※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

前の回 一覧に戻る 次の回

ゼロの飼い犬3 微熱の唇               Soft-M

  ■1   「……な〜んか、おかしいと思わない? あの二人」  あたしにとっては退屈でしかない、ミスタ・コルベールによる炎の魔法の講義の最中。  ふたつ前の席に並んで座っているピンク髪と黒髪の二人の後ろ姿を眺めながら、 隣で黙々と授業を受けている友人に小声で聞く。   「……授業中」  話しかけた相手、子供みたいな外見のタバサは、ちらりとあたしの視線の先へ 目を向けてから、すぐに講義を聞くことに興味を戻した。    ホントに生真面目ね、この子なら、授業の内容くらい本で読んでとっくに知ってるでしょうに。  小さく息をつくと、あたしは自分の燃えるような紅い髪を一房、手で摘んで弄ぶ。    タバサの同意は得られなかったけど、あたしはほぼ確信してる。 あの二人……ヴァリエール家の三女にして魔法の才能0なゼロのルイズと、 その使い魔で、平民なのにメイジのギーシュを剣ひとつでやっつけたヒラガサイト。  つい先日までしょっちゅう喧嘩してた二人だけど、恐らく……最近、”何か”あった。    なぜって、ここ2、3日のゼロのルイズってば、妙に血色が良く、ツヤツヤした様子なのだ。 逆にサイトの方は目の下にくまなんて作ってげっそりしてる。  彼に興味がある、この微熱のキュルケにとっては、見逃すわけにはいかない事態。   「(あのルイズが挙動不審な様子で、あたしに話しかけてきた翌日からなのよねー…)」  数日前、ルイズは唐突にあたしがしていたエステの話に乗ってきたんだけど、 どうも何かすれ違いがあるような感じだった。あの二人の様子がおかしくなったのはその日から。   「ここはそろそろ、ツェルプストーの女らしい所を見せないとね」  口の中だけで呟き、頭の中で計画を立てる。 面白くなりそうな予感に、口元が自然と持ち上がるのがわかった。        その日の放課後。あたしは時間を見計らって、使用人宿舎の近くにある水場へ足を運んだ。  この時間、ルイズの使い魔さんがここで干し終わった洗濯物を取り込んでいるのは確認済み。    傾きかけた日差しの下、珍しい黒髪に黒い瞳、それにこれまた変わった上着を着込んだ男の子が、 物干し用のロープからルイズのものらしい服を外している姿が目に入った。   「……ちょっと、いいかしら?」 「ん?」  呼びかけると、彼はあたしを振り向く。  その表情には平民特有の、貴族にへつらい、機嫌を伺う色が見えない。 それでいて、級友の貴族の男子があたしに向ける、見惚れるか……あるいは品定めするような色もない。  やっぱり、この男の子は、今までにあたしの身の回りにいた男とは、何かが違う。   「あ、えーっと……キュルケ。微熱の」 「覚えててくれたのね、嬉しいわ」 「そりゃ、まぁね」  そういったサイトの口元には、苦笑が浮かんでいた。まぁ、あたしが彼と初めて会ったとき、 あたしは彼とそのご主人様のルイズを思うさま嘲笑ったんだから、そんな反応も当然かも。   「で、何の用? ルイズはここにはいないけど」 「用があるのは、あなた」  そう言って彼に近付くと、サイトは洗濯物が入ったかごを抱えたまま一歩後じさる。   「俺に用? どんな?」 「ま、後で良いわ。今はあなたの仕事を先に片づけちゃいましょう。手伝うわ」  ウインクを見せて、ロープにかかっていたルイズのソックスを取り、カゴに入れる。 サイトは「あ、サンキュ」なんて呟いて、腑に落ちない顔をしながらあたしと一緒に残りの洗濯物を片づけ始めた。   ■2   「悪いね、わざわざ運んでまでもらって」 「気にしなくていいのよ、このくらい」  けっこうな重さになった洗濯物カゴを、あたしは『レビテーション』で浮かせて運んであげた。 学生寮のあたしやルイズの部屋がある階まで来た頃には、もうサイトはあたしへの印象が随分良くなった様子。   「それで、結局俺への用事って何なんだ?」 「んー……あたしの部屋で話すわ。入ってくれる?」  そう言って足を止め、ルイズの部屋よりも手前にある、あたしの部屋の戸を開ける。  「あ、だったら、洗濯物をルイズの部屋に置いてから」 「部屋にルイズがいるかもしれないでしょ。そうしたら、また何か言いつけられるかもしれないわ」  そう言って、あたしは魔法で浮かせた洗濯物カゴをさっさと部屋の中に入れてしまう。  サイトは、まぁそれもそうか、といった顔をして、あたしの後ろをついてきた。    洗濯物を机の上に下ろして、あたしはベッドに腰掛ける。サイトは、珍しそうに部屋の中をきょろきょろ見渡していた。 「そんなところに立ってないで、こっちにいらして」 「え? あ、うん」  言われるままに近寄ってきたサイトに、ベッドの、あたしが座っている横を手のひらで軽く叩いて示す。  サイトは、あたしが叩いた所よりも少し距離をとって、浅く腰掛けた。まだちょっと警戒してるのね、可愛い。   「それで、用って……」 「ふう……ちょっと暑いわね」  あたしはサイトの言葉を遮ると、髪をかき上げて後ろに流し、ブラウスのボタンをひとつ外す。  わざと少し小さめのサイズを選んでいるシャツから、胸が今にもこぼれ落ちそうになる。 あたしの横で、ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえた。  さぁ、ここからが微熱のキュルケの本領発揮よ。   「で、俺への用……」 「まだわからないのかしら? ひどい人」  ぐいっ、と上半身を彼の方へ寄せて、その顔をのぞき込む。彼の目には上目遣いの私の顔と、 強調された胸の谷間が映り込んでいるはず。この距離なら、香水の匂いにも間違いなく気付く。    サイトが目を白黒させ、その頬がみるみる赤くなっていくのがわかる。  いわゆるハンサムとは言い難いけど、結構童顔で可愛い顔をしてる。 この男の子が別人のように凛々しくなってギーシュに啖呵を切り、目にも止まらない速さで ゴーレムを次々に切り捨てた姿を思い出し、胸に熱いものが灯った。  上辺だけだったり、過剰に調子に乗ってる貴族の男とは、明らかに異質な人。    彼が、”女”の前ではどんな顔をするのか。どんな声を聞かせてくれるのか、知りたい。  そして、今だったらそれがたやすく可能だという自信が、あたしにはあった。   「キ、キュルケ……?」 「ええ、キュルケよ。あなたが心に火をつけてしまった女」  サイトの首筋から耳の裏に手を回すと、そのまま一気に顔を寄せる。  彼を半ば押し倒すようにして、その唇に唇を重ねた。   「んむっ!? んんーっ!!」  あたしを押しのけようとする彼の体に、ぎゅっと乳房を押しつける。この体を本気で拒絶できる男なんて 今までに一人も知らない。サイトの抵抗は、すぐに形だけのものになった。   「……っは、はぁ、はぁ……」  唇を離すと、すぐ目の前には、当惑が半分、陶酔が半分の色をした瞳。あたしの口付けによって、 彼にも情熱の火種が灯ったことがわかる。   「あなた……あのご主人様に良いようにされて、不満なんでしょう?」 「え……?」 「最近のあなたとルイズの様子を見てて、何となくわかったのよ。男のことが何もわからないルイズに 使い魔にされて、見返りも無しに無茶なことばかり要求されているんでしょう。……可哀想。あたしが、満たしてあげる」    これが、自信の理由。サイトは、使い魔である前に人間の、男性。 そのことが全くわかってないルイズからなら、彼を奪う事なんていとも簡単。  あたしは言葉に詰まっているサイトの唇を、再び奪った。   ■3    唇の間を、舌でつつく。開いて、というジェスチャー。サイトは最初は拒む様子を見せていたけど、 あたしが執拗に舌でくすぐると、少しずつ開いてあたしを受け入れた。  キスっていうのは、相手を憎からず思っているというのが前提だけど、男にとっても女にとっても気持ちが良い。 気持ちが良いというのは、最大の毒であり呪い。すぐに体も心も縛り、逃れられなくする。    胸を押しつけ、首筋を指で撫でると、サイトの体からは目に見えて力が抜けていく。  この様子だと、彼、女を知らないのかな。それはそれで、魅力的。あたしだけの色に染めることができる。  より深く唇を重ね、舌を差し入れるために顔を傾けると――先に、サイトの舌があたしの中に入ってきた。   「んっ……!? んぅっ、ちゅ……」  サイトの舌は、蛇のようにあたしの舌に絡みついてきた。擦るように、撫でるようにあたしの口内が愛撫され、 逆にこちらの体から力が抜けていく。  舌だけじゃない。サイトの指はいつのまにかあたしの顔と背中に回されていて、耳の裏と、背筋までくすぐられる。    嘘、何これ、上手い。ついさっきまで遠慮がちだったのとはまるで別人。どういうこと……!?    応戦しようとして、あたしの方からもサイトの舌に舌を絡ませるけど、それを逆手にとったみたいに サイトはあたしから快楽を引き出す。頭の中がとろんとして、このまま彼に身を任せたいなんて気分になってしまう。  こんなにあからさまに主導権を握られることなんて、滅多にないのに。    あたしとさほど身長が変わらないはずのサイトの体が、やけに大きく、包み込んでくるような気がした。                                 ∞ ∞ ∞     「………遅い」  窓の向こうの、山の稜線に沈み始めた夕日を見ながら、わたしは呟く。  放課後、洗濯物を片づけたらすぐ帰ってくるはずのサイトが遅すぎる。  まさか、どこかで食べ物でも漁ってるんじゃないでしょうね。最近はご飯を抜いてもけろりとしてるから、怪しいのよ。    わたしは部屋着の上にマントを羽織ると、部屋を出た。とりあえず、思い当たる所を見て回ろう。  サイトが居そうな所はどこか考えながら廊下を歩いていると、一室のドアが薄く開いていることに気付いた。    そこは、ツェルプストー家のキュルケの部屋。あいつの男性との交友関係と一緒でだらしないわね、と思いつつ、 一応閉めておいてあげようかと近付く。すると――。   「はぁっ、はぁ……んっ……ちゅ、ちゅぐっ、ちゅる……」 「んっ…ふ、くちゅ、ちゅぷ……じゅるっ……」    部屋の中からは、キュルケ一人が出しているとは思えない、よくわからない音が聞こえてきた。  キュルケの事だから、男子を連れ込んでヘンな事してるのかも。 ウンザリした気分になって、ドアをそのままに立ち去ろうとしたとき。   「ぷはっ……は、ぁ……サイト……」  かすかな声だけど、その名前がわたしの耳に飛び込んできた。キュルケのやつ、サイトって言った!? この学園にサイトなんて珍しい名前の人間、わたしの使い魔以外に聞いたことがない。  わたしはぞくりと背筋が寒くなるのを感じながら、咄嗟に扉の隙間から部屋の中をのぞき込んだ。   「――っっ!!」  危うく、大声を上げるところだった。キュルケの部屋のベッドの上では……見紛う筈がない、わたしの使い魔の サイトと、キュルケが重なり合うようになっていたのだから。   ちょっと前までのわたしだったら、そこでカッとなって部屋の中へ飛び込み、サイトを怒鳴りつけただろう。  でも、その時、わたしは……全身が凍りつくような感覚に囚われて、その場に釘付けにされた。   ■4   「はぁっ、ふ……いいわ……じょうず、サイト……んっ!」

 サイトは、キュルケにのしかかられるようにされながら、体を触っていた。 足や、背中も触ってたと思う。でもそれだけじゃなくて、耳とか、首とか……むむ、胸とか。 わたしが最近、サイトにさせているマッサージで触らせてるところよりも、もっと色んな場所を。    サイトの手や指が動くたびに、キュルケは体を震わせて、髪を振り乱す。それが気持ちいい時の 反応なんだってことを、わたしはついこの間知った。    それに、それに……キュルケの方も、サイトの体を触っていた。左手は背中に回して……右手は どこにあるのかわからない。胸とか、お腹の方?  よくわからないけど、確かなのは、キュルケが手を動かすたびに、サイトの方も体をよじらせ、 息を荒くしているということ。    その光景を目にして、怒るとか、そういうのより先に……気持ち悪い、と思った。  嫌だ。やめて欲しい。そんなことしないで欲しい。止めて。不愉快。    わたしは、心臓がばくばく高鳴っているのに妙に冷えている心を不思議に思いながら、 その、半開きになっていたドアを開け放った。   「……何してるの」    こんな状況で自分の口から出たということが信じられない、冷静な……冷たい声。 さほど動じた様子もなくキュルケはわたしの方に目を向け、サイトはびくっと体を跳ねさせるように 顔をわたしに向けた。   「あっ……あ、ルイズ、これは……!!」 「……は、ぁ……何してるのも無いもんだわ。気遣いまでゼロのルイズ」    慌ててキュルケの体から手を離すサイトとは裏腹に、気だるげに髪をかき上げるだけのキュルケ。  サイトの反応よりも、そのキュルケの目。とろんと潤んでいるのに、わたしへの確かな侮蔑…… 普段わたしを小馬鹿にするときとは明らかに違う、本気の蔑みの色を浮かべた瞳が気になった。   「ひとの使い魔に勝手に手を出さないで。帰るわよ、サイト」 「あ、うん…」  その目を見るのが嫌で、サイトに声をかける。サイトは、もぞもぞと身を動かしてキュルケの下から 出てきた。キュルケは、それを止めようとしない。嫌にあっさりと、サイトの上から身をどかす。   「ルイズ、あなたそれでいいの?」  キュルケは、顔色のわかりにくい褐色の肌にも明らかな上気した頬のまま、わたしにそう言ってきた。 その言葉に疑問が浮かぶ。そんな台詞を言うなら、わたしではなくサイトに対して言うべきなんじゃないのかしら。   「言っておくけど、あたしは完全に無理矢理彼を求めたワケじゃないわよ。 彼の方からも、少なからずあたしを求めてきた。どうしてだと思う?」 「知らないわよ。こいつが犬だからじゃない?」 「違うわ。サイトは、あなたに対して不満があるから。あなたが使い魔の主人として足りていないからよ」    キュルケの言葉が胸に突き刺さる。なにそれ。何をわかった風なこと言ってるの。馬鹿にしないで。   「サイト、これだけは忘れないで。……あなたが満たされずにいて可哀想だと思ったの、本当だから」  わたしがサイトの袖を引っ張って部屋を出て行こうとすると、キュルケはサイトにそう言った。 もう嫌。ここにいたくない。サイトをここにいさせたくない。

 開きっぱなしのドアから外に出ると、キュルケに『レビテーション』をかけられたらしい洗濯物カゴが わたしたちの後を追って廊下に飛んできた。「忘れ物よ」なんて言葉と一緒に。  最後まで、嫌な奴だった。   ■5    サイトを引きずるようにして自分の部屋に戻ると、それまで抑えられていた怒りが一気に湧き上がってきた。  サイトが、あの女と。憎きツェルプストー家のキュルケと。その光景が蘇って、頭にカーっと血が上る。   「何考えてんのよ! 犬! ありえない!!」 「ご、ごめん」 「謝るくらいだったら、何であんなことしたのよっ!」  サイトの顔を睨みつける。ばつが悪そうに目を逸らすサイトの唇に、紅いルージュのうつった跡が見えて、 さらにわたしの怒りに油を注ぐ。   「信じられない……! わたしに許可もなく、あんなことっ……!」  何だか、感情が高ぶりすぎて、涙が出そうになってきた。こっちも目を逸らして、文句だけ続ける。   「そこまで言うなら聞くけどさ……なんでお前の許可が必要なの?」  サイトは、うんざりした口調でそう聞いてきた。何その質問。ばっかじゃないの。 「当たり前でしょ! アンタはわたしの使い魔なんだからっ!」 「使い魔が女の子と仲良くしちゃいけないって決まりでもあんの?」 「知らないわよ。わたしが許さないって言ってるんだから駄目なの!」    言い放つと、サイトは諦めたのか、深いため息をついた。そして、もういいや、といった態度でくるりと 踵を返す。  その態度が、とても嫌な感じがした。冷静に考えると、わたしも勢いで酷いことを言った。 サイトにうんざりされても仕方が無いことを。   「あ……ちょっと言い過ぎたわ。別に、アンタが女の子と話そうが構わないけど、キュルケとだけは駄目。 あと、体に触るのもだめ……それ以外ならいいわ」    譲歩の台詞を言ってる最中に、自分で気付いた。わたしは、サイトが”キュルケと”ヘンなことをしていたからと いうより先に、わたし以外の他人の体を触っていたこと、他人に体を触られていたことを不愉快だと思ってたことに。   「あ、そ。ありがとうゴザイマス。寛大なご主人様のお言葉にこのサイトめは感服の至りです、っと」  サイトはもうわたしの方を見ようともせずに、洗濯物を片付け始める。怒っているというより、冷めている様子。 急にサイトが遠くに行ってしまった気がして、辛かった。    不意に、さっきのキュルケの言葉が思い出される。サイトは、わたしに対して不満を持っている。 だからキュルケなんかにほいほいついていくし、わたしを苛立たせることばかりする。    そう考えてみたら……わたしは、サイトに何か報いることをしただろうか。文句をいいつつも 一応はわたしが言いつけた仕事はするようになったし、最近はマッサージまでしてくれるようになったサイトに、 主人として相応のご褒美とか、ねぎらいの言葉をかけていたかしら。    わたしが使い魔の主人として足りない。キュルケはそう言っていた。 そうなの? サイトが使い魔として駄目なんだってばかり決め付けてたけど、わたしにも責任があった……?  急に不安が襲ってきた。もし、そうなら。わたしのせいで、サイトがわたしに従わないんだとしたら。 サイトはまた、キュルケとかの所へ行ってしまうかもしれない。また、さっきみたいなことを……。    嫌だった。理屈じゃない。認めない。許せない。それを考えると、気持ちの悪いモヤモヤが胸の中で 膨らむ。サイトにマッサージされた時のような気持ちのいいモヤモヤとは、全く逆の不快感。   「サイトッ!」  わたしは、深く考えないでサイトに呼びかけた。 「はい?」 「け、剣を買ってあげるわ。あんた、剣士でしょ。自分の身くらい守れるように、剣を持たせてあげる」    唐突な提案に、サイトは目を白黒させた。「そりゃ、ありがと」なんて返事したけど、嬉しいというより 戸惑いの方が大きい感じだった。  わたしも、自分で言った事ながら、何か違うと思った。サイトに剣が必要だと思ってたのは確かだけど、 これじゃ、物で釣ったみたい。使い魔に報いるご主人様の行動としては、二流もいいとこ。   「え、えっと……それだけじゃないわ。サイト、ベッドに横になりなさい。 わ、わわわ、わたしが、その……マッサージしてあげるわ。特別に。感謝しなさいよね!」   ■6    もうひとつ、咄嗟の思いつき。どうしてそんな言葉が出てきたのかといったら、たぶん、さっき キュルケがサイトに触っていたときの、サイトの様子が目に焼き付いていたからだと思う。    サイトは、気持ちよさそうだった。キュルケに触られて。  そりゃ、当たり前ね。わたしがサイトに触られて、あんなに気持ちいいんだから。サイトだって同じはず。 だけど、サイトがあのキュルケに触られて……いや、気持ちよくされてたって事が、気に入らない。 気持ち悪い。許せない。思い出すだけで、胸に嫌なモヤモヤが溜まっていく。    だったら、わたしがしてやるわ。そうしたらわたしに感謝して、わたし以外の女に尻尾振ったりしないでしょ。   「お前が、俺に? 熱でもあんのか?」 「失礼ね、他人の好意は素直に受け取りなさいよ」    わたしはサイトのところにつかつかと近寄る。その唇にまだキュルケのルージュの跡が残っているのを 思い出して、サイトがとり込んできた洗濯物の中からハンカチを一枚掴みとり、サイトの顔にごしごし擦りつける。   「うわっ、何!?」 「口紅で汚れてるのよ、さっさと拭きなさい!」 「わあった、自分でやるから!」  サイトにキュルケの痕跡が残ってるのが、気に入らない。自分でも不思議なくらいムカムカしてる。      完全に口紅の跡を消させたあと、サイトをベッドに俯せにさせた。ちょっと気に入らないけど、床に寝かせるのも 可哀想だし今回は特別に許すことにする。良い主人は使い魔にも寛容なのよ。    サイトはまだ半信半疑な様子で、居心地が悪そうにわたしを見上げている。   「……ルイズの匂いがする」 「嗅がないでよ馬鹿っ! あとそんなこと思っても言わない!」  枕に顔を埋めているサイトが言った言葉に、顔が一気に熱くなる。なんでこういつも一言多いのかしら。    サイトの横まで移動して座り込む。マッサージなんてやったことないけど、あんなに上手だったサイトだって 素人だと言ってたんだし、そんなに難しいものじゃないはずよね。  サイトにされたことを思い出しつつ、ふくらはぎの辺りに手を持って行く。ここら辺では見たことがない生地の ズボンの上から、サイトの足をぎゅっと掴んでみた。   「うひゃひゃひゃひゃ!!」 「なっ、何よ!?」  サイトはぞわぞわと足を震わせて、珍奇な叫び声を上げた。 「くすぐったい! それ、くすぐったいから」 「失礼ね、ちょっとぐらい我慢なさい」  その反応にムッときて、思いっきり力を込めてサイトの足をぎゅうぎゅう押す。サイトは身を縮こませて、 逃げたり吹き出したりするのを我慢している様子。   「何よ、気持ちよくないの?」 「いや、そもそもルイズの力が弱いから、効く以前にくすぐったいだけで…」  サイトはわたしに触られてるのに、本当にあんまり良さそうな感じじゃない。 どうして? サイトがわたしにするのと何が違うの? キュルケに触られてた時は、あんな反応してたくせに……!   悔しくて、いらいらして、わたしは体勢を変えることにした。サイトの両脚を跨いで、足首の脇に膝を下ろす。 そこから、体重をぜんぶ乗せるようにして足を揉んでみる。   「ちょ、ルイズ!?」 「じっとしてなさい! ほら、いいでしょ! 気持ちいいって言いなさい!」  自分でもヤケになってる気がしなくもないけど、必死になってサイトの足に力を込める。こうして触ってみると、 サイトの足って結構筋肉がついてて固い。    サイトがこの格好でわたしにマッサージする時は、本当に乗っかったらわたしの足が壊れちゃうだろうから 跨るだけで腰は浮かせてくれてる。けど、わたしがサイトにするなら、足の上に座り込んでも全然大丈夫。  サイトは普段あんまり体型がわからない服装をしてるけど、やっぱり、わたしとは全然体つきが違う。    それを意識したら、なんだかどきどきしてきた。よく考えたら、この格好って、ものすごく恥ずかしい。 男の人をベッドに横にして、その上に乗っかってるなんて……他人に見られたら、絶対ヘンな誤解される。   ■7   「あの……ルイズ?」  わたしが急に湧き出してきた恥ずかしさに戸惑っていると、サイトがおずおずと話しかけてきた。 「な、なによ?」 「その、もういいや。十分ルイズの気持ちは伝わったから。あんがと。もういいよ」  その言葉に、落胆する。気持ちよくないから、もうやめていいって事じゃないの。

「……わたしじゃダメなの? サイト、良くならないの?」 「いや、もう十分良かったから。満足満足。だからどいて、マジで」

 じわっと目頭が熱くなった。何それ。良くないなら良くないってはっきり言いなさいよ。 お世辞まで言って機嫌伺うことないじゃない。  自分が空回りしかしていなかったことに、涙まで零れそうになる。どうして? わたしには何が足りないの?   「なんでよ……なんでダメなのよ!」 「あー、うー、その、つまりだな、大変言いにくいんだが、俺の足にルイズのお尻が……」    …………。   「は?」 「あーもう! お前の尻が俺の足の上に思いっきり乗ってるの! このままだと大変な事になるから さっさとどけって言ってんだよ! 気付け馬鹿!!」  サイトは堰を切ったように一気にまくしたてた。わたしはその言葉で、わたしがサイトの体に触れているという事は、 サイトもわたしに触れていることになるんだという事実に、ようやく気付くことになった。    一気に頭が沸騰する。 「ば、ばかーーっ!! 早く言いなさいよ!!」 「だから遠回しにどけって言ってやったろ! 俺の気遣いを無下にしやがって!」    わたしは跳ねるように立ち上がる。お、おおお、お尻。サイトにお尻を乗っけるどころか、 体重をかけてぐいぐい押しつけるみたいな事までした。頭も体も熱くなりすぎてぐらぐらする。   「ばかっ! ばかっ! ばかっ! いぬっ!」 「痛っ! いたいってば! ってか俺悪くねーだろ!?」  自分でも何をしてるのかわからないまま、足下に寝ころんでるサイトの背中を思うさま蹴りつける。  もう、もう! 何がマッサージよ! こんなやつ、足で十分よ!!   「んくっ!」  わたしがサイトの背中の一カ所にかかとを落としたとき。サイトはそれまでの悲鳴とは、微妙に異なった響きの 声を上げた。その声に、思い当たるところがある。  わたしは少しだけ冷静になると、サイトがその声を上げた場所を、今度はゆっくり、ぐりっと踏みつける。   「うっ…く、はぁ……」  サイトは身をよじらせたあと、ため息に似た深い息をついた。あ、これ。ひょっとして。   「……ひょっとして、気持ちよかった? 蹴られて? 踏まれて?」  恥ずかしさよりも勝る、好奇心。手で触った時には鈍かった反応とは、全然違う。 「よ、良くねぇよ! いいからもうどいてくれ……」  今、慌てた。嘘ついてる。わたしの口元が自然に持ち上がりそうになる。   「嘘ね。良いんでしょ。手でやってもさっぱりだったくせに踏まれたら気持ちよくなるなんて、変態なんじゃないの」    ぐりぐりぐり。さらに力を込めると、サイトは絞り出すような声を上げて身悶えた。  これよこれ。こういう反応が見たかったの。   「ちっ…げぇよ、足でされたからってより、お前の手の力が弱すぎるから、足でやってようやく効いたんだよ。 俺も、小さい頃に父ちゃんに背中に乗ってマッサージするの頼まれたことあるし……」    ふ、ふん。もっともらしい言い訳までしちゃって。でも今、サイトは面白いことを言った。   ■8   「なに? じゃあ、踏むだけじゃなくて乗っかってもいいの?」 「はい?」  思いついてしまったら、もう我慢できない。わたしはサイトの返事を待たずに、サイトの背中を両脚で踏みつけて その上に乗っかった。   「ぐっ……う、あぁ……」  サイトは変な声を漏らしたけど、本気で苦しんでるって感じじゃなかった。むしろ、サイトの言う”効いてる”って風。  「ほ、ほら、どう? いいんじゃないの? いいでしょ?」 「くっ……ふ、んくっ……う……!」  力を込めるたびに小刻みに震えるサイトの背中から落ちないように注意しながら、ちょっと後ろに下がったり また前に戻ったりする。

 心臓がばっくんばっくん言ってる。頭の中に霧がかかったみたいになる。よくわかんないけど……楽しい。 わたしがサイトに乗っかって、踏みつけて……それなのに、サイトが”良さそう”になってる事が、嬉しい。  ――わたしの方まで、気持ちいい。   「あ……嘘だろ、これ……やめ、ルイズ、マジでやめて……」  ぎゅっとわたしのベッドの布団を握りしめるサイト。その反応がホントに嫌なわけじゃないってこと、知ってる。 「やめない。やっとサイトが良さそうになったんだもの。やめるわけないでしょ」  腰の方をかかとでぐりぐりすると、サイトは切ない声を上げた。その声。キュルケに触られてた時より良さそうな声。  その声を聞く度に、他人の手垢がついたサイトが綺麗になり、わたしのものに戻っていく気がする。   「あっ、だめ、やばいって、だめ、ほんとにだめ……!!」 「え……え?」  サイトの声に、切羽詰まった色が混じる。身のよじり方も、さっきまでとは違う。本気で、わたしを 振るい落とそうとしている様子。  あ、もしかしたら、気持ちいいのが溜まりすぎて、苦しくなった時の。だったら、尚更止めるわけにはいかない。 だって、それが溢れた時が、一番気持ちいいんだから。   「こ、こらっ! 暴れないでよっ!」 「ルイズこそ動くなっ! こればっかりは本気でマズいから……!」    逃げようとするサイトの上で、バランスをとることができない。後ろに倒れ込みそうになって、 慌てて足の踏み場をずらす。    ずぼっ。  あれ、変な感触。足が沈んだ。咄嗟に確認すると、サイトのお尻のすぐ下、太股の間あたりに つま先が入り込んでしまったらしい。ぎょっとしてその足を引き抜こうとしたら――。   「う……あ、ああぁ……」  サイトはとろけたような、絶望したような、よくわからない声を上げた。サイトの体がびくんびくん跳ねる。  ひょっとして、一番気持ちいいのになった? 足の下でサイトが震えるのを感じながら、期待する。    それから、何十秒かして。ぐったりしてしまったサイトの喉から漏れてきたのは、 「……どいて……」  という、妙に冷えた声だった。さっきまでの懇願とは違う、淡々とした声。 「あ……うん……」  なぜかその静かな声に気圧されて、わたしはサイトの上から降りる。サイトはゆっくりと身を起こすと、 これまた静かな動きでベッドから降りた。   「あ、サイト。そ、その……良かった?」  聞くと、サイトはわたしの方を向き、……笑いかけた。感謝の笑顔とはほど遠い、自嘲みたいな引きつった笑み。   「サ、サイト…?」  なんだか、致命的に悪いことをしてしまった予感がする。それが何なのかはわからないんだけど。  サイトはそのまま、ふらふらと変な歩き方で部屋から出て行った。  どこに行くのか聞きたかったけど、その背中が『何も聞くな』と語っているような気がして、声がかけられなかった。        後に、わたしはこの日の出来事を思い出す度にごろごろ悶え転がることになるのだけれど、それはまた別のお話。    つづく   前の回 一覧に戻る 次の回