852 :198:2014/06/27(金) 11:30:33


世界大戦勃発




1914年6月28日。
サラエボでセルビア人暗殺者の手から放たれた銃弾によりオーストリア皇太子フランツ・フェルディナント大公夫妻が射殺され、怒り狂ったオーストリアがセルビアへの宣戦を布告すると欧州各国も動員体制を準備し始めた。

意外な事にこの時点で戦争準備が一番早く進んだのは最も動員に時間がかかるはずのロシア帝国だった。
これはひとえに帝政ロシア臣民のロマノフ王朝に対する忠誠心が実現した軍事上の奇跡・・・などではない。

安易な気持ちで介入して泥沼に嵌ったトルキスタン情勢がロシア帝国国内に飛び火しないよう独立運動の威圧の為に中央アジアへと兵力を集めていた事、そしてそれを米英が資金援助し満鉄が補助していたからだ。

米英の資金援助の代償にロシアがモンゴル国内に持っていた権益はさらに満鉄へと譲渡されたが、背に腹は代えられない。
所詮満鉄に食い荒らされるのはモンゴルであってロシアではない。
満鉄が挙げる収益は株式を通じてロシアにも還元されるし、何よりユーラシア横断に気炎を上げるアメリカからはさらに支援を引き出せた。

そしてその各種後方支援がロシア帝国の戦時体制構築を加速させる事になるが、これは即座にロシアの総動員下令へと繋がらなかった。

すでに準戦時状態にある有利を根拠にロシア軍部が中心となって総動員を求める一方、政府を中心としたロシア上層部は戦力の移動によるトルキスタン・アジア情勢の悪化を恐れ極度に欧州への動きを鈍化させてしまう。

この事態にほくそ笑んだのはドイツである。

1871年の普仏戦争終結以来のドイツの外交政策はフランス孤立維持を目的としていたが、1890年にビスマルクが失脚するとその外交政策の中軸であった独露再保障条約を延長する事が出来なかった。
さらに1894年には露仏同盟が締結され、対仏露二正面作戦に直面する可能性が高まるに及びドイツ参謀総長シュリーフェンの戦争計画が採用される。
ロシアの動員が完了する前にフランスを屈服させるというこの戦争計画は、しかしながら実際に発動する以前からすでに破綻の兆候を見せ始めていた。

1904年英仏協商、1907年英露・日露協商締結。

日英仏露それぞれの間で協商が締結され、しかも満鉄の株式がロシアにも分配されるに及び、ロシアの後方で動きを制約する物が無くなったのだ。

853 :198:2014/06/27(金) 11:31:28
フランスを叩き潰すためには後方の安全が必要不可欠であるのに、その安全が保障されない。
むしろ満鉄と連結されたシベリア鉄道を通じて日本大陸、アメリカ合衆国から無尽蔵の物資が送り込まれかねない。

慌てたドイツ参謀本部は世界情勢を見て回り、混沌とする中華大陸に一筋の光明を見出した。

中華大陸内陸部、英露緩衝国として満鉄参加国に独立させてもらったばかりのトルキスタン共和国。
そしてロシア領西トルキスタン・中央アジア。

北の熊を拘束する物が無くなったのなら新しく作り出せばいい。
何も鎖で繋ぐだけが猛獣の管理法ではない、檻へ入れて隔離するのも立派な安全確保の手段だ。
中央アジアはいかな巨体の熊でも収められる十分な広さがある、ついでに紳士然とした腹黒にも檻に入った熊を見せてやろう。

具体的には英露の勢力圏辺境でボヤを起こし続けて、欧州に関与できないようにしてやる。

ドイツ参謀本部がイタリア王国と協力して国民党を支援、旧清朝辺境領域の独立を認めない国民党過激派を買収してチベット人アムド自治区・トルキスタン共和国に攻め込ませると、英露は予測通り血圧をあげて中央アジアに介入していった。

ドイツ参謀本部は声を出さずに快哉を叫び、国民党青海派の侵攻を通じてトルキスタンに送り込んだスパイ網に暗号を打電、北の熊をタクマカラン砂漠で失血死させようと画策する。。
トルキスタン共和国の反ロシア派住民と一緒になってロシア軍の補給線を攻撃して回り、いよいよトルキスタン共和国領内だけの活動に留めていた反ロシア運動の扇動をロシア領トルキスタン全土に広げようとした矢先、欧州で戦争の導火線に火が付いた。

余りのタイミングの良さに自らの見識の正しさを信じ込んだドイツが誇る秀才参謀達は、本来戦争を避けるべく外交交渉で活用すべき仮想敵国の内憂を純軍事的要素として活用するよう計画を修正する。

中央アジアの内乱をひたすらに煽ってロシアが身動き取れないよう拘束し、その間にフランスを打倒してドイツの完全な勝利を掴む。

全てはシュリーフェンプラン完遂の為に。

ただひたすらに思考回路を計画の成功へと収斂させていたドイツ参謀本部は、戦争計画の実行の為に外交交渉を放棄するというその矛盾に気が付いていなかった。

そしてイギリス人なら鼻で笑う事さえなく却下するであろう提案をドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は採用し、列強各国は次々と未曽有の大戦争の中へとその身を投げ出していく。


1914年8月2日。ドイツがロシアへと宣戦布告し、ベルギーに対して無条件通過権を要求。3日にはフランスへと宣戦布告。
翌4日ベルギーの中立侵犯に対してイギリスがドイツへと宣戦布告。
同日、日英同盟の自動参戦規定に従い日本もドイツへと宣戦を布告する。


かくして、『戦争を終わらせるための戦争』――世界大戦が勃発する。

854 :198:2014/06/27(金) 11:32:58

1914年8月11日チャナッカレ。
ダーダネルス海峡にの入り口に位置するこの港湾都市に入港した巡洋戦艦ゲーベンと軽巡洋艦ブレスラウからなるドイツ地中海艦隊は、結成以来最大の問題に直面していた。

「それでは貴国は参戦しないと?」
「我が国は中立を維持します」
ドイツ地中海艦隊司令ヴィルヘルム・ゾーヒョン少将が腹立たしげに睨みつけると、髭を生やしたトルコ陸軍大将は悪びれる事無くドイツによるトルコ参戦交渉が破綻した事を告げる。

もっとも、ただ結論を言われただけでは英国地中海艦隊の熾烈な追撃を必死に掻い潜り、オスマン=トルコ参戦の可能性に賭けてやって来たゾーヒョンには納得できるものではない。

忌々しい熊が困っていると知ったらトルコは嬉々としてサーベルを持って襲い掛かるはずではなかったのか。
このまま中立を維持されては、石炭の残り少ない機関に不安を抱えた艦隊など袋のネズミ以外の何物でもない。

「イギリスの甘言に騙されてはいけません。腹黒いライミーどもはトルコを利用しようとしているだけなのです」

クリミア戦争や露土戦争で散々イギリスに利用され、ロシアに叩かれたのを忘れたのか。
そう視線で問いかけると、トルコ陸軍大将は不快げに眉を顰めて首を振る。

「トルコはイギリスを信用したわけではありません」

当たり前だと言わんばかりのその言葉に、ゾーヒョンはどこの国がドイツの参戦交渉を邪魔したのかを理解した。
宿敵ともいえるロシアや、国内を植民地化している英仏の説得に耳を貸してトルコが意見を変えるはずがない。

「・・・日本の方が、ドイツよりも重要だと?」

満州鉄道株式会社などと言う得体の知れない植民地会社を作り、ドイツを除け者にして同じ黄色人種を食い物にする異形の帝国。
あの極東の大国が中華を率先して解体しようと暗躍しているのとは対照的に、オスマン=トルコに奇妙なほど甘い支援を繰り返しているのは有名な話だ。

ゾーヒョンの問いかけにトルコ陸軍大将――アリー・セルジューク・パシャはコーヒーの入った有田のカップを傾ける事で応える。

「我が国は現在体制の刷新を図っており、とても戦争が出来る状態にないのです」

トルコの改革の先頭に立つ男は、表面上はひどく申し訳なさそうに言ってのけた。

知日派として知られる彼は観戦武官として参加した日露戦争から帰国すると日本の明治維新を徹底的に調べ上げ、トルコの改革へと立ち上がった。

腹心たるムスタファ・ケマルを通じてとかく過激に走りがちな青年達と議論を重ね、ともすれば分裂しがちな改革派を糾合する事に成功すると、1908年に発生した青年トルコ革命の混乱を収めて実権を握り、日本の支援の下で伊土戦争・バルカン戦争の敗北を回避する事でパシャの称号を得る。
誠実にして朴訥たる人格でジェマル・パシャ、エンヴェル・パシャ、タラート・パシャの三巨頭を調停、主導するその姿は絵画に描かれた同名の先祖になぞらえて『起ち上がる者』と国民に呼ばれ、次期皇帝との呼び声も高かった。

もっともそう言われる本人にその意思は欠片も無く「オスマンの軍人としてただ忠誠を尽くすのみ」と首尾一貫したその姿勢は皇帝からの信任を厚くし、より一層彼の名声を高める事になる。

そして彼は国内の対露開戦派を抑え込み、恫喝じみたドイツからの申し出を拒絶した。

「ご安心ください。トルコはドイツに敵対せず、中立を維持すると約束します。
 武装解除に同意していただければ貴官らの安全も保障するし、拘束もしない」

がっくりと項垂れたゾーヒョンにトルココーヒーを勧めながら、慰めるように優しい声でアリーは告げた。

中立国としての当然の要求、それはつまり機関の修理にも石炭の補給も行わないという事だ。
事実ドイツ地中海艦隊の二隻は終戦までイスタンブルの港に係留されることになり、ゾーヒョンたちドイツ軍人は無為な時間に煩悶する事になる。



1914年9月2日ドイツ軍はタンネンベルグでロシア軍先鋒を壊滅させ9月10日のマルヌ会戦で勝利するも持久力を失って後退、ドイツ勝利の方程式であるシュリーフェンプランは完全に頓挫。
その後、戦場は有刺鉄線と機関銃が支配する凄惨な塹壕戦へと移行し、欧州は底無しの血泥へと沈んでいく。

次話:ドイツ人的完璧主義

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最終更新:2014年07月12日 00:55