第七話


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  第七LV <狂気の医車は平然とやってのける>  

 聖暦3353年 -霜月 十四日-

 教会本部ユグドラシルも、深夜となれば静かになる。
 時刻は現在、午前三時を回ったところだ。
 各議員の個室から漏れていた作業の音は消え、本部のあらゆる施設から人が消える。
 シミラーはあくまで機械“人”であり、機械ではない。
 酷務のあと、一日の終わりには眠りにつくのだ。
 本部を照らしていたライトも光量が絞られ、窓の外に広がる夜の色が、内にまでやってくる。
 こうして、いつもと変わらぬ夜の風景が定着するのだ。
 すっかり静寂に包まれる教会本部。
 ところがこの日は、二人の人間が廊下を密かに歩いていた。
 足音は全く立てていない。
 だが歩く姿勢は、あくまで堂々としている。
 一人は男、カッシュ・ジワルド。
 もう一人は女、エリザ・バミッシュ。
 ただしエリザのほうはオリジナルではなく、カッシュが子飼いの部下として使っている個体である。
 フリルのついた黒服などオリジナルが好んで着用するものでは決して無いのだが、このエリザは妙にしおらしく、ぴったりとカッシュに付き従っている。
 二人はエレベータホールまで進むと、やって来たエレベータに音も無く乗り込んだ。
 そして、教祖の部屋に男女の客人が現れたのは、それから約十分が経過してのことだった。

『———————ふむ、カッシュか。女連れで、こんな時間に一体何用じゃ』
 教祖オーディンは、就寝していなかった。
 縦に五メートルはあろうかという巨大な肖像画を背にし、部屋の最も奥にある机の席に着いていた。
 部屋の専用ロックを解除可能なのは、自分以外にもう一人しか居ないから、特別驚く様子も無い。
「そもそもこのような時間でないと、貴方にお目にかかれませんから………」
 カッシュのほうはエリザを引き連れ、冷たく笑いながら室内に足を踏み入れる。
『成る程。また、人に聞かれては困る話をしに来たんじゃな』
 オーディンは苦笑した。
 重会議室の隣にある、教祖の部屋。
 年代物のステレオラジオにテレビ、はるか昔の高級車など、教会が取り締まっている対象物が、さながら博物館のように展示されている。
「相変わらず………いつ見ても素敵なコレクションの数々ですね」
 カッシュは部屋の中に設けられたポール越しに、カーナビのついた車を眺めて言った。
 車だけでも、年代別に七台展示されている。たった一人が使う部屋にしては、あまりに大きい。
 エリザは表情こそ変えないが、興味があるのか無言で部屋を散策している。
 オーディンは二人の来客を交互に眺めながら微笑む。
『カッシュ。褒めてくれるのは嬉しいがの。たまには別の挨拶も聞きたいものじゃ』
「これは失礼致しました、“社長”」
 カッシュは恭しく礼をした。
 オーディンはさらに笑うと、椅子を回し、後ろの肖像画のほうを向いた。
 肖像画の人物はオーディンだったが、目元にバイザーを付けておらず、顔立ちも今よりもずっと老けて見える。
『この絵が描かれた当時からの付き合いになるのかのう、おまえとは………』
 カッシュも懐かしそうに語る。
「そうですね。かれこれ、三百年です。まだ教会が“グニィール社”であった当時からお仕えしていますから」
『うむ、おまえにはずいぶんと助けられたな。シミラーの発案、教会の発足。お前こそ、新世界最大の功労者ではないか?』
 カッシュは照れ笑いしつつも、冷めた声の調子を変えなかった。
 ただし、コロッセオでの司会者役のような、大袈裟な身振りはしてみせたが。
「いやいやいや。社長、私は貴方には敵わない。何故なら貴方は、この世に新たな種族をお創りになった。
 まさに、神と呼ぶに相応しい所業ではございませんか!」
『………エウレカ、のことじゃな』
 煽るカッシュに対し、オーディンの表情は曇っている。

 オーディンはカッシュに向き直ると、声を低くした。
『————あれは、ワシの本意ではない。機械身の供給が追いつかず、人々を助けられなかっただけのこと』
「何を仰いますか!」
 オ−ディンから少し離れたところに立つカッシュは、失望したと言わんばかりの表情を作ってみせた。
「エウレカこそ、我々人類がさらに進化する為に必須のカギだったのですよ!新世界創造のプロジェクトはまだまだ発展途上だ、
 わずかな犠牲など、悔やんでどうします?」
 オーディンは、拳で机を叩いた。
 重い音が室内に響き渡る。
『ワシは、前々からおまえのそういう考えは気に食わん!“カッシュ・ジワルド”としてやり直させてやっているのに、
 また同じ過ちを繰り返すつもりか!』
 過ち?そんなものを犯した覚えは無いが。そう、カッシュを演じる者は呟いた。
 オーディンはやれやれといったように首を振ると、うんざりした様子で腕を組んだ。
『それで、肝心の用件がまだ出ておらんようじゃが、カッシュ。
 ワシもそろそろ休もうかと思う。言うなら早くしてくれんか』
「畏まりました」
 カッシュは不敵に笑うと、姿勢を正した。

「日付も変わり、今日の午後には、ラングフルクで反教会機構との親睦会が予定されておりますね」
『……うむ。会はミズガルズと名付けられた。結構なことじゃ。そして、司会はおまえじゃったな。大役、しくじるなよ』
「はい。誠心誠意頑張らせて頂きます。そこで、なのですが………」
『む?なんじゃ」
 カッシュは、平然ときりだした。
「スレープニルを今日一日、私に拝借させて頂きたい」
『……ス、スレープニルを、じゃと?』
 オーディンはまゆをひそめた。無理も無い。
 スレープニルとは先の会議でも活躍した超高性能ロカセナであり、教会本部の生命線といっても過言ではないものだ。
 地下のMSCは倉庫としての役割を脱しないが、スレープニルならば直接シミラーの機械身にも影響を及ぼせるほど、機器として絶大な力を持つ。
『いったい、何に使おうというのだ!』
「無論、人類の進化に。————ロスト・アーカイブの、人工的量産です」
『……ばっ、馬鹿げたことを……!』
 飄々としているカッシュ。
「さすがに、私でも機器に頼らざるを得ないのですよ。コロッセオに集まる一万人を対象にするとなると。
 その内、何割が成功して、何割が死ぬとも分かりませんしね」
 オーディンは、開いた口が塞がらないようだった。
 怯えさえも見てとれる。
『貴様は…………ニド戦役中にあれほどのエウレカ、生命を弄び、それでもまだ足りぬというのか………!』
「足りる足りないではない。問題は、機会なのですよ!」
 カッシュは真摯な口調で、狂気を語り出した。
「今日の親睦会では、大勢のシミラー。そして、他者に影響されぬほど強い自我を持つエウレカが二体!
 しかも、血に飢えた状態でやってくる。素晴らしい混沌だ。ニド戦役中にもこれほどの状況は
 ついに揃わなかった。私は今度こそ、ロスト・アーカイブの製法を確立させることが出来るでしょう」
 眼を輝かせるカッシュ。
『————話にならん!』
 オーディンは、断罪する。
『そんな不確定要素に満ち溢れた実験のために、スレープニルを与える事は認められん!絶対に、だ!』
 咆哮のようなオーディンの声にも、カッシュは涼しい顔だ。
「やはり、認めて頂けませんか。これほどの好機、あと百年やって来るかどうかも分からないのに……」
『急がずとも良い!血塗られた進化など、あってはならぬ!」
 このオーディンの言葉に、初めて、カッシュは露骨に態度を変えた。
 憎悪のこもった言葉を紡ぎ出す。
「阿呆が。人類は、早急な進化を必要としている。いつまで機械身ごときで誤摩化そうというのだ!
 世界創造に肝心な、現在の環境を改善する作業、今のシミラーではまるで出来ぬというのに…………
 ふっ。私もモウロクした年寄りに、これ以上付き合うつもりはないよ。…………エリザ!」  
『ッ?』
 オーディンは、今の今まで、気配を殺していた女の場所に全く気が付かなかった。
 オーディンの座る椅子の背後には、銀髪の女が立っていたのだ。
 鉤爪を構えて。
「 殺れ 」
 カッシュの言葉と、オーディンの首が飛ぶのは、ほぼ同時だった。
 鮮血が舞う。
 床の絨毯より、はるかに赤い紅が舞う。
 頭部を失った大柄な老人の身体は、椅子に腰掛けたまま机に突っ伏した。
 首は、放物線を描いて飛んでいく。
 部屋の隅に転がっていった首に向けて、カッシュは歩み寄る。
『オノレ……オノレ……』
 血泡を吹き上げながらカッシュを呪うオーディンの首を、カッシュはひょいと左手で拾い上げる。
 死が間近に迫り、焦燥と恨みとで悪鬼のような表情を浮かべる上司に対し、カッシュの声は穏やかだ。

「ところで、社長。貴方は覚えてらっしゃいますか、これまでにご自身が死んだ回数を?」
 バイザー越しに、オーディンの眼に戸惑いの表情が浮かんだようである。
 カッシュは構わず、右手の指五本を、オーディンの後頭部に突き刺した。
 何やら、カッシュの指をつたっていく光がある。
 断末魔の悲鳴をあげ、激しく悶える老人の首は、やがてその光に包まれる。
 するとどうだろう。
 尋常で無い痛みに絶叫していた頭部は安らかな表情を取り戻し、口元に笑みまで浮かべたではないか。
 カッシュは満足すると、その首をエリザの居る所にまで持っていき、手渡す。
「GOBACKプログラム、インストール完了している。
 さあ、エリザ。ここからは、君でも出来ます。この老いぼれの頭部を、胴体に付けてあげて下さい」
「…………」
 エリザは目の前にある首を失ったオーディンの身体に、オーディンの首を据えた。
 作業は、置く程度のものだった。
 ところが、あたかも魔法のように首から垂れていた血はオーディンの身体に染み込んでいき、傷口など完全に隠れてしまう。
 首と胴体は、文字通り元通りになっていた。
 あまつさえ、オーディン自身が、言うのである。

『——————おおお、カッシュか。女連れで、こんな時間に一体何用じゃ』
 さすがにエリザは、驚いた。肝を潰した。
 あまりにも、老人が元通りであったから。
 カッシュはというと、この奇跡を起こした張本人である。落ち着いたものだ。
「いいえ、社長。実は、大した用事ではありません。眠ってらしたようなので今日はもう帰ろうかと思っていたところでした。
 起こしてしまいまして、大変申し訳ないです」
 作り物の笑いを顔に張り付けて、カッシュはさらりと言う。
『そうか………ワシは、今日はずっと起きていようと思っていたんじゃがのう。うっかりしておったわ!』
 先ほど、己が殺されたことなど、全く覚えていないらしい。豪快に笑っている。
「本当に失礼致しました。では、私はこれで。エリザ、行きますよ」
 カッシュに手をひかれ、エリザは歩き出した。
 興奮と衝撃のあまり、彼女の心臓は口から飛び出しそうである。
 けれど彼女は、この後さらに驚愕することになる。
 部屋を去り往く二人の背に、オーディンの温かな言葉が投げかけられたのだ。
『そうだ、カッシュ。今日はラングフルクで親睦会があるじゃろう。
 後で、スレープニルをヴァーチャルタイピングで送っておくよ。何かの役には立つじゃろう』
 カッシュは、振り向きもせず答えた。
「社長——————感謝致しますよ」
 おかげで、オーディンが見ることは無かった。
 信頼する部下の、悪魔のような微笑みを。

 エレベータでカッシュの自室に戻る最中、ついにエリザは堪えきれなくなり、カッシュに抱きついた。
「おや………どうしました、エリザさん?」
 彼は、自分より背の低い彼女の頭を撫でてやる。
 エリザは夢中で言った。
「貴方は、凄過ぎる。強過ぎる。さすがは、“医車”だ……!」
「そうでしょうか?大した技量を持っていませんけど、私。」
 カッシュはエリザから視線を逸らし、とぼけてみせる。
 エリザは意を決し、言葉を続けた。
「同じ医車でも、レラなどとは比べ物にならない……なんて残酷で、知的で、美しい………
 貴方こそ、わたしの求めていた強さ、そのものです。お願いです。どうかわたしを、貴方の道具ではなく、女にして下さい」
 カッシュは先刻のような笑みを浮かべると、まじまじとエリザの眼を見つめた。
 エリザは見下ろしてくる彼の氷の視線を、ただじっと受けていた。
 それが彼にとっても満足出来るものであったのか。
 カッシュは己の髪をかきあげた後、やけに明るい調子で言った。
「分かりました。よろしいでしょう」
「ほ、本当でございますか?」
「はい。しかしエリザさん、一つだけお約束があります。キミは今日から、こう名乗りなさい。“シスベリア・リュナン”、と」
「シスベリア、リュナン。 シスベリア、リュナン……」
 エリザ、いやシスベリアは、新たな名を何度も繰り返した。
 カッシュはその行為にも満足し、最後にこう付け加えた。
 ちょうど、エレベータの扉も開くところだ。
「忘れないで下さいね。それ、私が最も愛していた女の名前なんです」
 カッシュは独り、先にエレベ−タを降りる。
 その後を追うシスベリアの頬は、赤く染まっていた。




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