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247 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/10/17(水) 18:12:42 ID:lOXzBEsU 空はどこまでも青く晴れ渡り、高空を甲高い声を上げて名も知らぬ鳥が飛んでゆく。 それは昼食には少し早く、かといって朝食には遅すぎる時間の出来事。 トリステイン魔法学院の南門に、一台の馬車がやってきた。 それはしっかりしたつくりの黒塗りの四頭立てで、中に乗る人物がそこそこの身分の者であることがうかがい知れた。 馬車は昼の交代時間を直前にした門衛の前で止まると、その重厚な扉を開いた。 門衛はそこから出てきたものを見て、一瞬動きを止める。 まず、最初に現れたのは赤銅色のごつい手。指の一本がドアのノブくらいある。 次に、出てきたのは角ばった頭。申し訳程度に天辺に鳥の巣のような茶色い毛が生えている。これまたオーバーサイズで、かろうじて理性を感じられる引き絞られた口許がなければ、オーガと間違えられるだろう。 そして最後に、身体がでてきた。どうやってこの馬車の中に入っていたのか、頭頂部は頭一つほど馬車の屋根から飛び出ている。 門衛は頭の中で、即座にこの目の前の物体に対して名前を付けた。「メイジの格好をしたオーガ」。 そのオーガはなんと礼儀正しく御者に礼を告げると、馬車の後ろに積んであった荷物を手に取る。 荷物は木製のトランク一つだけだったが、そのオーガとの対比を見ると、そのトランクは、門衛自身がまるまる入るほどの大きさがある事が分かった。 オーガはトランクを手にしたまま、のしのしと門衛に近寄ってくる。 く、食われる…! 本能的にそう思ってしまい、思わず身をすくめる門衛。 しかしオーガはにっこりと笑顔を門衛に向けると、大きな声で言った。

「新任教師、ロナ・アルベルト・シモンズである!学院長どのはおられるか!」

その名は、確かに来客予定リストの中に入っていた。

ロナ・アルベルト・シモンズは、トリステイン王国辺境の、ギルフォード伯爵領にある『ギルフォード私設魔法学院』で教鞭を振るう、優秀なトライアングル・メイジである。 その授業はとてもわかりやすく、しかも人柄もよいので、ギルフォード領外にも、その名前は知れ渡っていた。 当然トリステイン魔法学院の学院長たるオールド・オスマンの耳にも、彼の名前は届いていた。 機会があれば、彼を呼び寄せ、一度この学院でも教鞭を振るってもらいたい、そう思っていた。 そのチャンスが、ついに訪れたのである。 ギルフォード伯爵が、先のアルビオン戦役に出兵するために、魔法学院を解体してしまったのである。 元々ギルフォード魔法学院は、軍部の幹部の一人であるギルフォード伯爵の私設軍に入れるためのメイジを育てる場所であった。 それが、先の戦役によって急な戦力の増強を迫られたため、教師・生徒を問わず、兵役に駆り出されたのである。 ついでに守銭奴としても名の通っているギルフォード伯は、学院の閉鎖を決定してしまったのだった。 それを知ったオールド・オスマンは、戦役が終わるやいなや、ロナにトリステイン魔法学院で教鞭を振るう気はないか、と打診した。 返事は二週間の時を経て、ロナがその気である事をオスマンに伝えた。 そして、いよいよオスマンはロナと顔を合わせたわけだが。

「いやあはっはっは!なんとも立派な塔ですな!」

目の前で大口を開けて笑いながらそう言う大男が、ロナであるとは未だに信じられない、いや信じたくないオスマンであった。 名前の響きとあまりにもギャップがありすぎる。門衛が、『メイジの格好をしたオーガ』と評したのもむべなるかな。

「えーと…それで、ミスタ・シモンズはギルフォード魔法学院ではどのような授業を…?」

不審の視線を隠そうともせず、オスマンはロナに尋ねた。 実物を目の前にした今のオスマンには、あの評判が急にマユツバに思えてきたのだ。

「ロナ先生、とお呼びください」

必要以上に白い歯を輝かせながら、満面の笑顔でロナはそう言った。 オスマンはうんざりしながら、

「…ではロナ先生」

と訂正した。

「お答えしましょうっ!」

意味もなくガッツポーズなどとりながら、ロナは応える。

248 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/10/17(水) 18:13:20 ID:lOXzBEsU 「ぅわたしの授業は実践を大事にしておりましてな!理論よりもまず実践!論より証拠!案ずるより産むが易し!玉砕覚悟!  とりあえず生徒に一つでも多く魔法を使わせる!これです!失敗してもいい、逞しく育って欲しい!」 「…はぁ」

ロナの拳がどん!とオスマンの座る豪奢な学院長専用の机を叩く。 この机は魔法で強化されており、トライアングルクラスの魔法でないと傷もつかない。 しかしオスマンは、ロナの拳の勢いのよさに、この机が割られてしまうんじゃなかろうか、と錯覚してしまう。

「書を捨て町に出よ!そこにこそ真実はある!とそうわたしは教えております!  まず見て!感じて!放って!受け止めて!拳を交わして!己の拳を真っ赤に燃やして!そして真実をつかむのです!」

ぶぉん!と拳を奮って熱く語り続けるロナ。 拳圧で学院長室のカーテンとオスマンのヒゲががふわりと揺れる。

「書の中で得られる知識だけでは血肉にならぬ!己の肉体で感じる魔法こそ真の魔法!  鍛えよ肉体!震えろ魂!己の血潮を真っ赤に燃やせ!点せ平和の篝火を!始祖もこう言っています『手は手でなければ洗えない、得ようと思ったらまず与えよ』と!」

振り回された拳が今一度学院長の机に叩きつけられる。 並の火球の呪文ではびくともしないその机が、みし、という音を立てたのをオスマンは聞き逃さなかった。 まあ言っている事はおおむね間違いではない。 情熱が多少空回っている感はあるが、基本的にいい人のようだ。 オスマンはそう感じ、ロナに明日から授業をしてもらうよう話をしようとしたのだが。

「おお、あれは生徒たち!今行くぞ先生がその熱い情念を受け止めてやろう!」

窓から中庭を見て、生徒の集まっているのを見たロナは、学院長室から飛び出していったのだった。 オスマンはしばらく呆けていたが、気を取り直して移転の書類に判を押した。 どうやらロナを止める気はないようだった。

「はー、いい天気じゃのー」

ボケた老人の演技も忘れない。

249 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/10/17(水) 18:14:08 ID:lOXzBEsU 屋外で授業の真っ最中であった生徒たちは、突然現れたモンスターに色めきたっていた。

「はっはっは。照れなくてもいいんだよ!生徒たち!」

大きく手を広げて何か唸っているが、よく意味が分からない。 とりあえず女生徒たちは男子生徒の後ろに下がり、安全を確保している。

「はっはっは!どうした!遠慮なくこの胸に飛び込んできたまえ!」

人語を話すという事は、それなりの知性を持っているという事だ。 ということは、会話による交渉が可能という事。 無謀にもこのモンスターに交渉を挑んだのは…当の授業担当者、コルベールであった。

「な、なんだね君は!」 「おお、すまんな紹介が遅れた!わたしの名はロナ・アルベルト・シモンズ!  オールド・オスマンに招かれた、新任教師であるっ!」

言って大きく胸を張るモンスター。 新任教師?どうやら人間だったようだ。

「そ、そうだったんですか。ええと…ミスタ・シモンズ」 「ロナ先生とお呼びください!」

王城の扉よりも分厚い胸板をどん、と叩いて、ロナは言った。 コルベールはあまりの弩迫力に、思わずその言葉に従ってしまう。

「じゃ、じゃあロナ先生?い、今は授業中でして…」 「おおそうでしたか!これは失敬!」

言ってロナはぎゅるん!とその場で半回転すると、生徒たちに背を向けた。 そして、顔だけ振り返って赤ん坊の腕くらいありそうな親指をびしぃっ!と立てて言った。

「それじゃあ生徒たち!わたしの授業を楽しみにしていたまえ!あーっはっはっはっは!」

そして満面の笑顔で、やってきた時と同じように砂埃をたてて嵐のように去っていった。 コルベール以下、生徒たち全員が、同じような表情をしていた。 今のはなんだったんだ、と。

250 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/10/17(水) 18:14:51 ID:lOXzBEsU しかし意外な事に。 ロナの授業は生徒たちに好評を得ていた。 確かに彼の見た目はどう見てもオーガで、声も馬鹿でかく、しかも暑っ苦しいしゃべり方をするので、最初のうちは生徒たちも鬱陶しがっていたが。

「いいかい君たち!人という言葉は、まだ人と言う概念のなかった大昔の『支えあう』という言葉から来ているのだよ!」 とか、 「はっはっは!いくらでもかかってきたまえ!先生は逃げも隠れもしないぞう!」 とか、 「そう、今、君の中を駆け巡っているその感情…それこそが『愛』だよ!」

暑っ苦しい顔から発せられる背筋を猫じゃらしで撫でられるようなむずがゆいセリフは、堅苦しい貴族の世界で生きてきた生徒たちには、えらく刺激的であったのだ。

「先生っ!俺、間違ってたっ!」 「私…私、もう一度頑張ってみる!両親を説得してみせる!」 「これはっ!トリステインのっ、人間のっ、いや、俺の魂だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

生徒たちも感化されまくり、授業中に飛び交う無駄に熱いドラマとセリフ。

「…なんじゃこりゃ」

休み時間を告げる鐘の音が鳴っても、熱血青春ドラマは止まらない。ちょうど今、ちょっとワル気取りの生徒が『優しさってなんだろう?』と諭されているシーンだ。 それを才人は横目に見ながら、教室の反対側の隅で同じように退屈そうにしているルイズを見た。 ルイズとは、タバサの一件以来、話もしていない。ていうか、部屋にも入れてもらえない。 仕方ないので才人はここ数日、タバサの部屋にお世話になっている。 何度かルイズと接触を持とうとはしてみたものの、ルイズは徹底的に無視を決め込んでいた。 今回はどうやら本気で怒っているらしい。今日もルイズに接触するべく、ルイズの選択しているこの授業の終了を待って、教室に潜入したのだが、彼の主人は全く聞く耳を持たなかった。 そんなルイズと、偶然目が合う。 即座に視線を逸らされた。 …どーしたもんかねー。 そんな才人の後ろで、教室のドアが開く。 そこに顔を出したのは、タバサだった。 ちなみに彼女はロナの授業の科目を選択してないため、彼を見るのはこれが初めてであった。 タバサは教壇で繰り広げられる、『俺っ、俺っ、先生みたいな先生になるっ』『ソレは違うぞ!お前はお前だけの道を往け!』『せ、先生ィィィィーっ!』『何も言うな若人よっっ!』とかいう寸劇を、いつものような醒めた目で見ていた。

「お、そっちの授業終わった?」

教室に満ちる汗苦しい雰囲気と、ルイズの視線にいたたまれなくなった才人は、タバサを振り返る。 タバサは教壇で生徒をベアハッグにしている筋肉の塊を杖で指して、才人に尋ねた。

「…なに?アレ」 「…なんか新任の先生らしいぜ?妙にみんなのウケがいいみたいでさ」

才人は正直このノリについていけない。 才人は肩をすくめて、そう応えたのだった。

「…名前は?」 「聞いてどーすんだよ」 「…あんな暑苦しい雰囲気のひとにはあまり近寄りたくないから」

タバサもなるべくならあんなのの授業はごめん蒙りたい、と思っていた。 名前を聞いて、彼の授業をなるべく選択肢から外そう、そう思っていた。

「…たしか、ロナ・アルベルト・シモンズだったかな」

251 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/10/17(水) 18:15:52 ID:lOXzBEsU その名前を聞いた瞬間、タバサの表情が固まる。 いや、普通の人間が見ても分からない程度の緊張であったが、タバサと深い関係にある才人には、その変化は一目瞭然であった。 次の瞬間、才人の心にタバサの声が響く。

…黙って教室から出て。今すぐ。

才人はなんじゃらほい、と思ったが、タバサの心の声は真剣だった。 才人はタバサに続き、教室を出る。 そんな二人を、ルイズの刺すような視線が見つめていたのだった。

…どーしたんだ一体?

才人は心の声でタバサに尋ねる。 タバサの心の声からこれがただならぬ事態なのだと感じた才人は、声を出さずに彼女に従っていた。 教室からしばらく離れた渡り廊下で、タバサはようやく応えた。

あれは、ロナ・アルベルト・シモンズ本人じゃない。

その言葉に嘘偽りはない。 心を通じて伝えられる言葉は、常に真実だった。 才人は驚き、思わず軽く声を上げた。 しかし周囲に人は居ないため、誰にもその声は届かない。 なるほど、それでここまで何も言わなかったのか。 才人はタバサの機転に感心する。

じゃ、アレは誰なんだ?

才人は、タバサに従い、心の声で会話を続ける。 いかに人の居ない場所とはいえ、不意に人が現れるかもしれないのだ。 こういった重大な事を含む話は、なるべくなら外部に漏れない方がいい。

…わからない。けどロナ・アルベルト・シモンズでないことは確か。

どういうことだ?シャルロットは本人を知ってるのか? 才人の心の疑問符に、タバサは応える。

知ってはいない。でも、話に聞いた事はある。その話では、ロナ・アルベルト・シモンズは、女教師。

才人は再び、驚きの声を上げた。 つまり、彼はなにがしかの目的でロナを名乗り、魔法学院に教師として潜入してきた、ということである

252 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/10/17(水) 18:16:58 ID:lOXzBEsU 一体、何が目的なんだ? 才人の再度の疑問に、タバサは応えた。

わからない。 でも、身分を詐称して潜入しているということは、トリステイン貴族の子息の誘拐か、もしくは学院の破壊か、もしくは、学院で管理するマジック・アイテムか。 いずれにせよ、真っ当な人間じゃないことは確か。

そして二人はいつの間にか、教師たちの集う職員棟の前にいた。

「どうする?知らせるか?」

才人は、今度は言葉で尋ねた。 具体的な単語を出さなければ、声に出してもいいだろう。 タバサは才人に則り、声で応える。

「…今はいい。もう少し様子を見る」

そして、タバサは心の声で続ける。

…ひょっとすると、単に教師をしたかっただけかもしれない。

才人は妙に納得してしまった。 あの妙なノリ、たしかに教師を夢見てでもいない限り、ありえないよな…。 しかし、その考えが甘かったと、二人は後に後悔することになるのだった。

434 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:05:05 ID:IQkmbdST それから何日か経って。 生徒の三分の一が熱血化し、大半の一年生が進路希望欄に『属性:炎』と書く様になった頃。 その事件は起きた。 その朝、慌しく教師達が廊下を走り回っていた。 いまだタバサの部屋に間借りしている才人は何事か、と手近な教師を捕まえて尋ねた。 すると。

「いや、早朝学院の宝物庫に賊が入ってね。今捜索中なんだ」

その教師の話によれば、今朝方、宝物庫の中に仕掛けられた侵入警報の魔法が発動したという。 そしてすぐに見回りの夜警が駆けつけたのだが、入り口近くにあった宝物がひとつ、盗まれたという。 その盗まれた品を現在、宝物庫のリストと照らし合わせて確認中だという。

「盗まれた物くらいすぐわかるような気がするんだけどなあ」

慌しく去っていく教師の背中を見ながら、才人は呟く。 その傍らで、いつのまにやってきたのか、タバサが説明した。

「宝物庫は普段、厳重に封印されている」

なるほど、と才人は思った。 普段封印されていて中身を見る機会がなければ、盗まれた物をすぐに判断するのは難しいのも道理だ。 しかし。

「…そういやなんでシャルロットがその事知ってんだ?」

たしかにそれも道理だ。宝物庫に入ったことのないはずのタバサが、そのことを知っている事もおかしい。 タバサは一瞬むっとすると、心の声で答える。

…私の過去知ってて、そんないじわる、言うんだ。

その声には、あからさまな不満が混じっていた。 あ。しまった。 言われて初めて、才人は思い出す。 タバサはかつて、ガリア王の尖兵、私兵騎士団『北花壇警護騎士団』の一人であったのだ。 その彼女に、トリステイン魔法学院の宝物庫への侵入指令が下されても不思議はない。 才人は心の中で慌てて詫びる。

ご、ごめん、忘れてた!

しかし時すでに遅く。

…だめ。今更遅い。

心の中で言って、タバサは才人めがけて両手を広げた。

「ん」

…って、こんな朝っぱらから…?

抱っこしろ、という意味である。

…お昼までには、許してあげるから。

才人は仕方なくタバサを抱き上げ。 そのままタバサを抱っこして、部屋の中に入ったのだった。

440 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:08:06 ID:IQkmbdST 昼を過ぎたころ。 食堂にやってきた才人とタバサの耳に、一足先に食堂で昼食を採っていた生徒たちの噂話が届く。 どうやら、犯人は学院関係者らしい。 盗まれた宝物はそれほど大したものではなかったらしい。 まだ、犯人は捕まってはおらず、教師たちは犯人捜しにあちこちで聞き込みや捜査をしいるらしい。 そんな憶測とも噂とも取れる話が、食堂のそこかしこから聞こえてくる。 関係者が犯人だから、内々に処理したいんだろうけど。 才人は捜査が遅遅として進まないことに少し不安を抱いていた。 …犯人がそのマジック・アイテムを使って何かをやらかしたらどうするんだ。 才人は遅めの食事を採りながら、そんなことを考えていた。 隣でもくもくとサラダを口に運ぶタバサは、そんな才人に心の声で言った。

大丈夫。もし、何かあったら、私たちでなんとかすればいい。

その言葉には、絶対的な自信が篭っていた。

さすがだな。本物の騎士ならではの自信ってやつ?

厭味でもなんでもなく、タバサの自信に才人は素直に感心していた。 しかし、才人のその言葉は感心を向けた相手によって否定される。

ううん、そうじゃない。 …サイトが一緒なら、私はなんだって、できると思えるから…。

そこまで心で伝えて、顔を伏せる。 いかに心の中でとはいえ、さすがに今の台詞は恥ずかしいらしい。 言って顔を伏せるタバサの耳は、その端まで赤く染まっていた。 かわええ。 才人がそんないじらしい使い魔に萌え死にそうになっていたその時。 突然、教師の一人が、慌てて食堂に駆け込んできた。

「大変だ!犯人が逃亡した!」

その教師に視線が集まり、一斉に質問の矢が飛ぶ。 どうして逃がしたんだ、誰が犯人なんだ、安全はどうなるんだ、などなど。

「大丈夫、君たちの安全は確保する!この食堂から動かないでくれたまえ!」

言って教師は逃げるように食堂を後にする。 それを見送ったタバサが、静かに席を立つ。 才人も黙って、その後に続く。

「そんじゃ、行くかぁ」 「ん」

二人の目的は同じ。言葉を交わす必要もなかった。 二人の騎士は、大騒ぎの食堂を抜け、犯人を見つけ出すべく、行動に出た。

441 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:08:58 ID:IQkmbdST 結論から言うと。 宝物庫から宝物を盗んだのは。 あの、ロナ・アルベルト・シモンズだった。 宝物庫を見回っていた教師が、『逃げていくオーガ』を目撃しているから間違いない。

「けっこういい人っぽかったけどなあ」

ロナはすでに学院の外に逃げたというので、才人は馬の準備をしていた。 その傍らで、盗まれた宝物の目録のメモを読んでいたタバサがぽそりと漏らす。

「…でも、嘘をついていた」

そう、彼はロナ・アルベルト・シモンズ本人ではない。その時点で、既に疑うべき対象だったのだ。 タバサは既に才人の載った馬の上に、ひらりと飛び乗る。いつものように才人の前ではなく、鞍の後ろに。 抱えられた状態ではいざと言う時動き難いし、なにより、才人の影に隠れていれば詠唱を見られることもない。 才人はタバサが乗ったのを確認すると、即座に馬に鞭を入れる。 向かった方角は、北。 なぜなら、こちらに向かうのが、街道に出る一番の近道だから。 一応念のため、逆方向にシルフィードを飛ばしている。 『メイジの格好をしたオーガを見かけたら足止めしておけ』と言い含めてある。 そして。 馬を飛ばす才人の視界に、道を駆ける黒いマントが入る。

「見つけた」

才人は背後から、一気に間合いを詰めようとする。 その瞬間。

443 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:10:56 ID:IQkmbdST 突然、目の前の地面が隆起した。

「うわっ!?」

突然の地形の変化に馬がついてこれず、馬上の二人はそのまま地面に放り出される。 才人はかろうじて、タバサを抱えて地面に転がる。 土ぼこりに塗れながら、才人は地面を転がり、そして止まる。 才人は腕の中のタバサに尋ねた。

「大丈夫かシャルロット?」 「…ありがと」

それより、サイトはっ!? 表の声とは裏腹に、心の声には軽い焦りが見えた。

「大丈夫、怪我はねえよ。  …でも、もう気付かれたのか?」

答えながら、才人はロナの方を見る。 才人に見えるロナはまだ小さな人影で、この距離で前を走っていて気付かれるはずがなかった。 才人が不審に思っていると、タバサがその理由を教えてくれた。

「盗まれた、マジック・アイテムのせい」

そしてタバサは、読み込んだ宝物の目録の内容を、心で才人に伝える。 盗まれた宝物。それは、『千里眼の布』という。 それは目隠しのための布に、たくさんの目が描かれた布だった。その力は、着用した者に、周囲360度の視界と、地平を見通す視力を与えると言う物だった。

「…大したことはないけど、確かに厄介だな」

戦闘経験を積んだ才人には、視界の大切さが身にしみて分かっていた。 その視界を360度展開でき、さらにその距離も長い、となると。

「…力押しかぁ」

正直気が進まなかったが、この場合の解はそれが最も効率的だろう。 近寄って、叩きのめす。 ガンダールヴの力を使えば、ロナとの彼我の距離は一気に縮まる。才人はデルフリンガーを抜き、構えた。 ガンダールヴの印が光り輝き、そして手にしたデルフリンガーが才人に言う。

「おー相棒、なんか今日はマジだね」

喋る剣の軽口に、才人は応える。

「…全方位見渡せる、視力のいい相手とやらなきゃなんないんだよ。  余裕なんてない」

それに対するデルフリンガーの答えは、意外なものだった。

「なんだい相棒、相手は千里眼でも使うのかい?  だったら気をつけな、敵さんの戦術によっちゃ、引いた方がいいかもしれんぜ」 「接近戦で俺が負けるとでも?」 「まーなー。相手さんの戦術次第って言ったろ?  ま、そこの嬢ちゃんもいることだし…ってあら?嬢ちゃんなんか雰囲気違くね?」

デルフリンガーの興味は、どうやら使い魔となったタバサに移ったようだ。 あとで説明しておこう、今はそんなヒマねえし。と思いながら、才人はさきほどのデルフリンガーの言葉が気にかかっていた。 『敵さんの戦術によっちゃ、引いた方がいいかもしれんぜ』 ま、やばくなったら引けばいいか。逃げ足には自信あるし。 情けない事を考えながら、才人はタバサを抱え、一気に地を駆けたのだった。

445 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:11:28 ID:IQkmbdST 風のように速いスピードで、ロナとの距離は一気に剣の間合いまで縮まった。 その間、ロナからの妨害は一切なかった。 そのかわり、妙な目の模様の入った布で目隠しをしたロナは腕を組み、才人を待ち構えていた。

「よく来たな、若人よ!」

暑苦しい言葉は相変わらずだ。 才人は油断なく剣を構え、その後ろでタバサがそっと詠唱に入る。『アイス・ストーム』の魔法である。 この魔法の範囲なら、確実にロナを捉えられる。 しかし、それを見たロナも、即座に詠唱に入った。

「させるかよっ!」

才人は大地を蹴り、剣を突き出して一気に踏み込む。

「甘いっ!」

ロナはその巨躯に見合わぬ俊敏な動きでその突きをかわすと、その側面から右の掌打を繰り出す。 才人は肩を打撃され、そのまま一気に吹き飛んでしまう。

「ぐわっ!?」

一回転半したところで姿勢制御に入り、そのまま勢いを利用して立ち上がり、剣を構える。 しかしその瞬間。 ロナの詠唱が完成する。 それはタバサの『アイス・ストーム』より遥かに短い詠唱だった。 その魔法は、あまりに基礎的で、簡単な魔法だった。 その魔法は。 『錬金』。そう、ただの『錬金』であった。 完成した術式を、ロナは杖に集める。 そしてそれを。 自らに向けて、放ったのだった。

「見よ!これが我が戦闘術、『武装錬筋』であるッ!」

577 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:33:01 ID:RDLODFz4 「見よ!これが我が戦闘術、『武装錬金』であるッ!」

ロナの宣言と同時に、タバサの詠唱が完成する。 ロナの周囲の水分が一瞬で細かな氷の刃と化し、風が渦巻いて、白い嵐となって襲い掛かる。

「やったか?」

普通の人間なら、この氷の刃の嵐の中では、数秒ともたずに息絶えるだろう。 よしんば初撃の氷の刃に耐え切っても、微細な刃は容赦なく肌を切り裂き、そして呼気とともに呼吸器を傷つける。 この術をまともに食らって、立っていられる人間などいない。 はずだった。

「…嘘」

タバサの目が、驚愕に見開かれる。 殺意を含んだ白い霧の晴れた後に。 腕を組んで、平然と。 鈍色に光る彫像が、そこに立っていた。

「噴!効かぬな!」

氷の刃によって裂けた服の隙間から覗くロナの肌は、鈍い銀色に染まっていた。 そう、彼は、『錬金』によって、己の身体を鋼へと変えていたのである。

「…アレをやらかすバカがいるとは思わなかったぜ…」

ロナのその身体を見て、デルフリンガーが呟く。

「…なんなんだアレは?」

間合いを取りながら、才人はデルフリンガーに尋ねる。

「…見てのとおりただの『錬金』さね。『錬金』で自分の肌を鋼にしてんだよ。  ただし、並みの力じゃ、鋼になった自分の重さで身動きも取れなくなる」

デルフリンガーの言葉のとおり、ロナの足元は、彼の重さで大地が沈んでいる。 しかしロナはそんな重さをものともしないで、右腕を勢いよく振り上げた。

「そう!鍛え抜かれた鋼の筋肉あればこそ!この戦闘術『武装錬筋』が成しえるのだ!  鋼と化した我が肉体の前に、刃は意味を成さぬ!まさに無敵無敵無敵ィィィィィ!」 「な、なんつー厄介な…」

今の才人に、鋼を両断できるほどの膂力も腕もない。 この状態のロナに対しては、完全に手詰まりであった。

「こういうとき、虚無の嬢ちゃんの『ディスペル・マジック』があればねえ」

デルフリンガーの指摘どおり、ルイズの『ディスペル・マジック』があれば、ロナの術を解き、なんとか勝つことも可能だっただろう。 しかし今ここにいない人間の話をしても意味はない。

「そしてぇっ!」

突如叫んだロナは、振り上げた拳をそのまま、才人めがけて振り下ろす。

「うわっ?」

才人は結構なスピードで振り下ろされるそれを横っとびに避ける。 ロナの拳は文字通り大地を割り、地面に突き刺さった。 ロナはそれを容易く引き抜き、そしてまた吼える。

578 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:33:55 ID:RDLODFz4 「鋼の拳は岩をも砕く!まさに我が『武装錬筋』は無敵!素敵!快適!」

最後のはなんか違う気がするが、それを突っ込む暇は才人にはない。 次々と繰り出されるロナの拳を、避けるので手一杯になってしまったからだ。 右のストレートをサイドステップでかわし、上から振り下ろされる左の拳をバックステップでかわす。

「くそっ!」

ロナの拳は面積が大きく、まるで巨大な戦槌を休みなく次々繰り出されているようだ。 しかし、相手の獲物が大きいということは、その分死角も大きいという事。

「撃滅のっ、アイアンっ、ストレィィィィィトっ!」

大気を巻き込み唸りを上げる鋼鉄のストレートを紙一重でかわし、才人は即座に前方に踏み込む。 もらった! 才人はがらあきの背中めがけて、デルフリンガーを振りぬく。 いや、振りぬこうとした。

「甘いのである!」

ロナはまるで背後が見えているかのように、振り抜いた拳を無理やり引き抜き、裏拳を背後の才人めがけて振りぬく。

「うわっ!」

才人はかろうじてそれをデルフリンガーで受け止めることに成功した。

「お、折れる折れるっ!」

その衝撃に思わずデルフリンガーの悲鳴が上がる。

「忘れんな相棒!あのデカブツ、文字通り後ろにも目ぇついてんだぞ!」 「わかってるっ!」

『千里眼の布』によって360度の視界を得ているロナには、背後からの攻撃など意味はなかった。 それはすぐにもう一度、証明される事になる。 不意にロナは背後めがけて左手を突き出す。 すると、彼の左手に圧縮された空気の塊がぶち当たり、四散する。 タバサの『エア・ハンマー』だ。 タバサは才人の戦闘中に詠唱を終え、斬撃ではなく打撃によるダメージを与えられる、『エア・ハンマー』による攻撃を行ったのである。

「無駄無駄無駄!どのような攻撃だろうと私には通じぬ!  我が『武装錬筋』は無敵無敵無敵ィィィィィィ!」

吼えるロナを目の前に、才人は軽い絶望に打ちのめされていた。 何か、突破口はないのか? そんな才人の前で、不意にロナが動きを止める。 まるで、痛みに堪える様に歯を食いしばり、微動だにしなくなる。 何かくるのか?そう警戒した才人に、ロナが語りかけてきた。

「…く…君は…学院の生徒かっ…!」

その声は、先ほどまでロナの発していた殺気に満ちた声ではなく、授業中に見せていた、あの熱血教師の声だった。 才人はすぐにある可能性を思いつく。 そしてそれは、ロナの言葉によって肯定される。

「…今の私は、私ではない…何者かが、私の中の衝動を開放したのだ…!  この数秒だけ、なんとか意識をとりもど…」

579 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:34:49 ID:RDLODFz4 そう、彼は何者かに操られていたのだった。 ロナは苦痛に歪んだ表情でそこまで言ったが、そこまでだった。 すぐにロナは元に戻り、好戦的な笑みを浮かべる。

「おおっとあんまり攻撃が温いので居眠りしてしまったわ!  さあかかって来い!私の無敵で素敵で快適な拳が相手をしよう!」

才人はその言葉を聞いて、さらに絶望的な気分になった。 彼が操られていると分かったこの状況で、しかも並の攻撃が通用しない相手で、殺さない程度に加減して戦えと。 …ムチャな…。 しかし。 その絶望的状況を、彼の使い魔が救った。

私にまかせて。

心に響いたその声は、確かな自信に溢れていた。 才人はそのまま、流れてくるタバサの考えに耳を傾ける。 なるほど。これならいけそうだ。 しかし、この作戦、上手くいけばいいが、失敗すればタバサを大変な危険に晒す事になる。 だがその才人の心配は、タバサの心の声で打ち消される。

…サイト、信じてるから。

そう、この作戦が成功するか否かはすべて才人にかかっていた。 ならば。

まかせろ、俺は最強の盾、ガンダールヴだぜ!

心の声とともに、才人の身体に力が満ちてくる。 ガンダールヴの印が、眩しいほどに光り輝いていた。

「待たせたな!」

才人はタバサとの一瞬の心の会話の後、ロナ目掛けてデルフリンガーを構える。

「ようやく来る気になったか!  さて、見せてもらおうか、どうやって君が私に抗うのかを!」

ロナは大きく右の拳を振りかぶると、才人目掛けて振り下ろす。 才人はそれをサイドステップで大きくかわす。ロナの拳のリーチの外へ逃げる。 そのロナの視界の隅で、タバサが動いたのが見えた。 しかし、ロナはそれを無視した。 なぜなら、タバサは『フライ』を使い、急速に上昇を始めたからだ。

「なるほど!学院に援軍を要請する気かね!」

ロナは言いながら踏み込み、今度はショルダータックルで才人に迫る。 才人は軽トラックの突進にも見紛うその一撃を後方に跳躍して避け、再び間合いを取る。 もう既に、ロナの視界からはタバサは消えていた。『フライ』の速度は馬の駆ける速度より速い。

「しかし!それは意味を成さぬぞ!  なぜなら、援軍が来る前に君は私に倒されるからだ!」

間合いを取った才人めがけ、今度はロナの左拳が鋭いフックとなって襲い掛かる。 着地点を狙われた才人は、デルフリンガーでかろうじてそれを受け止める。 確かにロナの言うとおりだった。 たとえタバサがどれほどすぐれたメイジだとしても、全速の『フライ』で学院との道のりを往復するのは不可能だ。 さらに、学院にタバサと同等クラスの風使いはいない。 ロナの言うとおり、援軍は間に合いそうもない。

580 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:37:17 ID:RDLODFz4 「それはどうかな!」

才人は言いながら、まっすぐ突きを繰り出す。 その突きにはガンダールヴの力全てがこめられていた。 この一撃なら、ロナの鋼の肌を突き破る事も可能だろう。 その鋭さを察したロナは、両の拳でデルフリンガーを挟み込み、その一撃を止める。

「これが君の全力全開かね?  だとすれば強がりも甚だしいぞ!我が力の半分にも及ばぬではないか!」

ロナは言いながら、そのままデルフリンガーを捻ろうとする。 しかし才人の手を緩まない。デルフリンガーを更に強い力で押し出し、ロナに突きを食らわせようとする。 ロナはさらに力を込め、才人を押し戻そうとする。 二人の力は一見拮抗しているように見えたが、そうではなかった。 じわじわと、才人が押されている。 二人の間で、デルフリンガーが悲鳴をあげる。

「あ、相棒、折れる、マジ折れるって!」 「堪えろデルフ!ここが踏ん張りどころだっ」 「ふふん、剣が折れるのが先か、君が力尽きるのが先か!根競べだな!」

そしてさらに、才人は押し込まれていった。

その頃。 彼らのはるか上空。 白い雲を引き裂き、青い髪の少女が現れた。 タバサである。 彼女は『フライ』の術を使い、この高度までやってきた。 そして、ある程度位置を修正すると、タバサは術を解く。 タバサを覆っていた浮力が途切れ、乱暴な加速が始まる。 タバサは頭を下に、一気に雲を突きぬけ、落下していく。 風がタバサの周囲で渦を巻き、音を立てる。 その落下の中、タバサは呪文を唱えていた。 その呪文は『エア・ハンマー』。 ロナに放った、風系統の打撃系呪文である。 彼女はその呪文を、極限まで範囲を絞り込み、そしてできるだけ距離を伸ばすように、詠唱していた。 タバサの心の中には、絶えずある情報が送られていた。 それは、才人の居場所。 彼女の主人が今どこにいるのか、使い魔である彼女には手に取るように分かる。 タバサはその情報を頼りに、落下位置を決めていた。 すぐに、彼女の視界に組み合う二人の男が写る。 才人は必死に、ロナの動きを止めていた。 そして。 タバサの狙い通り、ロナはタバサに気付いていない。 そして。 攻撃目標が射程距離に入る。 極限まで絞り込まれた『エア・ハンマー』が解き放たれる。 それは正確に、ロナの脳天を打ち抜き。 鋼で覆われた彼の頭蓋を揺らし、彼に脳震盪をおこさせたのだった。 これが、タバサの考えた作戦である。 『千里眼の布』は、360度見渡す事はできても、直上への視界はない。 そこで彼女は、ロナの真上からピンポイントで彼の頭を狙い打つ作戦を立てたのだ。 そしてこの作戦はここで終わりではない。 『エア・ハンマー』の有効射程ギリギリの高さだと、『レビテーション』も『フライ』の詠唱も間に合わないのである。 だから、この後の事も作戦には織り込み済みであった。 気絶して倒れるロナを土台に、才人はデルフリンガーを逆手に持って飛び上がる。 送られて来る情報を元に、正確に、彼の使い魔を受け止められる場所に。 才人は放物線の頂点で落下してくるタバサを捕まえると、そのまま着地する。 落下の衝撃で、才人の脚に痺れが走ったが、ガンダールヴの力がそれを抑え込んだ。 才人は腕の中のタバサに、にっこりと笑ってみせた。

581 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:38:19 ID:RDLODFz4 「上手くいったな!」 「うん」

こうして、二人は勝利を収めたのである。

目を醒ましたロナは、元に戻っていた。 どうやら『エア・ハンマー』の衝撃で暗示が解けたようだ。 『千里眼の布』を返した彼を問いただすと、彼は事件のあらましを全て語ってくれた。 彼の本名は、アルフレド・ドナヒュー。教師になることを夢見ていた、ギルフォード魔法学院の職員の一人。 ロナ・アルベルト・シモンズと彼は同僚であったという。 しかし彼は二つの系統しか使えない『ライン』であったため、ロナとは違い授業の助手を務める程度であった。 そんな中、アルビオン戦役のため、ギルフォード魔法学院は解体され、アルフレドは出兵する。 彼は自分で開発した『武装錬筋』の術でもって戦役を生き延びた。 そして兵役から帰ってきた彼に、ある朗報が訪れるのである。 放浪の旅人と名乗る女性が、トリステイン魔法学院からの書簡を持ってきた。 そこには、ロナの名前が刻まれていたが。 その女性は言った。 『あなたは教師になりたいのでしょう?ロナ・アルベルト・シモンズになれば、あなたはすなわち教師になれますわ。  幸い、トリステイン魔法学院に、ロナ・アルベルト・シモンズを知る者はいない…。  さあ、行きなさい、ロナ・アルベルト・シモンズ』 そして、彼女のはめていた指輪が光り輝き…。 アルフレドは、トリステインにやってきた。 どうしてそんな事をしようと言う気になったのか、彼にはわからなかったという。 そして、その女性はもう一度姿を現す。 『千里眼の布』を持って、教師として充実の日々を送っていた彼の前へ────────。

ミョズニトニルン。

話を聞いたタバサは心の中でそう断定した。 間違いないだろう。 彼に暗示をかける際、なにがしかのマジック・アイテムを使ったのだ。 するってえと…ガリアが裏でまたなんかやってんのか…。 才人はうんざりする。 しかし、ガリアが関わっていると知っても、タバサは平然としている。 たいしたもんだな、とか才人が考えていると。

サイトと、一緒だから。

タバサの毅然とした心の声が、響いてくる。

私はもう、何も怖くない。 サイトがいるから、サイトと一緒だから。

そんな言葉に、才人の方が照れくさくなって、思わず視線を逸らして頬をぽりぽりと掻く。 タバサはそんな才人にそっと寄り添う。 そんな二人の前で、縄で後ろ手に手を縛られたロナが、いやアルフレドが、教師達に連れられていく。 そこへ。 生徒たちがやってくる。

「先生っ!」「せんせぇっ」「ロナ先生っ!」

縛られたロナを取り囲み、生徒たちは口々にロナを呼ぶ。 そんな生徒たちに、アルフレドは寂しそうに笑って、応えた。

「私はロナ・アルベルト・シモンズではないよ。  …君たちを、騙していたんだ」

そして、アルフレドは顔を伏せる。

582 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:38:50 ID:RDLODFz4 生徒たちは一瞬、声を失ったが。

「名前なんてどうでもいい!」「先生は先生だよっ!」「先生っ!」 「お、おまえたちぃぃぃぃぃぃ!」

そして湧き上がる声。 『先生、必ず戻ってくるからなっ!』『俺、それまで待ってるよ!』『どんだけ留年する気だよお前』 などという言葉が交わされるのを、タバサは冷めた目で見ていた。 そして、彼女のご主人様は。

「…なんかいいなあ、アレ」

抱き合う生徒と教師を見て、なんかちょっといいなあ、なんて思ってしまう。

…サイト、趣味悪い。

そして容赦なく入る心の突っ込み。

え?チョットマッテ?なんかいいじゃんアレ? …趣味悪い。

心は通い合っていても、まだまだ分かり合えない二人であった。

後日。 事の顛末を聞いたタバサの使い魔は。

「シルフィ呼べばよかったのねー!何もサイトがキャッチする必要なかったのねー!」

そう言ってタバサにえんえん文句を垂れ、杖でさんざん小突かれたという。〜fin