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「全く余計なことしやがって!恨む!サイトのことは一生恨んでやる!」  怒鳴り込んできたマリコルヌにサイトは目を丸くする。さすがのルイズもあまりの剣幕に無 礼を問い詰める勢いが出ない。マリコルヌは二人を睨みつけて怒鳴った。 「いいかお前ら!僕のような学院一恵まれない男のことを考えないのは差別だ!」  マリコルヌの言葉にシエスタが冷たい視線を向ける。だがマリコルヌはその視線を正面から受け止めて言った。 「そこのメイド!お前はわかってない。平民と貴族、世の中にはそれを超える格差があるんだ……いやそれどころか、僕はその窓から覗いているカラスより貧しい!」  窓の外にはつがいらしきカラスが二羽、枝先にとまっていた。 「『紳士淑女の交流会・クリスマスパーティー 清い社交を深めましょう』だ?深める女性が僕には、僕にはーっ!」  叫んでマリコルヌは握りしめたビラを破り捨てる。  ギーシュとサイトで「異国パーティ・クリスマス」と称した合コンを企画していたのだが、ルイズにこんがりと焼き上げられたサイトと巨大な水玉を弄ぶモンモランシーを目の当たりにしたギーシュが「清い男女交際」を建前にしたパーティに切り替えたのだ。 「いいかお前ら。白雪の舞う季節に、赤々と燃える暖炉を囲んで楽しく団欒する男女。つがいの鶴たちの求愛のダンス。寒がる子供をあやしながら夫と歩く母親。そして、吹雪の中、冷たく冷え切った部屋で自分で暖炉を点し人々を眺める荒涼とした僕!」  シエスタはひっ、と声を上げてサイトの背中に隠れる。肉に埋まった細い視線がルイズとシエスタの肌を這い回り、二人はサイトの背中に隠れるように身を寄せ合った。  ふ、とマリコルヌは自嘲的に笑って告げた。 「まあ、世界には哀れな者がいるということを認識してもらえれば、君たちも少しは大人になるだろうな……会費はお前ら持ちで、夕食をいただきに参加するよ」  マリコルヌが部屋が出ていくと三人は溜息をつく。シエスタは呟いた。 「貴族にも不自由な人、おられるんですね」 #br 「全くお前も余計な仕事を増やしおって」  アニエスの言葉にサイトは苦笑する。ギーシュの限界を超えた馬鹿さ加減は王宮に届いてしまったのだ。その上アンリエッタ陛下から「清い男女交際を目指すという趣旨は乱れた世の中に良い心がけです」といかにもとってつけたような手紙が届き、誘った覚えもないのにお忍びでアニエスと陛下の参加届が同封されていたというわけだ。 「陛下が行くときかない上に宰相殿も何を血迷ったか『たまには息抜きも良い』なんぞと抜かしおって。おかげで私は護衛で、おまけにお忍びだからとこんな服まで着せられた」  アニエスは浅葱色のドレスを摘まんで毒付く。貴族と娘たちと違う、鍛え上げられて引き締まった肉体を生かした体のラインを強調するデザインのドレスなのだが、警備で来ているアニエスにとっては鎧の方がはるかにましらしい。彼女は健康な美しさの際立つ肩甲骨を魅せる、大きく開いた背中を不安げにさすりながら口をとがらせた。 「宰相殿も本当に古狸だ。私にこんなひらひらした服を着せた上に、くるくる回って見せろとか頬に人差し指を当てて首を斜めに傾けてみせろとか出鱈目を言いおって」  サイトはその姿を想像して笑いをこらえるのに必死で腿をつねった。何とか気づかれずに済んだのか、アニエスはさらに脇の杖に似せた警棒を指でつついて言う。 「こんなもの気休めにしかならん。全く、無責任にもほどがある。その上貴族の子弟のくせになぜこんなに私を気にするのだ?」  溜息をつくとアニエスは紅茶を口にした。たとえ宴席でも仕事中は酒を全く口にしないアニエスの徹底ぶりにサイトは苦笑してしまう。それにしても紅茶を飲む仕草一つとってもアニエスは男性的なのだが、軍隊で鍛えられた姿勢の良さと浮かれた様子のなさは、むしろ生徒たちにとって憧憬の対象になりえることにアニエスは気づかないようだ。 「あの、ダンスをご一緒願えませんか」  男たちが数人寄ってきた。アニエスは眉をひそめ、無愛想に答える。 「取り込み中だ。それに私は年上だぞ」  アニエスは視線でサイトに助けを求めるが、サイトは知らん振りをする。 「サイト君にはゼロのルイズがいますよ。それに美しく落ち着いた貴方と出来れば一曲」  少年たちの熱い視線に、アニエスも少しまんざらではない気分になって言った。 「私は剣の舞が専門なのだが……ダンスを教えてくれるか?」  少年は優雅な仕草でアニエスの意外に女性的な手を取った。 #br 「あなた、意外に良い子ね。王宮でもメイドは募集していますよ。こちらよりお給金は良いですから、応募してみてはいかがですか?」 「私には難しいかと思います。それよりもサイトさんにお仕えしていたいですし」 「……何だか今、とても苛立った気分になったのはなぜかしら。私が許しますからそこにお座りなさい。お仕事はあなた一人欠けても今日なら大丈夫ですよ。ほらグラスを持って」 「あの陛下、そんな恐れ多いことを!それに私、酔って乱れたら」 「私が許しますからほらお飲みなさい。それとも私のお酒は飲めませんか?」  慌てて離れようとするシエスタを無理矢理座らせると、アンリエッタはグラスに金色の液体を自らなみなみと注いだ。 「ハネムーンという言葉は恋人たちの寄り添う姿を蜂蜜のように輝く双月に見立てたのが由来なのですって。だから今日は蜂蜜酒なのだそうですよ。本当、このお酒は憎らしいだけ甘いお酒ですわ」  二人の流れにタバサはそうっと忍び足で立ち上がろうとする。だがアンリエッタは魔物のような速さでタバサの腕を掴んだ。 「ルイズもサイトさんをあそこまで独占しなくても良いでしょうに。その寂しさ、折角ですから一緒にお話しましょうというだけですよ?」 「酔っておられますね」 「シャ……いえタバサさん、そんなことはありませんわ。ほらメイドさん……シエスタで良かったかしら?もっとお飲みになって」  タバサはシルフィードの姿を探す。だがシルフィードは肉料理に取りついて声など聞こえない様子だ。キュルケに目を向ければコルベールの腕を引っ張っている最中だ。  会場の演台から、ギーシュが今日の蜂蜜酒について受け売りの講釈を話した。 「皆様、蜂蜜酒はそのまま飲むだけではありません。様々なハーブで香りづけをして楽しむ、そしてより愛を深められる天上の酒なのです。ああ僕のモンモランシー、素敵なことを教えてくれてありがとう!」  モンモランシーが恥ずかしそうにうつむきながら、ミントの葉を浮かべた蜂蜜酒を高々と掲げてギーシュと乾杯をして見せる。  がたり、とタバサの隣りの椅子が動いた。目の据わったシエスタが酔っ払いの癖に無駄に素早い動きでジュースとハーブと、そしてどう見ても間違った量の蜂蜜酒の瓶をテーブルに並べている最中だった。アンリエッタもおかしな笑い方でグラスに酒とハーブを加えている。 「助け……どこにもない」  龍の巣に突入する以上の苦難に巻き込まれたのかもしれない。水魔法でタバサの足をテーブルに押さえ込んで杯を満たしていくアンリエッタを横目で眺めつつ、タバサは溜息をついた。 #br  う、と口元を押さえながらタバサは会場を離れて外に逃げ出した。酔いと蜂蜜、そしてアンリエッタが出鱈目に混ぜたハーブの香気で胸がむかむかする。自分のいたテーブルでは今、アンリエッタとシエスタが運ばれているところだ。テーブルの上は「アニエス様ファンクラブ」の鉢巻きをした男子生徒たちがアニエスの命令で片付けをしているはずだ。  だが、たしかにルイズもひどいと思う。たしかにルイズの使い魔だが、好きあっているのかもしれないが。独占までしなくても良いではないか。  タバサはふと、玄関の黒い影に気付いた。熊かと一瞬思ったが、こんなところに熊がいるはずがない。改めて見ると、クラスメイトのマリコルヌがたそがれているようだ。  タバサはふらつきながら軒先に腰を下した。 「風邪ひくよ?」 「構わない。暑い」  飲みすぎか、お楽しみだな、とマリコルヌは呟いて手に握った鶏の唐揚げに食いつく。タバサは何だかおかしくなって小さく笑みを浮かべた。 「タバサも笑うんだね」  改めて言われたタバサは顔をそむける。マリコルヌは続けて言った。 「やっぱり人間見た目だよ。高貴だとか何とか以前に陛下はお美しいし」  再びマリコルヌは肉に食らいつく。その様子が何だかシルフィードに似ている気がして再び笑みを浮かべる。 「何だよ。僕の食べ方、そんなにおかしい?」  不機嫌な声を発したマリコルヌにタバサは冷静な声で返した。 「私の使い魔に似ている」 「僕、使い魔並みってこと?」  タバサが首を傾げると、マリコルヌは自嘲的に笑って言った。 「そういやサイトも使い魔か。もう負けてるね、見た目も全部」  言ってまた肉にかぶりつく。と、いきなりタバサが食べかけの肉を奪い取った。 「何すんだよ!」 「食べるから太る」  言ってマリコルヌの噛んだ場所に食いついた。一口噛みとった跡はマリコルヌの一口よりはるかに小さい。こくり、とタバサの細い喉を鶏肉が流れていく。マリコルヌがグラスを差し出すと、タバサは一息に呷ってふらふらと座り込んだ。 「飲みすぎた」  言ってタバサは眼鏡を外した。童顔の、だが肌理の細かい肌にマリコルヌは思わず見とれてしまう。ふと見上げた瞳と視線が重なってマリコルヌは息を飲んだ。ルイズやキュルケの情熱とはほど遠い、だが不思議な静寂を宿したタバサの瞳はおそろしく魅惑的だった。この幼げな同級生は、本当はどんな心根の持ち主なのだろうか。  と、突風が突き抜けた。タバサは目を開き氷の槍をマリコルヌの背に放つ。振り返ると男が一人落下していくのが見えた。タバサは苦しそうに呻いて雪の上に吐瀉する。  先ほどの男が立ち上がる。タバサは杖を振るおうとして取り落してしまう。男は投げナイフを次々と放る。マリコルヌはその全てを風魔法で吹き飛ばす。 「坊ちゃん甘い」  男が短剣を握って突貫した。タバサは杖を握って呪文を唱える。だが間に合わない! 「大丈夫」  マリコルヌはタバサの小さな体を包み込むように抱きしめる。刃がマリコルヌの肩口を貫き鮮血が流れ落ちていく。  タバサの呪文が完成した。遂に男は氷の槍で木々に打ち付けられた。どさり、とマリコルヌは雪の上に倒れこむ。白雪が赤く赤く溶けていく。タバサは珍しく慌てながら水魔法でマリコルヌの傷を塞いだ。完全に傷が塞がると、マリコルヌを助け起して呟くように言った。 「巻き込んで悪かった」  マリコルヌは溜息をついて答える。 「相手なしの男女パーティで、その上巻き込まれ刺客なんて最悪の日だよな」  と、ダンスの伴奏が一際高く会場から漏れてきた。双月が雪の中に佇む二人を蜜色の光で照らし出す。タバサはマリコルヌの手を取ると、キュルケすら見たことのない表情で言った。 「相手なら、今からいる……あなたと、踊りたい」  茫然とするマリコルヌの腹をぽんぽんと叩くと、タバサは首にぶら下がるように背伸びをしてマリコルヌの頬に口付けた。 #br [[24-527]]かわいい護衛(外伝)

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