44 :198:2014/06/30(月) 01:20:06


匪賊たちの宴


1915年12月2日。
白朗率いる青海派が乗っ取った中華民国国民政府から宣戦布告文を受け取った協商各国は、泥沼の大戦にまた一つ追加された面倒事に舌を打ち鳴らしはしたがさして混乱する事はなかった。

中華大陸では大所帯と言えると言っても所詮国民党の勢力は一地方政権のそれでしかなく、海から切り離された内陸部しか勢力下に収めていない現状では外部からの支援も受けられない。
今まで列強が支援していた周辺勢力、特に満鉄の支援を受けた北洋軍閥だけで十分に対処可能であると協商国側は予測し、事実その計算は完全に正しかった――純軍事的には。

12月10日。
国民政府の支配領域より全方位に国民党は出撃し、協商国の支援を受けた周辺軍閥に鎧袖一触で蹴散らされる。

予想されたよりも出撃してきた国民党の数は多かったものの、各地からもたらされる一方的な勝報の数々に北洋政府を率いる袁世凱は中華統一の好機であると快哉を叫び、中華皇帝登極への野望を燃やし始めたほどだ。

異常事態が確認されたのはその翌日、各軍が一斉に重慶へと侵攻して国民党に止めを刺そうと行軍の準備を始めた段階になってからだった。

「昨日敗北した国民党軍の残党と見られる武装勢力が、各地で無差別に略奪を行っている」

当初はよくある敗軍の略奪行為だと思われたが、被害報告が積み重なるにつれてようやくその規模と範囲が異常である事が判明する。

多くてもせいぜい100人程度の集団で集落を襲って焼き尽くし、銀行から現金を運びだし、田畑を荒らし、鉄道のレールを盗み出す。
軍や警察がやってくれば逃げ出して、他の場所に別の獲物を探しにいく。

前日各地で蹴散らされて蜘蛛の子のように逃げ出した国民党軍は最初からこれを目的として編成され、簡単な指示を与えられていた。

『奪い尽くせ、犯し尽くせ、燃やし尽くせ』

国民党政府を掌握してより10日足らず、白朗は食い詰め者や犯罪者を中心に数だけを集めて匪賊を組織し武器を与えて解き放ったのだ。
もとよりドイツの支援など白朗は期待しておらず、自分が手慣れた匪賊流の略奪戦闘で中華大陸を混乱させるつもりだった。

弱小とはいえ地方政権が大々的に組織した野盗集団という異常事態に周辺勢力が唖然とする中で年が明け、1916年1月1日に白朗率いる国民党軍の主力が重慶を出撃する。

一気呵成に武漢へ襲い掛かって丸一日劫掠し華北平原に侵入する素振りを見せると、慌てて迎撃に出た北洋軍閥の軍勢をあざ笑うかのように逃げ出して南昌・長沙を襲撃。そのまま一気に南周りで略奪して回りながら2月になる前に重慶へと遁走してしまった。
重慶に帰還した白朗は略奪した物資をばら撒いて国民政府勢力圏で熱狂的な支持を獲得し、鹵獲した銃器を使って更なる匪賊の編成を行い始める。

北洋軍閥は敵を取り逃がしたことを悔しがるものの、各都市の被害とそれによってさらに増えてしまった匪賊討伐に大慌てになる。

貧弱な銃器や刀剣類しかもたない匪賊との戦いは北洋軍閥の圧倒的としか言いようのない勝利の連続ではあったが、匪賊の集団はあまりにも広範囲に散らばって各地に潜伏しており、さらにその噂を聞きつけた無頼漢達が武器を手に入れて匪賊となる事で爆発的に数が増え、討伐は困難を極めた。
挙句の果てには匪賊討伐に向かった北洋軍閥の部隊が白朗配下を装って略奪を行い、殺害した犠牲者を匪賊として報告する始末であった。

己の勢力下の混乱と規律の崩壊を突き付けられた袁世凱は皇帝即位を諦めざるを得なくなり、歯噛みしながら自身の後援者である満鉄参加国に支援を要請する。
満州利権への混乱の波及を盾に軍の投入を求めたのだ。

袁世凱の厚かましい要求を、ドイツと血みどろの殴り合いの真っ最中である大英帝国・ロシア帝国は即座に拒絶。
1914年末に中国と太平洋上のドイツ勢力を排除し終わり比較的余裕のある大日本帝国も中華の泥沼に干渉するのを嫌い欧州派遣軍の編成と輸送準備を建前に拒絶し、欧州の中立国として大戦で暴利を稼いでいるオランダ王国も当然の如く拒否を突き付ける。

これに対しアメリカ合衆国が承諾の返答を返した事で満鉄参加国のみならず、列強各国が驚愕する。

45 :198:2014/06/30(月) 01:21:38
1911年の辛亥革命勃発以降、アメリカ合衆国は笑いが止まらない状況が続いていた。

満鉄に政府関連企業が出資して袁世凱を支援しそれ以外のアメリカ民間資本が対抗勢力を支援する事で、放っておいても商品の値段が吊り上り黙っていても向こうから利権が転がり込んでくる。
とある工場では二つある製造ラインの真ん中に壁を作り、左右で別の会社登録をして中華大陸に出荷するような事さえしていた。
調子に乗ったアメリカ民間資本がフランスと組んで華南自由連合を作っても、アメリカ政府が阻止できないほどの利益が上がっていたのだ。

その状況は1914年に欧州で大戦が勃発するとさらに加速していく。
イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、黙っていてもライバル達が勝手に血を流して衰弱していくというのに、膨大な国債まで流れ込んでくる。日英同盟を馬鹿正直に守って即時参戦した日本が欧州で血塗れになって困窮し始めるのも時間の問題だと思われた。
中立を守って利益を上げるオランダの選択こそ正しいのだ。

しかし一人のアメリカ市民が白朗の引き起こした中華の混乱を見て心痛の余り叫ぶと情勢は一変する。

「中華の自由を取り戻せ!」

実際には更なる中華利権の拡大を目指す民間資本が買収したイエロージャーナリズムの捏造に過ぎなかったが、この場合重要なのは存在しないアメリカ市民のこの言葉に同調した人間が大多数に上った事だった。
好調な経済で気が大きくなり欧州の戦乱に刺激されたアメリカ市民の熱狂に押されて華南自由連合への治安維持軍の派遣が議会を即日通過し、中華の大地に自由を取り戻すというウィルソン大統領の熱意に欠けた宣言はアメリカ市民の熱狂を持って迎えられる。

袁世凱の北洋政府から支援要請を受けて華南自由連合へ派兵するあたりアメリカの狙いは見え透いているのだが、アメリカの市民が納得している以上列強がどれほど顔を歪めていても問題は無かった。

その程度の国際感覚しか、当時のアメリカは持ち合わせていなかったのだ。

アメリカの貪欲な行動をしかめ面で見ていた米国以外の満鉄参加国は自軍の派遣の代替として一つの回答を実行し、中華の住人達を恐怖させる事になる。


1916年1月30日タシケント。
「反逆者どもめ!」
重慶で白朗が略奪した財宝を配下達にばら撒き、アメリカが中華派兵の熱狂に沸き立っている頃、ロシア領トルキスタン総督府総督フョードル・マルツォンは目の前に積み上げられた報告書の山に拳を叩き付けていた。

中華大陸と違い中央アジアでは無差別な集落の略奪行為には発展していないものの、反ロシアを掲げる武装集団にロシア軍の集積所が襲われて物資が略奪され、武器を供給された住民が暴動を起こして警察署が燃やされるなどロシア帝国の中央アジア統治から安定と平穏を奪い去りつつある。
無論ロシア側も無抵抗で反逆の狼煙を眺めているだけではなく、コサックの騎兵隊を中心に武装勢力の討伐隊を送り込んでいるのだが、騎馬民族同士の追いかけっこはその戦闘の余波を周囲に振りまきながらいつ決着が付くともしれないいたちごっこの様相を呈し始めていた。

その混乱の影響で中央アジアのロシア軍は泥沼化した欧州戦線への移動もままならず、内定している新しい総督の向かい入れがいつになるかさえ全く予定が立っていなかった。

「・・・ビシュケク、トゥシャンベの市役所が焼き討ちされ、ロシア人官吏の家族が襲撃されました。さらに警邏中の小部隊を中心に賊軍の被害が報告されております」
「もういい!何とかして匪賊どもを鎮圧して中央アジアの軍をヨーロッパへ送らなければ・・・」

怒声を上げて指示を出そうとしたマルツォンは、慌てて駆け込んできた部下からカスピ海横断鉄道の路線が爆破されたとの報告を受けると呆然自失として執務室の椅子に座りこんでしまった。

46 :198:2014/06/30(月) 01:22:25


「サマルカンド近郊で線路を爆破出来ました。陽動にトゥシャンベを襲ったのが上手くいったようです」
「これでしばらくイワン共の移動と増援を阻止できるな、復旧工事への襲撃と破壊工作を調整しよう」

荒野に作られた遊牧民式のテントに副官が持ってきた報告を受け、ヴィルヘルム・カナリスは祝杯代わりのコーヒーカップを掲げた。
実戦の指揮を執って襲撃に加わったりはしないものの、反ロシア武装勢力の襲撃の摺合せや奪った物資の秘匿や移動など、カナリスは忙しく案件を処理しており、アルコールを飲んでいる余裕など無かったのだ。
もっとも、補給の無いカナリス達にとってすでにコーヒーさえも貴重な嗜好品である事は間違いなかったが。

「なんで海兵の私がアジア大陸のど真ん中でこんな事を・・・」
「いやいや、大尉殿の指示は大したものですよ。一体どこで陸戦戦術の教育を受けたのですか?」

愚痴を漏らす上官を宥めながら、カナリスの副官は以前から気になっていた事を聞いてみた。

「ああ、日本海軍のサネユキ・アキヤマは知ってるな」
「ツシマ沖の参謀ですな」
「その人の兄のヨシフルが騎兵将校なんだが、日露戦争の時こんな戦い方をしていたらしい」

ツシマ海戦の勝利を描いた弟とコサック騎兵1000個中隊を打ち破った兄と言うインパクト溢れる兄弟は、お互いのエピソードと一緒に人種差別溢れる欧州ドイツの海軍士官にまで影響を与えていた。

「まあ、あとは我がドイツ海軍の通商破壊戦の応用だな」
「敵からも戦術を学びますか・・・我が参謀本部は珍しく良い仕事をしましたな」
「褒めても休ませてやれないぞ」

そう言いながらカナリスは副官にコーヒーを淹れてやり、地図の一点を指差して不敵に嗤う。

「次はタラスのトルキスタン・シベリア鉄道を狙おう、満鉄から支援が届いたら厄介だ。
 中央アジアへ繋がるロシアの血管を全て切り離してやる」

広大な中央アジアの大地に送り込まれたドイツの海兵は、まるで勝手の判らない陸戦の指揮を騎馬遊牧民によるドイツ海軍流の通商破壊戦術として解釈し、見事に成功させつつあった。


1916年2月4日奉天。
トルキスタン・シベリア鉄道の破壊にロシア帝国政府とトルキスタン総督府の双方から悲鳴が上がったこの日、列強による新興の人造国家が動き出そうとしていた。

トルキスタン共和国へと侵攻した国民党青海派を排除するために満州鉄道が自社の警備部門として組織した満蒙騎馬義勇兵。
欧州での大戦勃発によりトルキスタンへの派遣は中止され、ただ地に伏せる狼のごとく訓練を重ねて日々を過ごしてきた彼らがついに動き出す時が来たのだ。

「見事なものだ。やはりあ奴は一角の将だな」
「はい、殿下・・・」
満鉄社旗を掲げて訓練に励む騎兵部隊の動きを評する満州王国宰相・愛新覚羅善耆の言葉に頷きながら、蒙古旗人・升允は不満そうであった。

「まだあ奴を迎え入れた事に納得しておらんのか?」
「王国に実戦経験のある将が必要なのはわかります。しかし奴にはドス黒い野心が見えます。
 ――張作霖と言う男は、権勢を望むだけに飽き足らず、王国に害を為すやもしれません」

日露戦争でロシアの傭兵馬賊として頭角を現し、戦争中に日本側へと転向した男。
大日本帝国と個人的なパイプを持ち、自分の勢力圏である奉天に満鉄の本社が置かれると真っ先に恭順の意思を示し、馬賊の配下共々満鉄警備部に組み込まれ、満州王国が出来ると王国へ忠誠を誓う。
そしていまや満州蒙古の志願兵で設立された騎馬兵団を率いる指揮官に収まっている。

利益と栄達の為に手段も面子も気にしないような男を信用する事は、誇りある蒙古旗人たる升允には到底できそうになかった。

「野心なら持たせてやれば良いではないか、欲望があるから人は努力する」
「そのような事態では済まぬかもしれませんぞ、殿下」
「升允」

不意に低められた主の声に思わず顔を凝視した。
満州王国の建国前から列強と宮廷貴族と地方豪族の間を駆けまわってきたその顔は紫禁城に居た時よりも肉が落ち、労苦に鍛えられて引き締まってきたように見える。

「どのような欲望であれ、利用していかねばならぬ。
 富国強兵、臥薪嘗胆、大日本帝国はこの言葉を実現して列強の座に駆け上がった。
 満州王国を、我らが祖国を再び栄光に輝かせる為に、我らは耐えねばならんのだ」

傲然と言ってのけるその姿に、升允は思わず目頭が熱くなった。
清朝皇族として生まれ落ちた彼の主君は、苦難にもまれて王国宰相に相応しい度量を備えつつある。

47 :198:2014/06/30(月) 01:23:22

「殿下・・・私が浅はかでした。張如き小物、殿下に御せぬはずがありませんな」
「ふ、王国が安定して発展していけば意外と張は忠臣になるかもしれんぞ」

侍従の言葉に笑いながら、善耆は目前の騎兵集団の動きに感嘆の吐息を漏らした。

一糸乱れぬ動きで旋回行動を行い、騎上からの一斉射で訓練標的をなぎ倒し、恐れ気も無く曲刀で突撃する。

満蒙の大地を食い荒らすだけに飽き足らず、そこに住む人間さえも売り物にしようという列強の傲慢さに腹も立てたが、そんな事はもうどうでもいい。

まさに騎馬民族、これぞ満蒙の誇り。
チンギス・ハーンもヌルハチも照覧あれ。
国を滅ぼしてしまった愚息たちは、それでも大地を駆ける術まで忘れてはいなかった。

唯一不満なのは彼らが掲げる旗がMの字に点検ハンマーと言う満鉄の社旗である事だが、それもこれから解決する。

「・・・諸君」

訓練を終えて整然と並んだ騎馬民族に、善耆は震える声で語りかけて気付く。

彼らに言葉は必要ない。
我らは多弁ではなく行動で語るのだ。

だから、南を指差す。
中華などと思い上がった漢人どもに鉄槌を下すために。

「――征け。
 我らが父祖の如く、ただ風のように」

「「「応っ!」」」

人馬が奔流となって動き出す。
満鉄社旗が降ろされ、四色八種の旗が揚がる。

大地を揺らす馬蹄の響きが、声無き声で合唱する。

さあ、戦場に紅白黄藍の旗を起てよう。
我らの恐怖を思い出させてやろう。
かってユーラシアを制した民族の末裔が何者であるのか。
この草原の主が誰であるのか。
深紅の血文字で大地に刻んでやろう!

遠ざかる騎馬の嘶きに耳を傾けながら、満州の主従は己の騎馬民族としての血が騒ぎ続けるのを自覚していた。


「満蒙騎馬のつわもの・・・これ、まさしく八旗なり」


満州王国・モンゴル部族連合より集められ満州鉄道株式会社が編制した騎馬兵団は、満鉄参加国の代わりに中華大陸各地へと派遣されると次々に匪賊へと襲い掛かり、徹底的な討伐を開始する。
満鉄警備部として丸二年訓練された彼らにとって逃げ回る匪賊や犯罪者の捕捉はお手の物だった。

次々と匪賊が捕殺されるその光景に怯えていた漢民族は喝采を上げ、すぐに新たな恐怖で震えだす。

満蒙連合の騎馬兵団は満鉄の厳しい教育により匪賊や他の中華軍閥のような乱暴狼藉を働いたりはしなかったが、彼らの祖先の伝説を実演して見せるかの如くどこまでも苛烈な戦闘行動を行ったのだ。

降伏した匪賊の皆殺しは当たり前。
武器を捨てて街に逃げ込んでいた匪賊さえ探し出し、馬で引きずり回して殺し尽くし決して助ける事は無い。
賄賂も懐柔も受け入れる事無く、ただ戦う騎馬民族の笑みを見て中華の民は理解した。

彼らは漢民族の血を欲している!

中華を掲げて彼らを支配し、中華を掲げて彼らを裏切り、中華を掲げてその独立を侵そうとした。
満蒙から送り込まれた騎馬民族の群れは、その怒りを漢民族の匪賊を使って晴らそうとしている。
そこに匪賊と言う漢民族の獲物がいるから彼らはその血で我慢しているのだ。
だがもし匪賊が狩り尽くされたら?

狡兎死して走狗烹らる。

しかし彼らは黙って煮られるだろうか?
銃を持った狼の群れを、誰が鍋に入れるのだろうか?

中華の大地に枝一杯に匪賊の死体を吊り下げた大木が増える度、鉛のように重い恐怖に押し包まれながら漢民族達は囁き合った。

「満州八旗が帰ってきた」

次話:ヴェルダンの侍

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2014年07月12日 01:13