然なのである。

そして番組の最後。
インタビューアーが畏まった声で、「ある高名なユトランド沖海戦の生き残り」が述べたいことがあるそうだと彼らに告げる。

そして…地獄の底から響いてくるような「静かな」老人の声。
冒頭の文があらん限りの憎悪を込めて語られる。



――作戦目的であった「英国海軍の権威の失墜」と「英国民の政府への不信醸成」は見事に達成された。
それから何が起こったかについては歴史が述べるとおりである。
だが、「最後の一文」を述べた人物が誰であるのかにつていは、作戦計画書も報告書も、そして当の情報当局者たちも沈黙を守っているという。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2014年06月16日 22:27