第一話


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   第一LV <混沌 inコロッセオ>

 ひとりの少女が、超高空要塞から大陸に降り立った同日。
 大陸南の都市“ラングフルク”では、一大イベントが行われようとしていた。
 街の至るところで祝砲が上がっており、白昼の空が彩られる。
 ラングフルクはシミラー(機械人)による巨大な街で、人口は二十万を超える。
 これはニド戦役以後に造られた街という点を考慮すると、かなりの規模だと言っていい。
 街は“教会”の教えに忠実であるため、建築物はいずれも中世と呼ばれた時代の様相を模しており、
 住人のファッションにも同じ趣きがある。すなわち、全てルネサンスの体現である。

 大通りでは現在、肩をぶつけ合いそうなくらい無数の機械人が歩んでいる。彼らがこぞって向かう先には
約一万人を収容できる街中央の円形闘技場……いわゆるコロッセオがあり、そこからの熱気に老若男女が惹きつけられている。
 昨今はどの街でも、コロッセオでの決闘(フェイタル・バトル)が流行しているものだ。
戦いに特化したシミラー達がこぞってエントリーし、命がけの死闘を演じる。
日々退屈に悩まされていた人々にとって、見るにも参加するにも、これほど刺激的な娯楽はない。
 流行はラングフルクにおいても例外が無い。今日は、大陸随一の人気を誇る闘士“黒騎士”がやって来るとあって、尚更なのである。

 既に闘技場は満席に近い。
 まだ試合は始まっていないので、客席の観客達は思い思いのバトル談義に華を咲かせている。
 そんな中、妙に人目を惹く男女も大声で会話していた。
「ねぇねぇアシュレイ、いったい“黒騎士ミルドーレ”って、どれくらいの奴なの?」
「ふん。俺達はそいつを確かめるために来たんじゃねぇかよ」
 男はつまらなそうに言った。ただし、笑みを浮かべて。
「本当に、わたしたちより強いのかな……」
「馬鹿!そんなことあるわけがねぇ。だいたい、お前より強くて美しい女がこの世に居ると思うか?」
「きゃああっアシュレイ、ありがとう!」
 そう言って、女は男に抱きつく。
 周囲には大勢の観客が居るが、はばかる様子はまるで無い。
 男のほうは、外見三十歳前後。逆立てた赤い髪と日焼けした肌が特徴的。闘技参戦者というわけでは無さそうだが、戦士の身なりをしている。
左足を右足に乗せ、何やら尊大な態度をとっているが、女の手前で格好をつけているだけかもしれない。
 女のほうは、外見二十五歳前後。黒いセミロング、緑色の瞳と長いまつ毛が印象的だ。紫色のとんがり帽子とローブを身に着け、こちらは魔導師の装い。
黙っていれば人形のように精巧そうな顔立ちも、威勢良い喋りの影に隠れてしまう。

 他の客達は、二人を見て口々に囁きあっている。
(おい。あれは……)
(あぁ、多分間違いないぞ。男のほうは、ニド戦役の英雄“アシュレイ・バンデット”じゃないのか)
(そしてもう一人は……獣の姫、“ヒトミ・ラクシャーサ”か!)
(人間のくせにエウレカ側についた女……よくもこんな場所に居られたものだな)
(まったくだ。アシュレイさんの擁護が無ければ、今頃生きてもいられないだろうに……)
 野次馬の声は小さなものであったが、自分らが話題にされていることに気付いた二人は、過敏に反応する。
 アシュレイは、さながら狩人のような鋭い目つきで一同を見据えた。
 ヒトミは、さっきまでの笑顔を無言の冷笑に変えて、不敵な眼差しをつくった。
 それだけで周りが怯んだのを見計らい、ヒトミはさらに立ち上がって叫ぶ。
「————人類と進化を異にした新たな生命、それがエウレカ。機械身に体を委ねなければ生きることもできない脆弱な人間どもめ……
 エウレカこそが、至高の存在と知れッ!」
 女の甲高い声ではあったが、どこか人外じみた不気味な響きを伴っていた。
 野次馬の一人が舌打ちしたのを合図に、彼らは蜘蛛の子を散らしたように去っていった。

 悠々と席についたヒトミの頭を、アシュレイが軽く殴る。
「あぃた!ちょっと、何すんのよ!」
 軽く二回拍手してから、アシュレイは渋い顔で答える。
「見事な演説でした、と言いたいとこだが……んなもんは今度、“反教会機構”の集会に行った時にでもやってろ」
「えぇっ。だって……」
 なおも不満気な顔をした恋人に対し、不精髭をなでながらアシュレイは続ける。
「お利口さんならな、いちいち癇癪を起こすな。また仮面をつけて生活したいか?
 さっきだって、“人間扱い”されるだけずいぶんマシになったもんだろ」
 あんまりな言い方ではあったが、それで恋人は納得したらしい。
「まぁ、ね。またまたありがとう、アシュレイ!」
 言い終えるなり、右の頬にさっとキスをする。
 悪い気はしないのか、アシュレイは微笑む。
 その仕草に、かつて幾多の戦場を駆け巡り、多くのエウレカを狩った面影はすでに無い。
 隣に居る女のおかげで、鬼神と畏怖された英雄もずいぶん丸くなったものだ。
「さっ。そろそろ闘技が始まるぞ。売店や便所に行くなら今のうちだが?」
 ヒトミは目を閉じ、おどけた仕草で答える。
「自分は、まったく大丈夫であります、アシュレイ大隊長どの!」
「そうかいそうかい。って、何年前の再現だよ……ん?」 

 アシュレイが微笑していると、ふと小走りでやってくる、中年風の男がやってきた。
 作業着のようなものを着込み、小太りなこの男、汗を手ぬぐいで拭きつつ、いきなり叫ぶ。
「あぁぁ、なんとか間に合った!本当に良かった!」
 アシュレイとヒトミが呆気に取られているのを構わず(気にも留めないのか)、男は続ける。
「お隣が空いているようですが……座ってもよろしいでしょうか?」
 確かに、アシュレイの左側の席ならば空いていた。控えめな態度であったし、断る理由も見つからないので、
「ええ。どうぞ」と二人は席を勧める。
「いやぁぁ、ありがたいっ!」
 中年男は、さっそうと着席した。その動作は意外と素早い。
「わしは、情報屋をやっとる“トレマル・チャリオット”といいましてね、黒騎士の大ファンなのですよ!あの人の格好良さといったら、
 容姿、技術、どれをとっても最高!コロッセオ始まって以来の闘士ですね。あなた方もそう思いませんか?」
 聞かれてもいないのに長々と語り出す。アシュレイとヒトミは顔を見合わせて苦笑するしかない。
 まさか情報屋ともあろうものが、自分達の正体にも気付けないのだろうか。ずいぶんとまた気楽な男だ。
 なおもトレマルが熱弁を奮おうとした、その時。
 ようやく闘技場内に、式の開始を告げる少々間の抜けたファンファーレがこだました。
 そしてその音を覆い尽くすかのように、大きな歓声が沸き起こる。
 アシュレイ達も、負けじと歓声を送った。

 呼応するかのごとく、競技場中央の土面では、突如として大規模な石盤が地中より浮かび上がってきた。
 土面はすっかりそれによって隠されてしまう。
 さらに、石盤にほど近い闘士入場口からは一人の人物、ひどく痩せた長身の男が現れ、挨拶をする。
「闘士は戦い、己が夢のため汗と血を流す。それもまた我らの夢と力にならん。
 ……ようこそ、闘いの祭壇へ!ラングフルクの皆様、こんにちは。私は司会を務めさせて頂きます、“カッシュ・ジワルド”です」
 再び起こる歓声。
 カッシュと名乗った男、外見は二十歳前後だろうか。客席から男までかなりの距離があるが、
機械人にとってはさして問題無い。困るのは、よほどアイカメラの整備を怠っていた場合くらいだ。
 男の姿を目にしながら、ヒトミは疑問を口にする。
「ねえアシュレイ。あの司会者、どうして“教会議員”の姿をしてるの?」
「うん……?」
 確かに、男の着ている青色の長い法衣は、“教会”で働く人間が着用するフォーマルなものにそっくりだ。
 その疑問に答えたのは、トレマルと名乗った傍らの情報屋だった。
「それはですね、お嬢さん。最近になってコロッセオの運営は、教会の管轄になったのですよ。
 司会なども教会の人間が行うようになったようです。彼もきっと、教会議員の端くれですよ」
「へえ……そうなんですか」
 ヒトミは、不愉快そうな声で言った。
「なにか、不都合でも?」
 トレマルがヒトミの顔を覗きこもうとするので、アシュレイが片手でそれを制する。
「詮索は、しねぇことだ」
「これは失敬。すみませんでした」 
 平謝りするトレマル。
 なおも会場では、司会者の言葉が続いていた。

 さながらオペラのような調子で語られる、コロッセオと闘士達の歴史。
 通いつめている者ならばとうに聞き飽きた内容であるが、これを欠かすことは神聖な試合に対する冒涜となるらしい。
 ようやく長い前置きが終了すると、ついに闘士の入場となった。
「さあ、それでは皆さんお待ちかねの、あの人物を召喚致しましょう。
 さながらその剣技は神の巻き起こした嵐のごとく、天も地も暴けぬ謎の女黒騎士ミルドーレ……参上せよ!」
 またも長ったらしい台詞を吐くと、司会者は足早に退場し、入れ違いに一人の人物が現れた。

 身長は百六十センチほど。
 黒い袴を身につけ、騎士というよりは明らかに武士に近い格好をした少女。
 腰には刀ではなく、どういうわけか洗濯の際に使う物干し竿をさしている。
 長い黒髪をツーテールにし、それを揺らしながら威風堂々歩いてくる。
 化粧を施しているのか真っ白の素肌で、紫色の口紅が余計に際立つ。
 彼女の姿が競技場に見えた途端、ついに怒号のような大歓声が起こる。
 トレマルも立って叫び出す始末。
 久しくコロッセオに来ていないうちに、これほどの人気を集める闘士が出現していたとは。
 アシュレイは、思わずまゆをひそめた。
 やはり世界が望むのは、英雄よりもエンターテイナーなのか。

 石盤の上に立った少女は、よく通る声で名乗る。
「喝采、恐れ入る。拙者、某国の黒騎士“アズキ・ミルドーレ”。……本日は、我が闘技をお目にかけたくて参った」
 割れんばかりの拍手。
 アズキは細い目をさらに細めて笑い、言葉を続ける。
「拙者、皆々様には最も美麗なる戦闘をお目にかけたい。ゆえに我と対等に戦えるほどの闘士に、特別にお越し頂いている」
 アズキの言葉で、客席がどよめいた。
「……なんと、ミルドーレ様と対等に戦えるほどの相手ですって?想像がつきませんなぁ!」
 トレマルはどうやら本気で悩んでいるようだが、反対に、アシュレイとヒトミは楽しくて仕方ない。
 再び、アズキが言葉を紡ぎだす。
「では、ご紹介しよう。その方をいくさ場へ招き入れる。これを受け取った人物が……我が対戦相手だ」
 アズキは手にしていた物干し竿を、二本に分ける。どうやら伸縮式の、継ぎ足せる物干し竿だったらしい。
 彼女は短くした一本を、あろうことか客席のほうへと投げつける。
 竿が飛んだ先。見事に竿を片手で掴んだのは、ヒトミ・ラクシャーサだった。
 観客の視線が一挙に、彼女へ集中する。
「へへぇん。じゃあアシュレイ、ご指名なようなので行ってくるわね」
 アシュレイはぶっきらぼうに答える。
「あぁ、軽くひねってこい」
「りょうかい」 
 言うが早いが、ヒトミは片手で帽子を押さえ大きく跳躍し、客席から一気に石盤のもとにまで移動していた。
 呆然としたのはトレマルを始めとした、観客達だ。
 ヒトミの正体に気付いた者達は、口々に非難の声を浴びせる。
「あれは、ヒトミ・ラクシャーサじゃないか!」
「反教会機構の手先め……!」
「戦争中にいったい何人殺したんだ!」
 にわかに雰囲気の悪くなった場内でも、ヒトミは涼しい顔だ。

 ヒトミは客席には見向きもせずに、自分より小柄な少女に問いかける。
「こんにちは、ミルドーレさん。一週間前、あなたに招待状を頂いたときは驚いたわ。まさか、こういう趣向のイベントだったなんてね」
 アズキは不敵に笑い返すと、ヒトミの言葉には取り合わず、客席に向けて宣言した。
「拙者はこれより、忌むべき好敵手を討ち殺し、皆々様をうんと楽しませましょうぞ」
 最後に恭しく礼をすると、少女はコロッセオ中の人間を味方につけていた。

 ヒトミはうんざりしたように溜め息をつくと、懐からステッキを取り出した。
 柄のボタンを押すことで、たちどころに1メートルを超える長さになる、打撃専用の武器である。
「さ、あんたもとっとと構えなさいな。まさかとは思うけど、物干し竿でわたしとやろうって言うんじゃないでしょうね?」
 ヒトミは先ほど手にした物干し竿の片割れを、投げ返しながら言う。
 アズキはなんと、それをおさげにした髪でキャッチした。唖然とするヒトミを無視し、
くくった髪の左右に、分けた物干し竿をそれぞれ握らせる。世にも奇妙な、二刀流スタイルの完成だった。
「お、驚いたわ……髪に物理的センサーが通っている機械人だなんて。改造したの?それとも欠陥?」
「後者でござるな。だが拙者は、欠陥こそ利用する。対戦相手のことくらい事前に調べておいたほうが良いと思われるが」
「別にどうだっていいわよ、そんなの」 
 競技場内に、再びファンファーレが鳴り響く。
 今度は、試合開始を告げる合図として。
「あんたがすぐに負けるんだからさぁ!」
 ファンファーレを聞くや否や、ヒトミは目にも止まらぬ早さで走り込み、渾身の勢いで伸ばしたステッキを叩きつける。
 が、アズキはその場から一歩も動かない。おさげを交差させ、その先にある二本の竿だけでヒトミの一撃を弾く。
「……なに?」
 ヒトミは身の危険を感じて飛び退ったが、アズキに追撃する様子はない。身体は微動だにせず、おさげだけをくねくねと動かし
「かかってこい」という仕草をつくってみせる。
「くっ、上等じゃない。久々に、燃えてきたわよ!」
 ヒトミはローブも帽子も脱ぎ捨て、革のドレス一枚で切りこんだ。正確には、叩きこんだ、か。
 俄然、勢いを増したヒトミの動きに対し、アズキも今度は全身をつかって応じた。
 二人は競技場内を勢い良く飛びまわり、空中で何度も打ち合う。
 だが二刀流(?)の扱いに長けたアズキが、いくらか有利のようである。
「ミスリル製のロッドでござるか……だが、拙者の“ビゼン”もまたミスリル製。遅れは取らぬ」
「本当に?すごいわねぇ……それじゃあんた、どうして物干し竿の形状にこだわるのよ」
「知らぬのか。古代の東国、“物干し竿”を巧みに操り勝利した剣豪がいるのだ。彼に憧れ、形から入るのも悪くはあるまい?」
「うぅん……。悪くは無いけど、」
 ヒトミは着地するなり、ステッキで足もとの石盤を叩きつけた。轟音をあげて一箇所が派手に砕け、飛び散る残骸をヒトミがステッキで打つ。
「もう一度、イチから勉強し直したほうがいいわ!」
 飛来してくる無数の石片に対し、ミルドーレは頭を突き出し、おさげをプロペラのように回転させて弾き返した。
「ふう。行儀がなってないでござるよ」
「……どっちが!」

 早くも、試合が始まってから十分以上が経過していた。
 初めはヒトミに対し敵意を剥き出しにしていた観客達も、これほどの試合になるとは思わなかったらしい。
双方に対し、大きな声援を送っている。
「いやぁ、これは本当に凄いなあ!ここまで白熱した戦いは、闘技マニアのわしもついぞ見たことがありませんよ!」
 興奮するトレマルと、観客達をよそに、アシュレイだけは深い焦燥を覚えていた。
「おかしい……」
「はっ?いったい、何が?あなたのお連れも、実に良く戦っているではありませんか!」 
 アシュレイは額に手をあて、競技場で戦う二人をじっと見つめている。
(どうしてミルドーレという女……後手にばかり回っている?)
 ヒトミがそれだけ攻勢に転じきっているということもあったが、アズキには何故か、戦うという意志があまり感じられない。
 ただ単に、観客に魅せる戦いを行いたいが為だろうか。それにしても、妙だった。
 そして彼の不安は、このあとすぐに的中する事となる。

 いつの間にか、ヒトミの攻撃は全くと言っていいほど当たらなくなっていた。
 竿を使って防がれるわけでもなく、攻撃自体がかすりもしないのだ。
「……ちょこまかと!逃げ回ってばかりじゃ、勝てないわよ!」
 ヒトミが舌打ちして叫ぶ。
「そうでござるな。ではそろそろ、こちらからも行くとしよう」
 急にぴたりと動きを止めるアズキ。
 ヒトミも、はっとなって立ち止まる。
 するとミルドーレは、いきなり頭からヒトミのもとへ突っ込んでいった。
 何の作為も無い、正面からの特攻である。ところが、その早さが尋常でない。
 ヒトミが瞬きをした次の瞬間、相手は目の前に迫っていた。
(嘘?なんて、早い……)
 ヒトミが慌ててステッキを振ったが、やはり空を切るばかりだ。
 アズキは鋭い勢いを保ったまま悠々とかわし、背後からヒトミの頭を竿で殴りつけた。左右、二回ずつ。
「がッ!」
 競技場に響き渡るほどの撲音がし、ヒトミはよろめく。
 どうにか立ってはいるものの、あまりの痛みで、急速に視界が曇る。

「ヒトミ!」
 客席から、アシュレイが叫ぶのが、ほんの微かに聞こえた。
 しかし、応える余力も出せない。
(なぜ……!こんなに早く、あんたは動けるわけないでしょ……)
 ヒトミは頭を押さえたまま振り向き、少女を睨みつける。
 それほどまでに自分が疲弊していたのか?
 違う。そんなはずは無い。機械身は、まだまだオーバーロードに程遠い。
 アズキは致命傷を受けたヒトミを前に、二本にしていた“ビゼン”を一本に戻し、それを右手で持った。
 戦闘は終わった、という表現だろうか。
 アズキは方膝をつき、ヒトミにしか聞こえない小さな声で、何やら喋り出す。
「ヒトミ・ラクシャーサよ……エウレカが人類に勝る、その最大の理由は何と考える?」
(なに……何を言い出すの?) 
「機械など身にまとわず、この汚れた大気の中、自由に呼吸を行うことができる。そう、呼吸できるのだ。
 “われわれ”に、強く生きる実感を与えてくれる、そういうものだ。そうだろう?」
(呼吸……。……まさか) 
「そう。拙者は、ずっと調べていたんだ。おまえが呼吸しているかどうかを。今はもう、それがよく分かる」
 ミルドーレは武器をヒトミの首にあてがった。
 ヒトミはぜぇぜぇと、苦しく、喘いでいる。
 機械人としては、明らかに異常な仕草であった。
「機械人であって、機械人にあらず。して、その正体は?
 もし、拙者と“同族”なのであれば、欺くのもまた容易い。ヒトミよ、気付かなかったか。
 お主の身は、既に拙者の”一部”でボロボロだ」
 ミルドーレは手袋を取り、今までの戦闘で全く使用していなかった左手を見せた。
 だが何故か、アズキの左手には、指が一本も無い。
(そんな……まさか!……おまえは、……わたしと、同じ……!)

 “エウレカ”、なのか。
 ヒトミの眼が驚愕で見開かれる。
 身体の中に異物が入り込んでいることを知ったが、既に手遅れである。
 ヒトミの身体は、急速に動かなくなりつつあった。
「では、さらばである」
 アズキは敗者に対し残酷に笑いかけると、立ち上がり、竿でヒトミの喉を突いた。
 それがあまりにも強い力だったために、首がへし折れ、ヒトミの頭が落ちる。
 頭部を失った身体は両膝をついた後にぺたんと横に倒れる。
 あとには赤い水たまり。
 頭はごろりと転がっていき、天を見上げて、止まった。
 開かれたままの眼に光は無く、口元からは血が溢れる。
 石盤が、彼女の血を吸い始める。

「拙者の————————勝利だ」
 静かに呟かれたその言葉を聞き、観客は熱狂した。
 これまでで最も大きな歓声が響く中、無言の叫びをあげる男がいることに、誰が気付いただろうか。
「………………ッッ!」
 アシュレイ・バンデット。
 彼は、独り歯を食いしばっていた。
「許さねえ…………!」



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