エクセレント下僕


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騒動のあった直後、酒場を後にしたレラ。

彼女はトレマルと別れ、レンガ作りの家屋に挟まれた、せまく細い通りを歩いていた。
人目を避けて歩く、つまりは逃げ出す為である。
騎士による尋問で時間をとられるなどまっぴらだった。
付け加えるなら、指名手配中の男との接触などは早めに切り上げたほうが良い、という判断からである。


この街ラングフルクに限らず、最近では碁盤目状に家々が建ち並ぶケースが増えている。
家屋の隙間を縫うようにして、大小の通りが広がっているという仕組みだ。

大通りだけを避けるようにして歩くのは容易なことだが、一方で似たような景色ばかりが続き、
位置をよくよく確認していないと単純な街並みとはいえ、迷子になってしまうことも珍しくない。
そのことを心配する意味も含めて、数ブロックおきの十字路に騎士警団の詰め所が存在し、
街の治安を守っている。

今は、ツヴァルスという名のついた大通りにある詰め所から、大勢の騎士が捕り物に向かったとの事。
夕暮れ通りは、にわかに騒がしくなっている。
どこで騒ぎを聞きつけたのか、市民達が野次馬がてら出かけて行く真っ最中だ。


レラは全てをよく心得ているようで、詰め所と野次馬が群れるところを避け、
何処かへと歩いている。ただ、その挙動はどこかおかしい。

わずか数人が、うつむき加減に歩くレラとすれ違った。
しかし皆して、やはり騎士の活躍が何よりも気になるようで、レラの奇抜な服装にも、
彼女が手にし眺めていた、一枚の写真 にも無関心だった。

おかげでレラは歩きながら一人、写真に没頭している。


レラが手にしている写真には、聖職者が身につける群青のローブを身にまとった青年が写っていた。

青年は華奢であり、髪を逆立て、眼鏡をかけているところまでは見て取れる。
遠くからこっそりと撮影したものなのだろう、被写体はあさっての方向を向いてしまっている。
けれどその表情はまるで刃のように引き締まっており、
あとコンマ数秒もあれば、撮影者に向き直って、射抜くような視線を浴びせたのではないだろうか。
今にも静止画の青年の眼が、ぎらりと見る者を睨み返してきそうだった。


レラは先ほどからずっとその写真ばかり、天にも昇る心地で見つめているのだ。
彼女が辿っている道、行き先こそ確かなものかどうか。実のところ、前方などほとんど見ていない。
満面の笑みを浮かべたまま右へふらふら、左へふらふら。

あげく、時折空を仰いでは「お兄様、ステキぃ・・・」などと呟く。
子連れの母親から『見ちゃ行けません』の烙印を押されること必至の存在となっている。


しかしレラにしてみれば、その写真は今回の情報屋トレマルとの接触で得た、
唯一にして最高の情報である。実に半年ぶりの有力情報なのだ。

舞い上がるのも無理は無い。レラは改めて感謝の言葉を、居ない当人に向けて捧げる。


「トレマルってばありがとう。やる時はほんとやってくれるんだよなぁ」


毎回、情報屋トレマルは依頼人と落ち合う日時も、場所も指定してこない。
彼は変装の名手であり、依頼人を驚かすことを楽しんでいるフシがある。

例えば、レラがふらりと立ち寄った酒場で、なぜか店員として働いていた。
それが今回であり、前回は演劇ですぐにやられた雑魚怪人、
そのまた前回は、レラが船で航海しているときに出会った難破船の乗組員だった。

ふとした際に姿を現し、目当ての情報を授けてくれる夢の情報屋。
その正体は未だ知れないが、国を守る騎士から指名手配されるあたり、大物なのだろう。
良くも悪くも。


「にしてもよ、この写真の場所ってどこなのかな?
 お兄様が身を隠すような街なんだから、それはもうインテリチックなところよね。
 北のメストミアかしら?それとも南のフリソニア?
 あれ、そういえばトレマルは撮影場所について何か口にしていた気がするぞ?
 確か・・・ガラシャド・・? ガラシュバ・・・?
 ああ、どうしよう!肝心なことを忘れている!」

レラは立ち止まると、大きく開けた口に手を当て、大袈裟なまでに絶望してみせる。
だがそれも一瞬のことで、すぐにまた挙動不審な歩行を始める。

「まあいっか。どうせ、トレマルのほうからまた会いにきてくれるだろうし。
 お家に帰ってから誰かに聞けばいいし!」

上機嫌と独り言が収まることはない。

「とにかく今回の大収穫は・・・この写真なんだ!
 ああなんて、なんてかっこいいお兄様!ボクの想像してたよりずっと上をいくね、これ!
 これでもうずっと夜は困らなくて済むぞ・・・熱い気持ちのまま寝れそうだ!」


その頃、日はさらに暮れてしまい、夜と言って差し支えの無い暗さになっていた。


レラはというと、ちょうど街外れの墓地まで来たところだった。

鉄柵でぐるりと周囲を覆われた恐ろしく広大な墓地であり、街の南部一帯を丸ごと占めている。
ここには、街のかつての有力者たちが代々眠っているという。
よく手入れされているようで、荒れた雰囲気は一切無く、
むしろ緑の芝生に等間隔で並べられた墓石により、美しくすら見える。

しかし辺りはいま、暗闇である。
さすがにこの時分になると、人々を寄せ付けない、とまではいかないが、
誰もめったに立ち寄らない区域とみて間違いないだろう。
住宅街からも離れており、浮浪者もあえてこの近くに縄張りは持っておらず、
まったく人気が無くなっていた。

「あれま。もうお墓まで来ちゃったよ」

これでもレラは、酒場からひたすらこの場を目指して歩いてきていた。

墓地の入り口であるアーチ状の門をくぐり、一人の主婦らしき身なりの女が出てきた。
お参りでもしていたのだろうか?小柄な彼女はレラを上目遣いで見ると、
顔をしかめ足早に立ち去って行った。
どうやら、レラの服装が気に入らなかったらしい。

レラはすれ違う女には見向きもせず、ずかずかと石畳で造られた小道の上を歩いて行った。

頭上で無数の星がきらめく中、決して墓場そのものに用があるわけではない。
墓場を通り抜けた先に、レラの住処があろうなどと、先ほどの主婦は露程も思わないだろう。
何せその建物というのが、この街の市長が住まいと、市政の場に使っているものだからである。


数千はあろうかという、いわば墓地の丘とも称せそうなところを登りながら、
目指す建物がまだ遠くにあるが、ようやっとレラの目に入ってきた。

廃工場をむりやり市庁舎に改築したというそれは、左半分が未だ工場としてのいびつな装いを残し、
対して右のほうは小規模な宮殿のような、白くて小綺麗な造りをしているのであった。

「我が家ながら、素敵な造形とはいい難いよね。・・・いつ見ても」

やっと我が家の門まで行き着きながら、レラはここでも独り言を言った。


「ああ、まったくだな」


不意に、レラの独り声に応じる声があった。
それは間違いなく人の言葉だったが、辺りには人っ子一人居ないのに、である。

レラが思わず足を止め、声の主を探してきょろきょろと辺りを伺っていると、
不意に空からくるりと舞い降りた一羽の大きなカラスが、彼女の肩にとまった。

黒い羽がびしりとレラの頬を叩き、これが普通なら驚いて叫び声のひとつでもあげる
ところだが、レラは"相手が何であるか"をよく理解していた。


「あ、エリザちゃんだね!」


つい先程まで羽をばさつかせていたカラスは、レラの言葉を理解したのか、
ぶるっと身体を震わせてから大人しくなった。
そして自身の首を、すぐ隣にあるレラの人懐っこい笑顔へと向けると、
カァと鳴く代わりに辛辣な言葉を浴びせた。


「何が、ちゃんだよ。ちゃんなんて付けるな。この露出狂のヘンタイめが」

「ひどいなあ!エリザだってさ、言ってみればいまは全裸じゃないの。
 大いに問題じゃないかとボクは思うのだがね」

「言いよる。服を着てカラスが飛べば、そうさな、新聞記事になるぞ。
 犬を着飾って連れ歩く婦人を見たことならあるが、アタシはしばらく
 取材陣に追われるハメになるんだぜ」

「そうか、確かにね。いまはカラス界の住人だもんね、エリザちゃんは」

レラはエリザという名なのだろうか、喋るカラスを肩に乗せたまま、肩をすくめてみせた。
すでに彼女の足は、市庁舎のほうへと向かっていた。
エリザも特に暴れる素振りはみせない。
一人と一匹は、市庁舎の正面門をくぐり、いよいよ敷地内の庭にまで踏み入っている。


このエリザというカラスは、見た目はまさにカラスそのもので、実際にその解釈で間違いは無いのだろうが、
まずは人語を理解しているというのが異質だった。
付け加えると、両目が冷たい銀色をしており、この暗闇においても光って見えるほどである、
それでも言葉を発することに比べれば、些細とまで言い切れるのかもしれない。
ただし、外見からして特徴付ける、一般ならぬカラスとしての証と見なせそうなものだった。


「カラス界というのもなんだ、語弊のある言い方だな?できれば自然界と呼んでくれ。
 つまり、おたくらのような人間とは一線を画した世界だ。
 そこをさらに細分化するなんて、つくづくアタシはこれを人間のエゴだと思うわけさ。
 おっと、そんな目をするなよ社長。アタシが言いたいのは一つ、この世でもっとも異質なのは
 人間ってことで、これは誉めてることでもあるんだよ」

レラはくっくと笑い声をあげ、肩にとまっている友人に対して微笑んだ。

「それにしても、エリザちゃんって饒舌になったね。こんなに喋るカラスはちょっと見たことがないよ!」

エリザは小首をかしげるような動作をしてみせる。

「そうか?喋る馬やら鹿やら亀やら、親戚ならいくらでも居るがね・・・
 いいや、ひょっとしてあれか?社長はアタシが、人間に戻ってきてることがいいたいわけだな」

「ご名答といってもいいかな。だっていま、ボクはエリザちゃんと喋ってるのが楽しいからね」

「なるほど、それは結構。人形と会話してるレベルから、少しは脱したのか?」

「よしてよ!人形とお喋りは、そもそもマロンちゃんの思い込みで見間違い。ボクの会話相手は主に壁だったからね」

「・・・苦労したんだな」

「そうでもないさぁ。何も言わずにボクの想いを受け止めてくれていたよ。あるいは俄然と無視してたのかもしれないけどさ。
 おいキミはまさか! そこで呆れるのか? ああ、ボクは心外だな、心外だよ!
 そんなにボクを哀れむなら、たまにはカァと鳴く普通のカラスに戻ってくれはしないかね。
 そうすりゃ今のボクは、・・・結果としてどうなるんだ?」

「やっぱりおかしな人だろうな。それも相当悪い意味においてだ」

「ぎゃふん」

レラは舌をだして、自分の後頭部を自分でこつんと叩いてみせた。

「そりゃそうと、もう扉の真ん前だからな。早く開けてもらえると助かるんだが」

エリザの皮肉を受け止めるまでもなく、
喋りながら歩いているうちにレラは、自分の背丈の倍はあろうかという大きな扉の前まで来ていた。
そして、さっさと扉の脇にある呼び鈴を鳴らしている。

リン、とよく澄んだ音が辺りに響き渡った。いまごろは市庁舎の中でも音が聴こえているはずである。

ややあって、大きな扉が音もなく、中央からちょうど左右に割れるようにして開いた。
明らかに手動ではなく、機械による操作で開いたものと分かる。

開いた先ではちょうどホテルのような装いをしたロビーがあり、それに見合った服装、
レラが着ているようなタキシードで上下を黒くで統一した執事が一人、ちょこんと立っていた。

「お帰りなさいませ、レラ社長」

しっかりとした声で挨拶し、恐ろしく丁寧におじぎをしてみせる。

「うん!お出迎えご苦労、マロンちゃん!」

レラは片手を挙げてあくまで快活に応えたが、エリザのほうはそうはいかなかった。

「・・・なんだぁこりゃ。おまえの趣味か」

「そうだよう!とっても可愛い執事でしょ?」

雇い主であるレラから可愛い、と言われたのが嬉しかったのか、執事は幸せたっぷりに笑っている。

このマロンという名の執事は、エリザの目から見ても相当な美少年だった。
年は、二十は行っているようには見えないし、もしかしたら十五より下かもしれない。

頭髪は短く切り揃えられた橙色で、さらりとしていることが見ただけでも分かるし、
肌のつやや体格も、女性のそれに近かった。
華奢という言葉を通り越して、いくらか病弱に見えるくらいだ。
それを、抜群の笑みで帳消しにしていた。
声がもう少し高ければ、女性と自称されても分からないだろう。


「・・・あいにく、アタシはきざで、たくましい兄ちゃんが好みでね。
 こういう、突けばぶっ壊れそうなのは好かないね・・・」

エリザは、レラの肩からいくぶん身を乗り出し、くちばしをマロンの眼前に突き出して言った。


「すみません、エリザ様。あいにく私は、社長の好みを満たすことでもう精一杯です。
 よろしければ四年か、五年ほどお待ち下さい。頑張ってみますから」

エリザはカッカと声をあげて笑った。

「いや、いいよ。・・・それよりもなんだ、カラスがこうやって口を聞いてるのにお前は平然としたもんだな。
 お姉さんがっかりですよ?カァ」

「ええ。”先代”からあなたのことはよく聞かされていましたので。
 さぞや立派なカラスさんだと思っていましたが、その通りですね」

「そ、そうか」

とろけそうな笑みで言われると悪い気はしないものの、妙な会話である。

「あ!そうだエリザちゃん。あとでお爺ちゃんのお墓参りしようね」

不意にレラが口を挟んだ。エリザは首をかしげる。

「・・・は?なに、お爺ちゃんって、まさか?」

「はい。今は土の下で眠っておられる先代のことです」

マロンが言葉を引き継いだ。

「なんだと!あいつめ、アタシに対するセクシャルハラスメントを詫びずに逝ったのか?
 こいつぁけしからんな!」

「わからないもんでね。
 今日はちょうど一周忌なんだよ。それでエリザちゃん来たのかと思ってたんだけど」

激しく首を振ってエリザは応える。

「違う違ぁう。今日は来るように頼まれてたんだ!その、死んじまったジジイにな。
 社長の面倒をしばらく見てくれ、面倒が起こりそうだからとな」

「ふぅむ。お爺ちゃんは何でも占いでお見通しだからね。自らの死期まで予言的中!な人だったからな、
 なにか考えがあってのことだろう」

「ちっ!アタシは、久々にあの皺だらけになった優男をツっ突き回そうと思ってたんだぜ。
 あとはご馳走でも頂いて帰るつもりだったというのに、興醒めだな・・・」

「え、まさかエリザちゃん、もう帰っちゃうの?こんなに久しぶりに会えたのに?」

「いんや。まぁ。ただなんだ、お参りが先だろこりゃ。墓はどこにある?」

「さっきボクが通ってきた丘にあるよ」

「そっか。じゃあついでで悪いが、おい若執事。アタシの服を用意してくれ。先代から聞いてるだろ?」

「あ、了解です」

マロンは足早にロビーをかけて廊下へ入って行くと、しばらくして自身が身につけているのと同じ、
黒い礼服の上下を両手に持ってやってきた。

「はい、こちらになります。貴方が来たら、これを着せるようにと」

「おうおう!間違いねえ、これだこれだ。アタシが袖通すのは一年ぶりくらいじゃないのかな、
 よいしょっと」

エリザはレラの肩から飛び降りると、マロンが手に持った服の中にくちばしからすっと入って行き、
そのまま飛び上がった。

マロンの手から離れて、二着の服はふわりと浮かび上がった、かに見えたが、次の瞬間
カラスには大き過ぎた服は、人にちょうど合うサイズになっていた。
すとんと、床につく足音。

カラスが一切の兆候無く、ただ少し耳障りな、歯車が軋むような音がして、
瞬く間に人の姿へと変わっていた。


ウニのようにばさばさした銀髪の女だった。目つきの鋭さはカラスであったときとなんら変わらない。
やや長身でレラよりも頭一つぶんは背が高く、足もすらりと長い。
マロンほどではないがかなり痩せており、それでいて胸は豊かなもので、内側から礼服を存分に圧迫している。

突然現れた女に、さすがにマロンも驚いたようだったが、それでも声をあげなかったのは
ここまでの事態を”先代”から聞かされていたからだ。

「じゃあ、先にお参りだ社長。付き合ってくれるか?」

「いいよ、いいよう。やっぱり、その姿のエリザちゃんが一番かっこいいよ!」

「うるせえなぁ。肩がこって仕方無いんだぞ、この姿は。まあいいや、とっとと案内してくれ・・・」

こうして一人と一匹は、一人と一人になり、入ってきたばかりの扉をまた開けさせて出て行った。

後ろ姿を見送りながら、マロンはそっと呟いたものだ。


「そりゃ、あの大きさだと肩も凝るでしょうね・・・」